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王宮医局のカルテ  作者: 夕月夕雷
シーズンⅡ 番外
122/122

番外☆情緒不足の処方箋

――◆ヴィヴィ:side


 老いも若きも女はとかくお喋りが好きだ――誰が言ったか、自分も含めて実感している揺るぎない事実である。今日も今日とて表庭の洒落た四阿には黄色い歓声や笑い声が響いている。


「前から聞きたかったんですけど、ヴィーさんて、いったい、あの人のどこがいいんですか」


 医局の受付嬢であり、情報通としても名高いターニャが、水色の瞳を好奇心にきらめかせてにじり寄る。


「それはその、私も、ちょっと疑問でした」


 以前より自分の意見を主張するようになったセイラも、濃い緑色の瞳でひたと私を見つめた。恋バナも聞いている分には悪くないが、自分の話はむず痒い。


「えー? なんとなく?」


 誤魔化そうとするとターニャが切り込んで来た。


「なんとなくで好きになるような類の人じゃありませんよ、ナックルせんせいは」


 最後の方は周囲を気遣って小声になるターニャに、私は苦笑する。


「うーん、多分、だけど……私がほら、しつこく何度も顔出してた、仮病野郎いやいや、嘘つき騎士もダメか、いや、ええと、自分を大事にし過ぎてる? あの人を追い返した時」


「またそうやって、すぐに患者さんに毒を吐いて」


「ふふ、ヴィーさんて面白いです」


 ターニャとセイラは顔を見合わせてクスクス笑い出した。



 前回の診察で回復したと診断された警邏の騎士が、前日に引き続いて現れた時だった。


「だから、また変だったら来いって言われたんだよ」


 厚みのある身体で威圧的に吠える騎士に、私はヘラリとした笑顔を向ける。


「それって体調が変だったらって意味ですよね? どこにも痛みも違和感もないし咳も出てない、熱もない、どこを診るんですか」


「手伝いの事務官に言う必要ねえだろ」


 何のための受付だと思っているのか、だいたい、どうして彼の上司は、こんなに元気そうな部下の再診を許可したのか。内心の苛立ちと疑問を押し隠し、私は丁寧に言い直した。


「どこが不調なのか聞くのも、受付の仕事なんですよー」


「いいから、せんせいにっ」


 私の言い分を聞くつもりがなさそうな騎士をどうしてくれようかと思案していた時、奥の検査室からナックルせんせいが姿を見せた。


「何を騒いでいる」


 受付カウンターにかぶりつくよう身を乗り出していた騎士と私の間に、ひょろりと高い長身が無理矢理割り込んだ。騎士は面食らって数歩後退する。


「あ、アンタは……」


「俺も医師だ。不調があるなら言え、今すぐにここで診る」


「はあ? 俺は、ローズせんせいに」


 ナックルせんせいは、振り返り、受付表を取り上げて目を走らせた。


「ワーロングは再診不要としているが、こんなに主張しているんだから、診て欲しいのだろう。こっちだ」


 騎士は騒いだ手前引けないのか、ナックルせんせいに連れられて、診察室へ消えた。薬の保管庫から出てきたターニャが、心配そうに尋ねる。


「ヴィーさん、何か、大きな声が」


 大声を出していた騎士はナックルせんせいが連れて行ってしまったので、受付前に人はいない。ローズせんせいも、診ていた患者と一緒に診察室から顔を出した。


「どうかした? 大丈夫かしら」


「ちょっと騒いだ人がいたんですけど、ナックルせんせいが診るって連れて行きました」


「そう、わかった」


 ローズせんせいは直前まで診ていた患者である騎士を受付前の椅子に座らせ、一度診察室へ戻る。ターニャは籠いっぱいに入った薬袋を持ってきて、受付内へ入り、仕分けを始めた。


「さて……」


 すぐに次の予約患者が階段口から姿を見せたので、予約帳を確認しようとした時、ナックルせんせいの診察室の扉が勢いよく開いて、先ほどの警邏の騎士が飛び出してきた。顔面蒼白で涙目になっている。後を追うように出てきたナックルせんせいが、私を見下ろして言った。


「特に異常はないようだ」


「あ、はい」


 先ほど大声を出していた騎士と同一人物とは思えない様子で、患者はそそくさと去って行く。


「あれ、何したんです?」


 ナックルせんせいは私の問いに真顔で答えた。


「……所見がないのにおかしいと言うから、重大な病が隠れているかもしれない。考え得る限りの病について話したら、途中でもういいと断られた」


「ああー、そういう」


「また、変だったら来るよう伝えておいた」


 何だか力が抜けて笑い出した私の頭に、乾いて骨ばった大きな手が乗る。微かに薬品の匂いがする。見上げると存外優しそうな黒い目と視線がかち合った。


「欲求が通らないと突然攻撃的になる輩はどこにでも一定数いる。無理をするな」


「あ、ありがとう、ございます」


 もじゃもじゃ頭のずれた医師が、まともなことを言うので驚いて、強く印象に残った。


 ナックルせんせいへの認識が少しだけ変わった日のことを、遠回しに伝えてみたら、ターニャとセイラは顔を見合わせて揃って首を傾げた。


「それって、ナックルせんせいがヴィーさんを助けたってことなんでしょうか」


 セイラの問いに、ターニャは大きく首を横に振る。


「違うでしょ。いつも通り診察しただけだと思う。そういう、気遣いができる人じゃないし……て、すみません、ヴィーさん」


「気遣い、多分、してると思いますよっ、その、ナックルせんせいなりには」


 セイラがフォローしようとして語尾が怪しく尻すぼみになった。私は肩をすくめて女子会用に持参したアイスハーブティを飲んだ。


「散らかし放題なのは気にならないんですか」


 ターニャは質問し足りないらしい。


「結婚して一緒に住みたい訳じゃないし……うん」


 そう答えてから、私は自分が彼のことをまあまあ本気で恋愛相手として認識しているのだと気づいた。




――◆ナックル:side


 宿舎を出て王宮本殿へ向かう途中、蜂蜜色の頭を見かけた。


「ヴィー」


 声を掛けると彼女は勢いよく振り返り、力の抜けた笑顔を見せる。


「ナックルせんせい、おはようございます」


「ああ、おはよう。出勤か、顔色は、悪くないな」


「いきなり診察しないでくださいよ、元気ですよ、ちゃんとお肉食べてます」


 本人の申告通り、頬の血色は良い。


「ついでだ、触れるぞ」


 さっと頬に触れてみると、温かく、みずみずしい。


「ちょ、だから、ここで診察しないでくださいって」


 俺の手を押し返したヴィーは、唇を尖らせて耳も赤く染める。最近の彼女は、時折興奮した様子を見せる。感情の振れ幅が大きい質ではなさそうだと判断していたが、違うのだろうか。湿った南風が体温を上げているだけかもしれない。


「そうやって黙って品定めしてるみたいに見るの、やめてくださいよう」


 ため息交じりに抗議されて、観察をやめたところで、騎士棟と本殿の分かれ道に差し掛かる。ヴィーは立ち止まって片方だけの三つ編みを手でなぞる。何か言いたいことがあるときによくやる仕草だと、顔を合わせるうちに覚えた。


「あの……せんせい、ええと」


 地面を睨んで小さくなるヴィーの声をよく聞こうと上体を屈めると、彼女は俺の肩を押し返して眦を吊り上げた。


「なんですぐ、そうやって近づくんですか」


 ワーロングを始め、女性は距離感に関して苦言を呈することが多い。一歩だけ後退した。


「そうか、ヴィーも誤解されたくないのか」


 花のやの帰りに王宮まで戻るのが面倒で泊めてもらおうとした時のことを思い出して尋ねる。


「え、誤解、ですか」


「そうだ……ワーロングはランスロットとメルヴィンに配慮して俺を遠ざけた」


 ヴィーは一度口を開いてから、閉じた。興奮した様子だった顔色は治まり、平常に戻っている。


「心配するな、俺は医師だ。そう、君の相手にも伝えれば問題ない」


 ヴィーは、暫し地面を睨んでから顔を上げた。


「そうですね」


 ヘラリと笑った彼女の髪と同じ蜂蜜色の瞳に、何か読めない色が浮かんでいる気がしたが、問う前にヴィーは駆け去った。





 棚の位置がずれてしまった本棚を部品まで解体し、宿舎の裏にある空き地に広げた。部屋の中でトンカチを使うには、部屋の壁が薄いらしい。


「で、どうして私なんですか」


「君しか承知してくれなかった。皆、木造工作は得意ではないらしい」


 ヴィーはため息を吐いてから、部品の横に広げた設計図を眺める。


「簡単じゃないですか」


「そう見える。だが、実態は図の通りに収束しない」


 厳然たる事実を並べる俺に、ヴィーは胡乱な眼差しを向けた。今日の彼女も血色や肌艶は悪くない。


「まあ、やりますか」


 肩をすくめた彼女は、黙々と作業を始める。ヴィーに指示された補助をこなすうちに、本棚は設計図に書かれた完成形に近づいた。


「正確だな」


「書いてある通りにやってるだけですよ」


「俺もそうした」


 ヴィーはトンカチを持ったまま俺を見て、小さく笑う。


「ふふふ、なんか、本当に、ナックルせんせいって変」


「よく言われる」


 笑いながら本棚を完成させたヴィーは、光る汗を作業着の袖で拭いた。


「こんな格好で本棚作ってるの、うちの母が見たら卒倒しちゃうんですからねー」


「そうか……助かった」


 頷いてヴィーは普段とは異なる笑い方をする。痛みに耐えているような、不調を誤魔化すような、そういった表情だった。


「これはもう、スペシャルデザートを奢ってもらわないとですよ」


「そうだな、いつなら空いている?」


 ヴィーは本棚に手を置いて首を傾げる。


「そうですねー、次の休みは……いえ、いいです」


 苦笑して急に言葉を切ったヴィーは、散らばった釘を集め始めた。


「今から行くか」


 空腹か貧血か、急に活気を失った彼女に提案すると、力なく首を横に振る。


「ダメだ、行くぞ」


 本格的に不調そうな彼女の手を引いて立たせた。


「わ、え」


「片付けは後でいい。先に食え」


 困惑した蜂蜜色の瞳をのぞき込み、頬に付いた木屑を払う。


「ちょ、だから、近いって」


「君が回復する方が先だ。誤解されたら後から解けばいい」


 華奢な腕を引いて宿舎の食堂へ連れて行った。男性棟の食堂だが、時々女性の姿も見かけるので利用に問題はないはずだ。黙ったままのヴィーを座らせ、厨房に軽食を注文した。


「なんなんですか、もう。こっちは諦めようとしてるのに」


 卵サンドの乗った皿を置いた途端に、ヴィーが水気の多い目でこちらを見上げる。


「諦めるな。食費ぐらいなら貸せる」


「本買いすぎて金欠の癖に、何言ってるんですか」


「いいから、食え」


 ヴィーは静かに食事を始めた。


「あれ、ナックルせんせい……とヴィーさん。何、してるんすか」


 食堂で良く会うルークが、隣にトレーを置いて座る。


「ヴィーの食事を監視している」


「なんすか、それ」


「医師としてだ。誤解するな」


 ルークがヴィーに懸想しているとは思えないが、一応釘を差しておいた。ヴィーは黙って卵サンドを平らげた。


「ご馳走様でした。あと、ナックルせんせい。こっちの忠告を聞かないで……後でしっかり責任取ってもらいますからね!」


 食事をしたことで彼女の血色は良い。口調も声も活気が戻った。


「お茶を飲んだら後片付けだな」


「それくらい一人でやってくださいよ」


 文句を言いながらもヴィーは片付けを手伝ってくれた。



 未だかつて、こんなにも俺の生活を補完してくれた患者はいない。彼女の健康管理者としての責任を果たすべく、故郷から干しトカゲでも調達しようか。強壮剤を摂取して代謝を底上げした彼女は、もっと俺の役に立ってくれることだろう。

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