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王宮医局のカルテ  作者: 夕月夕雷
シーズンⅠ 第五章
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早春の灯ー2

 鋳鉄ストーブの上に乗ったヤカンが湯気を吐いている。王宮本殿三階に作られた裁判所は広々として、所内全体に暖房は行きわたらない。パーシバルは外套の裾を合わせた。通常、警邏部が摘発する罪人が裁判所へ足を踏み入れる事はほとんどない。だいたいの罪人の刑は会議室で決定する。多忙を極める司法部では口頭試問と司法取引で、罪人にかける時間と手間を削る方式を採用していた。

 年をまたいだ裁判の判決が下される事になった。年末に一度特別捜査部隊後処理も終わり、解散となっている。パーシバルとチェリーナは部隊を代表して証人として何度か法廷で証言した。裁判の度に王宮へ連れて来られるミシェル・ムーは快適とは程遠い牢に閉じ込められているというのに、身ぎれいにしている。アルセリアでは罪人の権利はほとんど保証されないものの、弁護人として選定された司法官が彼に絆されて、清潔を保つための差し入れを頻繁にしていたと聞いた。

「アシッド医師の判決は明日だったか」

 隣に座るチェリーナに問いかけるパーシバルの声は低い。

「ええ、副団長によると他の粉屋同様、鉱山への賦役を課せられるだろうとのことです。抽出手順についてのメモも、主治医に就いたリー医師に渡したそうで、医師としてできることをして償いたいと言っているそうです」

 チェリーナはまだ空の裁判長席を静かに見つめる。警邏騎士に両脇を固められたミシェルが入廷して来た。薄っすら笑みを浮べて、傍聴席側を見渡している。

「ローズせんせいを探しているのか」

「徹底した粘着質ですね、唾棄すべきです」

 パーシバルの呟きに、チェリーナが固い声で断じた。ミシェルの視線がパーシバルとチェリーナを捕らえる。距離があるため声が聞こえた訳ではなく、見知った顔に目を止めただけだろう。悠然と頭を下げるミシェルに、パーシバルとチェリーナは顔を見合わせた。

「今更我々に愛想を振りまいてどうしようというのか」

「本当に変わった男ですね」

 二人が呆れていると、裁判長も兼ねる司法大臣が入廷して来る。裁判長補佐が二人、検察役、弁護役、書記も続いた。全員司法部官吏であり、緊張した面持ちをしている。

「判決を言い渡す」

 裁判長補佐の司法官が事件の概要や罪状を並べ立てた後で、司法大臣が引き取った。

「被告人ミシェル・ムーを斬首刑に処す。押収された新進麻薬(モールフィ)および関連器具はすべて没収する」

 十九年前の政変以降、死刑判決が出た例は少ない。傍聴席はざわめいた。

「本件犯行は長期かつ計画的であり、死亡者を含む多数の被害を生じさせたうえ被告人は自身を慕う娼婦や金銭的に困窮する王都民を欺いて密売人として使役し、もっぱら自己の利益と保身のために逃亡を続けたもので、その刑事責任は極めて重い。よって、主文のとおりの刑に処するのが相当である」

 書記が判決を記録するのを待って、司法大臣は一度口を閉じる。

「本判決はアルセリア王の裁可を得て確定した」

 ミシェルは何の反応も示さず前を見ていた。興奮を隠しきれずに騒ぐ貴族議員や官吏を他所に、パーシバルとチェリーナは黙って断罪された筆頭を眺めていた。


 衣を付けて揚げた豚肉を挟んでスパイシーなソースをかけ、パンに挟む。濃いめの珈琲にたっぷり牛乳を入れたカップも置いた。

「十年以上ぶりになるかしら」

 カウンターの奥で、最近買った脚の高い椅子に腰を下ろす。テレンシアは自分用に淹れた珈琲を飲んだ。

「ローズせんせいの件では心配をかけたわね」

「ええ、本当に。騎士団への信頼は地に落ちたからそのつもりでいて欲しいわ」

 控え目な佇まいと異なり、情が深く強気なテレンシアと、冷静で合理的思考のチェリーナは、同じ孤児院で育った。

「相変わらず、他への執着心が強いのね」

「友人を心配して何が悪いの? チェリ姉さんが、その、無駄に良過ぎる頭脳でもっと早くあの屑を捕まえてくれたら良かったのに」

 妹分の辛辣な苦情に、チェリーナは苦笑する。

「そうね、もっと本腰を入れるべきだったわ。特別捜査部隊は試験的に作られた部隊だったから、手探りだったのよ」

 言い訳しながらカツサンドを頬張り、カフェオレを飲んだ。

「……イーサンせんせいも、密売に関わっていたのよね」

「ええ、鉱山で医師として15年以上は無償労働ね」

「いい人そうだったのに、残念だわ」

 チェリーナはあっという間に皿を空にした。

「彼が娘のために抽出した薬で、何人も亡くなっている。それでもいい人かしら」

 テレンシアは答えられずに俯いた。チェリーナに自分の心情を素直に吐露する度に、正論で諭される。テレンシアは昔からチェリーナとの会話が苦手だった。

「同情の余地はある。官吏を秘密裏に処刑する訳には行かないっていう理由もあって、機会を与えられた面もあるけれど」

 カフェオレを飲み干してチェリーナは立ち上がる。

「もう、帰るの」

「ええ、好物を覚えていてくれて、ありがとう、シア」

 微笑んで出て行くチェリーナに、テレンシアははにかんでそっぽを向いた。


 年末に黒狼隊長が辞職した。後任はミシェル・ムーの裁判が終わってから決まるらしい。

「ハリアー隊長が隊長になるんじゃないんすか」

「隊長が隊長では紛らわしいぞ、ルーク」

 ヒースレッドが突っ込みを入れる。年初恒例の近衛と警邏の合同訓練で、ルークはパーシバルから一本取っていた。暢気そうな佇まいとは異なり、剣の冴えは年々鋭く進化している。

「俺に隊長は向かない」

「そうっすか? 特捜では完璧っつう感じでしたよ。潜入の時のもっさりなのに色男もすごかったですし」

「副長は確かに素晴らしい功績を残されているが、ルーク、口の利き方を考えろ」

 ルークの軽口をハラハラと見守るヒースレッドに、パーシバルは笑い声を上げた。

「ハハハ、お前たちは二人揃うと塩梅がちょうどいいな」

 爽やかな笑顔を浮かべるパーシバルに、見学の使用人たちから歓声が上がる。観客と化した王宮使用人たちの中には、見知った顔もあって、ルークは笑顔で手を振った。

「あ、ターニャちゃん、セイラ、よっす」

「……よっすとは」

「ええ? なんだよ、ヒース。さっきから」

 小柄ながら赤毛が鮮やかなターニャと、華奢ではかなげなセイラは、女性たちの中でも見つけやすく個性が強い。

「二人とも見学に来てしまって、医局は大丈夫なのだろうか」

 二人より目立つ容姿をしているローズの姿は見えない。ルークは目を凝らしてローズを探した。

「医局はしばらく閉鎖が決まっている」

 パーシバルが差し出された水を飲みながら言った。ルークとヒースレッドは顔を見合わせる。

「そんな、困ります、俺、どこで薬貰えばいいんすか」

「私も……できれば、ローズせんせいに経過を見守っていただきたいところですが」

 二人の少年が心配そうに顔を曇らせるのを見て、パーシバルは大きな手でルークの髪をかき回した。

「犬のような顔をするな、ルーク。しばらくと言っただろう。アシッド医師が罷免されるだろう? 人員の補充が必要だし、体制を立て直す必要がある」

 パーシバルの行動に、使用人の女性から再び黄色い悲鳴が上がる。新人騎士は初の合同訓練参加となる。毎年パーシバル見たさに集まる女性使用人たちの熱狂ぶりに初めて接して驚きと戸惑いを覚えていた。

「新たに医師が増えるのでしょうか」

「そうらしい。もう、目当てはあるそうだ。それに……耳を貸せ」

 ヒースレッドはパーシバルの手招きに従い、彼に近づく。女性たちが色めき立った。

「医局に騎士団の医療や科学分野の補佐をお願いすることになった」

「そうなんですか」

「ああ、近衛の在り方も変わる。特捜は一度解散したが、次もある。議会で議論になるだろう」

 驚きと同時に新鮮な空気が胸を満たした。ヒースレッドは笑顔でルークを見上げる。

「ん? いい話か?」

「ああ、後で話す。その前に、手合わせだ、ルーク」

「お、受けて立つよ」

 剣を手に明るい表情を見せる少年騎士二人の背を、パーシバルも追った。

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