第1話
四人は真夜中に王宮を出て、朝陽を浴びながらアルドレイ家の治める領に辿り着いた。
「長閑でしたね」
けたたましい野鳥の鳴き声を聞きながら、領館の門をくぐる。
「先触れは出していないが、奥方の言う通りなら、いるだろう」
昨日、城外のタウンハウスに残ったガレスの妻に、夫の消息について訪ねた。領地に戻ったガレスは、一日中館に籠って何もせず暮らしているらしい。
「花街ではたいそう活躍されていたようですけど、騎士としては、ねえ? 余生はのんびりしたいと仰るので、領地へお帰りください、と申し上げましたのよ」
「そうでしたか」
「でも、お一人だからって自由にはできません、ねえ、お前……」
妻の後方に控えている若い執事が一歩進み出て頭を下げる。
「奥様の思うままに」
齢を重ねても衰えない美貌の妻は、執事に意味ありげな流し目を送る。パーシバルは苦笑して退避した。
「あのままずっと話を聞いていたら、夜まで帰れなかったかもしれない」
「うへえ、すげえ奥方ですね。恐妻家だったんだな、元隊長殿は」
メルヴィンが話を聞いただけで顔をしかめる。
「アルドレイ殿は何もせず館でぼんやりしている、ということだろうか」
ランスロットの問いかけに、チェリーナが眼鏡を押し上げた。
「そうでしょうね。奥方様も相当腹に据えかねていたんじゃないですか」
特別捜査部隊の幹部全員が揃って訪れたことで、ガレスは身支度もそこそこに姿を見せた。髭の剃り残しを気にしながらガレスは、落ち着きのない様子でカウチを勧める。
「久しいな、パーシバル」
口調だけは当時のままだが、声に張りや勢いがない。パーシバルとチェリーナが並んで座り、ランスロットとメルヴィンは背後に立った。黙っていても威圧感がある。
「ご無沙汰してます、ガレス殿」
「今は……特別捜査部隊の隊長だったか」
「はい、僭越ながら」
淡々と答えるパーシバルの水色の瞳は、かつての上司に向けるにしては感情が薄い。
「先触れもなくどうした? 緊急事態か」
落ち着かない手指を包み込むよう押さえ、ガレスが問う。
「いえ、お伺いしたいことがありまして」
「そう、そうか。なんだ」
「ジュール・メイスンの件です」
強張っていたガレスの肩の力が抜けた。
「なんだ、死んだ騎士の話か」
パーシバルの眼差しがいっそう冷えたが気づかないまま、ガレスは続ける。
「なかなか気の利く者だったが、危険な薬なんぞに手を出して命を縮めて、残念だった」
応接間内がしんと静まり返った。給仕の執事がティーワゴンを押して現れる。客も主も無言だったが、てきぱきとお茶を出して去った。
「ガレス殿は水明楼をご存知ですか」
唐突な切り込みに、ガレスは咽る。
「ゴホッ、え、あ、ああ。老舗の娼館で」
「贔屓の娼婦がいたようですね。彼女や水明楼の主から話は聞いています」
顔色を白くしつつ答えるガレスを、パーシバルは静かに眺めている。
「家内は……承知している。それに、その、議員に連れられて顔を出していただけで」
しどろもどろになるガレスに、チェリーナは畳みかけた。
「議員と一緒に東方のお偉方のいる宴席にも出たことがありますね」
「そ、それがどうした」
「どうもしません。お尋ねしているだけです」
眼鏡の奥のチェリーナの濃い褐色の瞳が煌めいている。
「出たことが……あったかもしれん」
濁そうとしたガレスは、パーシバルが膝を強く叩いた行為に驚いて口を開けた。
「ぱ、パーシバル、どうした」
「ガレス殿、我々は特捜です。虚言や誤魔化しは不要。事実のみ仰ってください」
恫喝交じりの低い声音に息を飲み、ガレスは何度も首肯する。上司に対してだからと保っていた礼儀は、今はもうない。
「ギャレン議員からもお話を聞いています。ガレス殿のことを覚えていました」
ガンツ・ギャレンはガレスについて曖昧な記憶しかないと証言している。チェリーナの誇張にガレスは喜色を露わにする。
「なんと、議員も覚えていて。そうだ、確かに、水明楼で東方の宗家との会合に呼んで頂いていた」
議員の後ろ盾を得たような心地になったのか、急にガレスの声が大きくなる。立ったままのランスロットとメルヴィンは目配せを交わした。
「宗家の……すごいですね」
端的な感想を漏らすチェリーナに、ガレスは大きく頷く。
「東方っていやあ、木彫りが有名ですよね」
「希少な香料などもあると聞きます」
急に口を開いたメルヴィンに続いて、ランスロットも言った。ガレスは得意気に鼻を鳴らして剃り残した顎髭を撫でる。
「ああ、それなら両方贈られたことがある。木彫りの箱に収められた粉だ。希少な香料が含まれていて」
言葉の途中をパーシバルが引き取った。
「鎮痛薬としても優れている」
「あ、ああ、確か」
「それをジュールに下げ渡していた」
「頭痛が酷いと言っていたから」
「どのくらいの量を、何度渡しましたか」
パーシバルはガレスを睨んで矢継ぎ早に質問をする。戸惑いながらも思い出そうとするガレスに、チェリーナが追い打ちをかける。
「ガレス殿はその鎮痛薬を使ったことはありますか」
「私は一度だけしか……待ってくれ、一体何が言いたい」
皆の視線がパーシバルに集中した。
「貴殿がジュールに渡した粉がモールフィだった」
「そんな、そんな訳が……」
「あなたが渡した粉で、ジュールは中毒死しました」
「あれはモールフィじゃない、痛み止めだ。良く効いて……」
ガレスは立ち上がって声を張り上げたものの、途中で脱力して腰を落とす。
「宗家の方から使いすぎないよう注意はありませんでしたか」
答えないガレスに代わって、ランスロットが推測を口にした。
「検査結果によると、ジュールの持っていた粉は、毒性の強いモールフィでした」
「知らなかったんだ、ただの鎮痛薬だと思っていた」
肩を落として弁明するガレスから視線を反らし、パーシバルは両手を組んで口を噛んだ。こみ上げる感情を抑え込んでいる隊長に代わり、メルヴィンが言う。
「今じゃあ死の薬なんて言われてるモールフィを部下に渡して死なせたんだ。知らなかったじゃあ、すまないだろうな」
青ざめてさらに弁解しようとしたガレスの背後に、いつの間にかランスロットが回り込んで肩に手を乗せた。
「まだ、その粉を持っていますか」
「粉……タウンハウスにあるかもしれない。でも、本当に知らなかったんだ! それに、粉を贈られたのは私だけじゃないかもしれないだろう?」
ランスロットは立ち上がろうとするガレスの肩をそっと制した。低く呻いて口を閉ざしたガレスに、パーシバルが静かに告げた。
「それ以上はやめてください。ガレス殿。我々は、ジュールの死亡はモールフィに手を出した末の自死ではなく、事故死だった。そう結論付けるために来ただけです」
肩からランスロットの手が離れると、ガレスは安堵の息を吐いて床を見つめた。
「そうだ、私は悪くない」
脱力の籠った呟きが虚しく響く。
「お聞きしたかった話は聞けました。ではこれで」
立ち上がったパーシバルに、ガレスは縋るような眼差しを向ける。
「パーシバル、私は悪くない。むしろ、頭痛が酷い部下に薬を渡してやったんだ」
パーシバルに続いてチェリーナとランスロットも部屋を出る。最後尾のメルヴィンはうなだれるガレスを振り返り、低く忠告した。
「議員や東方のお偉いさんに目を付けられたくなかったら、俺たちのことも、水明楼でのことも、言わない方がいい」




