第5話
パーシバルは『ジュール・メイスン死亡事案・最終報告書』を、険しい顔でしばらく睨んでいた。
「ヴィー、来てくれ」
「はい」
返事をして近寄って来たヴィヴィにパーシバルは報告書を指差しながら説明する。
「ここ、『ガレス・アルドレイが、職務上の権限を背景に、過重労働下にあった部下ジュール・メイスンへ強力な鎮痛剤としてモールフィを譲渡した事実を確認』これな、まあ、正しいんだが、ガレスの名は消してくれ」
「名前を書かないってことですか」
「ああ、できるだけ曖昧にしておくよう、指示が出てる」
「なるほど」
短く返事をしたヴィヴィに、パーシバルはもう一つの修正箇所も示す。
「あとここ、ガレスの罪状と処分のところも、削除してくれ」
「単純な事故死として処理するという方向ですか」
「……そうだ」
低く唸るパーシバルに、横で聞いていたチェリーナが冷静に言った。
「ヴィーの報告書は内部資料として残しておくから、ちょっと貸して」
修正前の報告書をサラサラと書き写し始めたチェリーナに、パーシバルが苦笑する。
「じゃ、ちゃちゃっと直しちゃいますね」
自分の感想は一切述べず、淡々と請け合ったヴィーは自席へ戻って報告書を作り直した。
聖樹の森にある温室へ向かう道を、コタロウを連れて歩く。森の散策にぐいぐいリードを引くコタロウに、ルークは鼻歌交じりでついて行った。
「コタロウは、森が好きみたいだ」
ヒースレッドは呟いて、木漏れ日に目を細める。
「いつものルートと違うと喜ぶんだって、ローズせんせいが言ってた」
「一度、セイラさんを温室へ護衛したことがある。コタロウも一緒だった」
「へえ、セイラ、喜んだろ」
軽く問われて、ヒースレッドは小首を傾げた。
「そうか、彼女も森が好きだったのか」
ヒースレッドは澄んだ空気を吸い込んだ。
「いや、そこじゃねえよ。嫌いじゃないだろうけどさ」
「うん? 何が言いたい」
コタロウが走り出してルークも先へ駆けて行った。ヒースレッドも小走りに後を追う。
「ヒースさ、良かったな。ジュールさんのこと」
「良かった……のか」
「尊敬する先輩が、薬に手え出すような人じゃないってわかって良かったろ」
「ああ……確かにそうだな。だが、どちらにしろ、先輩はもう戻らない。私は、彼が尊敬すべき先輩だったと覚えておくことくらいしかできない」
「まあな、そうだよな。てか、黒狼の元隊長、結構しょうもないよな」
「言うな……」
悪戯っぽく笑うルークに、ヒースレッドは眉間に皺を寄せて注意した。
「アーオ」
足元の草の匂いを嗅ぎ終えたコタロウが、早く行こうとばかりに鳴いた。
今日最後の患者を見送って、セイラは受付の片付けを始める。薬の保管庫の整理を終えて出てきたターニャは、ノートを引き出しへしまった。
「ねえ、セイラ。さっき、ヴィーさんがナックルせんせいのところ来てたの知ってた?」
「いえ、見てません」
「そっか、今日はお仕事で来たみたいだけど、ナックルせんせい、ちょうど空いてて、検査室でけっこう長い間、話してたわよ」
楽しそうに語るターニャに、セイラも笑顔を向ける。
「へえ、そうなんですか」
「ナックルせんせいってさ、ヴィーさんが足繁く医局に顔出す理由、わかってると思う?」
セイラは手を止めて記憶を辿った後で、ゆっくり首を左右に振った。
「わかってそうに見えたことがありません」
「だよねえ」
顔を見合わせて二人は笑い声を上げる。
「フィリップ様みたいな方は困りますけど、ナックルせんせいみたいな方も、違う意味で困りますね」
ターニャは笑いながら突っ込みを入れた。
「それって、遠回しにどっちもどっちって言ってるでしょ」
「そ、そんなこと……ある、かも?」
遠慮がちながらターニャの言葉を肯定したセイラの肩を、ターニャは笑いながら叩く。こみ上げてくる笑いで、片付けが進まない。
「ちょっと、二人で楽しそうー、私も混ぜて」
笑い声を聞きつけて診察室から顔を出したローズに、ターニャとセイラはまた笑った。
【――イーサン・アシッドせんせい
先日はお手紙をありがとうございました。調べものをしていたら、季節が回り、すっかり暑くなりました。コタロウは日陰で涼しい森への散歩が特に楽しいみたいです。温室を利用できるようになったので薬草を育てているので、ついでにコタロウを散歩しています。
さて、お返事としては遅すぎて申し訳ありませんが、せんせいのお手紙にあったK、N、Yさんの件です。彼が嘘を吐いてしまったことについて、ランスロットさん(今は特捜の副長さんですよ)も許すそうです。嘘を吐きたくなるような、大きな理由があったんだろうって、東の方を向いて言ってました。
また、せんせいがカルテを確認して欲しいと言っていたジュールさんのことですが、確かにせんせいは彼に薬を処方していませんでした。上司の誰かに薬をもらったのかもしれませんね。しっかり確認済みなので安心してください。
セイラもターニャも元気にしています。二人の笑顔を見ていると、私も頑張らなくちゃいけないと、親のような、いえ、姉のような気持ちになります。近頃はナックルも医局に馴染んできて、四人体制で上手く回るようになってきました。
イーサンせんせいと同じようにはできませんが、医局長代理として私も頑張ります。あなたもどうか、お身体には気を付けて。
――ローズ・ワーロング】




