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王宮医局のカルテ  作者: 夕月夕雷
シーズンⅠ 第三章
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黒狼の選良騎士ー23

 久しぶりに自宅の玄関に足を踏み入れたローズは、見覚えのある木札を見つけて咄嗟にスカートのポケットへ入れた。外で待つと宣言したメルヴィンを振り返ると、既に扉は閉じている。畳むのを先延ばしにして積まれた衣類を押しのけて、カウチ浅く腰かけた。震える手で木札を取り出す。

「青い鳥」

 愛らしく描かれた青い鳥の絵を指でなぞり、裏返すと折り畳まれたメモが貼り付いていた。開くとコタロウのイニシャルを刻んだ、革製の首輪の一部がはらりと落ちる。息を飲んだローズは、叫び出したいのを堪えてメモへ視線を落とした。

【花のや裏口で待て。一人だと確認したら犬を開放する。騎士が動けば犬は戻らない】

 近くにコタロウを連れた誘拐犯がいて、ローズが帰宅するのを待ち構えていたのだろう。口を噛みしめて暫く床に落ちた首輪の一部を眺めていたローズは、意を決して洗面所へ移動した。手早く身体を清浄し、枯葉色のロングワンピースを着て、フード付きローブを羽織る。衣類を詰めた鞄を持ち、木札とメモを入れたポケットを叩いた。

「よし、負けない」

 低く呟いて玄関を出たローズは、緊張した面持ちでメルヴィンを見上げる。髪の毛が濡れていると指摘され、気もそぞろで適当に返事をした。

「そんな大雑把な話があるかよ」

 軽口とは裏腹に心配して気遣ってくれているのが伝わる。

「鞄、持つ」

「重くないから」

 断ったのにも関わらず鞄を持ったメルヴィンは、ローズが鞄の外ポケットに木札を滑り込ませるのを横目で確認した。

「ねえ、ちょっとだけ、花のやに顔を出してもいい?」

 緊張で喉が渇く。発した声が僅かに掠れていた。

「シアさんに会いたいのか、花のやの料理にありつきたいのか」

「両方よ、会って話したい事があるし、シアの料理も食べたいわ」

 さり気なく周囲を確認したメルヴィンは、一度立ち止まってローズの頭に手を伸ばす。首を屈めて顔をのぞき込んで来る騎士に、ローズは小声で囁く。

「後でポケットを見て。花のやは一人で入る」

 メルヴィンは目配せで了承を示した後、ローズが聞いた事のない甘い口調で言った。

「髪がまだ濡れてるな」

 監視されている可能性を考慮した二人の言動は、傍から見たら恋人同士の触れ合いである。メルヴィンは彼女の首にかかる後れ毛をそっと撫でた。艶めかしい触れ方をされ肌が粟立つ。

「やめてよ、もう」

 彼の手を跳ねのけて、ローズは口を尖らせた。じゃれ合いの延長線上で怒っている態で、ローズは早足で歩く。メルヴィンは肩を竦めて追いかけた。

「どうしたの、入ったら?」

 メルヴィンを残して花のやに入ったローズは、心配そうなテレンシアに笑顔を向ける。

「会えたらほっとした」

「記者も言っていた、薬の事件? 何か大変な事になっているの?」

「うん、どこから話したらいいのか困るくらい、色々あり過ぎて」

「そう、私が力になれる?」

 真摯な申し出に緊張が僅かに緩んだ。

「なれる。シアはいつだって私を助けてくれてる。シアがいないと飢えちゃうし」

 ローズの軽口に苦笑して、テレンシアはカウンターへ戻る。

「ワインでも飲む?」

「そうね、じゃあ、メルさんにも入るよう言ってくれる?」

「ええ? いいけれど」

 ローズの頼みを不思議に思いつつ、テレンシアは扉を開けて外を覗いた。見える範囲にメルヴィンがいなかったらしい。

「鞄だけおいてある。いないのかしら、ちょっと見て来る」

 ローズは彼女が店を出た途端、内側から鍵をかけて厨房へ行き、裏へ出る。店の裏は石壁で仕切られていて、行き止まりとなっていた。ローズはフードを被って周囲を見回す。

「一人か」

「ええ。騎士はいない、コタロウを返して」

「壁沿いに繁華街の方向へ進め」

 石壁の向こうから声が聞こえた。ローズは指示通り行き止まりまで移動する。

「三歩、離れろ」

 鈍い音がして壁の一部が崩れた。木々の間から、点灯夫姿で口元を布で隠した男が現れる。

「ついて来い」

 男が背を向けた瞬間、ローズはレースのリボンをその場に落とした。王宮でコタロウを手懐けていた男だろうか、確信が持てないまま後に続く。最近新たに作られたとわかる獣道を進む途中で、金属音が響いた。

「ハッハッハッハ、クウン、クウン」

「コタロウ!」

 檻に入れられたコタロウが、ローズを見つけて鼻息荒く暴れている。駆け寄ろうとしたローズの腕が掴まれた。

「アンタを指定の場所まで連れ行った後で解放する」

「信じろと?」

 答えつつも視線はコタロウの全身をくまなく確認している。怪我もなさそうだし、元気そうに見えた。

「俺は猫より犬派だ。解放するつもりがないなら、連れて来ずに処分していた」

 淡々とした口調の男の目は妙に凪いでいる。セイラの父親のような素人が相手ではない。一見して屈強には見えない男が、彼女の腕を掴む力は想像以上に強い。

「大丈夫よ、コタロウ、いい子にしててね」

 優しい声をかけつつ、ローズは男に引きずられるようその場を後にした。



 自分の店を出たテレンシアは、周囲を見回しても大きな人影がない事を訝しく思いつつ歩いた。

「どこに行ったのかしら」

 路地をいくつか覗いてから店に戻ると、中から施錠されている。扉を叩いてローズの名を呼ぶが、返事はない。鍵は中に置いたままであり、テレンシアは暫し途方に暮れた。

「裏から入れるかしら」

 雑木林を分け入って、石壁をよじ登れば店の裏手に出られる。表の扉は壊すのにしのびないが、裏なら簡易な作りのため、鍵を壊しても作り直しやすい。走って雑木林に隣接した道へ行くと、探していた人影が分け入ろうとしていた。

「メルさん、こんなところにいた」

「シアさん。すまん、説明している暇はない。ここから店の裏手に行けるよな?」

 外套の前を開いて素早く剣を取り出したメルヴィンが、鬱蒼とした枝を払って切り落とす。

「行けるわ。見ての通り道はないけど。ローズに危険な事をさせてないでしょうね」

 秋晴れの光を遮る鬱蒼とした枝を剣で払うメルヴィンに続いた。日当たりが悪く湿っているため、靴とスカートの裾は草の液と泥に塗れている。

「なかなか進まないわ」

 髪を纏めていた紐が枝に引っ掛かって、癖のない黒髪が背に流れ落ちた。

「シアさん、声を抑えてくれ」

 遠くでガチャガチャと金属に何かがぶつかるような音が聞こえる。胸騒ぎを感じて急ぎたいが、道がないので遅々として進まない。メルヴィンの背に動揺は見られず、テレンシアは苛立ちを募らせた。

「壊れてる」

 木々の浸食を防いでた石壁の一部が、人一人ぐらい通れる程度崩れている。周囲や足元を調べ始めたメルヴィンの脇を抜け、自身の店の裏側へ出た。

「このレースのリボンは、シアさん、これってせんせいの物か」

 結ぶには長さが足りなそうなレースのリボンを見て、テレンシアは首肯する。

「コタロウの首輪に着けようとして嫌がられているのを見た事があるわ」

「そうか、シアさん。頼みがある。俺はこのままローズせんせいを追いかける。この木札とメモを詰所に届けてくれないか。メルヴィンが特捜案件だと言っていたと伝えてくれ」

「わかった。必ずローズに追いついて」

 再び木々の中へ入る騎士の大きな背中を見送り、テレンシアは裏口から店の中へ戻った。

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