王宮食堂の女給ー7
王国騎士団の警邏部は警察的役割も兼ねている。第十三部隊まである警邏部の第一部隊から第五部隊までが王都に駐在している部隊であり、第一と第二は主に王都内巡回、第三と第四は上申された事件の捜査、第五は犯罪者の取り調べや収容を職務内容としている。巡回中に遭遇した事件は遭遇した騎士が所属する部隊が捜査することもあり、厳密に分業している訳ではない。部隊が異なっても協力しながら臨機応変に行動する事が騎士として求められている。
試用期間を経て正規採用されたばかりの新人騎士ルークは、ローズが襲われかけた件での捕り物が初荒事であり、犯罪者の尾行も初めてである。暗がりの中で必死で目を凝らしながら、部隊長の真っすぐに伸びた背を追いかけた。ランスロットが追っている男二人がどこへ向かっているのかまでは、ルークの目では追えない。日が暮れてもまだ暑い夏の夜、緊張も相まって汗をびっしょりかいたルークは、花街を取り囲むよう建てられた柵に寄りかかり、合図を送るランスロットに近づいた。
「良くついて来た。夜目が効くな」
開口一番褒められて綻びそうになる口元を引き締め、黙って首肯する。
「二人は裏口から花街に入った。出入りを見張っているから、詰所まで戻って応援を呼んで来い。ああ、制服も脱いだのか、まだ捕縛はしないから、それで良い」
「応援は何人すか」
「二人だ。第三と第四が一人ずつ詰所に待機しているはずだ。出払っていて誰もいなかったら、裏通りを早馬で王宮まで跳ばせ。目星の人物が移動していたら、連絡が付くようにしておくから、花街の門番に俺からの伝言はないか問い質せばいい」
「はい」
矢継ぎ早の指示に汗をぬぐいながら返事をしたルークは、踵を返して駆け出した。繁華街入り口付近に建てられた詰所で、ルークは先ほど分かれたメルヴィンが長椅子に寝転んでいる姿を見つけて驚いた。第三部隊、第四部隊の騎士の姿はなかった。繁華街ゆえ小さないざこざは日常茶飯事だ。出動要請があったのだろう。
「どうした、息を切らして」
「あ、先輩、応援をお願いします!」
「何があった」
首を回しながら起き上がったメルヴィンは、ルークのたどたどしい説明を黙って最後まで聞いてから立ち上がる。
「花街へはとりあえず俺が行く。お前は馬で王宮へ行って、どの部隊長でも良い。事情を話して応援を派遣してもらえ」
「はい、馬っすね、はい」
急展開に追いつこうと必死なルークの背をメルヴィンは強めに叩いた。
「落ち着け、大丈夫だ。裏通りから馬で王宮へ行くには、一回左に曲がるだけだからな、迷わず行ける」
方向音痴で道を覚えるのが苦手なルークにわかりやすく指示を出し、メルヴィンは甕に貯められた水をすくって飲んだ。
「お前も飲んで行け」
言われて喉が渇ききっている自分に気付いたルークは、柄杓を受け取って水を呷る。ローズと二人で出かけていたメルヴィンに対するもやもやとした感情は、緊急事態で霧散していた。
柵に背を預けつつ花街の裏門を伺っていたランスロットは、人の出入りが途絶えた隙を狙って、門番に近づく。花街は娼婦の逃亡防止のために柵で囲われており、表と裏にそれぞれ屈強な男を配置して人の出入りを監視させている。犯罪と結びつきやすい場所柄ゆえ、警邏の騎士と花街の人間は互いの顔を見知っていた。
「少しいいか」
「ああん? なんだ、第一の隊長じゃねえか」
「三十分ほど前に中へ入った黒衣の男二名だが。帰りに表口から出ないよう誘導してくれ」
「帰りも裏から出せって元締めに伝えりゃいいのか」
「頼む」
「すぐ捕まえねえって事はヤバい輩じゃねえって事か」
「おそらく女性に乱暴を働いたりはしないだろうが、動向には注意はした方が良い」
「わかった、伝えとく」
シャツにスラックスという簡易的な服装ながら、腰には帯剣しているし、花街へ遊びに来たようには見えにくいランスロットと門番が訳知り顔で話している様子は、後からやって来た人々の注意を引いてしまう。要点と要望だけを伝えて、ランスロットは再び裏口を監視しながらも人目には付きにくい地点へ戻った。
彼が部隊長に昇格したばかりの四年前、無許可の賭博遊戯場摘発があった。違法賭博だけでなく麻薬売買の温床にもなっていたのではないかと疑われていた。一網打尽を目指した大捕り物に、ランスロットも参加した。主催側客側と一斉に大勢の輩を捕縛した中で、ランスロットは薬物の売人ではと目された男の取り調べを任された。
「ミシェル・ムーで間違いないか」
「はい」
自然体で椅子に腰かけ、薄っすら笑みすら浮かべている男の顔をじっくり観察する。濃い褐色の長髪を緩やかにまとめた、色白で端正な顔立ちの優男である。
「商店街で靴屋を営んでいる? 賭け事のために通っていたと」
「はい、恥ずかしながら賭け事が趣味でして。違法だとは気づきませんでした」
騎士に聴取された経験などないだろうに、悪びれず落ち着いた口調で答えるミシェルを、一筋縄では行かない人物だと感じる。
「貴殿から薬を買ったという者がいるが」
「そんなことがありましたか、うーん、ああ、そういえば、良く効く痛み止め薬を借金の形にお譲りしたことはありました。手持ちの金が尽きた時に、薬しか持っていなかったんで、とりあえずこれで許して欲しいとお願いしたんですよ。カードで負けてすっからかんになってしまっていやあ、困りました」
淀みなく弁明する様子は限りなく怪しい。
「痛み止め、な。他の者に譲った事はないのか」
「ありません、偶然痛み止めを持っていたって、それだけの事ですから」
尋問の時は、薬を譲り受けたという証言は一人からしか取れておらず、薬自体も押収出来ていなかった。正直に自白しそうにない者への尋問は困難を極めた。薄笑いのまま答えるミシェルは大変疑わしかったが、他の客と同様に厳重注意で釈放となっていた。しばらくの間は第三部隊の要請もあり、ミシェルを監視する手はずになっていたが、彼は素早く店を畳み、王都から姿を消してしまったのだった。
ミシェルの薄ら笑いを思い出して不快な気分になっていたランスロットの元に、応援のメルヴィンが到着した。
「お前、詰所に戻っていたのか」
「ああ。ルークは王宮へ行かせた。心配すんな、酒は大して飲んでねえ」
「医師は……送り届けたのか」
硬い表情のまま視線を逸らしつつ問いかけるランスロットに、メルヴィンは苦笑する。
「送ったよ。言っとくが、何もねえぞ。幼馴染が惚れた女に手を出すほど落ちぶれちゃいねえよ」
「惚れ……彼女にそんな感情は抱いていない」
ローズが絡むと氷の無表情が崩れる自覚がないランスロットを胡乱な目で見やり、メルヴィンはそれ以上言い訳せずに話題を変えた。
「まあ、いいや。怪しい男達を追いかけてここまで来たって?」
「ああ、薬物の売人らしいと疑っていたが、証拠を掴む前に王都から姿を消した男だ」
「薬物、か。この前の薬物中毒者の件もあるし、きな臭いな」
「ああ。先日の犯人は薬を抜いたら廃人のようになってしまったそうだ。聴取はおろか、いつ死亡してもおかしくない、と牢番から報告が上がっていた。同じような中毒者が増えてからでは遅い」
「そうだな。十三にいた頃、隣国で新しい麻薬が流行ってるって噂を聞いた事がある。詳しく調べた方が良さそうだ」
黙って頷いたランスロットはすいと視線を逸らして花街の裏口を見やった。




