第3話
保管庫から木箱を取り出し、検査台の上に置く。薬包も並べて、地図も広げた。整頓された検査室を見渡して、ローズは一つ頷いてから着席する。扉が開いてナックルが姿を見せ、黙ったままローズの隣に座った。
「緊張する」
小声で囁くローズの方を向いて、ナックルは小さく鼻を鳴らす。
「君は同席しているだけでいいと言われただろう」
「そうだけど」
眦を吊り上げたところで扉が開いて、ターニャが顔をのぞかせた。
「いらっしゃいました。案内しますね」
ターニャが閉まらないよう押さえた扉から、チェリーナ、ランスロット、メルヴィンが入室する。続いてガンツの顔が見えたので、ローズは立ち上がり、隣のナックルの腕を掴んで立たせた。
「ご無沙汰しております」
丁寧に挨拶するローズに、ガンツは愛想の良い笑顔で頷く。続いて議員の秘書官二人、最後にパーシバルもやってきた。議員の背後に立つ秘書官以外は、円形に並べた椅子に着席し、並べられた証拠品へ視線を向ける。
「見て欲しい物というのはそれかのう、ハリアー隊長」
パーシバルは頷いて立ち上がり、証拠品が並んだ机に近づいた。
「わざわざご足労いただき、恐縮です。ギャレン議員」
良く響く声で挨拶をしたパーシバルは、まずは木箱を手に取ってガンツに見せる。中腰に立ち上がって木箱を観察したガンツは、座り直して腕を組んだ。
「ふむ……見事な細工の箱じゃのう」
ガンツの呟きにパーシバルが頷いて、ナックルへ視線を向ける。
「こちらのリー医師は、東方出身です。この木箱の細工がありふれている地域を知っています」
ナックルは黙ったまま大きく首肯する。秘書官がガンツの耳元に近づいて小声で囁いた。ガンツはすっと目を細めて、ナックルを一瞥する。
「何が言いたい?」
「こちらは議員と東方の方々が開かれた宴席で、アルドレイ元隊長が贈られた品です」
「アルドレイ、な」
秘書官が囁こうとするのを鬱陶しそうに追い払い、ガンツは再び腕を組んだ。
「木箱にはこの薬包が入っていました。アルドレイ元隊長は、薬包入りの箱を数回受け取っていたそうです」
薬包には触れず手で指し示したパーシバルは、そのまま証拠品から離れて腰を下ろす。ナックルが立ち上がり、淡々と説明を引き継いだ。
「中身は東方の香料が含まれた、粉末状のモールフィだ。死亡したジュール・メイスンが所持していた粉と成分が同一だった。九割の確率で同じ粉だと推測する」
秘書官二人が顔を見合わせ小声で囁き合い、ガンツは腕を組んで目を閉じ低く唸った。ナックルは言い終えて座る。ローズは緊張した面持ちでナックルと騎士たち、議員の顔色を伺った。
「ローズせんせい、地図をよろしいですか」
チェリーナに言われて地図を渡したローズは、彼女にそっと腕を叩かれて強張った笑顔を返す。チェリーナは地図を広げながらガンツの前まで移動した。
「こちらの州は希少な香料や柴犬の産地ですよね。議員も良くご存知だと思いますが」
東方の地図の一部を指差しながら、チェリーナは薄目で地図を眺めるガンツを観察する。
「先ほどのモールフィに含まれる香料、議員が愛用してらっしゃる香料、どちらも希少で東方でも産地はここだけです」
「わかっておる」
小さく頷いてチェリーナは地図を畳んで着席した。暫し部屋の中を沈黙が支配した。
「アルドレイ元隊長はこの薬包入り木箱をジュール・メイスンに下げ渡していたようです」
チェリーナが淡々と宣言する。
「ジュールは用法を誤って摂取し、中毒死しました」
パーシバルの声が低く掠れた。厳しい表情で床を睨んでから、彼はもう一度言った。
「私の部下は、貴殿の社交の余波を受けて死亡した」
「騎士の事故死とギャレン先生に直接の関係はありませんっ」
秘書官が抗議すると、パーシバルは拳を白くなるほど握って俯く。沈黙を埋めるよう、ランスロットが立ち上がって一歩前に出て、丁寧に腰を折る。メルヴィンも立ち上がって隣に並んだ。
「我々特捜は、再捜査によって明らかになった事実を公には致しません」
「騎士団長、副団長、両名も同意しています」
それぞれの台詞を聞いて、秘書官二人は大きく息を吐き出したが、議員は険しい表情で腕を組んだまま黙り込んでいる。
「僭越ながら、特捜として一つだけ、ご忠告を差し上げます。目先の利益のために国を危機にさらさぬよう、ご配慮ください」
チェリーナが大柄な副長二人の後ろで立ち上がった。
「無礼です!」
秘書官が再び気色ばんだが、ガンツが低い声で制した。
「やめろ……ハリアー隊長、話はわかった」
ゆっくり立ち上がったガンツは、秘書官の一人に渡された杖を手に、扉へ向かう。パーシバルは立ち上がろうとして、僅かによろめき額を押さえる。軽く首を左右に振った彼は、扉へ先回りして開けた。
「私たちは今後も、水路や水明楼を見ています」
響いた美声に返答はない。議員は一度立ち止まってパーシバルを見てから、秘書官を促して退室した。




