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王宮医局のカルテ  作者: 夕月夕雷
シーズンⅡ 第一章 医局は再び動き出す
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第3話

 商店街の宝飾店で宝石を盗み、馬車乗り場で馬を盗んで逃亡した盗賊を夜通し追いかけて捕縛した。計画性のない荒い犯罪だったため、郊外へ逃亡する途中で捕える事ができた。


「さすがに寝ろ」


 第一部隊の執務室の机には書類が山のように積み上がっている。ランスロットは事務仕事が苦手な部隊長ではないので、普段だったら見られない光景だった。


「せめて、この山を半分に減らしてからでないと」


「いいって。顔色が白を越えて土気色になってる。確か医局って明日から再開だったよな? 特例で診てもらえるよう、頼んでくる」


 騎士棟を出て連絡口で鼻先を赤くしているヒースレッドを揶揄う。


「よう、鼻が赤いぞ、ヒース。トナカイか」


「メルヴィン殿、おはようございます」


 生真面目に挨拶をするヒースレッドの指示通り入館のサインをしたメルヴィンは、早足に階段へ向かった。前を歩く二つの背を見つけて大きく足を上げて階段を飛び越える。


「どうして、ヤカンを叩いても落としても起きないの。おかげで朝ごはん食べそびれちゃったわ」


「俺も腹が減った」


「居候だったら朝ごはんの準備ぐらいしてほしい。てか、しなくていいから、起こされなくても起きて」


 やいやい騒ぐ二人を意に介さず、コタロウは元気に階段を上っている。


「もっと優しく起こしてくれたら起きる」


「絶対いや!」


 二人の背後に迫っていたメルヴィンは、会話の内容を聞いて無意識のうちにナックルの肩を掴んで止めていた。


「おい、待て。どういう事だ。なんで、アンタがローズせんせいに起こされてんだ」


 突然の恫喝に足を止めたナックルは、小首を傾げる。コタロウはメルヴィンの登場に喜んで、足元に跳び付いた。


「あら、メルさん。おはよう」


「おう、おはよう。コタロウもな。いやいや、のんきに挨拶してる場合か」


 階段の途中なのを思い出したメルヴィンは、二人を促して一緒に医局のある五階まで上った。既に出勤している受付嬢二人は忙しく立ち働いている。コタロウは挨拶に来たターニャによって受付奥の定位置に繋がれた。


「で? なんでナックルせんせいがローズせんせいの家に居候する話になってるんだ」


 仁王立ちで問い質すメルヴィンの前で、ローズとナックルが顔を見合わせた。


「入居予定の宿舎が満室だった」


 淡々と答えるナックルを一瞥し、メルヴィンは眉尻を跳ね上げてローズを見やる。


「宿があるよな? 診療所で働いてたんなら、王都に他にも知り合いはいるだろ」


「まあ、そうなんだけど、お金もないし、こういう人だから、そう長くも置いてもらえないみたいで」


 悪びれた様子なく答えるものの、メルヴィンの剣幕に気圧された様子のローズの背後から、固い声が割って入った。


「騎士宿舎に空きがあります。使用人宿舎が空くまで、そちらを都合してもらってはどうでしょうか」


 ランスロットがローズの肩を掴んで、真剣な声音で言う。


「おう、そりゃ、いいな。早速、聞いてくる。チェリがなんとかするだろ。ランスはせんせいに診てもらえ、いいな」


 通り抜けざまにローズの頭にポンと一つ手を残し、メルヴィンは颯爽と階段を下った。




「本当に顔色が悪いわ。入って。ナックルはターニャから仕事もらって働いてて」


「わかった。ターニャン、何をすればいいか、教えてくれ」


 ナックルのターニャン呼びに、セイラがつまずいて転びそうになっている。


「気を付けて、セイラ。ナックルが何か言っても気にしたら負けよ。さ、ランスさん」


 メルヴィンを追いかけて止めるつもりだったが、追いつけず、結局診てもらう事になってしまった。ランスロットは、大きな碧眼を心配そうに見開くローズから視線を反らしつつも、指示に従う。


「はい、座って」


「いえ、俺は」


 両腕を掴んで座るよう促され、ランスロットは諦めて腰を下ろした。顔色、口の中、眼球、の順に確認される間、ランスロットは大人しくしている。手首を取られて僅かに身じろぎはしたが、目を閉じて診察が終わるのを待った。


「……少しめまいがするんじゃない? 瞳が揺れ動いている。目の下の隈も酷いし、血の気も薄い」


「徹夜で盗賊を追っていたせいで、寝不足なだけです」


 小さく頷きながら告げるランスロットを立ち上がって見下ろし、ローズは先程のメルヴィンを彷彿とさせる仁王立ちをする。


「一日徹夜しただけでそんな風に弱るぐらいの鍛え方じゃないはずです。正直に答えてください。ここ三日の合計睡眠時間は?」


 そっと目を反らすランスロットに身体ごと一歩近づいて、ローズは声を低くした。


「六時間か五時間くらいかしら」


「……多少寝なくても」


「ゼロではないわよね」


「三時間です」


 観念して答えるランスロットに、ローズは苦笑を向ける。


「ああ、それじゃあ、その顔になります。そんなに忙しいの」


「処理しなくてはならない作業が重なってしまって、追いつかず」


 ローズは診察台の方へ移動して、積んである毛布をめくった。


「一時間後に起こします。とりあえず、一回仮眠を取って」


 ランスロットは頑なに首を左右へ振る。


「いえ、そういう訳には行きません」


「寝不足だと効率も下がるわよ。ほら」


 ローズはランスロットの太い腕を強く掴んだ。灰色の瞳と碧色の瞳が真っ向から火花を散らした。互いに無言で見つめ合った後で、ランスロットは一度大きく鼻で息を吸う。直後、耳を真っ赤に染めて折れた。


「三十分経ったら、起こしてください」


 彼は口を僅かに開いて、鼻で息をするのを止めている。近づくと匂い立つ爽やかで甘いトワレは、煽情的にすら感じられた。

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