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王宮医局のカルテ  作者: 夕月夕雷
シーズンⅠ 第三章
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黒狼の選良騎士ー15

 テレンシア自慢の創作煮込み料理を前に、騎士二人は唾を飲み込んだ。ローズを真ん中にして、右にランスロット、左にメルヴィンがいて、他の客はいない。仕込みを終えたばかりの花のやはまだ準備中の札を出したままだ。

「後からもう一人来るんだけど、先に食べていい? いいよね?」

 マテを命じられたコタロウを思わせるローズの問いに、ランスロットは目を細めた。

「外が寒いから、ちょうどいいな。冷める前に頂くとするか」

 メルヴィンの呟きを聞き流し、ローズは皮に包まれた挽肉団子を頬張った。

「あっつ、おいひい。もちもちの皮が最高、スパイスも絶妙」

 テレンシアの唇が弧を描く。ランスロットはローズが飲み込むまで見守ってから、食事を始めた。メルヴィンは小麦粉を練って伸ばした皮に包まれた挽肉団子と、くたくたの葉野菜を同時に口へ放り込んだ。

「うん、美味い」

「こちらもどうぞ」

 バターとガーリックを塗って表面を焼いたバゲットが、三人の前に置かれる。

「ああ、いい匂い」

 最初はカリっとした食感を味わい、続いて煮込みに浸して口へ運んだ。女医も騎士達も、器を空にするまで夢中で食べ続けた。

「記者から聞いた話も、もうしてもいいの」

 テレンシアが小首を傾げる。胃を満たす欲に没頭していた面々が、揃って顔を上げた。

「美味し過ぎて無心になってたわ。どうする? ルーク君が来るのを待ってた方がいい?」

 適度に冷えた白ワインをエールのように飲み干して、メルヴィンがローズを見る。

「いや、先に聞いといていいだろ。どこまで散歩に行ったんだ、あいつ」

 イーサンの娘がとうとう危篤状態となり、父として看取ってやりたいと、イーサンが無期限休暇に入っている。医師一人で回さねばならない医局は多忙を極めている。今日はターニャもセイラも散歩へ出ている暇すらなかった。受付の奥で寝そべって不貞腐れていたコタロウの散歩を、ルークが買って出てくれている。

「近くの空き地に枯れ葉が積もっていたから、コタロウが帰らないって駄々をこねているんじゃないかしら。あの子、枯れ葉が大好きだから」

 ローズは愛犬について語る時専用の満面の笑みで、テレンシアが温めてくれた赤ワインを少しずつ口へ含んだ。

「ルークには後で共有する。店主殿、記者の話を詳しく聞かせてください」

 背筋を伸ばしたランスロットに促され、テレンシアは手で顎に触れる。特別捜査部隊が公にローズの送迎をするようになり、彼女の足は花のやから遠のいた。隊長となったパーシバルはなるべく自由に過ごすよう勧めてくれたものの、騎士を待たせてのんびり食事する気分にはなれない。寂しさと粗食に耐える日々を送っていたローズに、テレンシアから手紙が来た。

【記者らしき男から不穏な噂を聞いたから話したい、時間がある時に顔を出して欲しい】

 といった内容だ。

「ねえ、ルーク君、今日の帰りなんだけど、花のやに寄っていいかしら?」

「花のやって、ああ、居酒屋っすか。せんせいも酒を飲まないとやってられないみたいな?」

「まあ、お酒飲みたいは飲みたいんだけど、それよりも店主が友達でね、話があるから寄って欲しいって手紙が来たの。変な誤解されたくないから、読んで」

 重要参考人としての自覚があるローズは、ルークにテレンシアからの手紙を差し出す。

「……記者、もしかして。ちょっと、せんせい、これ、借りていいっすか」

 特別捜査部隊の面々がテレンシアからの手紙を確認した結果、ランスロットとメルヴィンも花のやへ同行して話を聞く事になった。

「ローズが送迎付きになるちょっと前から、一日おきくらいに来るようになったお客さんなんだけど、これ」

 テレンシアは名刺の束をめくって見つけた目当ての物を、目の前にいるメルヴィンに渡す。

「セリーナ・タイムズ……エリオット・グレイな」

 眉間に皺を寄せて唸るメルヴィンに、ローズは目を瞬かせた。メルヴィンはローズの頭上を越えて名刺を手渡す。

「ルーク達が持って来たのと同じ名刺だな」

 名刺を確認したランスロットは、ローズに見えるようカウンターの上に置いた。

「今回の事件を追いかけている記者のようです。エリオット・グレイは店主殿にどういった話をしましたか」

 疑問を投げるのは後にしようとローズは口を噤んだ。テレンシアの澄んだ黒目に理知が灯る。

「王都で麻薬が流行っているんじゃないかって言ってました。麻薬中毒で死んだ人や、死にそうになっている人がいるって」

 メルヴィンは難しい顔で腕を組んだ。

「それは、憶測ではなく、確かな情報のようでしたか?」

「ええ、そうね。王都のあちこちに伝手があると自慢していたから」

 答えてテレンシアは急に不安そうな顔になり、黙っているローズを見つめる。

「ねえ、ローズが薬の売人で女の子のクズ親だったヤツを叩きのめした話があったわよね? 薬の流行事件に関わっているの? 私、考えてたらすごく心配になって……」

「シア、ありがとう。大丈夫よ、暫く来れなかったのも、騎士さん達の送迎付きだからで、元気にしてるから」

 テレンシアはローズの言葉では安心出来なかったらしく、まだ表情が暗い。

「やっぱり関わっているのね、記者の同級生だった近衛騎士も、薬物で亡くなったって言ってたわ。王宮でも麻薬がはびこっているの?」

 エリオットの語った内容は全て事実に基づいている。ローズは正直に答えて良いものか判断出来ず、ランスロットを見上げた。

「店主殿、全て明かす訳には参りませんが、騎士団の名にかけて、ローズさんを守りますので、どうかご安心ください」

 頼もしく請け負うランスロットだったが、鉄面皮に見える騎士の宣言は響かなかった。

「なあ、シアさん。今新聞に薬の記事が出ちまうとちょっとまずいんだ。せめて解決の目途が立つまでは、詳しい事は明かせない。ただ、ローズせんせいに、危ない橋を渡らせたりはしねえから、心配すんな」

 発達した大胸筋を叩いて見せたメルヴィンの事は信用出来たようで、テレンシアは身体の力を抜く。

「メルさん、信じるから、ローズを守ってね」

「ああ」

 モールフィの密売元とされるミシェルを捕縛する算段すらつかないまま、薬物流行が記事となったら、王都民は大混乱に陥る。

「この、エリオットっていう記者に、私とシアの関係を知られない方がいいわね。ランスさんやメルさんに頑張って貰って、早くのんびり花のや通いが出来るようにしてもらわなくっちゃ」

 テレンシアが注ぎ足した赤ワインをあおって、ローズは騎士二人の背を軽く叩いた。

「はい、努力します」

 ランスロットは固い返事を寄越す。

「解決したら花のやでお疲れ会でもやろうぜ」

 メルヴィンは明るく言った。

「戻りましたよー、ほら、コタロウ、入って」

 話も食事も一段落ついたところで、ルークとコタロウが戻って来る。扉の隙間から外気とコタロウが飛び込んで来た。

「コタロウ、お帰り、楽しかった?」

 椅子から下りて、ふさふさとした柴犬の毛を堪能するローズを、ルークは嬉しそうに見守っている。

「ありがとね、ルーク君」

「ういっす、全然っす。また、言ってください。空いてたらすぐ散歩行くんで」

 冷たい風で頬も耳も赤いルークに、テレンシアは熱いお茶を差し出した。

「飲んで」

「ありがとうございます、いただきます」

 ルークはカップに息を吹きかけながらメルヴィンの隣へ腰を下ろす。テレンシアが煮込みとバゲットを提供し、彼は目を輝かせてあっという間に平らげた。コタロウも調味料を抜いて作った煮込みを、勢いよくかき込んでいる。一人と一匹を見守る大人達はみな、和らいだ表情になっていた。

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