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王宮医局のカルテ  作者: 夕月夕雷
シーズンⅠ 第四章
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夏影の剣ー3

 水路の捜索も四日目を数えた。問屋街での作戦の日、第十三部隊がミシェル追跡中に見つけた花街近くの舟着き場と、ローズが拉致された舟着き場、利用した痕跡を見つけられた二ヶ所のみだった。

「東住宅街の水路を調べる。水路図上では近いはずの川の本流へつながってはいないが、現地を確かめてみよう」

 パーシバルの言葉に首肯したチェリーナが、ランスロットに書類を手渡す。

「東住宅街の旧舟着き場だけれど、王都のリーガルン商会所有の土地に点在しています。民政局を通じて問い合わせたところ、橋を架けた時に封鎖した舟着き場の記録が残っているそうです。取りに行ってください」

 ランスロットは突然出て来た実家の商会名にも表情を動かす事なく、静かに承諾した。


「記録ですと、舟着き場だった場所は四ヵ所になります。詰所の近くにもありますね。当方では舟着き場だった桟橋等は全て取り壊して、接岸できる状態ではありませんが、万が一という事もありますから、ご確認ください」

 商店街のリーガルン商会本部を訪ねたランスロットは、商会長室へ案内され、父の側近の話を静かに聞いている。整えられた金色の髪と感情の薄く見える灰色の瞳をした父と自分の容貌が似ていると改めて感じた。

「同行は希望しないという事でよろしいでしょうか」

「ええ、ご自由に調査してください」

 頷いた側近が、チラリと商会長の顔色を伺う。数年ぶりに顔を合わせた父と子とは思えない温度のない視線が交錯した。

「許可証は受領したが、開示する記録は旧舟着き場に関する箇所だけだ」

 言い捨てて父親は自分の机に戻って腰を下ろす。積まれた書類へ手を伸ばす上司に一礼し、側近はランスロットに向き直った。

「では、資料室で準備しておりますので、暫しお待ちください」

 退室を促されたランスロットは素直に従い、誘導されるまま扉の前に立つ。

「顔色が酷いぞ。自己管理くらいしろ」

「はい、あなたも身体にお気をつけください」

 他人行儀なやり取りを交わし、商会長室を出る。ついて来た側近が苦笑しながら言った。

「会長も照れ臭いのかもしれませんねえ」

「そんな柄ではないだろう。あの人は、自分が無駄だと思うことが嫌いですから」

「ハハ、まあ、それはそうですが。部下にとっては好ましい上司です」

「心身ともに息災で働いてもらうのが一番費用対効果が高いからだと思います。そういう、人です」

 仕事にまい進する父親の背を尊敬している。金稼ぎにおける合理性に重きを置くあまり、騎士を志した長男ランスロットとは距離が遠くなっていた。


 その日の午後、リーガルン商会で渡された記録を元に、東住宅街の旧舟着き場を回った。川の本流に近いせいか水量が多く、街中と異なり大きな船も航行できそうな幅がある。実家の商会が定期的に点検しているらしい橋から旧舟着き場だった場所を見下ろした。

「舟を止めて置ける場所もないし、上がる道も塞がれてる」

 日光を反射して水面が光る。金の髪が、風で乱れた。

「次は……どこだ」

 焦燥が口を吐いて出る。東住宅街の旧舟着き場も空振りだった。




 ランスロットが騎士科に通い始めてから半年、日が長くなり陽光も暑くなり始めた頃、一年に一度ある保護者面談が行われていた。

「お子さんは大変優秀です。学科はもちろん、小柄ながら剣の模擬仕合なども勝利を収める回数が増えているようです」

「ふむ、して、あと二年半で卒業試験を突破できますかな」

 ランスロットの父親は、担任教師の評価を歯牙にもかけない口ぶりで質問をする。

「制度上は三年間通えば卒業可能となっておりますが、そのような生徒はほとんどおりませんので」

 担任教師は隣に座る教頭を横目で伺い、額の汗を拭った。

「商人の倅がいつまでも騎士になりたいと夢を追いかけられても困りますので、学生時代に貴族のご子息方と上手く親交さえ深めてくれたら、それでいい」

 三年間で学園の卒業試験を突破、更に王国騎士団の入団試験も一発合格したら、騎士になっても良い。学費を出し渋る父親を説得するために、母親と一緒に考えた条件は不可能ではないが、壁は高い。

「そうは仰いますが、時代は刻々と変化しております。親と異なる生業を選ぶ子が増えてこその政変の価値だとは、思いませんか。ランスロット君は大きな才に恵まれていますし、努力もしています」

 いち早く先進的な考え方を取り入れた教頭の横やりに、ランスロットの父親は端正な顔に浮かべていた笑みを消す。

「努力するのは当然ですよ。騎士になりたいのは愚息の我がままであって私は一貫して反対なんですから」

 ではなぜ通わせているのか、と問いかけたら余計に話がこじれると判断し、教頭は話をそらした。

「交友関係に言及されていらっしゃいましたな、こちらでは二名ほど、ご子息と親しい生徒を存じております」

 父親は灰色の目を示された資料に落とす。

「モーガン家は、確か中央貴族で議席も持ってらっしゃいましたね」

「はい、メルヴィン君とは教養科の頃より親しくしているようです」

 火種となる話題から遠ざかったと安堵した担任教師は、首の汗を拭った。教頭は隣で静かに頷いている。

「して、この、ローズ・ワーロングという生徒は名前からして女生徒のようですが」

「はい、上級生ですね。騎士職には事務方や後方支援も必要ですので、女性も一定数おります。とはいえ、彼女はお父上が王宮騎士だったので、実技もなかなかの」

「ああ、ワーロング、聞き覚えがあると思いました」

 担任教師の言葉を途中で遮る父親の声が冷淡に響いた。

「確か、戦死認定を待っている家じゃありませんか」

 教師二人は反応に困って顔を見合わせる。

「……ご子息の面倒を良く見ているようです」

「ふうん? 学園に通う余裕があるとは……」

 小さく鼻を鳴らし、ランスロットの父親は感情の薄い灰色の瞳を伏せた。面談恒例の寄付要請を忌避する手段だったのか、本気で学園を息子に貴族との縁を結ばせるためだけに通わせているのか、父親の真意は不明なまま面談は終わった。

「父が失礼な態度で、申し訳ありません」

 人は好いが気弱な傾向のある担任教師に、面談について愚痴を聞かされたランスロットは、丁寧に謝罪する。

「いやいや、ランスロット君は悪くないよ。むしろ良くあのお父上を説得して通っているなあと感心したくらいで」

「父は一度言ったことは、気に入らなくても守りますので」

「はあ、なるほどねえ」

 話し足りなそうな担任教師に深く腰を折った礼をして、ランスロットは訓練場へ走った。週に一回、旧王時代の剣の(かた)を基礎とした実戦剣技を習っている。

「先輩、遅くなりました」

 訓練場の端の方でぼんやり佇んでいたローズは、普段と異なる歪な笑みを浮かべて後輩を出迎えた。気になったものの、率直に言うと変な顔をしているけれどどうしたか、と失礼な質問になってしまうので、ランスロットは口を閉ざす。

「よし、終わり! ランちゃん、いい感じ、腕の筋肉もかなり固くなって来たね」

 毎度遠慮なく触れて来るローズに、少年は縮まるだけで何も言えない。恥ずかしいが、嬉しい。もっと触れて欲しい気もするし、離れて欲しい気もする。複雑な少年心はともかく、ランスロットの模擬仕合の勝率は右肩上がりだった。

「あの、今度の、夏季大会に、一回生代表として出る事になりました」

 稽古後の上気した頬のまま、ランスロットが報告する。

「本当に? すごいね。ランちゃん、すごく頑張ってるもんね」 

 騎士科では一年間に二度、剣技大会が開かれる。学年ごとに選抜予選が行われ、上位8名、計48名が出場することになっていた。

「あの、ローズ先輩も、出ますか」

「うーん……私も去年までは出られたけど、今年はもうダメだね。皆こーんなに大きくなっちゃって。速さと(かた)だけじゃ、8位に食い込めなかったんだ」

 頭上に振り上げたローズの腕は華奢で、小柄なランスロットより細い。出会った頃は太って来て困ると言っていたのに、最近の彼女の腕や胴回りは細くなっている気がした。

「……先輩、もしかして痩せましたか」

 前を歩くローズの背に問いかける。振り返ったローズは泣き出しそうな表情をしていた。

「最近、夕飯抜いてるから。ほら太ったし……うん」

 言い訳の途中で苦笑して口を閉ざすローズを、ランスロットは立ち止まってじっと見つめる。夕飯の時間帯に寮の食堂でローズを見かける回数が減った。上級生と同伴している彼女に声をかける事はなかったが、動向は気にしていたので、不在を残念に感じていた。

「今日はその……食堂、一緒に行きませんか」

 勇気を出して誘ってみると、ローズは伏せがちだった碧眼を見開いて駆け寄って来る。

「え、ランちゃんが誘ってくれた!」

 大きく腕を広げて包み込むようランスロットを抱きしめた後、ローズははにかんだ。

「あ、俺…男、だから、その」

「ごめん、ちゃんとわかってる。もう、しない」

 ローズは飛び退いて悪戯っぽく笑った。動悸、息切れ、身じろぎを忘れる。

「嫌じゃ、ないです」

「ふふ、ランちゃんてば……ごめんね、食堂は行けない。あと、来週から稽古も一緒にできない。ちょっと家の事で忙しくなりそうなんだ。大会、頑張ってね、応援する」

 彼女は言いたい事をまくし立てて、ひらひらと手を振った。少しだけ小さくなった先輩の背を、ランスロットは黙って静かに見送った。

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