黒狼の選良騎士ー14
王都にいくつかある馬車の発着場近くには、必ず厩舎がある。学園街の厩舎から、腰に剣を携えた少年が二人出て来た。
「片方だけ私服で捜査ってなんか変な感じじゃねえ?」
濃紺の制服姿のルークは、隣に並んだヒースに気楽な調子で言った。
「捜査自体が初めてだから変も何もない」
仕立ての良いシャツの上に濃緑のベストを身に着けたヒースレッドは、緊張した面持ちで友人を見上げた。
「それもそっか、そうだよな。俺がしっかりしねえとな」
「頼んだぞ、ルーク」
新人騎士の二人は、学園の騎士科生徒と言っても通じる。二人は聞き込みのために文化会館へ向かっていた。ルークとヒースレッドは特別捜査部隊に、連絡役名目で選抜されたが、結局捜査に駆り出されている。薬物中毒と診断された死者や急病者がここ数日で多発していた。
「学生の時は、文化会館が夜に酒とカードに興じるおっさん達のたまり場になってるなんて知らなかったな」
「私は一度、成人したら顔を出してみないか、と誘われた事がある。兄上も同僚議員に誘われて一度顔を出した事があると言っていた。浴びるように酒を飲んだり、女優や娼婦を物色したり、お金を賭けてカードをしたり……品がいいとは言えないサロンらしい」
ヒースレッドが淡々と説明する一方、ルークは顔をしかめて嫌悪感を露わにする。
「うへえ、なんかいかがわしいな」
ルークの素直過ぎる感想を聞いて、ヒースレッドは肩の力を抜いて笑った。
「ハハハ、確かにな。まさか捜査で訪問することになるとは」
今夜も紳士倶楽部が開催されるという情報を掴んだ特別捜査部隊は、日が暮れる前に新人二人を送り込む事にした。
「パーシバル副長って面白い方だよな。俺らみたいな未成年をいかがわしい倶楽部に行かせるんだもんな」
「私達しか手が空いていなかったのだから、仕方ない。それに、別に潜入する訳じゃなく、話を聞くだけなのだから問題ないだろう」
話しているうちに文化会館までやって来た二人は、一度顔を見合わせてから扉を開けた。秋の日暮れの入り口、玄関ホールには、微かに楽器の音色が響いている。
「クラヴィーナの音がする」
音に導かれて奥へ進んだ二人は、重たい扉を押し開けた。
「おお!」
軽やかな音を聞いてルークが感嘆の叫びを漏らす。クラヴィーナは鍵盤を押すと内部の弦を叩いて音を出す大型の楽器だ。上流階級の子弟は、幼い頃より嗜みとしてクラヴィーナやバイオリンを習う。
「ルークはクラヴィーナが好きだったな」
「ああ、シェリーのファンなんだ」
「シェリーは私も素晴らしい奏者だと思う」
「ローズせんせいにも負けない美人だしな」
絶世の美女と呼び声の高い有名演奏家とローズを同列に並べるルークの感覚に親近感による補正を感じたが、ヒースレッドは異論は唱えず沈黙を選んだ。
「失礼、紳士倶楽部は日が暮れてから……騎士殿」
演奏を聞いて一瞬本来の目的を忘れていた二人の元へ、仕立ての良いスーツに身を包んだ男が寄って来る。
「あ、どうも。警邏部のルーク・レコメンドと言います。あなたは紳士倶楽部の関係者ですか?」
「警邏の制服を着ているが、随分お若く見えますな。何か御用ですか」
ルークは長身だが痩せていて優しい顔立ちで、ヒースレッドは上品で大人しそうな雰囲気だ。並ぶと経験の浅い新人騎士だと軽く見られてしまう。ルークは上着の内ポケットから、聴き取り許可証を出した。副団長補佐官のチェリーナが出発直前に発行した証書だ。警邏部の封蝋が押されている。
「中をご確認ください」
横からヒースレッドが促す。男は受け取って封蝋を睨んでから、のろのろとした動きで封を開けた。軽やかな鍵盤の音は止んでいる。奏者はクラヴィーナの前に腰を下ろしたまま、男と新人騎士二人のやり取りを見守っていた。
「我々のサロンに違法性はありませんよ、お若い騎士殿。貴族議員の方も顔を出すことがあるくらいですから」
警邏の封蝋を確認した男は、愛想笑いを浮かべる。
「あなたは主催ですか?」
名前すら名乗らない慎重な男に業を煮やして、ヒースレッドが問いかけた。
「こちらの騎士殿は警邏のようですが、貴殿は一体何者ですかな」
煙に巻こうと話を逸らす男の手から、ルークが証書を奪い返す。
「彼は警邏に認められた同行者です。許可証に2名って書いてありますよ」
「質問に答えてください」
ルークの後押しを受けて、ヒースレッドが声高に言った。男は頬を引きつらせて、一歩後退する。
「そうです、私が主催です。申し上げておきますが、紳士倶楽部を深く掘り下げるなら王宮にも手を広げねばなりませんよ」
余計な詮索をするなと明らかな宣言だったが、ルークは構わず問いかけた。
「とりあえず、サロンの中身はどうでもいいんす。覚えてますか、この前ここに参加していて、意識不明になり緊急搬送された人の事を?」
「飲み過ぎてしまった紳士の話ですかな」
なかなか話が進まない苛立ちを押さえて、ルークとヒースレッドは何とか薬物中毒で搬送された男がその日に接触していた人間について聞き出した。
「あなた方も大人になったらまた、遊びにいらしてください」
最後まで嫌味ったらしい男に見送られ、ルークとヒースレッドは淫靡な雰囲気漂う会場を出て、玄関ホールへ戻った。
「主催の男は本当の事を言っていただろうか?」
答えるまでの迂遠なやり取りを思い出してげんなりするヒースレッドの隣で、ルークは長い手足を伸ばして唸る。
「うーんっはあ、肩凝った。まあ、多分嘘は吐いてないんじゃねえかな」
「虚偽だとしたら今度は踏み込んで参加者全員徹底的に聴取する、と脅せば良かったか」
「アハハ、ヒースって結構大胆だな」
聞き込みを終えて気を抜いていた二人は、重たい扉が開く音で振り返った。主催の男が言い忘れた事でもあるのかと目を凝らしたが、現れたのはクラヴィーナを奏でていた男だった。
「お疲れ様です、騎士様方」
「ああ、さっきのクラヴィーナ、すげえ良かったっす」
演奏後の音楽家のように胸に手を当てて礼をする男に、ルークが無邪気に微笑んだ。
「手慰み程度ですよ」
謙遜した男は小柄で瘦せていて、上流階級の人間が多い学園街では浮いてしまうような着古したシャツを着ている。
「我々に何か御用ですか」
丁寧に問いかけるヒースレッドの全身を無遠慮に眺めた男は、懐へ手を入れて名刺を取り出した。
「エリオット・グレイと申します」
エリオットが差し出した名刺を受け取ってルークは小声で読み上げる。
「セリーナ時報社、セリーナ・タイムズ担当」
ヒースレッドは口元を引き締めてルークを見上げた。友人の警戒感を感じ取ったルークは、半歩後ろに下がって心理的距離を取る。エリオットは姿勢が前のめりで距離が近い。
「こういうところに制服で捜査に来るって珍しいですね」
「いえ、まあ」
「もしかして、この前ここで搬送された紳士についての捜査ですか」
記者の情報に驚いて目を見開くルークの腰辺りを、ヒースレッドが拳で叩く。
「うお、と、新聞で急病人について報道するんすか?」
質問に答えず問い返すやり口は、警邏部の捜査で学んだ技術である。
「いえ、飲み過ぎの方を片っ端から報道していたら、紙面がいくらあっても足りませんからね。ただ、別の理由で倒れたのだとしたら?」
騎士達の様子を伺う記者の眼差しは強い。
「ここに来てた紳士は一命を取り留めましたが、城外の夫婦は亡くなっていた。僕はこの辺りに繋がりがあるんじゃないかと思っていまして。想像じゃありませんよ、集めた情報からの推測です」
新聞記者がモールフィの王都流行事件を追いかけている、新人騎士が受け止めるのは少々大きい事実だった。
「俺らが記者さんに何か言えることはないっす」
「ええ、私たちは新人ですので、迂闊な言動は避けねばならない。では、戻らねばならないので」
ルークとヒースレッドは、顔を見合わせて以心伝心、エリオットに向かって丁寧に礼をして背を向ける。
「へえ? そうやって王都に死体が増えて行くのを放置するんですか。僕は止めて見せますよ、たとえ誰かが隠していたとしてもね」




