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王宮医局のカルテ  作者: 夕月夕雷
シーズンⅠ 第四章
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夏影の剣ー6

 空気の乾いた夜、メルヴィンは星が良く見える空を見上げる。花街裏門近くに立つその影は、雑踏の中でも頭一つ以上飛び出てしまう長身で筋肉の鎧に覆われている。彼は同世代の子どもより常に大柄で、騎士を多数輩出して来た家柄出身だった。将来について深く考える事なく騎士科を選んだ。

「ちっ」

 舌打ちをして短く刈り込んだ白金色の髪をかき回す。

「すまん」

 言い訳は一切しなかった。

「メルの判断が間違っていたとは思わない。あの人は止めても行っただろう」

 メルヴィンはランスロットが、ローズに対して特別な想いを持っていると知っている。親友はテレンシアのように感情を露わに責めたりしなかった。その言動も心情も慮れるから余計に悔しい。

「騎士は何を護ればいい」

 ローズが我が子同然に大切にしているコタロウは無事に保護した。温かな犬を抱えて、落ちていたレースのリボンを拾った時の絶望は記憶に新しい。

「俺は別の方向から探してみる」

 チェリーナに相談し、パーシバルにも許可を貰ったメルヴィンは、ヒースレッドやルークの助けも借りて、ユーフェミア周辺を調べている。パーシバルが彼女と接触して以降、彼女の客を全て報告させていた。第十三部隊の隊長だった時の独自の伝手を頼りに、花街の情報を洗い直している。

「メルヴィン殿、聞いてきました」

 暗色のフード付きローブを頭からすっぽりかぶったヒースレッドが僅かにフードを持ち上げて目配せをした。人目を気にして移動した二人は、周囲を伺いながら声を潜める。

「どうだった」

「はい、明け方になったら、出て来るだろうと」

「そうか、俺が待つから帰ってもいいぞ」

「いえ、一緒に待ちます」

 水路図を睨んで調査した舟着き場は全て空振りだった。角度を変えて記録ではなく人の記憶に頼る事にする。

「警邏の仕事はどうだ?」

 古びたフード付きローブを被っているのに、背筋を伸ばして立つヒースレッドの頭を見下ろした。成長期が来る前のランスロットの頭を見下ろしていた記憶がよぎる。

「はい、ついて行くので精一杯ですが、事件を解決に貢献できたら、お世話になった先輩の弔いにもなる、とルークが言ってくれて」

「そっか、あいつって、深く考えずにはっとするような事言うよな」

 ヒースレッドは深く首肯した。

「私は知識も経験も浅く、ルークのように柔軟な対応ができないので、いつも助けられています」

「大きさだけじゃなくて、真面目なところまで似てんなあ」

「え?」

 メルヴィンはヒースレッドの背を軽く小突いた。

「ヒースにはヒースの、ルークにはルークの武器がある。苦手を克服しようとすんのは悪い事じゃねえが、あんま思い詰めるな」

 たたらを踏んだヒースレッドは、裏門から出て来た身形の良い老人に気づく。

「あの方では?」

「おう、そうだな。後ろから静かに来い」

 杖を片手に矍鑠と歩く老人は、寄って来たメルヴィンに気づいて、警戒も露わに振り返った。

「おっと、すまん、俺は大きいが害のない輩だ。ちょっとだけ聞きたいことがある」

 きっちり三歩分程度距離を取り、フードを下ろして両腕を上げた。

「相談も歓談も適した時間ではないようだが」

「約束を取ろうとしてたら間に合わないんでね」

 一歩後退した身形の良い老人は、ガス灯に照らされたメルヴィンの顔を見て目を瞬かせた。

「メルじゃないか」

「よう、爺さん。暫く見ない間に、大人しそうになったな」

 警戒を解いて笑顔で寄って来た老人は、メルヴィンの太い腕を掴んで優しく叩く。

「なんだ、もっと早く中で捕まえてくれたら酒を奢ってやったのに」

「ハハ、こう見えて、仕事中なんだ」

「まだ、傭兵紛いの稼業なのか」

「まあね。ちょっと急ぎでさ、立ち話で悪いが、いいか」

「メルには助けられたこともあるからな」

「今使ってる若いのにも一緒に話を聞かせてやってくれ」

 ヒースレッドはメルヴィンの影から顔を出して、丁寧に礼をした。

「随分毛並みの良さそうな子を連れている。危ないことはやめておけよ」

「そんなヘマはしねえよ。でさ、爺さん。前に若い頃、派手に遊んだ話をしてくれた事があったろ」

 小首を傾げて記憶を辿る老人を薄明りで観察する。愛想の良い表情を浮かべているが、眼差しに油断はない。

「なんだ、そんな話か。一晩で高級娼婦を三人買った事もあるな」

「うん、色んな店に出入りしてたんだろ……舟で」

 舟の下りでメルヴィンの声が一段低くなる。ヒースレッドは息を飲んだ。老人は目線を右上へ固定させ、記憶を辿る。沈黙の後にいくつかの老舗娼館の名前を上げる。

「水明楼は特に良かった。他の客と顔を合わせず出入りできる舟着き場があってな。まあ、使うには相当払わなくちゃならなかったが」

 懐かしそうに頷く老人の肩を叩き、メルヴィンは小声で聞いた。

「他にも、そういう秘密の舟着き場がある店はあったか?」

「いやあ、ないだろう。大店(おおだな)だから二つもあったのさ。今じゃあ、水明楼は主が変わって、わしも全く足を運んでいないがな」

 メルヴィンだけでなくヒースレッドにまで小遣いを渡そうとする老人をなだめて帰途につかせ、二人は一度王宮へ戻った。


 早朝、既に執務室へ詰めているパーシバルに水明楼について報告した。仮眠を取って再度の調査をするよう命じられたメルヴィンは、数時間後、ヒースレッドを伴って水明楼を訪れていた。午前中の娼館は下働きの者しか動いていない。

「主はただいま参りますので」

「許可は以前取っている。勝手に調べる」

「あ、お待ちください、騎士様」

 中庭へ出て数日前にランスロットたちが調査済みの舟着き場をもう一度確認しているうちに、店主が不機嫌さを隠そうともせず現れた。

「何度お調べ頂いても、舟着き場を使ったりしておりません」

 不服を申し立てる店主を他所に、メルヴィンは娼館の中を無遠慮に練り歩く。

「舟着き場を調べるとしか聞いておりません、騎士様」

 動き回るメルヴィンに店主が付き従い、慇懃ながら強い口調で抗議した。ヒースレッドは仕立ての良い濃茶の上下に身を包み、二人の後ろを遅れて歩きながら、建物の様子を観察して頭に叩き込んだ。

「まるで娼館見学のようでしたな。楽しめましたか? このことは、常連の議員様にお話しさせていただきます」

 言い捨てて追い出された二人は、足早に繁華街入口詰所へ戻る。ヒースレッドは準備されていた用紙に水明楼の間取り図を描き、いくつかの箇所に印をつけた。

「ああ、俺もこの別館のところは変だと思った」

「大きさから考えて部屋が一つ足りない気がしたんです」

「そうだな、ちらっと中をのぞいたが、一部屋ずつはそこまで大きくなかった」

 馬で王宮へ取って返した二人は、チェリーナから副団長に許可を取って貰い、第一部隊を動かした。水明楼には、隠された舟着き場がある。痕跡を消そうと整えられていたため、直近に利用があったのは確定だろうと報告を受けた。

「古い時代の手書きの水路図に、こっちの水路図には載っていない舟着き場があるんです。ほら、ここ。今でいう貧民街の辺りですね。こうやって繋ぐと、水明楼から近い」

 チェリーナが線を引いた場所を現在の地図と照らし合わせる。

「行って確かめて来る。おい、ルークも借りる」

「ういっす」

 昨日の時点では水路が全て空振りだったので、独自で動く許可を得たメルヴィンと助っ人ヒースレッド以外の騎士たちは、いったん潜伏先となりやすいだろう場所の捜査へ出払っていた。パーシバルとチェリーナは執務室に詰めて、モールフィに関わる事務的手続きや決裁を進め、同時進行で指揮を執っている。潜伏先捜索班の結果連絡で戻って来ていたルークは、メルヴィンとヒースレッドと共に、王宮を飛び出した。

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