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王宮医局のカルテ  作者: 夕月夕雷
シーズンⅡ 第七章 終わらない夜のすきまに
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第1話

 四人は真夜中に王宮を出て、朝陽を浴びながらアルドレイ家の治める領に辿り着いた。


「長閑でしたね」


 けたたましい野鳥の鳴き声を聞きながら、領館の門をくぐる。


「先触れは出していないが、奥方の言う通りなら、いるだろう」


 昨日、城外のタウンハウスに残ったガレスの妻に、夫の消息について訪ねた。領地に戻ったガレスは、一日中館に籠って何もせず暮らしているらしい。


「花街ではたいそう活躍されていたようですけど、騎士としては、ねえ? 余生はのんびりしたいと仰るので、領地へお帰りください、と申し上げましたのよ」


「そうでしたか」


「でも、お一人だからって自由にはできません、ねえ、お前……」


 妻の後方に控えている若い執事が一歩進み出て頭を下げる。


「奥様の思うままに」


 齢を重ねても衰えない美貌の妻は、執事に意味ありげな流し目を送る。パーシバルは苦笑して退避した。


「あのままずっと話を聞いていたら、夜まで帰れなかったかもしれない」


「うへえ、すげえ奥方ですね。恐妻家だったんだな、元隊長殿は」


 メルヴィンが話を聞いただけで顔をしかめる。


「アルドレイ殿は何もせず館でぼんやりしている、ということだろうか」


 ランスロットの問いかけに、チェリーナが眼鏡を押し上げた。


「そうでしょうね。奥方様も相当腹に据えかねていたんじゃないですか」


 特別捜査部隊の幹部全員が揃って訪れたことで、ガレスは身支度もそこそこに姿を見せた。髭の剃り残しを気にしながらガレスは、落ち着きのない様子でカウチを勧める。


「久しいな、パーシバル」


 口調だけは当時のままだが、声に張りや勢いがない。パーシバルとチェリーナが並んで座り、ランスロットとメルヴィンは背後に立った。黙っていても威圧感がある。


「ご無沙汰してます、ガレス殿」


「今は……特別捜査部隊の隊長だったか」


「はい、僭越ながら」


 淡々と答えるパーシバルの水色の瞳は、かつての上司に向けるにしては感情が薄い。


「先触れもなくどうした? 緊急事態か」


 落ち着かない手指を包み込むよう押さえ、ガレスが問う。


「いえ、お伺いしたいことがありまして」


「そう、そうか。なんだ」


「ジュール・メイスンの件です」


 強張っていたガレスの肩の力が抜けた。


「なんだ、死んだ騎士の話か」


 パーシバルの眼差しがいっそう冷えたが気づかないまま、ガレスは続ける。


「なかなか気の利く者だったが、危険な薬なんぞに手を出して命を縮めて、残念だった」


 応接間内がしんと静まり返った。給仕の執事がティーワゴンを押して現れる。客も主も無言だったが、てきぱきとお茶を出して去った。


「ガレス殿は水明楼をご存知ですか」


 唐突な切り込みに、ガレスは咽る。


「ゴホッ、え、あ、ああ。老舗の娼館で」


「贔屓の娼婦がいたようですね。彼女や水明楼の主から話は聞いています」


 顔色を白くしつつ答えるガレスを、パーシバルは静かに眺めている。


「家内は……承知している。それに、その、議員に連れられて顔を出していただけで」


 しどろもどろになるガレスに、チェリーナは畳みかけた。


「議員と一緒に東方のお偉方のいる宴席にも出たことがありますね」


「そ、それがどうした」


「どうもしません。お尋ねしているだけです」


 眼鏡の奥のチェリーナの濃い褐色の瞳が煌めいている。


「出たことが……あったかもしれん」


 濁そうとしたガレスは、パーシバルが膝を強く叩いた行為に驚いて口を開けた。


「ぱ、パーシバル、どうした」


「ガレス殿、我々は特捜です。虚言や誤魔化しは不要。事実のみ仰ってください」


 恫喝交じりの低い声音に息を飲み、ガレスは何度も首肯する。上司に対してだからと保っていた礼儀は、今はもうない。


「ギャレン議員からもお話を聞いています。ガレス殿のことを覚えていました」


 ガンツ・ギャレンはガレスについて曖昧な記憶しかないと証言している。チェリーナの誇張にガレスは喜色を露わにする。


「なんと、議員も覚えていて。そうだ、確かに、水明楼で東方の宗家(そうけ)との会合に呼んで頂いていた」


 議員の後ろ盾を得たような心地になったのか、急にガレスの声が大きくなる。立ったままのランスロットとメルヴィンは目配せを交わした。


「宗家の……すごいですね」


 端的な感想を漏らすチェリーナに、ガレスは大きく頷く。


「東方っていやあ、木彫りが有名ですよね」


「希少な香料などもあると聞きます」


 急に口を開いたメルヴィンに続いて、ランスロットも言った。ガレスは得意気に鼻を鳴らして剃り残した顎髭を撫でる。


「ああ、それなら両方贈られたことがある。木彫りの箱に収められた粉だ。希少な香料が含まれていて」


 言葉の途中をパーシバルが引き取った。


「鎮痛薬としても優れている」


「あ、ああ、確か」


「それをジュールに下げ渡していた」


「頭痛が酷いと言っていたから」


「どのくらいの量を、何度渡しましたか」


 パーシバルはガレスを睨んで矢継ぎ早に質問をする。戸惑いながらも思い出そうとするガレスに、チェリーナが追い打ちをかける。


「ガレス殿はその鎮痛薬を使ったことはありますか」


「私は一度だけしか……待ってくれ、一体何が言いたい」


 皆の視線がパーシバルに集中した。


「貴殿がジュールに渡した粉がモールフィだった」


「そんな、そんな訳が……」


「あなたが渡した粉で、ジュールは中毒死しました」


「あれはモールフィじゃない、痛み止めだ。良く効いて……」


 ガレスは立ち上がって声を張り上げたものの、途中で脱力して腰を落とす。


「宗家の方から使いすぎないよう注意はありませんでしたか」


 答えないガレスに代わって、ランスロットが推測を口にした。


「検査結果によると、ジュールの持っていた粉は、毒性の強いモールフィでした」


「知らなかったんだ、ただの鎮痛薬だと思っていた」


 肩を落として弁明するガレスから視線を反らし、パーシバルは両手を組んで口を噛んだ。こみ上げる感情を抑え込んでいる隊長に代わり、メルヴィンが言う。


「今じゃあ死の薬なんて言われてるモールフィを部下に渡して死なせたんだ。知らなかったじゃあ、すまないだろうな」


 青ざめてさらに弁解しようとしたガレスの背後に、いつの間にかランスロットが回り込んで肩に手を乗せた。


「まだ、その粉を持っていますか」


「粉……タウンハウスにあるかもしれない。でも、本当に知らなかったんだ! それに、粉を贈られたのは私だけじゃないかもしれないだろう?」


 ランスロットは立ち上がろうとするガレスの肩をそっと制した。低く呻いて口を閉ざしたガレスに、パーシバルが静かに告げた。


「それ以上はやめてください。ガレス殿。我々は、ジュールの死亡はモールフィに手を出した末の自死ではなく、事故死だった。そう結論付けるために来ただけです」


 肩からランスロットの手が離れると、ガレスは安堵の息を吐いて床を見つめた。


「そうだ、私は悪くない」


 脱力の籠った呟きが虚しく響く。


「お聞きしたかった話は聞けました。ではこれで」


 立ち上がったパーシバルに、ガレスは縋るような眼差しを向ける。


「パーシバル、私は悪くない。むしろ、頭痛が酷い部下に薬を渡してやったんだ」


 パーシバルに続いてチェリーナとランスロットも部屋を出る。最後尾のメルヴィンはうなだれるガレスを振り返り、低く忠告した。


「議員や東方のお偉いさんに目を付けられたくなかったら、俺たちのことも、水明楼でのことも、言わない方がいい」

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