黒狼の選良騎士ー10
出勤早々の早朝、騎士団長の執務室に呼び出されたパーシバルは、団長と副団長が二人とも揃っている状況に驚いて、扉を開けたまま暫し固まった。
「ハリアー副長、扉を閉めて鍵をかけてください」
彼を迎え入れるべく扉前にいた副団長の補佐官であるチェリーナ・トポロジーの指示に従い、パーシバルは緊張した面持ちで騎士団長の執務机の前まで移動する。近衛大将たる団長と、警邏大将たる副団長が、会議以外で揃っているところは見た事がない。十八年前の政変以降、この国アルセリアも首都セリーナも戦火に見舞われてはいない。騎士団の最上位と二位の団長が揃って黒狼隊副長であるパーシバルと対峙している状況は、すわ緊急事態かと危機感を抱かせた。
「そんなに緊張せずともよろしい。パーシバル、貴殿が昨日の会議で報告した通りに騎士達に聞き取り調査をして、今回のモールフィ事案に関わりがある者は、近衛にはもういないと結論付けていたな」
「はっ、ご報告申し上げた通りです」
騎士団長の問いに、パーシバルは硬い声で答える。
「ならば何故、死亡した部下の友人数人のもとを順に訪ねている?」
間を置かず、副団長が問いかけた。公にはされていないが副団長の補佐官の一人であるチェリーナは、職域を限定せず柔軟に動ける警邏部第十三部隊にも属している。第十三部隊は騎士団の内部調査なども必要に応じて手掛けており、彼らの活躍によってパーシバルの行動は団長、副団長に即日筒抜けとなっていた。
「私の部下は、薬に溺れるような者でも、末端の売人と繋がりがあるような者でもない……そう、知っているからです」
絞り出すような声でなされた返答に、室内に静寂が満ちる。警邏部の調査を軽んじた行為だが正直に心情を吐露する姿から、上官としての彼の気持ちは伝わった。
「何か新たに判明した事実はあるのか」
「いえ……ただ、やはり、売人と自分の部下の接点が唐突に感じます。花街の娼館で偶然出会ったと売人はうそぶいているようですが、あり得ません」
「ふむ、なぜ断言できる」
「それは……故人の名誉のため、ご容赦願いたい」
チェリーナはパーシバルが報告を躊躇う理由に思い至り、淡々とした口調で明かした。
「故人が娼館を利用することはないでしょう。我が国には男娼文化はないので」
初老の域に差し掛かっている団長と副団長は、補佐官の発言に驚いて思わず顔を見合わせる。
「彼の事情を把握しているなら、売人の証言は虚言だとわかりそうなものではないですか」
王宮きっての色男に憂いを帯びた眼差しで見つめられ、チェリーナは困惑して視線を逸らした。
「かの騎士が娼館を利用しなかったとて、売人と黒狼の騎士が取引した事は事実だ。何に引っかかりを感じている?」
「……私の部下と、売人を繋げた者が、いると推測しております。その者がどんな人物かは不明ですが、モールフィ事案において、悪い意味で重要な役割を果たしているかもしれない、そう、考えました」
先ほど団長達に秘匿したかった故人の情報を暴露した補佐官を睨みつつ、パーシバルが告げる。睨まれた彼女は苦笑して肩を竦める。
「第十三部隊の中でも、王宮内にこの事案に関わりがある人物がいるという推理は出ています。内部調査は我々部隊の専売特許みたいなものですが、参考人である女性医師の護衛に人員を割かれて、満足に裏取り捜査を出来ておりません。ハリアー副長の懸念を払しょく、または、確定させるべく動ける者がおりません」
ここへ来て、パーシバルは己が呼ばれた理由に薄っすら思い至った。
「では、私が動いてもかまわないと?」
団長、副団長揃って首を縦に振る。騎士団最上位と第二位の意を受け、第十三部隊にも兼任所属している補佐官が再び口を開く。
「はい、どうせなら、大々的に動いて頂こうというのが、団長と副団長のご意見です。隣国ではモールフィが原因で空洞化した街まであったそうです。人員が足りないと嘆いている場合ではないので、近衛部の方達にも協力をお願いしたいのです。そこで、初の試みとなりますが、モールフィ密売事件特別捜査部隊を設置することに致しました」
パーシバルは片方の眉を跳ね上げ、眼差しを鋭く尖らせた。
「警邏の職務を軽んじるつもりは毛頭ございませんが、私のように考える近衛ばかりではないでしょう」
この国は十八年前立憲君主制へと移行したが、長年に渡って代々受け継がれて来た特権意識の改革はまだ道半ばといえる。近衛騎士は上流階級出身者が大半を占めているため、進んで警邏部の捜査に協力する者は少ないだろう、パーシバルの予想は上層部も認識している。
「織り込み済みだ。騎士の選抜は済んでいる。近衛の中でも故人と近かった者、親しかった者を三名、警邏からは、各部隊より一名ずつ選んだ。それぞれの部隊長にも全面協力するよう内示を出す。隊長として、パーシバル、貴殿を据える」
内心を読んだかのごとき副団長の言葉に、パーシバルはその場で胸に手を当てて、許諾の意を表した。
「謹んで拝命致します。つきましては、私の補佐として第一部隊のランスロット・リーガルンを推挙致します。連絡役には同部隊のルーク・レコメンドが適しているでしょう」
「第一の部隊長を特別捜査専任にしても大丈夫なのか」
団長の問いに、副団長は女性の補佐官へ視線を向ける。彼女は眼鏡の端を持ち上げて酷薄そうな印象を抱かせる薄い唇を開けた。
「一時的に部隊長権限をガンメタール・ギャレンに委譲しましょう。彼は王宮騎士団時代に隊長格を務めた経験もありますし、問題なく部隊長としての職務を遂行出来ると思います」
「ふむ、チェリが言うならそうするか」
警邏部大将である副団長の、補佐官チェリーナ・トポロジーへの信頼は厚い。会議で淡々と進行する彼女の姿しか見かけた事がなかったパーシバルは、内心で驚いていた。団長と副団長の補佐官を事務作業の補助役だと勘違いしている騎士は多い。現に、黒狼隊の補佐官二名は、隊長と副長の事務作業の補佐や雑務を主な職務としている。
「ハリアー副長、今回のモールフィ密売事件特別捜査部隊において、私、チェリーナ・トポロジーも両大将閣下との連絡役として参加します」
「承知した。第十三部隊の手法等も必要があれば伝授してくれたまえ」
「はっ、御意に。この部隊には元十三部隊長のメルヴィン・モーガンも選抜されておりますので、彼の方が適しているかもしれません」
パーシバルはアクアマリンの瞳に断固たる意志を宿し、丁寧に礼をして退室した。
パーシバルが出勤早々に騎士団長の執務室へ呼び出しを受けていた頃、ランスロットはまだローズのアパートにいて、彼女の衣類を畳んでいた。昨晩はローズに勧められて上階にある家主所有の埃に塗れた寝台を借りている。夜半過ぎまで酒盛りに付き合わされたランスロットは、繁華街の詰所まで戻って馬を借りて戻る予定だった。
「そんなの、危ないわ、夕方まで非番なんでしょ? 上の寝台を借りて泊まればいいじゃない」
「いや、しかし」
「そうしてくれたら、朝一緒に王宮へ行けるでしょ、そうしたら私も、明日の出勤はご近所に合わせて早い時間に出なくてもいいし」
「それは……だが」
潤んだ目をしてしどけなく椅子に寄りかかるローズの姿が思い出され、ランスロットは首を左右に振る。手を止めてぼんやりする彼の足を、コタロウがやって来て甘噛みをした。
「どうした?」
問いかけるランスロットに、コタロウはすくっと立って玄関口へ向かい、小首を傾げて動かない彼を見て、再び戻って来て足を甘噛みする。
「外へ行きたいのか」
コタロウの要求を理解したランスロットは、資料探しをしているローズのいる部屋へ向かった。
「失礼する、ローズせんせい、コタロウが散歩に行きたがっているようだが」
「はーい、え、そうなんだ。ちょっと待って、今まとめてるから」
一緒に暮らしているかのような錯覚を覚えるやり取りに、ランスロットの耳は熱を持って染まる。コタロウは騎士の足首をしつこくガジガジと甘噛みし続けた。
「え、やだ、ランスさん、洗濯物畳んだの?」
長椅子の上に放置されていたシャツや上着を丁寧に畳んで重ねて置いてある様子を見て、ローズが悲鳴を上げる。
「普段の癖で……勝手に触れてしまって、すまない」
「癖って、遠征の荷物整理じゃないんだから」
不快ではなかったようで、小さく笑うローズに安堵したランスロットは、ハンガーにかけ直した上着を取って、ローズに差し出した。
「朝は冷える。これを着て散歩へ出て、その後で繁華街から馬車で王宮へ出勤しよう」
「ランスさんて妹や弟がいる?」
「いるが……何故」
「世話焼きで過保護なのは環境のせいねって話です」
ずっとクスクス笑い続けるローズの姿を、凝視したり目を逸らしたり、挙動不審に見守りながら、足はコタロウに齧られている。
「コタロウ、ランスさんをかじらないで」
差し出された上着を着たローズは、衝立てにかけてあるリードを手にしてコタロウの首輪に繋いだ。
「お世話になりました」
「いえいえ、こちらこそ。また、飲みましょう。ランスさんといると楽」
ローズが明るい口調で告げた感想に、ランスロットの胸に甘いざわめきがこみ上げる。飛び出して行くコタロウに引っ張られつつ鍵を渡して来るローズに、ランスロットは陶然とした表情を自覚して掌で顔を覆いつつ受け取った。




