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王宮医局のカルテ  作者: 夕月夕雷
シーズンⅠ 第四章
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夏影の剣ー1

 政変前の王都の水路図を参考にしたチェリーナの見立てに従い、特捜部の騎士達は片端からかつて舟着き場があった場所を調査している。

「使用した形跡はなかった」

 濃紺の制服に貼り付いた蜘蛛の巣を払いながら温室を通り抜け、瀟洒な娼館の庭に戻った。

「だから言ったじゃないですか、今更水路なんて使ってないって」

 怒気交じりに苦情を述べる娼館主に、ランスロットは温度のない眼差しを向ける。

「夏以降、あなたの店の女性たちに、薬を飲ませる客が出て来ていませんか」

 途端に視線をうろつかせる娼館主の肩を、ノエルが強めに掴んだ。

「い、いやあ……なんの、お話だか」

「店の女性の安全を守るのはあなたの役目です」

 遠回しの圧力が効いたのか、娼館主はそれ以上何も言わずに騎士たちを送り出した。

「次は、ここ、水明楼(すいめいろう)だな」

 娼館巡りも三件目となり、起床の遅い娼婦たちも動き始めている。

「あら、騎士さま、制服で来るなんて、気が逸り過ぎじゃない」

 舟着き場があった娼館は老舗で高級な傾向にある。所属する娼婦の自尊心も高い。明らかに客ではない騎士に対しても臆せず軽口を叩いた。

「主はいますか」

「ああ、これはこれは、警邏の騎士様方、お疲れ様でございます」

 娼館主らしい男が娼婦を下がらせ、手もみしながら上目遣いをする。

「騎士団発行の許可証です」

 チェリーナが施した封蝋を開いて、娼館主は証書にじっくり目を通した。

「政変前に使われていた舟着き場があるだろう? 確認させてもらいます」

 佇まいは威圧的だが、言葉遣いは丁寧なランスロットを見上げ、娼館主は証書を差し戻す。

「後日控えを郵送します」

「それはご丁寧にどうも」

 階上の部屋から顔を出して、玄関にひしめく男たちを見下ろしていた娼婦の一人が叫んだ。

「ワタクシたちは決して、変な薬なんて飲んでいません!」

「やめなさい、部屋へ入れ」

 叫んだ娼婦は、同僚になだめられつつ姿を消す。娼館主は丁寧に腰を折って、静かな声で言った。

「私どもの店では、床入りとお着換えは別室となっており、お客様の荷物も別室に待機しているお付きの者が管理致します」

 高級娼館の規則に詳しくない騎士たちは、皆、大人しく話を聞いている。

「なるほど」

「大切な商品を壊されてはたまりませんから、昨今の()の流行には眉をひそめておりました。舟着き場だった水路へは中庭から行けます。さあ、こちらへ」

 娼館主は奥へ向かって歩き出す。騎士たちはぞろぞろと続いた。

「このように堅実な店でも、不埒な客が紛れ込んだりするんですか」

 ランスロットの問いに娼館主は苦笑する。

「ええ、できうる限り身元をお調べしますが、深く詮索は致しませんので」

「厄介ごとに巻き込まれぬよう、ある程度の詮索は必要ではありませんか」

「ええ、ええ、騎士様。仰る通りです。ご忠告頂いた通り、注意深く参りたいと存じます」

 流暢に答えつつ娼館主が中庭の木戸を開けた。別館との間に水路へ下る道が伸びている。

「ここからは我々だけで行きます」

 見栄えのためだろう、道も舟着き場も草は刈られていたが、水路を利用した形跡はない。

「花街の水路は利用していないのか」

 矜持の高そうな高級娼館主に見送られ、ランスロットたちは花街を後にした。本日割り当てられた場所の調査は済んだ。

「報告に戻る。俺だけでいい、明日に備えて休んでくれ」

 騎士棟前で解散を告げる。

「隊長、俺も行っていいっすか」

 連日の稼働で疲労が蓄積しているだろう騎士たちに、しっかり休息を取らせるよう、命じられていた。

「……コタロウか」

「はい、チェリーナ補佐官にも懐いてるみたいっすけど、やっぱ、俺を見ると嬉しそうにしてるし、散歩だけでも行けたらって」

「そうだな」

 望んだ成果の出なかった二人の足取りは重い。顔色も白いが、声だけは明るさを失わないよう努力していた。

「綺麗な、夕焼けっすね」

 王宮本殿が、濃い橙色に染まっている。ランスロットは夕焼けの空をゆっくり見上げた。



 12才の時、ランスロットは王立学園騎士科に合格した。同時入学の同級生に比べて小柄で華奢で声も高く、成長速度が遅かったのだと今では理解している。肌は柔らかそうで、整った顔立ちは怜悧さよりも愛らしさが勝ち、少年というより少女めいて見えた。

「おまえ、本当に男かよ! 小さいし声も高いし」

 筆記試験こそ上位で突破したが、模擬仕合では力で圧し負ける。

「商人の子の癖に騎士になろうなんておこがましいんだよ」

 政変後に身分制度は緩やかに変化したが、ランスロットが騎士科に入学した頃は、まだ貴族の血統にこだわる親の影響下にある子どもが多かった。

「ハハ、弱い、弱い」

 訓練用の木剣の柄ごと強く押されて、耐え切れず尻餅を付く。

「止め」

 教師の号令がかかったが、仕合相手の少年は聞こえない振りをしてランスロットの腕に木剣を振り下ろす。

「ぐっ」

「おらおらあ」

 教師でさえ貴族出身者が多かった。貴族の息子が商人の息子に理不尽な態度で臨んでも、注意すらしない。

「おい、号令かかってんだろ!」

 よろめきながら立ち上がるランスロットの前に、大きな影が立ちはだかる。

「メル、大丈夫だ、まだやれる」

「うるせえ、俺はこういうの、本当に嫌いなんだよ」

 小柄なランスロットより頭二つ分程大きなメルヴィンは、仕合相手の少年だけでなく教師すら睨みつけている。

「んん、号令はしっかり聞き給え」

「聞こえなかったんだ、仕合なんだから、勝とうとするのは当たり前だろ」

 仕合相手の少年が怯えを隠してメルヴィンを見上げた時、終業の鐘が鳴った。

「しゅ、終了だ。道具係は片付けるように」

 メルヴィンはもう一度教師と少年を睨みつけ、舌打ちをしながら歩き出した。切りそびれて伸びた髪を耳にかけて、ランスロットが隣に並んだ。

「すまない」

「なんで謝るかな。言ったろ、俺はああいう、みっともないの嫌いなんだよ」

「もっと頑張る」

「おまえの話じゃねえのに。ったく、ランスは真面目過ぎんだよ」

 教養科で同じクラスになり、メルヴィンに勉強を教えるようになってから二人は親しい。彼は12才ながら、既に元騎士だった教師たちと同様の体格へ成長している。

「あと、三年しかないから」

 ランスロットは父親の方針で、最短卒業期間である三年分しか学費を出さないと明言されている。平均四~五年通う生徒が多い中、上級生を含めた中で学科も実技も上位を取らなければ卒業は認定されない。

 放課後、食堂でやけ食いをするというメルヴィンと別れ、訓練場へ足を運んだ。一年が始まったばかりで、自主練に励む同級生はまだいない。外気は凍てつき空気も乾いている。上級生らしき生徒の中で、一人だけランスロットと似たような体格の者がいた。

「よう、打ち合い、やろうよ」

 メルヴィン程ではないが、がっちりと長身の生徒が、小柄な生徒に仕合を申し出ている。

「いいよ、審判は、ああ、君、いいかな?」

 請け負った小柄な生徒は、柔らかそうな黒髪を首の辺りで切り揃え、碧色の大きな目をしている。

「はい、自分で良ければ」

 偶然手を止めたランスロットは、近づいて来た上級生の声を聞いて、少女なのだと気づいた。

「ええ? 入学したての下級生には荷が重いんじゃないか」

 ぼやく相手を無視して、碧眼の少女が正眼に木剣を構えた。力の抜けた自然体ながら、ピリリとした緊張感もある。対する生徒は、上段に左に木剣を構え、高さを活かした戦法を取ると暗に宣言した。

「はじめ!」

 声が上ずる。少女の柔らかそうな黒い髪が、光に当たると赤い。体格の良い男子生徒が力強く踏み込んだ。彼女はひらりとかわす。何度も踏み込まれては、縦横無尽にかわす少女に、相手は苛立ちも露わに雑に木剣を振り下ろした。

「ふっ」

 木剣同士がぶつかる音がして、直後に少女の剣先が相手の首すれすれで止まる。

「や、止め!」

 驚きを含んだ甲高い声での号令で、少女は木剣を引いた。

「はあ、また、負けたわ。てか、下級生、いい目してるなあ」

 男子生徒は一歩後退しつつ、ランスロットに笑顔を向ける。目を瞬かせてから静かに一礼するランスロットに、少女が近づく。

「ありがとう、君の素振りは綺麗だから、目もいいんじゃないかと思ったんだ。合ってたね」

「いえ」

 賛辞を浴びて耳を染めたランスロットの肩を叩いて、少女は仕合相手の生徒と共に離れて行った。

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