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王宮医局のカルテ  作者: 夕月夕雷
シーズンⅠ 第三章
25/102

黒狼の選良騎士―2

 アッシュグリーンの髪、同じ色の睫毛がアクアマリンの瞳に濃く影を落としている様子が絵になる。ローズは、乗り心地の良い来賓用の馬車に背を預け、目の前に座る近衛の黒狼隊副長パーシバルを不躾にならない程度に観察していた。 近衛は容色の優れた者が多いが、中でも黒狼隊の副長は役者のような色男だと、ターニャの意見に内心で同意している。ヒースレッドの診察中は噂に上る黒狼副長の美醜について確認している余裕はなかった。改めて向かい合ってその美丈夫ぶりに感嘆している。

「警邏のルーク・レコメンドとは親戚ですか」

「え、いえ、話すと長いんですけど、色々ありまして。親しくしています」

 どこまで説明しようか迷って、適当にまとめたローズに視線を向けて、パーシバルはおどけた表情になった。

「色々、ですか。ふむ……咎めるつもりはありませんが、警邏の新人騎士が規則を無視して医局の医師を時間外に引っ張り出すのは、なかなか奇異です」

「まあ、そうですよね。私もそう思います。ただ、ルーク君から話を聞いてすぐ、ヒースレッド君は突発性の難聴じゃないかって思ったんです。総務を通して予約を取っていたら、四十八時間以内の投薬に間に合わないかもしれないと判断しました」

 組んでいた長い腕を解いて前髪に手をやり、口を噤んで考えを巡らせる黒狼副長の鼻梁は芸術的に整っており、ローズは素直に感嘆の気持ちになる。

「……なるほど、医師の勘を優先させた結果だと仰る」

「そうです、最近耳の病気に関する隣国の医学記事を読んだところだったんです。ルーク君も急いだ方がいい気がするって強く思ったみたいです」

 ルークを擁護しようと付け加えた言葉に、パーシバルは予想外に納得してくれた。

「私も直感は大事にする方ですので、尊重します。ヒースレッドはフェリーチェ家の出身ですからお抱えの医師がいるでしょうが、急いで診察を受けようとはしないでしょう。ワーロング医師の仰る、四十八時間以内の投薬には間に合わなかった可能性が高い」

「耳や目はおかしいと思ったらすぐに医師に診て貰った方がいいです。早ければ治る病気もありますから」

「忠告、部下のためにも覚えておきます」

 胸に手を当てて笑顔になるパーシバルに、ローズも負けじと華やかな笑みを浮かべる。

「雨ですね」

 秋の始まりはにわか雨が多い。狭い道でのすれ違いのために停まった馬車の小窓から外を眺めたローズは、懐かしい後ろ姿を見つけて小さく息を飲んだ。癖のある黒髪を首の辺りで結わえた細身の長身、後ろ姿だけでも洒脱だと感じる服装、長い手足で優雅に見える歩き方をしている。

「あれは……あの、ハリアー副長、通りがかりに少しで良いので、警邏の詰所に寄って貰えますか」

 王宮から問屋街へ行く馬車道は、繁華街を抜けている。繁華街の入り口には警邏部の詰所があった。唐突に寄り道を要求した女性医師に黒狼隊副長は眉間に深く皺を寄せる。

「医局は警邏部と連携でもしているのですか」

 部下のために急いでいるのに途中で止まれとはどうしてか。言外の抗議に気付いたローズは神妙な顔で答える。

「知人が捕縛対象の罪人なんです、今そこで見かけたので、連絡だけ。問屋街から王宮へ戻って連絡……となると、もう近くにいないかもしれない」

「ふむ……なるほど。野放しにもできません」

 城外から繁華街へ向かう道すがら、降り出した雨にも急いだりせず、悠々と歩むところが、見かけた人物が元恋人のミシェルだと確信させる。仕草や歩き方にも個人の特徴が強く出るのだと、ルークから聞いてなるほどと納得した記憶が蘇った。久しぶりに元カレを見たローズは、予想外に複雑な気持ちがこみ上げて当惑している。彼女の様子を観察しながら、パーシバルは御者に繁華街入り口にある警邏の詰所へ寄るよう指示を出した。馬車の屋根に当たる水音、地面を蹴る蹄の音が、雨足が強くなった事を気づかせる。それぞれ思考にふけるうちに馬車は目的地に到着した。

「私が先に降ります。滑ると危ないので」

 大きな身体をしなやかに動かして扉を開けて外へ出たパーシバルは、雨に打たれながらローズに手を差し出す。上流階級出身でエスコートに慣れているだろう騎士の手に戸惑いながらもそっと手を乗せたローズは、慎重に馬車から降りた。彼女の手を取った近衛騎士は、もう一方の手でローズの背を押して詰所へ向かうよう誘導する。

「令嬢じゃありませんから、一人で大丈夫です」

「こうしているのも何かの縁です。ご一緒させてください。私は近衛でも幹部ですので、警邏の情報を得ても何も問題はない」

「そう、なんですか」

 ミシェルを見失って以降、行方が掴めていない話は聞いていて、もし会いに来る事があったら、連絡するよう頼まれている。警邏で既に再びミシェルの足取りを把握している可能性はあるが、未だ不明だった場合に有力な情報なのは確かだ。元恋人としてはもちろん、医師としても、一人の市民としても、王都で危険薬物を流行らせる人物を、野放しにしておいて良いとは思えない。後れ毛が濡れて首に纏わりつくのを除けながら、ローズはパーシバルと共に詰所に入った。

「失礼する」

 ローズに先んじて挨拶をしたパーシバルは、知った顔を見て肩の力を抜く。

「ランスロットか」

 警邏部第一部隊は部隊長は、王宮以外の場所、王都内や詰所にいる事も多い。一番話の早い相手がいた幸運に、ローズも肩の力を抜いた。

「パーシバル殿、と、ローズせんせい、どうされましたか」

「彼女が罪人と思しき人物を見かけたらしくてね、お連れした」

 先に用件を言われてしまい、口を開けたものの噤んだローズは、碧色の目を見開いてランスロットを訴えかけるよう見つめた。

「もしかして、ミシェル・ムーですか」

「はい、城外の馬車通りから後ろ姿が見えました。こちら、繁華街の方へ向かって歩いていました」

 馬車と徒歩だと繁華街への侵入経路が異なるため、同方向へ向かっていても分かれてしまう。

「後ろ姿だけ?」

 訝しそうなパーシバルの言葉に頷いてローズは、ランスロットに向かって確信した理由を付け足した。

「背格好も髪型も、歩き方も前と変わってなかった、から、ミシェルだと思う」

「承知しました、連絡ありがとうございます。王都にまだいるとわかっただけでも重畳です」

 折り目正しく礼をするランスロットに、ローズは小さく吐息を吐き出して微笑んだ。

「いえ……まだこの辺にいると思います。ランスさんしかいないけど、すぐ探しに行けますか」

 差し出がましいかと迷いつつ問いかける彼女に、ランスロットは無表情のままゆっくり首肯する。

「すぐに交代の騎士が来るので問題ありません……ところで、どうしてパーシバル殿とせんせいが同行していらっしゃるのですか」

 ランスロットの灰色の視線が、ローズの背に添えられたままのパーシバルの腕を一瞥してから、黒狼副長に戻る。ローズより頭二つ程長身の二人は身長はほぼ同じ高さだが、三頭筋、胸板、臀部、大腿部の筋肉に特徴的な厚みのあるランスロットと、全体的にバランス良く鍛え上げられているパーシバルで、それぞれ異なる威圧感があった。

「部下のために薬を入手しなくてはならない。急ぎだし、医師しか入手出来ないものだから、近衛の馬車で送迎させてもらう事にしたんだ。罪人の捜索に助力したいところだが、今は時間が足りない。すまないな」

「いえ、お気遣い、ありがとうございます。大丈夫です、相手は腰を据えてかからねばならぬ相手なので、慎重に捜索します」

「ミシェルですけど、上下とも暗い色の綺麗な仕立ての服を着てました。派手じゃないけど、お洒落な服」

 無表情に頷くランスロットに、ローズは小首を傾げる。二人の距離が近づいて、彼の無表情が僅かだが変化するようになっていたような気がしていたが、逆戻りしたようだ。理由に思い至ってパーシバルを見上げて、二、三歩前に進んで背に触れている彼の手から外れる。ランスロットは懐から丁寧に糊付けされたハンカチを取り出すと、ローズに向かって差し出した。

「あ、ありがとう、私もハンカチなら持っているから」

「これも、使ってください」

 彼女に差し出されたランスロットのハンカチをパーシバルが横からかっさらって、ローズの肩を叩くように拭う。警邏騎士が一瞬だけ頬を引きつらせたが、慌ててパーシバルを見上げたローズは気づかない。

「さっきも言いましたが、貴族のご令嬢やご婦人ではないので、自分で出来ます!」

「お気になさらず」

 子供の世話をしている父親のような慈愛に満ちた表情の色男から、ランスロットは静かに視線を逸らした。

「そろそろ行きましょうか」

「はい、あ、ランスさん、これは洗って返すね」

「いえ、そのまま廃棄してくださって結構ですので」

 濡れたハンカチをスカートのポケットにねじ込んだローズに、ランスロットは硬い声で答える。パーシバルはローズの肩に軽く触れて、踵を返させる。自然な動作過ぎて受け入れてしまう自分に苦笑しながら、ローズは数歩進んで振り返った。

「あの、ミシェルが見つかったら、私にも教えてください。もしかして、私に会いに来るかも、だし」

「はい、せんせいに何かあってからでは遅いので、報告はします。くれぐれもお一人にはならぬよう」

「うん、気を付けます」

 二人の会話を聞いてにこやかな笑顔を浮かべているパーシバルに、ランスロットは静かに目配せをする。

「ローズせんせいをお願いします、パーシバル殿」

「ああ、不審な輩は近づけないよ」

 爽やかに請け負う近衛黒狼副長に、警邏部第一部隊長は丁寧に腰を折った。

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