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王宮医局のカルテ  作者: 夕月夕雷
シーズンⅠ 第四章
54/103

夏影の剣ー4

 炎天下を避けて午前と夕方に開催されるアルセリア王立学園騎士科総合夏季剣技大会は、刃を潰した剣を使う。午前中に学年別代表決定戦が行われ、優勝した生徒六人が午後の総合優勝決定戦に出場する流れだ。自分だけ一回り小さい。

「調子はどうだ」

 開会式の後、出場生徒の待機用天幕の裏手で素振りを始めたランスロットの隣に、メルヴィンが並んだ。

「うん、上々。肩も手首も膝も足首も問題ない」

 生真面目に身体の具合を報告するランスロットに、メルヴィンは肩を竦める。

「そういうんじゃなくてさ、なんつうかこう……感情?」

 質問している自身も意味を理解していない様子のメルヴィンだったが、友人の問いには真摯に答えたい。

「感情か……勝ちたい。成果を見せたい」

「ああ、あれだな、ローズちゃん先輩」

 メルヴィンが耳元で囁いて揶揄って来たので、腹部を押した。

「やめろ」

 手に当たったメルヴィンの腹筋の硬さに慄く。ランスロットは刃潰しの剣を鞘に納めて発育の良い友人を見上げた。

「おまえはどうなんだ」

「ああ? 勝つしかねえよ。この間の学科で、ランスに教えて貰ったところしか点が取れてねえんだ。実技で挽回しねえと進級できねえ」

 発言とは裏腹に額を押さえて愚痴るメルヴィンには全く気負いが見られない。

「赤、メルヴィン・モーガン」

 審判役の騎士がメルヴィンの名を呼んだ。友人の仕合を見ようと天幕へ戻ったランスロットは、荷物の中の水筒を取り出して水を飲んだ。

「モーガンと親しいからって調子に乗るなよ、そんななりで予選突破なんて、よっぽどくじ運が良かったんだな」

 背後を通り過ぎざま悪態を吐く同級生に、ランスロットは視線すら向けない。今日までに何度も陰口を叩かれたし、直接嫌がらせもされた。

「仕合でやっつければいいよ。私も女の癖にって散々言われたけど、勝ったら不思議と文句言う人も減るんだよね」

 保護者面談の日から今日まで、ローズを見かけてすらいない。旧式の(かた)稽古はメルヴィンにも付き合ってもらい、一人でも継続している。ランスロットがのんびり水を飲んでいるうちに、メルヴィンが勝利した。

「青、ランスロット・リーガルン」

 早足で所定の位置に着いたランスロットは、正眼に構えて相手を観察する。メルヴィン程ではないが、十二才にしては大柄な少年が、高さを生かして振り下ろして来る剣を受け流し、剣の腹で脇を打った。

「ぐ、あ」

 顔をしかめる相手に冷静に追撃をかける。

「く、や、やああ」

 最後は苦し紛れに繰り出した一撃を除けて、首元に切っ先を突き付けて勝利した。小柄なランスロットが勝利したので、見学していた生徒や保護者から拍手が上がる。半泣きで逃げ去る相手に丁寧に礼をして、ランスロットは天幕へ戻った。

「……動ける」

 呟いて腰を下ろすランスロットの背後で人の気配がする。

「間に合った?」

 息を切らしながらも笑顔を向けて来るローズに、ランスロットの声が上ずって弾んだ。

「あ、先輩」

「ふふ、約束通り先輩が来たよ」

「はい。一回、勝ちました」

「そっか、やったね」

 そっとランスロットの二の腕を叩いたローズは、突然現れた上級生女子に困惑の視線を向ける少年たちに、笑顔を向けた。そっぽを向いたり、赤くなったり、少年の心をひとしきり乱したローズは、ランスロットに耳打ちする。

「じゃあ、あっちで、応援してるから」

 ローズが去ると入れ替わりに二回戦を終えたメルヴィンが戻った。

「お、今のってもしかしておまえの先輩か?」

「俺のじゃ……ないが」

「ローズちゃん先輩だろ。お前と同じくらい小せえな。去年決勝出たって聞いたから、もっと大きいのかと思ったぜ」

 初耳の情報に驚く間もなく、ランスロットの二回戦が始まる。相手は先ほど通りすがりに嫌味を言って来た少年だった。一回戦の相手よりは小柄だがランスロットよりは大きいし下半身ががっちりとしていて力強い剣を振るう。

「はっ、ったあ!」

 大振りな攻撃は当たったら吹き飛ばされて仕合終了だろう。避けながら軽い攻撃を仕掛けるものの、決定打に欠け膠着した競り合いが続いた。

「ちょこまかと!」

 苛立ちも露わに突っ込んで来た少年の太腿を柄で打つ。

「固い」

「だせえ攻撃してんじゃねえぞ」

 鍔迫り合いで場外へ押し出そうと相手の少年が息を吸い込んだ瞬間、ランスロットは一度深く沈んで下から上に向かって剣を振り上げた。

「ぐ、ああ!」

 少年は反動で剣から手を放してしまう。剣の転がる乾いた音が響いた。ランスロットの勝利となる。悔しがる相手に毎度のごとく丁寧に礼をして、ローズの姿を探した。保護者席の近くで大きく腕を振る彼女を見つけて、ランスロットは鼻の穴を脹らませる。普段はほとんど動かない口の端が僅かに持ち上がった。決勝の相手はメルヴィンで、互いに予想通りだった。

「俺は他の奴らみたいに油断しねえ。全力で行くぞ、ランス」

「ああ、こっちも」

 出場生徒の体格が違い過ぎて、会場を間違えているのではないかと横やりが入った。それでも、決勝が始まる。正攻法で真っすぐ向かって来るメルヴィンの剣は重い。宣言通り手加減は一切なく、受け流しきれずに何度もよろめいた。剣を合わせているうちに、互いの動きが研ぎ澄まされて行くのに気づく。剣の軌道は無駄なく洗練され、互いの手が何故か予想できた。

「はあ、はあ、はあ、はあ」

 体力勝負に持ち込まれた段階で、ランスロットの勝利の芽は摘まれていた。仕合後、飄々と昼食を取りに行くメルヴィンを見送ったランスロットは、しばらく地面に転がって石畳の冷たさを味わった。

「お疲れ様、ランちゃん。すごかったよ」

 額に濡れた布が乗る。ランスロットは薄っすら目を開けて、焦がれた碧色を視界に捕らえた。

「負け、ました」

「うん、そうだね。でも、そうだな、二年後には勝てる。ローズ先輩の予言です」

 優しい声に目頭が熱くなる。全力を越えてなお敵わない未熟が悔しい。腕で視界を覆ったランスロットは、次に聞こえた声に驚いて固まる。

「モーガン家のご子息は随分大きいな」

 父親の声だった。

「そうですねえ、お兄ちゃんと仲が良いんでしょう、すごいわねえ」

 母の声も聞こえて体中が熱くなった。観戦の手紙は送ったが、来るとは思っていなかった。

「……あれに善戦するとはな」

「ランス兄ちゃんかっこ良かったぞ」

「うん、かっこ良かったあ」

「勝ったらもっと良かった」

「あんな大きい人には勝てないわよ」

 弟妹たちも騒ぎながら感想を言っている。腕をどけてゆっくり起き上がったランスロットの目に、彼の家族と、少し離れた場所で小さく手を振るローズが見えた。ローズは家族水入らずにと気を使って距離を取っているらしい。騒がしい家族に連れられたランスロットは、ふらついた状態のまま、昼休憩の飲食店へ連れ出された。息子は敗退したので帰るという家族を見送りに会場出口へ差し掛かった時、父親が声をかけられ足を止める。

「これは、リーガルン商会の」

「ああ、部長殿」

「ご子息ですかな?」

 挨拶をしてランスロットは、纏わりつく弟妹の相手をして親の会話が終わるのを待った。

「結局、戦死認定を受けたうちの一軒は、借金して土地を買い取るらしい。土地の端だから大きな影響はないが、娘を学園に通わせる余裕があるなら、別の場所に土地を買い直して欲しいくらいだ」

「ああ、王宮騎士の……。恩給では足りないそうで、子どもの中途退学を決めたそうですよ。そこまでの覚悟を聞かされては、国としても銀行に口添えするしかありませんからな」

 感情の乗らない浅い会話を残し、ランスロットの家族は去って行く。

「ラン、ちゃん。ご家族、帰ったの?」

「ローズ先輩」

 前回見た時より細くなった手が少年の腕を掴んだ。

「一緒に、決勝見よう」

 一度強く握った彼の腕を解放したローズの背を追いかける。保護者席近くの空いた隙間に膝を抱えて座り込んだ。木の枝が張り出して葉が日陰を作ってくれている。彼女の真似をして小さく丸まるランスロットに、ローズは楽しそうな笑い声を上げた。

「ふふふ、ランちゃんって、本当、かわいい」

 面映ゆさを隠したくて膝に顔をうずめる。

 午後の仕合が始まった。体格では上級生に引けを取らないメルヴィンだったが、技術の洗練された四回生以上の生徒には競り負けた。悔しさに共感して口を噛んだランスロットは、そっと口をなぞられて固まる。

「血が出ちゃうよ」

「う、あ」

「ねえ、ランちゃん。私ね、実技だと剣技の次に応急手当が得意でね、学科だと毒物学入門と薬学入門が得意なんだ」

 ローズの話が脈絡なく始まることは良くある。耳と首を真っ赤にして硬直したまま、ランスロットは微かに頷いた。

「だから……医師に……なる」

 驚きで身体が動き出す。大きく首を動かして立ち上がるローズを見上げた。ローズは痩せてしまった手足を伸ばして、笑う。

「稽古、しよ」

 決勝を前に盛り上がる会場を後にして、二人は学園の訓練場に移動した。医師になると宣言したのが信じられないくらい、汗だくになって稽古をする。


「ローズちゃん先輩が辞めたって、おい、ランス、どういう事だよ」

 聞きたいことも言いたい事も多々あったが、十二才では上手く形にできなかった。

「医師になるんだって」

 短く答えて素振りに戻るランスロットに、メルヴィンはそれ以上何も言わなかった。




 北風が肌を刺す。薄曇りの空の下で、ランスロットは剣の(かた)をなぞっていた。学園で伝授される防御特化型の形を一通り、終わったら学園時代のローズに伝授された攻撃特化型の形を一通り振る。

「はっ、ふっ、さっ」

 短い吐息と共に一気に仮想敵へ飛び込んで、小柄な頃は取らなかった上段からの振り下ろしで終えた。

「早いな」

「隊長」

 顔と首筋に滲んだ汗を拭っていたランスロットは、手を止めて背筋を伸ばす。

「特捜に参加したら訓練を免除されるらしいとうそぶく輩がいるようだ。警邏の職務がどれほど過酷か、近衛には想像しにくいのだろうが」

 街歩きでは携帯しない大剣を抱えたパーシバルが、低く重い音を響かせながら素振りを始めた。ミシェルの隠れ家捜索、ローズ救出だけでなく、モールフィの販売経路を全て撲滅させる方向でも動かねばならない。世間への公表に関しても然るべき時期に然るべき内容で行う必要があるし、裁判に備えて、裏取り捜査も進める必要があった。

「筆頭捜索に注力させてくださり、感謝します」

「頭脳労働はチェリーナに任せておけばいい、とメルヴィンが言っていた。俺は決裁するだけだ。頭も腕も鈍らぬよう、動くだけだ」

 素振りを再開するしなやかな背に目礼をして、ランスロットは訓練場を後にする。一度自室に戻って湯を沸かしてから身体を清浄し、騎士宿舎の食堂で一人、朝食を摂った。

「あの、ここ、いいですか」

 身体に合わない警邏の制服を引っ掛けた状態の奇妙な恰好の赤毛の少女が向かいに腰を下ろす。

「……君は……」

「ターニャです。ランス隊長さん」

「ルークか」

「目立つから一応羽織っておけって貸してくれました」

 濃紺の制服の肩を掴んで引っ張るターニャを、食事の手を止めて見つめた。

「せんせいは、無事なんですか」

 突然姿を消したローズについて、医局受付嬢の二人には詳細を明かしていない。だが、ターニャは独自の情報網を持つ。推測から現況をある程度正確に割り出したらしい。

「……彼女が怪我をした痕跡はなかった」

 伝えても問題ないと判断した情報だけを端的に出す。

「何それ。元恋人とはいえ、イーサンせんせいをあんな風にした薬を流行らせた悪人ですよ!」

 泣き腫らした目で抗議され、ランスロットは口を噛んだ。

「彼女は強い人だ」

「そんなの! もう一週間も経ってるんですよ」

 食堂の外で様子を伺っていたのだろう、盛大に寝ぐせのついた頭のまま飛び込んで来たルークが、ターニャの背後から両肩に手を置いた。

「ターニャちゃん、それぐらいで。ごめんな、俺たち、頑張るから本当に、隊長なんかもう、全然寝てないんじゃないかって頑張ってるから」

 ターニャは上着を脱ぎ捨ててルークに叩きつけ、怒りに満ちた足取りで食堂を去って行く。

「すんません、隊長」

「いい。心配なのは……良くわかる」

「ありがとう、ございます」

 泣き出しそうな顔で礼を言うルークに、ランスロットは視線を落として頷いた。言葉が出て来ないランスロットを置き去りに、ルークも食堂を出る。味もわからぬまま残りを詰め込んだランスロットは、特別捜査隊執務室へ出勤した。扉を開けるとコタロウが飛びついて来て彼の足を甘噛みする。耳を左右に伏せて盛んに尻尾を振る姿に、胸が詰まった。

「おはようございます、ランスロット殿。朗報です」

 チェリーナが王都の地図と水路図を広げて二ヶ所に印をつける。勢いよくのぞき込むランスロットを押しのけ、眼鏡を押し上げたチェリーナは、彼の肩を自席の方へ追いやった。

「ヒースレッドが筆頭の潜伏先を見つけました」

 灰色の目に宿った光を、補佐官は微笑ましく見守った。

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