表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王宮医局のカルテ  作者: 夕月夕雷
シーズンⅠ 第三章
27/100

黒狼の選良騎士ー4

 雨の夜道を直走った馬にご褒美の角砂糖を与える御者を横目に、近衛黒狼隊副長のパーシバルは上着を脱いで頭上を覆うよう掲げた。

「ワーロング医師、こちらへ」

 迷っている間にも雨は降り注いでしまう。ローズは一瞬の躊躇いの後で彼の上着の下へ潜り込んだ。馬車の中で荷物持ちを断っていたため、これ以上は親切からだろう申し出を断わりにくい。

「急ぎましょう」

 雨に濡れた匂いに混じって高級な男性用香水も漂うパーシバルの隣で、ローズは淡々と言った。郵便配達員のように斜め掛けした鞄の中鞄は、仕入れた薬で大きく膨らんでいる。瀟洒な彫刻が施されたガス灯で光る夜雨の中を、王宮で噂の美男美女が男物の上着を傘にして小走りで進む。夜はロビーへ通じる表扉が閉門しているため、連絡通路口の扉へ向かった。連絡通路口の扉前担当の近衛騎士は、上司が妙齢の美女を小脇に抱えるかのように登場した事に驚いた表情になる。

「急用で外出していた。彼女は医局のワーロング医師だ」

 手にした帳簿に視線を落とした近衛騎士は、続いてローズの鞄に視線を送った。

「随分膨らんだ鞄ですが、中を改めてもよろしいでしょうか」

 パーシバルが濡れた上着を手巾で叩きながら説明する。

「医局で使う薬だ。近衛の者に使う薬の在庫がなく、医師自ら仕入れに出向いて下さった」

 ローズは黙って頷いた。

「そうなんですか、感謝致します。ヒースレッドが体調不良と聞き及んでおります。彼のための薬ですか」

「そうだ。ヒースレッドには年次休暇を与える。後ほど、補佐官に勤務体制を調整させる」

「御意」

 ローズが開けて見せた鞄の中身を確認した近衛騎士は、己の上官に折り目正しく礼をして道を空けた。ヒースレッドがいる休憩室がある二階へ行こうと階段へ向かうローズの耳に、微かに犬の吠える声が聞こえる。

「コタロウかしら」

 小さく呟くローズの声も犬の吠え声も、パーシバルには届いていない。突然駆け足に階段を上り出したローズに並んだパーシバルの耳は、人の怒鳴り声らしき音が届く。互いにそれぞれ普段気にかけている音を先に察知した。

「何かあったようです」

「はい」

 長い脚で階段を駆け上り先へ行くパーシバルの後を、女性にしては速い足取りでローズも追いかける。

「大丈夫か」 

 開け放たれた扉のすぐ側に立っていたターニャは、突然現れた大きな影に驚いて壁へ避けた。

「あ、ハリアー副長、お帰りなさい」

 簀巻きにした騎士の傍らで暢気な様子でパーシバルを迎えたルークに、パーシバルも毒気を抜かれて肩の力を抜く。

「ああ、戻った。ルーク・レコメンド、一体これはどういう事だ」

 犬のリードを手に青ざめたままのヒースレッドと、小柄で見覚えのない少女、シーツに包まれて転がっている男、という混沌とした室内を見回しながら問いかけると、ルークは足元を警戒しつつ立ち上がって背筋を伸ばした。

「この人が誰だかは知らないんすけど、大声で怒鳴って暴れっから、止めようと、取り押さえました」

「先輩が急に私を起こしに来まして、身に覚えはないのですが、叱責すべき何かがあったようです」

「違うっしょ、ヒース、そんなんじゃねえって。明らかにおかしかった」

 ルークの説明が良く聞こえなかったヒースレッドは、己の見解を上官に報告する。

「ワフワフ!」

 会話する騎士達には構わず、パーシバルに遅れて到着したローズの元へ、コタロウが駆け寄る。興奮して吠えていた時より強い力でリードを引く柴犬にたたらを踏むヒースレッドにかまわず、コタロウは大きく尻尾を振った。

「ああ、コタロウ、良かった、元気そうね。ヒースレッド君、リードをありがとう」

 ヒースレッドはローズにリードを渡して、再びパーシバルに向き合う。

「副長、ルークは私のために先輩を制圧しただけで、責は全て私にあります」

「いやいや、だからさ、ヒースの先輩、おかしかったって。なんかさ、くす……いや、確かじゃない事は言えないけど、この状態の人間に見覚えがあんだよなあ」

 ヒースレッドの耳が聞こえにくいために話が噛みあわず、部屋の状況と同様の混沌から抜け出せない。

「せんせい、怖かったですう」

「ああ、ターニャ、何があったの」

 パーシバルの横を抜けてコタロウのようにローズへ寄ったターニャは、水色の目を潤ませながら状況を説明する。

「私達が来た時、近衛騎士様が、フェリーチェ家のご子息様に大声で絡んでました。止めようとしたら暴れ出したから、ルークが捕まえて気絶させて、シーツでぐるぐるに巻いて動けないようにしたんです。ルークも言ってますけど、ご子息様に絡んでいた騎士様は、普通じゃなかったです。前にせんせいが言っていた、錯乱状態に当てはまるんじゃないかと思いました。とても正気には見えませんでした」

 ターニャの説明は聞いている者に理解しやすく、困惑していた場の空気が整った。

「お嬢さん、わかりやすい説明を感謝します」

「い、いえ」

「ワーロング医師、診ていただけますか」

 パーシバルはターニャに感謝の笑みを向けてから、ローズに問いかけた。

「はい、ただ、失神しているようだし、見ただけではどうしたのか、わかりかねます。どんな様子だったか、ルーク君、教えてくれる?」

 コタロウのリードをターニャに渡したローズは、簀巻き騎士の頭付近へ移動する。ルークは騎士が目覚めて暴れ出した時に備えて足の辺りで待機した。ヒースレッドは様子を観察しながら、己が発言すべき時ではないと判断して、口を噤む。コタロウはローズが戻って来た事を理解しているらしく、大人しくターニャの近くでお座りして口をもごもごさせていた。

「ええと、そうっすね。前に見たせんせいを襲おうとした輩よりは、意味が通じる事を言ってたけど、こっちの話は全く聞かないし、目の焦点までは詳しく見てないけど、表情は普通じゃなかったっすね。怒り狂って感情を抑えられないような」

 ルークの言葉で失神している騎士の顔をのぞき込んだローズは、瞼を開いて瞳孔を見てから、次に唇の色と指先の色が青紫色なのを確認し、最後に騎士の呼気の匂いをも遠慮がちに嗅いだ。

「瞳孔が縮んでるし、皮膚が冷たい……呼吸も浅い。薬の影響で錯乱していた可能性があるかも……お酒の中毒だと瞳孔が開くし、強くお酒が匂うから。血液検査は医局では出来ないけれど、する必要があるかもしれません」

 パーシバルは眉間に深い皺を刻んだ。動揺と衝撃を表には一切出さぬままローズの隣へ移動する。

「貴女の言葉を慎重に受け入れる。ルーク・レコメンド、すまないが、彼を4階の詰所へ運ぶ手伝いを頼む。足を持ってくれ」

「はい」

 副長自ら部下を抱え上げかけ、一度手を止める。

「ワーロング医師、ヒースレッドに薬を。あと、休むよう伝えてください」

「わかりました」

 パーシバルとルークが簀巻きの騎士を運んで出て行く様子を、ヒースレッドは黙って見送った。急いでいたため、廊下に放置した鞄を取って返したローズは、中を漁ってヒースレッドのために仕入れて来た薬を取り出した。

「これを、一週間、毎日飲んでください。ターニャ、私の言った事を書いてヒースレッド君に見せてあげて」

 メモ帳とペンを渡されたターニャは、コタロウのリードを簡易寝台の脇に繋いでから、医師の発言を文字に起こす。

「あと、ハリアー副長は、あなたに休暇を取らせるつもりだって言ってました。十日くらいは気の置けない場所で心身ともに休める事を勧めます。新人騎士は宿舎に住んでいるのよね? 王都にご実家はあるのかしら」

 ターニャのメモを見たヒースレッドは静かに目を伏せて呟いた。

「城外に邸宅(タウンハウス)はありますが、兄家族が住んでいるので」

「ご実家は遠いんですか」

 ローズの問いにターニャが代わりに答える。

「せんせい、フェリーチェ家は王都からだいぶ離れてます。ご実家は馬車でのんびり移動したら辿り着くのに二日くらいかかると思います」

「うーん、それじゃあ逆に疲れちゃいそう。どこか休める場所は探してもらうとして。とりあえず薬を飲んでください。ターニャ、お水を持って来てあげて」

「はーい」

 ターニャは軽快な足取りで休憩室備え付けの水がめから杯に水を汲んだ。渡された薬を水で流し込んだヒースレッドは、丁寧に腰を折って女性二人に礼を言う。

「お手数をお掛けして、恐縮です。本当に感謝しております」

 真っすぐな眼差しで謝礼を述べる少年騎士に、ターニャは頬を薄っすら染めて照れ、ローズは優しく微笑を浮かべた。

「しっかり休んで治しましょうね」

 ゆっくり大きな声で宣言してローズは、ターニャとコタロウを連れて休憩室を後にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ