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王宮医局のカルテ   作者: 夕月夕雷
シーズンⅠ 第二章
13/175

王宮食堂の女給ー5

 限りなく黒に近い瞳を見開き、テレンシアは扉から現れた二人を凝視する。

「こんばんは、シア」

 いつもは目深にローブをまとって登場するローズが、普通の服装で連れを伴って来店したことに心底驚いていた。

「アンタ、どうしたの? 脅されてるんじゃないよね」

 クールな美女の出会い頭の一撃に、生成りの袖なしシャツにスラックスという気楽な格好をした大柄な男、メルヴィンが苦笑を浮かべる。

「開口一番それってな。一応客だぜ」

「ああ、ええ、驚いて。いらっしゃいませ」

 威圧感のある佇まいに反して気さくな笑顔を浮かべるメルヴィンを、テレンシアは遠慮なく凝視する。

「シア、この人はメルさん。警邏の騎士さまよ。脅されてないわ、大丈夫」

 衝撃から抜け出したのだろう、静かに息を吐いたテレンシアは

「そう、失礼したわ。どうぞ、座って。あっちにする?」

 いつもは一人なのでカウンター専門なローズに、テレンシアはどこか寂し気に問いかけた。

「私の指定席はここ! テーブル席に座ったらシアと話せないじゃない」

「そう」

 涼し気な目元を緩めるテレンシアを眺めながら、メルヴィンはローズの隣に腰を下ろす。

「ワインで良いの?」

「うん、おつまみはお任せで。メルさんはどうする? エールもウイスキーも美味しいよ」

「じゃあ、俺はエールにすっかな。肉料理があったら頼みたい」

「アハハ、いかにもお肉たくさん食べますって身体つきしてるもんね、メルさんて」

 ローズが砕けた口調で話す相手が自分以外にもいる事に、今宵二度目の衝撃を受けながら、テレンシアは僅かに頬を引きつらせた。テレンシアは、生まれてすぐ孤児院に捨てられていた天涯孤独の身である。十五才で孤児院を出てからは見習い料理人としても経験を積んだ。二十歳で元々働いていた店舗を間借りという形でオーナーシェフとなり、二十八才の時に貯金を元手に銀行からも借金をして、繁華街の外れの店を購入し、『花のや』を開店した。料理への探求心は高いものの、接客はあまり得意ではない。人見知りを隠そうと不愛想に振る舞うテレンシアの中でローズの占める割合は大きい。

「仲が良さそうね」

 嫉妬混じりのつぶやきがこぼれてしまった事に表情を消す女店主を、メルヴィンは興味深いと言わんばかりに目を見開いて観察した。

「そんなことより聞いて、シア! 母がコタロウを連れて行っちゃったのよ」

 花のやに向かう道すがら、一通りローズの愚痴を聞かされていたメルヴィンは口を挟まず、話を聞きながらも流れるような仕草で出されたエールを煽る。

「今日はコタロウに会えないってこと?」

「商会長の息子と食事に行くまで預かるって、取られた」

「それは、ご愁傷様、と言えばいいのかしら」

「シアー、冷たいいぃ」

「だって、こんな大きな男を連れて来るんだもの」

「大きいとダメなのか」

 苦笑するメルヴィンを胡乱な目でチラと見て、テレンシアは小さく鼻を鳴らした。

「シアって騎士は嫌いなんだっけ?」

「別に」

 冷たい声を出す友人に、ローズは目を瞬かせて小首を傾げる。

「今まで名前を聞いたこともない人なのに、ずいぶんと親しそうで……」

 不本意を隠しきれない様子で言ってから、テレンシアは奥の調理場に引っ込んでしまった。

「せんせいって女もたぶらかしてんだな」

「はあ? シアは友達なの。いつも一人で来てたから、メルさんを連れて来て、ちょっと驚いてるだけだと思う」

 答えながらローズは忙しそうに左右へ動くテレンシアの華奢な背中に視線を注ぐ。

「東方の血が入ってるのか? 綺麗な人だな」

「ね、美人よね。綺麗な黒い目と髪が素敵だと言うと照れちゃうの、とってもかわいい。そっか、異国風だとは思っていたけれど、東方の血なのね」

「多分な。辺境にいたころ、東方の国出身の商人に会った事がある」

「辺境にいたの?」

「ああ、辺境の騎士団に二年いた。学園を卒業してすぐ受けた王国騎士団の入団試験は座学の難易度が高すぎて落ちた」

「あら、そうなんだ」

「騎士科も卒業するまで六年かかってるしな」

 あっけらかんと己の不出来具合を語るメルヴィンに、ローズは小さく笑みを浮かべた。

「じゃあ、辺境の騎士団から王国騎士団に移動したって事?」

「そう。辺境からの推薦があったら、実技だけで王国騎士団に入団できるからな」

「そのまま辺境にいても良かったんじゃないの」

「うん、王都にさ、まあ、いたんだよ、学園時代からの彼女が」

「二年待っててくれたの」

「いや、こっちに戻ってすぐ振られた。他に男が出来てた」

 不敵な笑みで告げられた台詞に、ローズは思わず噴き出した。

「なんでドヤ顔でそれを言うかな」

「あん? 未練ありそうに言ったら気色悪いだろ」

「そうかしら」

 小首を傾げたローズの前に温野菜盛り合わせとディップ、薄切りのバゲットにチーズやトマト、スモークサーモンなどを載せてオイルをかけた前菜が置かれ、メルヴィンの前には、マッシュしたじゃが芋と鶏の香草焼きが置かれる。

「美味しそう」

 弾んでいた会話を未練なく断ち切って、ローズはテレンシア特製の料理に手を伸ばした。

「なんだかその彼女の話、ローズの元カレを彷彿とさせるわね」

 調理しながら嫉妬の感情と折り合いをつけたらしく、テレンシアは普段と同じ調子で会話に加わる。

「なんだ、せんせいも男を待たせてて、振られたのか」

 前菜に舌鼓を打ちながら、ローズは片手でメルヴィンの発言を制して、飲み込んでから言った。

「食べるから待ってて。シアの料理を真剣に味わいたいの」

 テレンシアは嬉しそうに口元をほころばせて、僅かに身をよじる。

「ローズの屑な元カレは、この子が仕事で出張に出ている間に二股かけてたんだって」

 代わりに答えるテレンシアに、香草焼きを飲み込んだメルヴィンは深く頷いた。

「はあん。てか、シアさんだっけ? すげえ美味いぞ、これ」

「ありがとう」

 素っ気ないながら、嬉しそうなテレンシアを横目に、メルヴィンはほんの三口ほどで皿を空にしてしまう。テレンシアは素早く奥へ引っ込んで次の料理を作り始める。幸い宵の口のためか、他に客の姿はない。

「私の出張はたった二ヶ月よ」

「そうか、堪え性のない野郎だな」

「まあ、私の話はいいの、もう忘れたし」

「俺の話も別にもういらん」

 ワインを煽りながらローズはため息交じりに言う。

「メルさんには、今は若い女の子に好き好きされてるって絶好の酒の肴になる話があるじゃない」

 白身魚のフリッターとひき肉のパイ包みを手にカウンターへ戻ったテレンシアは

「あら、面白そう」

 口を挟んで再び奥へ引っ込み、次に牛肉と豆の赤ワイン煮込みも出した。目を輝かせて食べ始めるローズとメルヴィンの前に取り皿と大振りの匙が置かれる。

「面白くはない、困ってる」

 仏頂面になるメルヴィンに、テレンシアとローズは顔を見合わせて笑い声を上げた。

「どうして困るの」

「若過ぎて、子供にしか見えねえ。俺は大人の女が好きなんだ。出来れば年上のがいい」

 テレンシアの質問に、メルヴィンは食べながら気もそぞろといった様子で答える。初対面では他者に威圧感を与えるだろう体躯の騎士が、少女に好かれて困っている様が微笑ましい。

「差し入れはやめるよう言ったんでしょ」

「いや、言う前に今日は来なかった。熱が冷めてくれたんなら、良いんだけどな」

「まあ、メルさんが若い女の子と付き合ってたら、なんか、色々誤解を生みそうだしねえ」

「シアさんが脅されてんのかって言ったみてえに?」

「それは、ちょっと悪かったわ」

「ちょっとかよ」 

 気さくなメルヴィンに慣れた様子のテレンシアを見て、ローズは微笑んだ。メルヴィンのような騎士が花のやの常連となってくれたら、悪質な客避けになるのではないか、というローズの密かな目論見が成功しそうで嬉しかった。彼はローズを花のやに送り届けて紳士的に帰ろうとしていた。一杯奢るから、と連れ込んだのはローズである。

「ローズはその、商会長の息子との食事は断れないの」

 機嫌を戻したテレンシアがローズが予定にない寄り道をするきっかけとなった出来事に話を戻した。乞われる前にワインのお代わりを注いでくれるテレンシアを、ローズは上目遣いで見つめる。多分に媚びを含んだ眼差しは、恋人と親友以外に向けられる事はない。慣れているテレンシアでも、心臓が跳ねてしまうようなあざとい表情だった。

「くれぐれもよろしくって商会長さんに言われちゃったんだって。息子さん本人からも、一回食事に行って合わないってなったら諦めるし、無駄に医局に診察予約入れるのもやめるって言われて。何より行かないとコタロウを返して貰えないのよう」

 グラスを傾けて喉を鳴らしながら中身を全部飲み干したローズは、そっと手を伸ばしてテレンシアの右手を掴んだ。

「どうにか諦めてくれる方向へ持って行きたいの」

「そうね、せっかく男性がいるんだから、意見を聞こう」

 女性二人に見つめられ、メルヴィンは素早い瞬きを繰り返す。

「そもそも、その男が気に入らないのは何か理由があんのか? 俺の場合はセイラ嬢が若過ぎてそういう対象に見れない、だが」

 ローズは騎士の間でも人気があるが、デートの誘いが成功した話は聞いた事がない。過去に恋人がいた話からしたら、男嫌いという訳でもなさそうだ。

「そうね、あまり人として好感は持てなかったの。医師の言う事を聞くつもりがない様子がありありと出てて」

 暗い声になるローズのグラスにワインを注ぎ足して、テレンシアは静かに首を左右に振る。

「失礼な男ね。ローズの助言を聞こうともしないなんて」

 医師の助言を聞かない、という自分にも心当たりのある行動を責められ、メルヴィンはローズから顔を背けて慌てて話を逸らした。

「でも実際に結婚に関するような話はしてねえんじゃねえの? 今までデートは断って来てる訳だし」

 憤るテレンシアとは異なり、メルヴィンは冷静だった。いつもの癖で口を尖らせたローズは、

「……もう一つ引っかかってるのが、財務部の官吏として将来有望だし、妻を働かせなくても贅沢な生活が出来る給金を貰ってるって言ってた事かしら」

 母の薦める男が気に入らない理由を付け加える。

「夫の給金は高い方がいいじゃねえか。それに、せんせいが仕事を大事にしてて、結婚しても続けたいって言ったら案外良いって言うかもしれねえし」

「うーん、そうかしら」

 唸るローズの手を握り、テレンシアは切れ長の眦を吊り上げてメルヴィンを睨んだ。メルヴィンは美女の一睨みに苦笑して視線を落とす。

「言う訳ないじゃない、助言すら聞かないのに」

「飛躍しすぎじゃねえか? 官吏なら身元は確かだし、見られないくらい不細工って訳でもねえんだろ」

「まあ、少しお腹周りは丸いけど、そこはそんなに気にならないわね」

「見た目の問題じゃないのよ」

「外見が受け入れられるなら、可能性ありだろ。少なくとも汚え男よりいいんじゃねえ?」

 当事者をそっちのけで議論し合うテレンシアとメルヴィンを交互に見つめて、ローズは苦笑する。食事をすることは避けられないのだから、メルヴィンの言うように前向きにとらえてみても良いのかもしれない。

「私のために怒ってくれてありがとう、シア。大好きよ。仕事を続けたいって正直に話してみて様子を見るわ」

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