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王宮医局のカルテ  作者: 夕月夕雷
シーズンⅠ 第三章
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黒狼の選良騎士ー7

 石造りの頑丈な王宮本殿は五階建てであり、多くの人が集える部屋が数多用意されている。貴族議会の議場に併設された大小いくつかの部屋は会議室として利用可能で、本日の騎士団の月例隊長級会議も本殿三階会議室で開催された。外国の来賓を迎える国の公式行事や、未解決の大事件など、厄介な議題がない時は予定された二時間程度で会議も終わる。

「先日辞職した黒狼隊の近衛騎士が、隣国の薬物治療療養所に収容された。隣国は取り締まり強化によって、新進麻薬(モールフィ)中毒者も減少傾向にあるようだが、我が国ではいまだ販路も掴めていない。由々しき事態だ」

 会議の進行役である近衛大将兼、騎士団長補佐官の言葉を、補助進行役である、警邏大将兼、副団長補佐官が引き取った。

「現在警邏部では王都に潜伏していると思われる、主犯格の男、ミシェル・ムーの捜索並びにモールフィ中毒死と思われる事案の洗い出しに着手しております。末端の売人は数名捕縛しておりますが、些少の情報のみしか保持しておらず、密輸経路は鋭意捜査中です。ミシェル・ムーについては第一部隊より」

 副団長補佐官の言葉で立ち上がったランスロットは、低い声で淡々と答える。

「はっ、ミシェル・ムーは三日前に繁華街付近で目撃されましたが、以前姿を見せた飲食店や娼館には立ち寄っておらず、王都内いずれかに潜伏中と見て探っております」

「確か、元恋人宅へ行ったりもしたんだろう? 彼女に警邏の騎士が接触している事はもう気づかれているのか」

 資料を見ながら問いかけるパーシバルに、ランスロットは大きく口角を下げて黙り込んだ。

「不明です」

 無表情ながら不本意そうな声色のランスロットを、パーシバルはため息交じりに追及する。

「十三部隊の騎士の護衛は隠密性が高いから気づかれてはいないだろうが、他の騎士が彼女の周辺に侍ったら気づかれる可能性が高くなって、その主犯格が逃亡してしまうかもしれないのではないか」

 ローズがミシェルを目撃した時に自分も同行していた事実を伏せて、パーシバルは低く鋭く問いかけた。近衛部と警邏部は名目上対等とされているが、近衛は貴族の係累が多く、警邏は平民が多い。選民意識の強い白竜隊幹部やパーシバルの上官である黒狼隊長が警邏部に無駄な意義を申し立てて、捜査を混乱させてしまった事もある。黒狼隊副長たるパーシバルは定例会議では必ず、警邏とは反対の立場を装って警邏部の報告に異議を唱える事にしていた。近衛としては不本意ながら、合理的に反論されて納得させられた、という態を取って場を治めてしまうというトリックを多用している。

「資料にもある通り、我々は既に一度、主犯格の男に気付かれて見失っております。その後の捜索で彼を見つけ出せていない我々の努力不足も否めませんが、彼がその気なら、我々の捜査の手が伸びていようといまいと、逃亡を果たしていると、推測します」

「捕縛対象となっていても逃亡もせず、モールフィ密売で荒稼ぎを続けている、という事か。我々警邏も随分舐められたものだな」

 パーシバルとランスロットの対外的討論に、副団長のぼやきが添えられた。

「四年前の違法賭博摘発の時にも上手く逃げおおせているではないか、頭が良いと自負しているのではないか。傲慢なことだ」

 騎士団長も資料に目を落としながら、口を挟んだ。

「はい、傲慢だからこそ、我々が網を張っていても捕まったりなどしないと高をくくっているでしょう。ミシェル・ムーは元恋人と別れてから一度も連絡を取っていないにも関わらず、四年経って王都に戻って来た足を彼女に向けた。自分の推測ですが、ミシェル・ムーは己の執着に従い、元恋人へ接触しようとする可能性が高いのではないか、そう、愚考致します」

 会議室の中を見渡して、ランスロットは声の大きさを落として言った。ローズという人物に対する好感度や執着が自分自身でも高いからこその、率直な意見である。パーシバルは緩んでしまった口元を手で隠した。

「ふうん、だとしたら、元恋人たる女性は狙われていて危険とも言えるな」

「はっ、先ほどパーシバル副長が仰られた通り、彼女の動向は第十三部隊の騎士が見守っておりますし、彼女自身にも身辺に注意するよう忠告しています」

 逸る内心を押し隠し、感情を乗せないよう答えるランスロットに、パーシバルの直属の上官でもある黒狼隊長が退屈そうに資料をめくりながら、目に着いた情報について問いかける。

「主犯の男の元恋人が王宮関係者ね、下級使用人か?」

「いえ、違い、ます」

 直接捜査に関わらない近衛部には、ローズの個人情報を積極的に開示していない。否定した後で黙り込むランスロットを訝しそうに眺める隊長に、パーシバルが助け船を出した。

「そんなことより、近衛騎士にモールフィを密売した者の特定の方が急務だ」

「その、ミシェル・ムーとやらの元恋人ではないのか。王宮にいるなら、騎士と接点があってもおかしくないではないか」

 特に意味も意義もなく揚げ足取りをしたいだけの黒狼隊長に、ランスロットが丁寧に答える。

「療養所に収容予定の元近衛騎士にモールフィを譲ったのは、先日死亡した黒狼の騎士だろうと、裏どり捜査中です。また、死亡した騎士は、既に捕縛した末端の売人から薬を購入していたことが判明しております」

 死亡した騎士と辞職した騎士、黒狼隊にまで薬物の魔手が延びていた責任に思い至り、隊長は黙り込んで冷や汗を拭った。騎士団長、副団長ともに鋭い誰何の眼差しを、黒狼隊長へ向けている。

「既に黒狼だけでなく、白竜にも聞き取りは行っております。他に薬物に関わっている騎士はいないと判断しており、次の進行で情報を共有します」

 自身の上官にも助け船を出したパーシバルに、黒狼隊長は安堵の息を吐いて沈黙を選んだ。

「隊長にも会議後に資料を提出予定です」

「うむ。ご苦労だった」

 色男の迫力ある美麗な笑みに、選民意識と忖度の人である黒狼隊長は小声で返答するに留めた。

「主犯の男とモールフィの販路を突き止めるが急務だな。励めよ」

 騎士団長の激励に、ランスロット以下、警邏部隊長達が大きく首を縦に振る。

「今回のモールフィ事案に巻き込まれている、元恋人の女性の安全確保も怠らないよう、助言します」

 パーシバルの言葉に、ローズの護衛を担う事になった隠密行動を得意とする部隊、第十三部隊長が重々しく頷く。

「では次に、先ほど黒狼隊副長よりあった、近衛騎士達への聞き取り報告を」

 黒狼隊の補佐官が進行役に促されて報告する内容を聞きながら、ランスロットはパーシバルに視線を送り、援護射撃への感謝を目礼で示した。アクアマリンの澄んだ目尻を下げ、パーシバルは形の良い唇まで持ち上げて、女性達だったら見惚れるだろう笑顔で小さく頷く。先ほどパーシバルがまとめた通り、死亡した騎士と辞職した騎士以外に、モールフィを所持したり使用したりしている形跡のある近衛騎士は不在だったと補佐官が報告書を読み上げ、続いて騎士団事務方の最上級職である、総務次官の補佐が、隣国から取り寄せたモールフィについての有害反応、主作用、副作用についての研究結果を報告した。

「東方では安楽死にも利用されたこともあるらしい、か。薬も武器も使いようか」

 会議終了後、騎士棟へ戻ろうとして本殿を出たランスロットの隣に、何気なく並んだパーシバルが話しかける。

「パーシバル殿、本日も、ありがとうございました」

 声を潜めて礼を言うランスロットに、黒狼副長は鷹揚に頷いた。

「ああ、隊長や白竜の者が口を出して来たら面倒だろうから、詳しい近衛の情報が欲しかったら、俺に直接話を持って来い」

 本殿の騎士棟へ続く連絡口である扉から出ると、霧雨が降り出している。午後の空が暗く淀んでいた。

「はい、感謝します」

 早足で歩くランスロットの耳に、訓練場からの怒号や掛け声が届く。武骨な騎士棟の入り口付近に、フード付きローブを羽織った人影が見えた。

「あれは……ワーロング医師かな」

「おそらく」

 無意識に小走りになるランスロットにパーシバルも並ぶ。二人が辿り着く前に騎士棟から一際大柄な騎士が姿を見せ、ローズに歩み寄った。思わず足が止まるランスロットにつられて、パーシバルもたたらを踏んだ。大柄な騎士、メルヴィンの体格に見合った大きな掌がローズの頬近くへ伸びて行く。パーシバルは小首を傾げた。ランスロットは無表情ながら唇だけは強く噛みしめている。二人は騎士棟前の男女を固唾を飲んで見守った。

「んん、うん」

 パーシバルの咳払いで我に返ったランスロットは、ゆっくり足を踏み出す。

「ああ、来た来た、ランス、おっと、ハリアー副長、お疲れ様です」

 最初にランスロットに気付き、続いて後ろにいるのが近衛の上官だと気付いたメルヴィンは人好きのする笑顔を残しながら、居住まいを正して挨拶をした。

「ああ、元気そうだな、メルヴィン。ワーロング医師も、調子はいかがですか」

「こんにちは、ハリアー副長、ランスさんも。私は元気です。今日はヒースレッド君にお薬を届けるよう指示を出しました」

「ええ、配達まで買って出て頂いて、助かります」

「私の意をよくよく汲んでくれるターニャに、ヒースレッド君の様子をしっかり観察して来て欲しかったので」

 会釈しながら笑顔で会話を交わす二人を、ランスロットとメルヴィンは口を閉ざして見守っている。騎士棟玄関の屋根から外れた位置にいるため、四人とも降り始めた霧雨にさらされ始めていた。

「ランス、今日は会議の後は明日の夕勤まで非番だろう? せんせいを送ってやれるか? 今日はイーサンせんせいが急な早退で帰りの同行者がいねえんだって」

 無反応でじっとローズを見つめるランスロットに、彼女は困った顔で口を開く。

「お忙しいなら、他の人に」

「メルヴィン、この後の夜勤を代わる。お前が送ってさしあげろ」

「ええ? それって俺に明日の夕勤から明後日の夕勤まで休むなって言ってるのと同じなんだけど」

 学園同期生の気安さで抗議するメルヴィンに、ランスロットは眉間に僅かに皺を寄せた。ローズに関わると鉄面皮が崩れてしまうランスロットを、パーシバルは楽しげに眺めて口を開く。

「彼女を自宅へ送り届けるくらいの時間なら俺もあるが」

「ええ、そんな」

 先日初対面を果たしたばかりの色男には、親しみを抱くまでは近づいていないため、ローズは頬を引きつらせた。

「先ほどの会議で貴女が警邏の護衛対象だと公式に知らされました。警邏部が忙しいのなら、女性を送り届ける役目ぐらい代われ」

「いえ! その! 自分が送ります」

 慌てて言い募るランスロットの様子に、唇が弧を描きそうになるのを堪えたパーシバルは、似たような表情のメルヴィンと視線を合わせる。頭上で交わされる目配せには気づかず、ローズは地面に視線を落として小声でぼやいた。

「仲良くなれたような気がしてたのは私だけですか」

「え? あの、メルヴィンではなくても大丈夫ですか」

「貴重なお休みの一部を私に割いてもいいのな」

「いいです! あなたが、気詰まりでないのなら」

 最後の方は先ほどのローズと同様に小声でぼやくランスロットの耳に、心地好い笑い声が届く。

「ふふ、そんなこと気にしてたんですか。てっきり面倒臭がられてるんだと思いましたよ?」

 明るい声が場を和ませて、ランスロットは耳だけ赤く染めながら、あとかうとか、言葉にならない声を発しており、親友と上官はそんな彼を生暖かい目で見守った。

※作中の新進麻薬は造語であり、モールフィは架空の薬物です

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