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王宮医局のカルテ  作者: 夕月夕雷
シーズンⅠ 第三章
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黒狼の選良騎士ー11

 毛足の長い真っ白な大型犬が軽やかな足取りで走って来る。街中では見られないリードに繋がれていない犬の姿に慄きつつ、ヒースレッドは足を止めて身構えた。ルークの実家、レコメンド家の道場に滞在して7日経っている。

「こんにちは、お手紙お届けに上がりました」

 真っ白な犬はヒースレッドの一メートルほど手前で止まってお座りをして、やや遅れて追いついた少女は、頬を上気させて鞄の中から封筒を取り出した。十才前後に見える小柄な少女の腰ぐらいまである大きさの大型犬は理知的な眼差しで、大人しく少女とヒースレッドのやり取りを見守っている。

「サモエドかな? 東方の北部山脈原産の犬だよね」

「はい、知ってる人に初めて会いました。とってもかわいくて賢いんですよ」

 外国産の犬を入手するためには高額な費用がかかるし、ブリーダーとの繋がりも必要である。郵便を配達して来た少女の素性について困惑している様子のヒースレッドに、彼女は無邪気な笑顔を向けた。

「名前、聞きたいですか?」

「え、ああ」

「白いからホワイトです!」

「そ、そうか」

 安直過ぎる名前を自慢して胸を張る少女の素朴な愛らしさに、ヒースレッドの頬は柔らかく緩む。少女は大きな声ではっきりゆっくり話すので、聞き返す必要もなく会話がしやすい。

「あ、このお手紙の騎士様の名前にもホワイトが入ってますね。ヒースレッド・ホワイト・フェリーチェ様。王宮からのお手紙ですって」

「そのホワイトは隣国の大公家の名前だから、君のホワイトのようにかわいげはないけれど、同じなのは嬉しいかな」

 少女の頭をそっと撫でて手を差し出すヒースレッドを、彼女は大きく目を見開いてじっと見つめた。

「ヒースレッド様? フェリーチェ家出身の近衛騎士様?」

「ああ、そうです」

「じゃあ、はい。もっと大きくて偉そうな態度の人だと思ってました」

 率直過ぎる意見に、ヒースレッドは上品な笑顔を返す。

「お兄さん、お顔はかっこいいけど、騎士様っぽくないですね。うちの家の騎士はみんなこーんな怖い顔だし、こーんな肩も大きくて」

 少女は自分の眉毛をこめかみ側から上へ持ち上げたり、肩を大げさにいからせたり、忙しい。

「ルーク兄さまもいる? ホワイトと遊びたいんじゃないかなー?」

「どうだろうね、呼んで来るよ」

「うん」

 郊外へ向かう途中には貴族や富裕層の別荘地がある。別荘地にある唯一の商店が、王都から来る手紙の中継地ともなっていた。普段は馬で届けられる手紙が少女と犬に託された理由は不明だが、届いたから良しとしよう、ヒースレッドは穏やかな気持ちのまま、ルークを呼びに邸内へ戻った。


 騎士団からの手紙は職務復帰後の特別辞令だった。ヒースレッドがお世話になった先輩騎士も堕ちてしまった、モールフィ流行事件の特別捜査部隊への臨時配属について書かれていた。事務的な内示の他に、パーシバルから気遣いと期待の文言が添えてある。居ても立ってもいられず、ヒースレッドは夕食後にレコメンド邸を抜け出し、静まり返った夜の湖畔で走り込みをしていた。

「はあ、はあ、はあ、はあ」

 水辺に近いカーブはゆっくり、直線に差しかかったら全速力を出す。繰り返して小一時間、唯一ガス灯が設置された開けた場所へ辿り着いた。折よく霧深かった空気が散じて、遠目から高身長な人影が二つ見える。一人は鍛え上げられた身体つきをしており、短く刈り込まれた短髪、一人は長い手足が目立つが線が細い。世話になっている父子だと瞬時に悟って、ヒースレッドは息を整えながら近づいた。

「ふっ、やっ、さあああ」

 ターニャが届けてくれた東方の漢方薬が体質に適していたようで、ヒースレッドの聴力は正常へ戻りつつある。訓練時の模擬仕合で聞き覚えのあるルークの裂帛の気合声も耳に届いた。ガス灯の薄い灯りに照らされた二人の間を漂う空気は静謐でありつつ鮮烈で、ヒースレッドは剣を使う者として興奮するのを止められない。

「今だ」

 淡々と響いたリチャードの声の直後に硬質で鋭い金属音が周囲に響き渡る。ヒースレッドは息を飲んだ。聴力がすっかり正常に戻った事を実感させる、刺激に満ちた音だった。

「くっそー、また防がれた」

「攻めの順序が一辺倒過ぎる。お前の攻撃は読みやすい」

「模擬仕合では、三回に一回は成功してんだぜ」

 悔しそうな口調とは裏腹に、ルークは誰の邪魔も入らない父親との稽古が嬉しいようで、碧色の瞳が輝いている。

「まだまだあ……ん?」

 再び父に挑もうと気合を入れたルークは、リチャードの首がヒースレッドの方向へ動いたのにつられて友人を見つけた。

「随分汗をかいているな」

「少し走り込みをしていました。稽古のお邪魔をして申し訳ありません、リチャード殿」

「なあに、邪魔ではないさ、ルーク、いい機会だ。二人で仕合ってみろ。お前たちの動きの癖を俺が指摘してやる、互いに裏をかきながらやってみろ」

 穏やかだが低く響く声が新人騎士達の好奇心を強く煽った。ヒースレッドの様子と表情で、リチャードは彼の聴力が元に戻ったのではと感じている。ルークは逸る気持ちを抑えつけながら、父に反論した。

「それはすげえ、いいけどさ、ヒースはまだ本調子じゃ」

「いや、治った」

「ええ? 今?」

「君の剣がお父上に防がれた音が強く耳に残っている」

「ええ、なんだよ、それ。俺の不甲斐ない音で治ったみてえじゃんか」

 ルークの不満そうな指摘にヒースレッドとリチャードが顔を見合わせる。二人は同時に笑い出した。可笑しかったというより緊張が弛緩した笑いであり、ルークが無意識に振りまいている気楽な空気が所以だ。

「君のおかげだ、ありがとう、ルーク」

「うーん、まあ、治ったならいいか。よし! 仕切り直しだ。父さんが言ってたやり方で仕合、やろう」

「これは刃を潰している訓練用の剣だが、お前たちが仕合うなら、木剣の方が思う存分出来て良い。道場へ戻ろう」

 リチャードの言葉に、二人の新人騎士は笑顔で頷く。懐から出した手巾で丁寧に額の汗をぬぐうヒースレッドは、見事な背筋をしたリチャードの背を追いかけた。ルークは友人の回復に喜びを噛みしめて、父を追うヒースレッドの隣に並んだ。ヒースレッドが走り込んでいた小一時間、同様に激しい稽古をしていた父子だったが、二人とも呼吸に乱れはなかった。

「ターニャちゃんが持ってきた漢方薬が効いたのかな?」

「そうかもしれない。君がここでゆっくり休ませてくれたのも効いたのだろう」

 立ち止まって礼をするヒースレッドの肩に、ルークが長い腕を絡める。

「実家だと思って、残りも気楽にいればいいよ」

「ああ、治ったからには、稽古に参加して短期でも何か掴んで戻りたい」

「ヒースは真面目だな、いいところだが、気を抜く時は抜いて、胆力がある時は励む、で良いと思うぞ」

 振り返ったリチャードの言葉に、ヒースレッドはルークの手を控えめに押しやりながら首肯した。

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