番外編 ☆年末大掃除1-騎士宿舎
非番の朝、先輩に叩き起こされた俺は、騎士棟宿舎区域の掃除に駆り出された。
「眠いっす」
ぼんやりとして目が半分くらいしか開かない。
「おはよう、ルーク」
朝から爽やかな笑顔のヒースの手には、何故かリードが握られていた。
「ういー、あれ、コタロウ?」
俺の足に跳び付いて来たコタロウの頭や背を撫でた。冬になって被毛が増えて触り心地が更に良くなっている。
「医局のある階全体を消毒するらしい。頼まれて預かってきた」
「へえ、今日は掃除の日なんか」
「ああ、年末恒例の大掃除らしい。私たちのような新人は皆、非番を与えられ、休み返上で掃除をしなくてはならない」
「ええ、本当に? 俺聞いてねえ」
抗議の声をあげる俺の足を噛む振りをして、コタロウが遊ぼう遊ぼうと誘って来た。
「聞いたけれど、面倒だから忘れた事にしたんだろう。君はそういうちゃっかりしたところがある」
生真面目に頷くヒースに手を差し出す。
「俺が、代わりにコタロウの面倒見とく」
直後、大きな手が頭頂を掴んで来た。
「こら、ルーク、さぼろうとすんな。コタロウはヒースでいい」
「ああ、メル先輩、痛いっす、握力強すぎじゃないっすか」
ぎりぎり食い込んでくるメル先輩の手から逃れ、俺は目を瞬かせる。コタロウはヒースの足元へ戻っていい子にお座りをした。
「ちょうどいい、ヒース、コタロウだけじゃなく、ルークの面倒も見てくれ。俺はちょっと出なくちゃならない。放っておいたら、こいつ、さぼるだろ」
「えー、そんなことないっすよ、ちゃんとやりますって」
メル先輩はランス隊長ばりの無表情になり、俺の頭を小突く。
「今日の宿舎大掃除の元締めは、パーシバル副長だから、どこ掃除すっか聞いて来い」
「はい、承知しました」
俺ではなくヒースに告げて、メル先輩は大股の早足で去って行った。通りすがりにわざわざ屈んでコタロウを撫でて行く。非番の騎士だけしかいないので、宿舎内に人は少ない。
「では、行こう。副長は談話室だろう」
宿舎には、談話室、浴室、洗面所、厠室、洗濯室、食堂などがある。独身の騎士専用の宿舎なので、住んでいるのは同世代の騎士が多い。パーシバル副長は、驚くほど整った顔をした大人の紳士なのだが、何故か独身で宿舎に住んでいる。
「なあ、ヒース、パーシバル副長って、なんで独身なん?」
ヒースは足を止めて小首を傾げた。
「政変の時に家の都合で離婚なさった、と聞いたことがある」
「ああ、それな、なんかターニャちゃんが言ってた気がする。政変て二十年近く前だろ? そっからずっと結婚しないの、なんでなん」
本当に理由が知りたいというより、会話の流れで聞いている。ヒースは困った顔でコタロウを見る。かわいい柴犬が答えを出すはずもなく、俺たちは談話室の扉を開けた。
「おはようございます、副長」
「ああ、お前たちも掃除組か、ん? コタロウ?」
「医局に消毒が入るらしく、預かって来ました。チェリーナ補佐官が騎士棟で預かる許可を取ってくれています」
コタロウが副長に鼻面を押し付ける。律儀に挨拶をするコタロウに、パーシバル副長も笑顔になる。
「コタロウがいるなら、物が多い場所はやりにくいか。空き部屋をやってもらうか」
颯爽と談話室を出て行く副長に俺たちも続いた。例の事件で亡くなった近衛騎士が使っていた部屋の扉の前で立ち止まる。
「備え付け以外の物はないから、拭き掃除だけでいい」
「はい」
中に入ると閉じていた部屋特有の埃臭さを感じた。窓を開けようと近づいた時、背後から異臭がする。振り返ると、ヒースとコタロウに続いて、パーシバル副長が入室したところだった。なかなか強烈な匂いである。屁じゃねえのか。
「……ちょ、匂うっすね」
副長を見ると、彼は小首を傾げた。ヒースは必死で臭いのを我慢しているような表情だ。急いで窓を開ける。ようやく鼻で呼吸できた。
「副長、なんか悪いもんでも食ったんすか」
「ルーク!」
余計な事を言うなとばかりのヒースに、俺は笑顔で頷く。
「いやあ、色男も人間だったって、なんか、親しみが湧くっす」
「何を言っているんだ?」
平然と誤魔化す副長に、大人の余裕を感じた。屁ぐらいで騒ぐ年齢ではないのだろう。
「失礼なことを言うな、ルーク。こういう時は知らない振りをするのが礼儀だろう」
顔を赤くして抗議するヒースに、俺は驚いて目を瞬かせた。
「えー? そうなんか」
「待て、いったい何の話をしている」
副長が言った途端に、コタロウがフンスと大きく鼻息を吐く。犬は人間より鼻が利くので、相当臭かったのだろう。
「さあ、掃除だ。ルーク、雑巾を絞って来てくれ」
ヒースに追い出され、俺は言われた通りに雑巾を絞りに洗面所へ行った。
掃除をしているヒースをはやし立てながら、適当に雑巾を滑らせつつコタロウと遊んでいたら、空き部屋は綺麗に戻っていた。窓を閉めて出ようとしたところで、扉が開く。
「終わったか」
見計らったかのように表れたパーシバル副長が、部屋に足を踏み入れた途端、プスウ、と空気が漏れる音がして、覚えのある異臭がした。
「臭え……」
思わずつぶやいて、窓を開ける。
「……待て、おい、さっきもか。俺じゃない」
パーシバル副長が、端正な顔を歪めた。
「フンス、アオ―」
コタロウが尻尾を気にして、何度も鼻息を吐く。
「コタロウ、君か」
ヒースが苦笑して、副長は額を押さえた。
「……ルークだけなく、ヒースレッドまで俺を疑ったとは」
「いえ、私は、疑ってなど」
慌てるヒースを見て、俺は肩が震えるのを止められない。
「アハハ、アハハハハ!!」
つられてか笑い出す二人を、元凶のコタロウは不思議そうに見上げた。
「っていう、事件があったんすよ、せんせい」
「犬って肉と魚ばっかり食べてるから、おならも臭いのよねえ」
「実感したっす」
「ふふ、でも、臭くてもかわいいからいいの」
ローズせんせいの意見に大きく同意する。コタロウは、素知らぬ顔で、がつがつと肉をかじっていた。




