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王宮医局のカルテ  作者: 夕月夕雷
シーズンⅠ 第四章
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夏影の剣ー9

 朝露が草原を濡らす直前未明、闇の中で騎士が8人、とある邸を包囲している。第二部隊より選抜されたノエルが門の閂をそっと抜いた。ランスロット、メルヴィン、ルーク、ヒースレッド、第三部隊より選抜のカシアン、黒狼隊より選抜のエドマンドが音を立てないよう続く。裏側には第四、第五部隊より選抜された騎士が第十三部隊長ノックスの指揮下で、逃亡経路を封じる配置に就いていた。メルヴィンとノエルが一階の窓に近づいて、様子を伺う。大きな邸ではないので、表庭に面した窓は二つしかない。パーシバルは自ら玄関扉に近づいて耳を当てた。邸内の物音は聞こえて来ない。手はず通り、ノエルとカシアンが窓付近に残り、他は扉前に集合した。メルヴィンが針金を差し込んで鍵を開ける。解錠は容易かったが、扉が重くて動かない。

「中からかんぬきだ」

 のぞき込んで囁いたランスロットは、パーシバルを見て指示を仰ぐ。

「壊せ」

 メルヴィンとランスロットが揃って扉に体当たりをした。夜明け前には大き過ぎる音が響く。メルヴィンを先頭に突入した。邸内は静かで、玄関内側には床から斜めに渡された鉄の棒が転がっている。

「行け」

 号令に従ってあらかじめ予定しておいた通りに二人ずつ動く。エドマンドとヒースレッドは玄関ホールすぐ側の部屋へ、ランスロットとメルヴィンは二階へ、パーシバルはルークを従えて、台所らしき場所へ入った。薄暗闇の中、人の気配がする。二人の騎士が剣を抜いて背中合わせに様子を伺った。

「いるっすね」

「ああ、いる」

 囁き合いながらじりじり中央にある食卓へ近づく。大きな物が倒れたような音がして、続けて走り去る足音が聞こえた。

「待て」

 パーシバルが鋭く叫んだが、足音は隣の部屋へ逃げて行く。すぐに後を追おうと足を踏み出した瞬間、銃声がして火薬が匂った。

「当たってないか」

「かすっただけっす」

 雑多に棚や調度品が置かれた部屋で、窓もある。台所に通じる入り口も玄関横の部屋に通じる入り口も、騎士が2名ずつ立っている。

「ミシェル・ムーだな、この家は騎士団が包囲している。逃亡は諦めて投降しろ」

 おそらく調度品の影に隠れているだろう人物は返事をしなかった。じりじり近づいた騎士たちは、調度品の影に丸まった布団の塊を見つける。

「俺たちは外へ出る。お前たちは二階へ行け」

 棚の影に隠れて、もう一つ台所へ通じる道があった。

「裏口っす」

 大きな棚で封鎖されていた裏口が開いている。ルークは外をのぞいてから振り返った。

「近くにいません」

 二人揃って飛び出して行くと邸の裏手に出る。第十三部隊の騎士たちの姿も見えない。

「追いかけたのだろう。念のため、邸内を確認する」

 

 裏口から人影が出て来たのを視認したノックスは、飛び出そうとした部下たちを制した。人影は慎重に周囲を伺いながら邸を囲む塀沿いに歩いて、鉄の柵門を開けて外の道へ出て行く。

「動くな」

 別動として待機していた騎士が人影――ミシェルを包囲した。彼が下ろしていた手を上げる瞬間、ノックスが背後から飛び蹴りを喰らわす。ミシェルの手から飛び出した銃が地面に転がり、火花が散った。ミシェルは頭を庇って丸くなり、包囲していた騎士たちも距離を取る。

「確保!」

 ノックスが低く命じた。銃の暴発で動きを止めていた騎士たちが我に返って対象を捕獲する。ミシェルは抵抗しなかった。蹴られた衝撃で側頭部から血が流れている。

「ハハ、すごいな、よくここを見つけたね」

 無理矢理立たされながら、ミシェルは茫然と呟いた。

「ミシェル・ムーだな」

 名前を確認するノックスをじっと見つめて、ミシェルは薄く笑う。

「ユフィで我慢してさっさと逃げれば良かったよ」

 彼の笑顔は白み始めた空に浮き上がった。



 

 階下で大きな音がしている。寝台に丸まっていたローズは素早く起き上がって扉へ駆け寄った。音を立てて取っ手を回すが、開かない。

「誰か、来てくれたの」

 ドンドンと扉を叩いて叫んだ。

「ここよ、ここにいる!」

 外側からも扉を叩く音と、積まれた棚や壺を引きずる音も聞こえる。最後に取っ手を破壊する音がして扉が開いた。

「ローズ先――」

「ローズ!」

 飛び込んで来た大きな影がローズの身体を包み込んだ。

「怪我はありませんか」

 彼女を抱きしめるメルヴィンの背後からランスロットの冷静な声がする。ローズは体中の力を抜いた。

「ああ、うん、平気」

「くそ……悪い」

 どちらに向けて謝罪したのか不明ながら、囁いてローズを解放したメルヴィンは、彼女の両肩を掴んで友人の方へ向ける。

「あ、ランスさん」

「無体はされていませんか」

「それより、コタロウは?」

「無事だよ。チェリーナがちゃんと世話してる」

 背後でメルヴィンが苦笑した。メルヴィンを見上げて、ローズは前に向き直り、じっとランスロットを見つめる。 

「そう……イーサンせんせいは?」

 ランスロットがため息交じりに答える。

「変わりありません。外部の医師と医局の受付嬢たちで看護を続けています」

「ああ、ターニャ、セイラ……わかりました」

 大きく息を吐いたローズは、腰から砕けるように膝を付いた。背後からメルヴィンが肩を、正面からランスロットが腕をとる。彼女の頭ごしにメルヴィンとランスロットの視線が一瞬だけ交錯した。

「メル、ローズせんせいを頼んだ」

 ランスロットはすぐに踵を返して、階段を駆け下りて行った。


 エドマンドとヒースレッドが二階の部屋の確認を終え、寝台に腰を下ろすローズと扉前で警戒するメルヴィンの元へ顔を出す。

「問題ありませんでした」

 ヒースレッドは報告と同時に、中へ視線を向けた。

「あ、ヒースレッド君」

 のろのろと顔を上げて薄笑いを浮かべるローズを見て、ヒースレッドは力強く頷く。

「せんせい、ご無事で」

「うん、お腹空いてるけど元気」

 ひらひら手を振るローズに、ヒースレッドとエドマンドは顔を見合わせて笑った。

「良かった」

 エドマンドがメルヴィンに目配せをして、二人は先に階段を下りて行く。

「腹減ってるって?」

 油断なく廊下を睨みつつ、メルヴィンが明るい声で聞いた。

「うん、ミシェルがまともなご飯をくれなくて。ああ、早くシアのご飯が食べたいわ」

「……シアさん、心配してた。俺なんか殴られたからな」

 メルヴィンの大きな背を見つめて、ローズは口を噛んだ。

「うん、ごめんね。もっとうまく、メルさんを誘導できると思ったんだけど、あの偽点灯夫が結構強かった」

 振り返ったメルヴィンは笑顔なのに泣き出しそうで、ローズは小さく息を飲む。

「コタロウを……守りたいっつうアンタごと、守ってやりたかったんだが、しくじったな」

「メルさん……何よ、らしくないこと言わないで。泣いちゃうでしょ」

「ハハ、ローズでも泣くのか。泣いとけ」


 ミシェル捕縛の報が入り、ローズはメルヴィンに背を支えられながら邸を出た。一週間ほど屋内に閉じ込められていたローズは、朝陽の眩しさに目を細める。

「ローズせんせい!」

 ルークが顔を真っ赤にして駆け寄った。

「無事っすか、俺も、コタロウも、無事に帰るって信じて待ってて」

 再会の嬉しさを抑えきれず、ルークは見えない尻尾を振る。

「おいおい、ルークまで忠犬みたいになってるぞ」

 メルヴィンが揶揄うと、パーシバルとランスロットも笑った。

「ローズせんせい迎えが遅くなり、心細かったでしょう。申し訳なかった。ミシェル・ムーは捕らえました」

 パーシバルが胸に手を当てて頭を下げる。ローズは静かに頷いた。視界の端で、第十三部隊の騎士たちに囲まれたミシェルの後頭部が映る。

「俺の知り合いの子の家が、休憩させてくれるって言ってるんで、移動しましょう。せんせいサモエドって知ってますか。大きくてすげえかわいい白い犬がいるんすよ」

 はしゃぐルークに腕を取られる。冷えた外気に肩をすくませている彼女の肩に、ランスロットが上着を脱いでかけた。

「あ、ありがとう、ラン……ランスさん」

「いえ」

 大きな目でじっとランスロットを見上げるローズを、メルヴィンは少し離れた位置から見守っていた。

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