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王宮医局のカルテ  作者: 夕月夕雷
シーズンⅠ 番外
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番外編 ☆年末大掃除ー3連絡回廊

 掃除担当の下級使用人が、モップを手にして回廊を行ったり来たりしている。どこかの室内から持ち出したのだろう、車輪付きの古びた椅子が脇に並べられていた。

「本人が提出した身上報告書どおりの裏が取れた」

 本殿と騎士棟の連絡通路になっている回廊の途中で、中庭を眺めてぼんやりしている。傍からはそう見えるだろう。石造りの柱の影に佇む第十三部隊長ノックスは、基本的に気配が薄い。

「東方のリー家出身だというのも?」

「ああ、縁者のようだが、記録を見る限り、ここ15年はアルセリアとノルディア間しか移動していない」

 年明けには公式に医局の医師が一人減る。人員は減るが、職域は広がる予定であり、そのための補充候補として、ナックル・リーの名が挙がった。医局を騎士団で扱う科学的知見が必要な捜査の時の補助的機関として利用する。騎士団内に特別捜査部隊を常駐させる件と、医局に研究室を設置する件、水路の再開発、三つの案を議論する方向で調整中らしい。騎士団長が軍務大臣や宰相、議員にも根回し済みであり、年明けの春の議会で決定する見通しが立っている。

「例の薬以外の薬にも詳しいし、東方由来の医療知識も持っているだろう」

「それは心強いわね。上級使用人登用試験は突破できそうかしら」

「傾向と対策をまとめた参考書を、医局に置いて来た。きっとあの人がナックル・リーに渡すだろう」

 ローズ医師とは何度か顔も合わせているのだから、対面で会話して手渡せば早いだろう。影から見守る俺の健気さを称えよ、とでも思っているのだろうか。不快である。だいたい、犬猫に対する愛玩ならまだしも、人間に対して恋愛感情や友情と異なる愛玩感情を持っている姿は奇異にしか見えない。見守っているだけで接触や接近はしていないようなので、辛うじて告発までは至っていない。

「相変わらず接し方が鬱陶しい」

 率直に苦言を述べるが、ノックスは気にした様子もなく静かに中庭経由でどこかへ消えた。北風が強く肌を打つ。日暮れも近い。忙しそうにしていた使用人は別の場所へ移動したようだ。

「補佐官」

 戻ろうと踵を返したところで、パーシバル・ハリアーが姿を見せた。薄い水色の瞳が憂いを帯びている。もともと人目を惹く男だが、物憂げなため息など吐いては、若い女性使用人などがまた騒ぐだろうと想像できた。

「お疲れ様です、どうかしましたか」

「忙しいか」

「通常通りです」

 常に処理しなくてはならない事案が蓄積されている日々のため、暇な日はない。ただ、効率のために休憩は必ず挟むようにしている。動き回って気分転換を図ることもあり、今日などはその途中でノックスに捕まって報告を受けた。

「少しいいか」

 車輪付き椅子が何脚か並べられた場所へと誘導される。パーシバルが一度椅子を確認して座ろうとした途端、椅子が後方へ滑り去って行った。

「あ」

 止めようと声が出たが間に合わない。色男の足が投げ出される。尻が床に衝突する鈍い音がした。

「くっ、ぐっ」

 筋肉で覆われた臀部とはいえ、強い痛みがあるだろう。パーシバルは歯を食いしばってゆっくり立ち上がった。

「誰だ!」

 誰何する声に返る言葉はない。ギラついた眼差しで睨まれ、私は静かに宣言した。

「誰も。椅子が滑って行きました。先ほどモップ掛けをして濡れていたから滑ったのではありませんか。そもそも、ここは応接室ではありませんし」

 滑り去った椅子は、中庭の土の上に転がっている。

「そうか……話はまた今度にする」

「ええ、そうですね。お大事に」

 医師のような気遣いの言葉が彼に届いたかどうかわからない。パーシバルは臀部を擦りながら本殿へ消えた。



「椅子が滑って行く様子は芸術的でした」

「アハハハ、やだ、もう、チェリーナさんて本当に真面目な顔で冗談言いますよねえ」

「鍛え上げられて引き締まった臀部にも青痣が付いてしまったでしょう」

「もう、やめてえ、うふふふ」

 爆笑するローズ医師ともっと笑わせてやろうと考えを巡らせる私を、コタロウが少し離れた位置で見守っていた。

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