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王宮医局のカルテ  作者: 夕月夕雷
シーズンⅠ 第三章
39/101

黒狼の選良騎士ー16

 薄暗い店内に甘いお香が充満している。透け布の暖簾をくぐった長身の男は、受付で巻煙草をふかす老婆を横目で確認した。

「よう、空いてる子はいるか」

「こんなに早い時間に来ておいて、空いてない子なんていやしないよ。初めてだね、大三枚」

 鼻を鳴らしてぶっきらぼうに答える老婆の目の前に、初来店の代金、大銅貨を三枚置く。

「で? うちじゃあ選ぶ子によって値が変わる。どんなのが好みだい?」

「そうだな……」

 皺の寄ったシャツを大きすぎるズボンの中にしまいつつ、男は椅子に腰を下ろした。無造作に跳ねた髪、擦り切れたサンダルに裸足、無精ひげも生えていて清潔感は感じられないが、よく見るとハッとするほど端正な目鼻立ちをしている。

「金に近い色の髪で、碧の目がいいな」

「そんな子、この国じゃあありふれてるだろ。うちにも何人かいる」

 老婆に流し目をくれた男、パーシバルは椅子の上で半身になってだらしなさを演出した。

「ええ? 逃げた女房に似た子がいいんだ。髪が短い方がいいな」

「ふうん? それなら一人だけいる。ユフィってんだ。高いよ? 払えるのかい」

「まけてくれ、見ての通り、なけなしの金で来てる」

 酒臭い息を吐いたパーシバルに、老婆は顔をしかめる。

「飲んだくれじゃあ、逃げられても仕方ないねえ。銀貨五枚だ」

「高えって。二枚」

「四枚」

 嫌味交じりの老婆の前に、パーシバルは、銀貨三枚と大銅貨一枚を置く。

「これでなんとか」

 諦め混じりに投げ出した金は全て老婆の懐に吸い込まれた。

「階段を上がって三番目の部屋だよ。声をかけてから入っておくれ」

 用意した金では足りないのかと内心で焦っていたパーシバルだったが、何食わぬ顔で立ち上がる。

「わかった」

 花街の娼館でのやり取りについて、メルヴィンに受けた教えをもう一度思い出した。

「警備の時みたいに、人をじろじろ見ない、歩く時は小股で背中も丸めて。ボロが出ないように極力喋らない」

「ひげまで生やしたのに、話したら怪しまれるのか」

「いかにも騎士って感じが滲み出てますよ。ああ、周囲を何度も確認するのもやめてくださいね」

 店内をくまなく見渡したい欲求を抑え込み、パーシバルは階段を上がった。指定された部屋の前で一度立ち止まって、不自然にならないよう周囲を見回す。店が混雑する前だけあって、店内は静かだった。

「ここはユフィの部屋かい」

「あら、もう、お客さん?」

 首の辺りで切りそろえた艶のない金髪の女が、にゅっと顔を出す。腕を伸ばしてパーシバルを引っ張り込む力は強く、物慣れた娼婦らしさを感じた。

「初めての人ね、ええ、やだ、すごくかっこいい!」

 ローズと似た碧色の瞳をきらめかせ、ユーフェミアはパーシバルの腕にしなだれかかる。

「そりゃ、どうも。姉さんといいこともしてえが、粉屋志望でね」

 端正な色気のある顔を極限まで笑み崩れさせ、パーシバルは寝台に腰を下ろしてユーフェミアの腰を抱いた。

「ええ? 何の話?」

 彼の腹筋辺りを指でなぞり出すユーフェミアに、パーシバルは一瞬身体を震わせる。強い香水の匂いが鼻孔を突いて咽そうだった。

「んんっ、うん……頼む、女房に金を持って逃げられて、すっからかんなんだ」

 ユーフェミアは、そのまま彼の太もも辺りを撫でさする。

「そんな事より、今を楽しもう?」

 冷や汗をかきつつそっとユーフェミアを押しやったパーシバルは、憂い顔で俯いた。

「そうしたいのはやまやまだが、本当に金が必要でね」

 素に近い口調が出てしまったが、ユーフェミアは気にならないらしい。陶然と男の顔を見つめている。

「ユフィはとにかく顔のいい男に弱いの。自分が好きな系統の患者さんだと、対応がもう、ね……。好みが変わってなければ、ハリアー副長の事も気に入るわ、間違いない」

 ローズの発言により、潜入任務など未経験のパーシバルがユーフェミアと接触する運びとなった。

「お金が入ったらまた、来てくれるんなら、特別に教えてあげてもいいけど。その前に、ここ、して」

 人差し指で唇を差すユーフェミアの深紅の口へ、パーシバルはそっと重ねるだけのキスをする。厚化粧でもわかるほどに頬を真っ赤に染めたユーフェミアは、彼にもたれかかって懐から出した薄い木の板を彼のシャツの内側へ滑り込ませた。

「青い鳥、問屋街、二日後の夕暮れ」

「礼を……いや、ありがとう」

「本当は一見さんには渡せないんだけど、特別よ」

 不安そうに眼を瞬かせるユーフェミアの額にキスを落とし、パーシバルはゆっくり彼女の手を解く。

「また、来る」

 目的を果たしたとは思えない早さでユーフェミアの部屋から出て来たパーシバルに、老婆が舌打ちをした。

「ちっ、選り好みかい? 面倒な客だ」

「いや、ちょいと腹を下して。洗面所はどこだ」

 パーシバルは背を丸めたまま老婆の示した洗面所へ向かう。洗面所を通り過ぎたら裏口だった。誰にも見咎められずに娼館を出たパーシバルは、薄闇に紛れて佇んでいるメルヴィンと目配せをしてから足早に花街を出る。背後と周囲に気を配りつつ人出の増え始めた繁華街を進み、細い路地へ分け入った。歩みを止めて追って来る者がいないか暫く待機してから、詰所の隣にある厩舎へ滑り込んだ。

「お疲れ様です、隊長」

 特別捜査部隊の隊長となってから、ランスロットだけは律儀に彼を隊長と呼ぶ。パーシバルは乱れた髪を撫でつけて、苦笑した。

「ああ、戻った。どうやら、ワーロング医師の目論見通り、ユーフェミア・ヤーンは俺を気に入ってくれたようだ。情報が正しいか、裏取りをしよう」

「承知しました」

「慣れない歩き方をして肩が凝ったし、腰も痛い」

 パーシバルの彼らしくないぼやきに、ランスロットは生真面目に同調する。

「自分も潜入任務は得意ではありません。固すぎて向かない、とメルヴィンには呆れられました」

「うん、まあ、ランスロットが行くより、俺が行った方が良かったのは確かだな」

 笑いながら詰所へ入ったパーシバルは、手早く仕立ての良い騎士服を身に着ける。ユーフェミアが寄越した木札をじっくり観察してから、ランスロットに渡した。

「ヒースレッド、メモをくれ」

 濃緑のベストを着て、育ちの良さが全面に出た格好で待機していたヒースレッドを呼び寄せる。

「はい」

 ユーフェミアから聞いた言葉と木札について書き付けたメモを二枚作って渡す。

「一枚は花街の裏で待機しているノエルに、一枚は王宮にいるチェリーナ殿に」

 ヒースレッドは詰所を飛び出して行った。花街の裏で待機している第二部隊より選抜されたノエル・バセットは、ユーフェミアの監視に何日も張り込んでおり、メルヴィンと連携して動く手はずになっている。

「今まで捕らえた売人はこのような板を所持していませんでした」

 ランスロットは、渡された木札を裏返して確認した。お腹の脹らんだ愛らしい青い鳥が描かれているただの木札だ。

「花街や繁華街は警邏や我々が厳重に警戒している。怪しい者は速やかに捕縛しているから、売り方を変えて来たんじゃないか」

「なるほど、それで、この木札のようなものが」

 

 パーシバルの予想が的中していたことが判明したのは、翌日の事だった。

「臨時ゆえ全員参加ではないが、始める。今日の議題は三つ、薬の液体抽出疑惑についてと、木札による密売者達との接触について、記者による情報漏洩についてだ」

 隊長による開会宣言の後、チェリーナが立ち上がる。

「本題に入る前に、状況の報告をします。ここ二週間の搬送者18名、死者5名でした。全員モールフィ中毒者です。また、48時間以内の人数も報告します。搬送者が6名、死者は2名です。これはまだ、検査結果を待っていますが、内数として含めました」

 中毒者数が加速的に増加している。代わって黒狼隊より選抜された騎士、エドマンド・レイスが口を開いた。

「先日、急性モールフィ中毒で倒れた男が参加していた紳士倶楽部で、彼と接触した人物の家を訪ねたところ、昏倒しておりました」

 一度口を閉じてから、エドマンドはローズに視線を送る。捜査会議に参加して医師として助言して欲しいと請われて末席を得ていた。

「検査結果はまだ出ておりませんが、患者の状態をワーロング医師に確認したところ、おそらくモールフィの急性中毒であろうと。男を搬送した後で、部屋の中から押収した物品がこちらになります」

 エドマンドは空のアンプル数本と緩衝布が入った外箱、ガラスの注射筒と金属製の針、木札、細い筒状の紙束を順に並べた。押収品の管理や封蝋、検査送致はチェリーナが一手に引き受けている。報告の続きも引き継いだ。

「空のアンプルとガラスの筒に付着していた液体は検査中です。木札はパーシバル隊長が渡されたのと同じ青い鳥の絵が描かれたものでした。紙束は領収書ですね。筆跡は全て同一、相手の名前はイニシャルで書かれていて不明です」

 モールフィの液体を注射器で注入していた事実を示す報告に、ローズはため息を飲み込んだ。

「先ほど聞きそびれたんですが、その元医師の腕には針で刺したような痣がいくつもありましたか?」

 エドマンドは末席から飛んで来た疑問に素早く頷く。

「はい、ありました。虫刺されにしては多いと感じて記憶しております」

「この国では盛んではありませんが、麻薬を注射して直接血液に入れる方法があります。中毒になると何度も針を刺すので、痕が目に見えて残るんです」

 医師の説明が冷たく響いた。パーシバルは額を手で覆って天を仰いだ。

「予想していた最悪の事態が既に進行しているという事だな」

「ええ、最悪です。でも、手がかりは得られた。前向きに行きましょう。この、木札は薬を入手するための割符みたいな役割なんでしょう。四年前に閉店した薬問屋だった空き家の扉に、青い鳥の絵が描かれているのを確認済みです。隣近所の店舗に確認しましたが、人の出入りはないそうです」

 チェリーナは眼鏡の蔓を押し上げて、手元の水で喉を潤した。次にランスロットが続く。

「ユーフェミア・ヤーンですが、特に動きはないようです。隊長が接触した後で彼女が取った客は皆、身元が判明しており、事件とは無関係だろうと思われます。また、これは補足ですが、客の一人に対して、心底好きな男の役に立つために娼婦にまでなったとこぼしていたそうです。ミシェル・ムーを指していると推測します」

 言い終えたランスロットはローズの様子を伺った。彼女は両手の指を組んで眦を吊り上げた。

「とりあえず花街はメルヴィンとノエルはそのままあと七日間継続監視、明日の問屋街は、俺が木札を持って行く。ランスロット、カシアンは俺を尾行して補佐、二人の連絡役でルーク、他にも今回に限り十三部隊の騎士を三名借り受けている。周辺の哨戒に当たって貰う。記者についてはヒースレッド」

「はい、現在、記者の動きについて追っています。着々と裏取りを終えているようですが、まだ記事にする許可を得られていないそうです」

「記事が出そうになったら民政局を通じて差し止め要請を出す。現状、顔を出して釘を刺すだけでも時間稼ぎはできるだろう。記者の動向と同時に新聞社にも行ってくれ。臨時の許可証をヒースレッドに。チェリーナ殿、頼んだ。以上で会議を終える」

 伸ばしたままの無精ひげ姿が野性的で素敵、と見かけた王宮女性の心を鷲掴みにしている隊長が、姿に見合う美声で宣言して会議を終えた。

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