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王宮医局のカルテ  作者: 夕月夕雷
シーズンⅡ 第七章 終わらない夜のすきまに
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第2話

 検査物の保管庫に鍵をかけたローズは、ナックルを見上げた。

「はい、確認して」

 互いに無言で頷き合う。施錠を終えて自分専用の診察室へ戻ったナックルが報告書を清書している途中で、ランスロットが姿を見せる。

「結果が出たと聞いた」

「ああ、今清書している」

 背筋を伸ばしたまま患者用の椅子へ腰を下ろしたランスロットは、静かにナックルの手元を眺めて待った。

「比較はしたのか」

「ジュールの粉とか」

「ああ」

「九割以上の割合で同じ粉だという結果が出ている」

 ナックルは手を止めて眼鏡を外し、こめかみを揉んだ。ランスロットは躊躇った後で低く言う。

「急かしてすまない」

 何度も瞬きをしてから、ナックルは頷いた。

「早急に片付けたいのだろう?」

「ああ、隊長がつぶれないうちに結論を出したい」

「医師としても同意だ」

 最後にサインを記入した報告書を受け取り、ランスロットは立ち上がる。

「ナックルせんせい、一つ聞きたい。以前、この粉について東方の香料が使われていると推測していたな」

「もはや断定可能だろう……元黒狼隊長が宗家と会ったと言っているんだろう?」

 ナックルは少し考えてから立ち上がり、棚から大判の書籍を持って来た。

「地図か」

「ああ、東黎帝国の地図だ。ここだ」

 ナックルが指差した箇所を見て、ランスロットは首を傾げる。ナックルは声を低めた。

「表では珍しい香料や獣なんかを輸出してる一族だ」

「獣?」

「受付で寝ている『ややこしば』も、粉の入っていた木箱も出所は同じだ」

 ナックルは険しい表情のまま続ける。ランスロットは黙って耳を傾けた。

「ことを荒立てると面倒だぞ。記録ごと消される」

「粉の出どころをこれ以上追うな、と」

 冷静な問いかけに、ナックルは一度目を閉じてからゆっくり首肯した。ランスロットはしばらく地図を見たまま考え込んだ。

「おそらく、ナックルせんせいの言う通りになるだろう。特捜としては、もうこれ以上は動きようがない」

 乾いた口調に無念が滲んだ。ナックルは地図を閉じて机の上に放る。

「正直、この家がここまで上質な鎮痛粉の精製に成功しているとは予想外だった。ノルディアの研究所に、この粉についての資料を送りたい」

「それは……参謀長にでも相談してくれ」

「ああ、わかった」

 ランスロットが報告書を手に診察室を出ると、受付からコタロウが飛び出してきた。

「ワフ!」

「コタロウ、待て」

 リードを限界までピンと伸ばして近寄ろうとする柴犬に、ランスロットは強張っていた肩の力を抜く。薬保管庫からターニャが、ローズの診察室からはセイラが顔を出す。ぶんぶん尻尾を振るコタロウを、それぞれが撫でて笑みを浮かべた。

「ランスロットさん、ローズせんせいに会って行かなくていいんですか」

 コタロウを撫で終えてすぐ、ターニャが悪戯めいた表情で問う。ピタリと動きを止めたランスロットは、静かに答えた。

「仕事中だから」

「報告書を受け取ったって、医局長代理に挨拶をして行くのは公務だと思いますけど」

 書類を指差すターニャに、ランスロットは灰色の目を向ける。セイラは二人の顔を見比べながら、コタロウを受付奥へ戻した。

「……ローズせんせいは、今、空いているんですか」

 無表情な騎士の問いかけに、ターニャは目を大きく見開く。

「あ、はい、どうぞ」

 セイラがいそいそとローズの診察室の扉を叩いて開けたので、ランスロットは遠慮がちに中へ足を運んだ。

「あれ、ランスさん。ああ、報告書ね。さっき伝言を頼んだばっかりなのにもう取りに来たんだ」

 ランスロットは頷いて二、三歩だけ、前に出る。ローズは緩くまとめた髪の後れ毛を耳にかけ直し、机の上にある辞書とランスロットを交互に眺めた。

「検査結果を受け取りました」

「はい、副長自らご苦労様です」

「それで……」

 言いよどむランスロットを見ないまま、ローズは引き出しから小さな紙包みを取り出して立ち上がる。彼女が寄って来る気配に驚く間もなく、ランスロットの手に包みが押し付けられた。

「はい、のど飴」

「あ、え、はい」

「根を詰め過ぎるのが、ランスさんの悪い癖だと思います。飴でも舐めて気分転換して」

「ありがとう、ございます」

「ふふ、うん」

 艶やかに笑うローズに見惚れてから、ランスロットは機械的な仕草で首を横に振る。

「今度」

「うん?」

「お時間を、作ってください」

 ランスロットの耳が赤く染まるのを見上げながら、ローズは笑顔のまま動きを止めた。

「あー、はい、お仕事で?」

「いえ、私用で恐縮ですが」

 さっと目を伏せて、彼は書類を持ち替えてポケットからハンカチを取り出して額を拭う。

「いつがいい?」

「その、それはまた、改めて伺います」

 言い捨てて逃げるよう診察室を出たランスロットは、背後でローズが小さく笑い声を上げたのを聞いた気がした。

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