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王宮医局のカルテ  作者: 夕月夕雷
シーズンⅠ 第三章
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黒狼の選良騎士ー24

 濡れた縄を角ばった杭に投げ、木板の腐っている部分を飛び越えて上陸する。軽やかに降り立った男の頬は上気していて薄く色づいていた。

「ようやく話せるね」

 仕立ての良い濃紺の上下に灰色の外套姿のミシェルは、秋晴れの空を見上げる。アルセリア隣国の温厚堅実な両親の元に生まれたミシェルは、幼い頃から目端の利く子どもだった。両親や客の顔色を伺い、笑顔で子どもらしい行動をする。大人が好むように動く事で自分の欲求を満たした。

「ミシェル、手が血だらけよ、どうしたの!?」

 悲鳴を上げた母は、後から息子が友人の頭を石で殴ったと聞いて卒倒した。

「意地悪な事を言われても、暴力を振るってはいけない」

 友人の両親に平謝りしたミシェルの両親が、帰宅後に息子を呼んで言い聞かせる。愛らしい亜麻色の瞳を涙で潤ませて泣き出した息子が、反省したのだと、両親は信じた。近所の学校に通い出したミシェルは成績も良く、外見も人当たりも良かったが、時々普通の人間には理解できない言動をする。

「僕が言った方法で上手に盗って来れたんだ。じゃあ、半分は僕が貰うよ」

 ミシェルにそそのかされた友人が、自分の親に睡眠薬を盛って金を盗んだ事件が露見した十一才の時、両親は息子を連れて政変で混乱するアルセリアに移住した。

「ごめんなさい、僕、お金が欲しかっただけなんだ」

 泣いて謝るミシェルが改心していると信じたかった両親は、息子が二十一才の時に揃って急逝する。

「僕はもう泣いて謝るのには飽きちゃった。父さんも母さんももう休んでいいよ。疲れたでしょう?」

 両親の墓の隣にはミシェルと恋人同士だった娘の墓もあった。妊娠した彼女に堕胎薬を飲ませたが、故意だったのか分量の誤りだったのか、母子ともに死亡してしまう。孫の誕生を楽しみにしていた両親は、揃って息子に貰った毒薬を服用してこの世を去った。

「ごめんなさい、ミシェル。普通に生んであげられなくて、ごめんなさい」

 震える手で薬を飲む自分の母親を、ミシェルは薄い笑みで見送った。彼らが開いた靴屋を丸ごと継いだミシェルは、二年後、ローズと出会う。自分の商売のやり方に苦言を呈してくる商会の人間に盛ろうとした毒を誤って少量摂取してしまって受診した。

「ええ? 緑毒(りょくどく)を吸い込んだ?」

「はい、殺鼠団子を作ろうとしてて失敗しちゃって」

「素人が作るのは危険です」

「心配してくれてありがとう」

 ミシェルが流し目をするとローズは口元を緩める。

「あら、医師として当然ですよ」

医師(せんせい)って綺麗なだけじゃなくて優しいんですね」

 蕩けるような笑顔で率直に褒めるミシェルに、ローズは頬を染めた。何かと理由をつけて通い詰めたミシェルは、晴れてローズと恋人になる。


 目隠しに残した木々の間から、請負人(なんでもや)がローズを連れて現れた。隣国や東方の国の来賓がその治安の良さに感心する王都セリーナだが、裏稼業というのは駆除しても何度も湧いてくる害虫に似ていてきりがない。ミシェルが彼に金貨を投げて依頼したローズの拉致は時間がかかったものの成功した。

「俺はここまでだ。犬のことは心配するな」

 点灯夫姿の請負人(なんでもや)が、桟橋で立つミシェルに向かってローズの背を押す。

「成功報酬は薬屋に置いてある」

 騎士団は問屋街の元薬屋を調べ尽くした後、監視の手を退いている。人間の心理を逆に利用するやり方は、ミシェルが己の欲求を満たすために学んで来た中でも成功確率の高い方法だった。

「ミシェル」

 彼の名を呼ぶローズを置いて、請負人(なんでもや)は音も無く消える。

「やあ、ローズ。ここじゃ、落ち着かないから、僕の家に行こう」

 優しく微笑んで見せるが、ローズの頬は強張ったままだった。

「行けないわ、ミシェル。ねえ、自首しましょう。これ以上、犠牲を増やさないで欲しい」

「自首なんかしたら、処刑まっしぐらじゃないか」

「それだけの事を、したのよ」

 低く怒りの籠った声を出すローズを、ミシェルは目を細めて見つめる。

「ふうん? 君は僕が死んでもいいって? 新進麻薬(モールフィ)で死んだのなんて、見ず知らずの人間ばっかりでしょう? 僕の方が大切じゃないの? ああ、そっか。一回ユフィを選んだから、怒ってるんだ」

 静かに首を左右に振ったローズは、後ろを振り返った。じりじり後退る彼女に、ミシェルは続ける。

「ねえ、ローズ。待っててと言ったでしょ? やっぱり僕は君が好きだよ。綺麗で優しくて、感度もいい。ユフィはもう縋るばっかりで気持ち悪いし」

「何を、言っているの」

 ローズは色を失った口を噛んだ。彼の黒光りする靴が近づいて行く。

「東方でやり直そう。イーサンは純度の高い新進麻薬(モールフィ)を作れたじゃない? 君も何か別の薬を有効な毒に変えたりできるんじゃないかな? 同じ医局の医師だしさ」

 放たれる妄言を無視して踵を返したローズの耳に、聞き覚えのない金属音が聞こえた。咄嗟に走り出した彼女のローブの端が焦げる。

「ひっ、う」

 悲鳴が出て来ず喉が引きつった。振り返ったローズの目に、銃口が飛び込んで来る。

「動かないで、危ないよ。当たっちゃうところだったじゃないか」

「それ、って」

「うん、知ってる? アルセリアじゃ裏側でしか見ないよね、銃だよ。小さいのにすごいよね? 時々暴発しちゃうのが玉に瑕だけど、剣なんかよりずっといいと思わない?」

 嬉しそうに自慢するミシェルに、ローズは言葉を失った。彼を受け入れた若い頃を後悔しても先に立たない。

「ほら、おいで。舟に乗って、僕の家に行こう」

 一度撃たれている。震えながら近寄る彼女を引き寄せて舟へへ乗せた。



 瀟洒な庭の端にある池は、中央公園を流れる川の支流の水を引いてある。隣には温室もあり、高級娼館の庭というより貴族の庭園に近い。警邏の制服姿でランスロットは、温室の観葉植物を退かしていた。ルークとヒースレッドも彼の作業を手伝い、ノエルとカシアンは苦々しい顔をした娼館主を睨んで警戒している。

「あった、ここから出られる」

 花街にある娼館は全て表裏門が設置された出入口からしか行き来出来ない。娼婦の逃亡防止の意味もあり、館の裏手は水路が張り巡らされている。政変前は商用利用されていた水路だったが、政変後にあちこち橋が建設されて廃れていた。パーシバルの囮捜査を決行した日、ミシェルを尾行した第十三部隊の騎士が、廃れているはずの水路を利用した痕跡を発見している。



「水路図を見直した結果、舟の横付けが可能な娼館が数件あります。いずれも老舗で政変前から繁盛していた店ですね。仮にこれらを花街線とします。また、既報の通り雑木林の先にあった舟着き場を繁華街線とします。花街線と繁華街線は至近です。花街線の娼館で使用痕があれば潜伏先の絞り込みが可能です」

 官吏棟にある図書館と資料室から政変前の王都地図と水路図を引っ張り出して来たチェリーナは、部隊の面々を集めた。

「水路は東住宅街や貧民街でも盛んに使用されていたようです。花街線が外れたら調べましょう」

 彼女の足にメルヴィンによって保護されたコタロウが擦り寄っている。僅かに眦を下げてコタロウを愛でたチェリーナは、目の下の隈が色濃いランスロットとメルヴィンを順に眺めた。

「王都の出入り口は第十二部隊が封鎖している。筆頭は人質と共にセリーナのどこかに潜伏しているだろう。俺とチェリーナは潜伏先の当たりを付ける。他の者は全て花街線の捜索に当たってくれ。人質奪還まで第十三部隊も全面協力してくれる」

 前日ローズが拉致された。便宜上繁華街線と名付けた舟着き場には薬莢、レースのリボンが落ちていた。発砲した形跡はあれど、血痕はない。メルヴィンはリボンを二本握りしめ、テレンシアに殴られながら謝罪した。

「銃で撃たれて脅されたのに、手がかりを残して行くなんて、豪胆です。私は彼女を尊敬します」

 第十三部隊長が立ち上がって発言し、閉会の合図となった。パーシバルがそれぞれに行く先の指示を飛ばす。一度誘拐の憂き目にあったコタロウは、チェリーナが預かると決めて常に連れて歩いた。

「じゃあな、コタロウ。絶対医師(せんせい)を見つけるから、いい子で待ってんだぞ」

 ルークがコタロウの背を撫でたのに続いて、ランスロットとメルヴィンも屈んでコタロウを撫でる。大きな騎士達に囲まれたコタロウは、ふんふん鼻を鳴らしながら人間達から距離を取った。

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