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王宮医局のカルテ  作者: 夕月夕雷
シーズンⅠ 第四章
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夏影の剣ー7

 地図に載っていない貧民街の舟着き場を見つけた。メルヴィンは一度王宮へ戻り、ルークとヒースレッドは聞き込みに残された。

「せんせいに近づけているだろうか」

「うん、早く、助けてあげないと、コタロウもせんせいも寂しくて参っちゃうよな」

 封鎖された橋の近く、貧民街外れにあった舟着き場は明らかに利用した痕跡が残っていた。近くには小型の荷馬車が行き交う砂利道もあり、問屋街方面、商店街方面、学園街方面、西側の川の支流に沿って舗装された幹線道路へも通じている。

「荷馬車が多いな。登録証の提示が必要なのはどこだったか」

「ああ、ええとね。南東街道監視の詰所と、俺の家の先にある十二部隊の監視詰所だな」

 ヒースレッドは顎に手を置いて頭の中に王都から郊外へ向けての地図を描いた。

「そうすると、ここからルークの家くらいまでは、自由に荷馬車が行き来できるんだな」

「ああ、うん、多分そう。俺の家まで荷馬車は来ないけど、別荘地の商店には時々来てるんじゃねえの」

 頭の後ろで腕を組んだルークは、立ち止まって考え込むヒースレッドのつむじを眺める。特別捜査部隊臨時配属以降、ルークは毎日頭に寝ぐせを付けたまま飛び出している。一方、ヒースレッドの私服は仕立てが良いだけでなく、糊が効いていて皺がない。

「行ってみるか」

「え、どこへ」

「君の実家近くの別荘地だ。補佐官殿が挙げていた潜伏地候補の一つだった」

 秋の日暮れは早い。別荘地へ行って王宮へ取って返したら夜になる。躊躇うルークに、ヒースレッドが頭を下げた。

「別荘地は荷馬車も時々しか到着しない、となれば、いつもと違う馬車が来たら、記憶に残りやすいだろう。もし、合っていたら私たちが場所を確かめて、先輩方を派遣して貰えるようすぐ動かせる」

「行って、聞いてみたら早いって事か。ん、わかった。じゃ、行こうぜ」

 繁華街詰所へ戻った二人は詰所の騎士に伝言を残して、馬を走らせた。


「あれ、ルーク兄さま」

 白い大型犬、サモエドのホワイトを引きつれた少女が、馬から降りたルークとヒースレッドに気付いて駆け寄った。夕方の散歩途中だったらしい。

「よう、元気か。ホワイト」

「アハハ、また、先にホワイトに挨拶して」

 ホワイトが勢い良く飛びついて来るのを一しきり撫でまわして堪能したルークは、咳払いするヒースレッドによって我に返る。

「ああ、ごめんて。なあ、あのさ、ここ一週間以内くらいで、いつもと違う馬車とか、荷馬車が来なかったかな?」

「来たよ。四日前かな。なんか、空き家だと思ってた家に誰か来たみたい。挨拶もしないって執事が嘆いていたのよ」

 ホワイトが先立って歩き出す。

「ほら、ホワイトが案内するって」

 困惑するヒースレッドを他所に、ルークも少女もサモエドの後を追いかけた。木立に囲まれたこじんまりとして瀟洒な邸を遠目に、犬の足が止まる。

「ちょ、ホワイトってば、近づき過ぎたらダメてこともわかるの? 賢いなあ」

 ルークが首元を抱きしめて頬ずりするとホワイトは鼻を鳴らして、彼の頬を舐めた。

「どんな人がいるかわかる?」

「黒い髪の綺麗なお兄さん、毎日街道に馬車が迎えに来てるらしいって、お隣のおばあちゃまが言ってた」

 少女に案内されて、ルークとヒースレッドは執事と少女宅隣人の老婦人の話を聞く。老婦人が見かけた人物は話を聞く限り筆頭捕縛対象、ミシェル・ムーに近い。

「あの家にいるかな、せんせいは」

「近づき過ぎて、銃を持っている筆頭を刺激したら危ない。帰ろう」

 少女たちに礼を述べ、二人は暮れ行く道を王宮へと馬で駆け戻った。



 白衣を着た高齢の医師がゆっくりした足取りで診察室を出て行く。セイラは開けていた窓を閉めて、運び込まれた簡易寝台の上に寝転んだ。ローズが拉致され、夜間のイーサンの見守り看護をターニャと交代で引き受けている。主に身体を拭いて、褥瘡(とこずれ)が出来ないよう動かしたり、汚れた寝具や衣類を取り換えたりした。

「セイラ、いる?」

「ターニャ先輩」

 起き上がってスカートの裾を直す。手招きされてイーサンの状態が落ち着ている様子なのを確認して診察室を出た。受付の上にお茶と焼き菓子が置かれている。

「差し入れ。夕食は食べたの?」

「はい、一応、宿舎で食べてから来ました」

 カップを手に患者の待機用に置かれた椅子へ腰を下ろした二人は、お茶と菓子を堪能した。

「きつくない? 受付嬢の仕事じゃないよね」

「弟妹のお世話をしていたので」

「小さい子と大人の男の人じゃ、世話の大変さが違うでしょ」

 水色の瞳が真っすぐセイラを射抜く。

「……着替えとか、匂いはちょっと、しんどいです」

 観念して率直な感想を述べると、ターニャは大きく何度も頷いた。

「そうよね。私はイーサンせんせいにはお世話になってたし、まだいいけど、セイラはほとんど顔を合わせる前に、こうなっちゃってるから」

 気遣われた事が嬉しくて、セイラは薄っすら目に涙を浮かべる。何度も瞬きをして菓子を飲み込み損ねて咽た。

「ケホッケホッ、す、すみません」

 ターニャはセイラの背を叩いて笑う。

「アハハ、もう、セイラってば、感動屋よね」

 お茶を飲み干して立ち上がったターニャは、薄いガス灯の点いた廊下をぼんやり見つめる。通常の医局は夜間閉局しており、灯りが入る事はほとんどなかった。

「ローズせんせいは、いつ戻られるんでしょうか? 具合が悪いのかどうかも教えてくれないから」

 騎士団の対応を不思議に感じるものの、セイラは詳細を問い詰める勇気も気概もない。

「本当に、どうなってるのかしら。心配でもう、どうしたらいいか」

 今度はターニャの目が潤んだ。

「クウン」

 その時、階段の方から聞き覚えのある鳴き声が聞こえた。椅子を蹴飛ばす勢いで音の方向へ走ったターニャに、コタロウが大歓喜で飛びついた。

「コタロウ! ああ、どうしたの」

 リードの先を持つヒースレッドは、ターニャとセイラに丁寧に腰を折る。

「こんばんは、コタロウの玩具があれば、貸して欲しいと頼まれて来ました」

 コタロウを撫でまわすターニャの隣で、恐る恐る伸ばされたセイラの手に、黒い鼻先が近づいて匂いを嗅いだ。

「アーオ」

 愛らしい声で鳴くコタロウの背をそっと撫で、セイラは受付にある棚の中から、縄で編まれた犬用玩具を見つけ出す。

「あの、これ」

「ああ、ありがとう」

 品良く微笑んで玩具を受け取ったヒースレッドは、少女二人を観察して柔らかな声で言った。

「アシッド医師の看護を買って出てくれていると聞きました。本来なら騎士団がやらなくてはならないのに、申し訳ない」

 イーサンが快復したら捕縛されるとは聞いている。新たに医局受付となってから日も浅い。セイラの中で不安は大きかった。コタロウが主不在で鍵が掛けられているローズの診察室の扉へ突撃して、前脚でカリカリと引っ掻き始める。

「入りたいの? ヒースレッドさん、いいですか」

「はい」

 リードを渡されたターニャは、コタロウを連れてローズの診察室へ入った。セイラとヒースレッドも中へ入り、扉を閉めてリードを外す。

「束の間の自由よ、コタロウ」

 興奮した様子で部屋の中を走り回ったコタロウは、椅子にかかっているローズのひざ掛けを床へ引きずり下ろした。

「あ、コタロウちゃん、ダメ」

 止めようとするセイラの腕を、ターニャが掴んだ。無言で首を振る先輩に、セイラは動くのをやめる。コタロウはひざ掛けの匂いを一しきり嗅いだ後、その上で丸くなった。

「せんせいの匂いで安心するんですね」

 眉尻を下げるヒースレッドの右手の甲にセイラ、左手の甲にターニャの手が触れている。困って様子を伺うヒースレッドに、二人は気づかなかった。

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