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王宮医局のカルテ  作者: 夕月夕雷
シーズンⅠ 第四章
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閑話ー5 セリーナ・タイムズ 号外

新進麻薬(モールフィ)密売人拘束】

 本日、「違法薬「『モールフィ』の密売元と思われる男を拘束した」と王国騎士団警邏部より発表があった。昨日未明、郊外国立公園至近の別荘地の邸で、モールフィ事案捜査のために特設された特別捜査部隊が、元靴商の男ミシェル・ムーを捕縛した。ミシェル・ムーよりモールフィを仕入れて密売した者、共犯と目された娼妓も拘束した。密売関係者はほぼすべて捕縛済みで、脅威は去ったとしている。

 モールフィは服用すると一時的な多幸感と痛みの軽減を得るが、呼吸抑制や意識障害に陥る可能性があり、既に多数の重篤な中毒症例が報告されている。死者も出ているが、詳細な人数は発表されていない。

 今年春ごろから流行したモールフィだが、王国騎士団警邏部は特別捜査部隊を組織してモールフィ捜査の専任として活動していた。隊長には近衛部黒狼隊副長のパーシバル・ハリアー氏が就き、ミシェル・ムーの動きを非公式に追って来た。密売経路や逃走経路は綿密に練られており、発見拘束は困難を極めた。けれど、騎士団長、副騎士団長指揮のもと、近衛と警邏の垣根を越えた懸命な捜査が実を結んだ結果となった。

 モールフィは昨年にはノルディア王国でも流行しているが、流通は収束している。同国では中毒者治療のための療養所が建っており、アルセリアの中毒者も数名収容されている。


 ミシェル・ムーは四年前までセリーナで靴屋を営んでいたが、廃業して出奔し、今年春に舞い戻ったと思われる。近隣店舗の人々によると、愛想が良く優しい印象で、薬物の密売に手を染めるような人物とは思えなかったとの事だ。また、共犯と見られる娼妓は某総合医院の息女であり、医院に取材したところ、絶縁したため関知しないと回答があった。


 ミシェル・ムーがどこからモールフィを調達していたのか、背後関係は捜査中とのことで、判明していない。再度の流行に至らぬよう、今後の捜査に期待する。


担当記者後記 

 王都を震撼させたモールフィについて、記者は情報を求めて駆け回った。取材に応じて下さった、関係者の王都民の皆様に謹んで感謝を申し上げる。

 私事ながら友人の一人もモールフィで天に召されている。彼の冥福を祈って、今日もクラヴィーナを弾こうと思う。


エリオット・グレイ



 宵の入り口、花のやのカウンターで薄めたエールを飲んでいる。

「号外、読んだわ」

 店主のテレンシア――シアさんが、静かに言った。口数は少ないが、彼女の目は多くの感情を語る。

「ありがとうございます。僕としては、もっと詳しく書きたかったんですけど、発表外の憶測は控えるよう厳命されまして」

「そう……でも、人でなしが捕まって良かったわ」

 揚げたポテトと挽肉のパイ包みを置いたシアさんは、カウンタ―の下からワインを出した。

「人でなし、まあ、そうでしょうけど、まるでご存知かのような、口ぶりですね」

 引っかかりを覚えて問いかける。彼女は自分の杯にワインを注いでゆっくり微笑んだ。あまり見られない笑顔に見惚れてしまう。

「書きたい記事が書けたお祝いに、頂いていいかしら?」

「は、はい!」

 奢るので飲んでくれと何回か誘いをかけたが、断られている。上ずった声で了承すると、彼女が杯を差し出して来た。エールを持って杯同士を合わせる。

「おめでとう、エリオット」

「あ、う……はいぃ」

 名前まで呼んで貰えて多幸感に包まれた。黒目がちな切れ長の目が、僕を映している。胸がいっぱいになって、エールを飲み干した。

「ところで、あなたはクラヴィーナが弾けるの」

「はい、趣味で弾きます。取材がてら色々な場所へ行くので、見つけたら弾く感じで」

「へえ、楽器が弾けるっていいわね」

 シアさんが興味を抱いてくれている事が嬉し過ぎて、僕は帰宅するまで疑問をはぐらかされた事に気づかなかった。


 数日後、騎士団の特別捜査部隊から呼び出された。緊張しつつ本殿の階段を上る。

「本日はわざわざご足労いただき、ありがとうございます。騎士団副団長の補佐官で、特別捜査部隊にも所属しているチェリーナ・トポロジーです」

 自分より長身で昨今流行りの短い髪型に眼鏡をかけた女性が、名乗って礼をした。

「エリオット・グレイです。モールフィ事件に関する追加発表ですか? どうして僕だけが呼ばれたんでしょうか」

 メモ帳を取り出し胸ポケットからペンを引き抜く。補佐官は薄く微笑んだ。どことなく、シアさんと雰囲気が似ていてドキリとした。同世代だからだろうか。

「あなたが事件について多くの情報を掴んでいるにも関わらず、こちらの意図を汲んで記事では伏せて下さったことに、感謝します。その代わりといってはなんですが、ある程度まで裏情報を提供しようと思いました」

「それって、聞いても書くなって意味ですか」

「いいえ、書いてもらっても差支えない情報だけお伝えします」

 首を傾げる僕に、資料が差し出された。

「これは、モールフィの反転薬、ナロキソンについての資料です。隣国の研究所でつい昨日発表された内容になります。内容は読んでいただくとして。現在、ナロキソンを輸入する手続きを進めています。認可まで時間がかかるでしょうが、反転薬があれば中毒者が助かる確率が上がります」

 彼女は細い指で眼鏡の蔓を押し上げる。僕は渡された資料に目を通したが、内容が専門的過ぎて一見しただけでは理解できなかった。

「……これを記事にして民心を安心させろと」

「あなたがモールフィについて記事にしたかったのは、王都民に注意喚起をして救いたかったから、でしょう? この情報もその一つです」

 僕は口を噤んで考え込んだ。

「承知しました、記事にしましょう。ところで、先日は濁されていた、上流階級への普及については、その後背後関係が判明したんですか」

 そちらが利用する心づもりでいるなら、僕も貴重な情報源として活用しよう。僕の思惑に対して、補佐官は笑みを深くした。

「貪欲ですね。裁判は非公開で行われます。罪状と処分が確定した段階でお知らせしますよ。お待ちください」

「王宮や騎士団の関係者が関わっているから、公けにはできないって解釈でいいんですか」

「どうでしょう? ですが、それは今すぐ記事にしなくても、王都民が危険にさらされることはありませんよ。ルーク、お見送りしてください」

 控えていた若い騎士が、僕に立つよう促した。

「また、話を伺いに来てもいいですか」

 背を押されながら振り返って叫ぶ。

「うわあ、しつこいっすねえ」

「そんなことより、テレンシアによろしく言っておいてくださいね。チェリーナも元気だと伝えて」

「え?」

 僕と同じくらい細いが、力強い腕に押されて、扉から出された。

「あの、補佐官はシアさんとお知り合いなんですか」

「……花のやは料理が美味いっすから」

 若い騎士は苦笑して答える。

「騎士様って確か、文化会館でお会いしましたよね」

「覚えてるんすか、そうっす」

 彼は目を見開いた。感情の動きが見えやすい質らしい。

「あなたもミシェル・ムー捕縛には加わったんですか?」

「……俺の口から言えることはないっす。てか、記者さん、記者より演奏家になった方がいいんじゃないすか。クラヴィーナ、めっちゃ良かったっすよ」

 簡単には口は割らないが、人と親交を深めるのを厭わない人柄なのだろう。会話が自然で気まずさを感じさせない。

「演奏は趣味なので。騎士様も花のやは行った事があるんですか」

「ええ、まあ」

「まさか、シアさん狙いじゃないですよね?」

 僕の問いかけに、騎士が笑い出した。

「ハハハ、俺がシアさん狙いなんつったら、せんせいに笑われちゃうっす」

 せんせい、という単語に小首を傾げる。

「その、せんせい、というのは」

「はい、出口っと」

 出入口警備の騎士へ引き渡された僕は、手を振る若い騎士に会釈をして王宮を後にした。

 とりあえず今日も、これからまた、花のやへ顔を出そう。

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