エピローグ
最後の患者のカルテを書き終えた女医は、腕を伸ばして伸びをする。静かに椅子から立ち上がり、二つある診察台のうち、壁際の方の下をのぞき込んだ。
「コタロウ、そのひざ掛け、すっかりあなたの物になっちゃったわね」
日中温かな日が増えて来て、使う回数が減っているひざ掛けを、コタロウに持って行かれる割合が増えた。
「せんせい、お掃除終わりました」
「はーい、じゃあもう、帰っていいわよ」
扉を開けて顔をのぞかせたセイラは、丁寧に頭を下げて帰宅する。続いてターニャも顔を出す。
「せんせい、器具の洗浄終わりました」
「お疲れ様、ターニャも帰っていいわよ」
ターニャはローズの隣にしゃがみ込み、ひざ掛けの上で丸まるコタロウに手を伸ばしそっと顎下を撫でた。
「コタロウ、また明日ね。じゃあ、お先に失礼します」
手を振るターニャに笑顔を向けて立ち上がったローズは、ひざ掛けの奪還を諦め、再び机に向かう。閉鎖していた医局が新体制で動き出して、ローズの肩書は王宮医局医局長代理へと変わった。
「ふう……よし」
気合を入れ直したローズが集中して書類に目を通している間に、すっかり日が暮れてしまう。室内が暗くなった頃、点灯夫が扉を叩いた。
「クウン」
コタロウが甘えた鳴き声を上げて、診察台の下から出て来る。ローズは立ち上がって扉を開けた。
「灯りを入れますか」
「いえ、もう帰るのでいりません」
油の匂いに鼻息を荒くするコタロウをなだめながら、ローズは帰り支度をして医局を出た。
新医局長代理と医局の看板癒し犬は、弾んだ足取りで階段を下りて行く。
「今日のご飯は何にしようかな、また、シアのところかな」
ほとんど毎日花のやに寄っているので、コタロウは花のやの看板犬にもなりつつあった。
「アオ―」
「うんうん、コタロウもお腹空いたね、よし、花のやに行こう」
日が暮れた後の静まり返った訓練所脇を足早に通り過ぎる。朧な月が一人と一匹を優しく見守る春の夜だった。




