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王宮医局のカルテ  作者: 夕月夕雷
シーズンⅡ 序
69/102

プロローグ

※シーズンⅡ 終わらない夜のすきまに 

 短く刈られた褐色の後ろ頭を見つけて、ヒースレッドは小走りに近寄る。


「ジュール先輩、ランタンの準備は私がやります」


 午後の警備任務を終えて詰所に戻ったヒースレッドは、持ち出しやすいように準備されたランタンを見て、眉尻を下げた。


「もう、終わったから、大丈夫だ」


「申し訳ありません」


 腰を折るヒースレッドの肩を優しく押しとどめて、ジュール・メイスンは苦笑する。


「いや、俺が勝手にやっただけだ」


 ヒースレッドは歴史ある領地貴族フェリーチェ家の父とノルディア王国大公ホワイト家の母の間に生まれた。長兄は貴族議会の議員であり、次兄は外務局の官吏である。名家出身の新人騎士に、雑用などさせられない。青い血至上主義者である黒狼隊長の忖度により、本来ヒースレッドがやる雑務をジュールに命じていた。


「明日は私がやります……残しておいてくださると、嬉しいです」


 近衛騎士は未だに貴族の係累が多い。ジュールは商家出身なので、黒狼隊長はぞんざいかつ便利に扱っている。


「ああ、明日は頼む。日報を書いて退勤していい。今日の訓練での仕合、アラン殿から一本取れそうだったな。惜しかったぞ」


「はい、ありがとうございます」


 整えられて艶のある金の髪を揺らし、ヒースレッドははにかんで礼を言った。


「隊長に何か言われたら、ジュールがやってくれている、と伝えて貰えたらありがたい」


「……はい、上官に意見する気はありません」




 非番の日、ジュールは実家に呼び出されていた。


「中央の古い家柄のご令嬢だぞ、どうだ」


 最近の釣り書きは白黒写真が添えられている。すました顔をした令嬢の写真を眺めて、ジュールはため息を飲み込んだ。


「父さん、メイスン商会は権勢を失った貴族と縁続きにならないといけない程、困っているのか」


 気に入らないのだと、否定を含んだ息子の問いかけに、父は笑顔で首を左右に振る。


「そんな訳はないだろう。逆だよ、向こうが写真を送って来たんだ。王宮でお前を見染めたのではないか?」


 父の推測に母が同意した。


「そうよ、ジュールは綺麗で優しい顔をしているもの」


 褐色の髪を短く刈り込み、清潔感のある優しい顔立ちをしたジュールが、商家出身ながら近衛騎士に任じられた時、メイスン商会では歓喜の宴が開かれた。


「俺なんて、副長に比べたら、全然だよ」


 王宮の女性で知らない者はいないと言われる黒狼隊副長の尊顔が脳裏に浮かび、ジュールはそっと瞳を伏せる。


「まあ、確かにハリアー副長は素敵な方だけれど、ジュールだってご令嬢にしてみたら、素敵なお相手候補なのよ。釣り書きが気に入らないなら、他にも探せるわ、ねえ、あなた」


 嬉しそうに見合いを勧める両親に、ジュールは曖昧に微笑んだ。次は見合い相手を選べと諭され、実家を後にした。




 宿舎の自室で寝台に腰を下ろして月を見上げる。胸元から胃にかけて感じる不快な痛みが、今夜もジュールを苛んだ。机の引き出しを引いて、瀟洒なデザインの小箱を出す。中には繊細な刺繍の施された小さな薬包が数個入っていた。


「ふう」


 一つ手に取って開いた途端に、扉を叩く大きな音がする。夜という時間帯を考慮しない、無遠慮な叩き方だった。


「おい、いるか」


 不機嫌な声と同時に、ガチャガチャと取っ手を動かす音もする。ジュールは包みを置いて立ち上がった。


「どうされましたか、アラン殿」


 薄く開けた扉の隙間に軍靴を挟み、近衛騎士の先輩であるアラン・ベルトランが踏み込んだ。


「付き合え」


 許可を取らないまま机に歩み寄ったアランは、酒瓶を置いて椅子を奪う。彼の目に瀟洒なデザインの小箱が映った。ジュールが隠そうと伸ばした手は遮られる。


「おい、なんだ、これは。たかが商家の息子が、持っていていい箱じゃないだろう。家柄自慢の金髪坊ちゃんにでも貰ったのか」


 アランは今日、とうとう訓練の時の模擬仕合でヒースレッドに敗北した。ひたむきに努力した結果、先輩に勝利した後輩にジュールは胸が熱くなったが、負けた当人は違ったらしい。


「いえ、それは……」


「ふん、粉? 薬か何かか」


「痛み止めです……良く効くのでこれから飲もうと」


 アランは無造作に手を伸ばし、箱の中身をごっそり懐へ収めた。抗議も忘れて驚くジュールに、彼はいっそう歪んだ笑顔を向ける。


「俺にも寄越せよ。まぐれで当たっただけの剣でできた傷が痛むんだ。あんまり痛みが続くようなら、次は俺も間違えて、坊ちゃんの綺麗な顔に傷を付けるかもしれないだろう?」


 アランの笑みはどんどん歪んで行く。真っすぐな新人騎士には見せたくない表情だった。


「どうぞ、あるだけ持って行ってください」


 ジュールは諦めて頭を垂れた。

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