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王宮医局のカルテ  作者: 夕月夕雷
シーズンⅡ 第六章 夏の痛み
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閑話☆チェリータルトと黒茶

 (プーアル)茶が好きだ。発酵熟成された東方茶で、実家にいた頃は毎日飲んでいた。国外へ出て全く見かけないところを見るにつけ、高級な茶だったのだろう。


「ナックルせんせいって東方の出身なんですよね」


「そうだ。天暁東黎四州皇朝連合帝国(てんぎょう・とうれい・ししゅう・こうちょう・れんごう・ていこく)出身だ」


 揶揄い交じりに正式名称を口に出す。


「えー、なんて? てんぎょうとう……」


 ヴィーは蜂蜜色の瞳を瞬かせながら途中で口を噤んだ。


「東方でいい」


「ですよね」


 ため息を吐いて黒茶を飲んだ彼女は、頬を緩めた。


「美味しい、本当にナックルせんせいが入れたんですか」


「そうだ。東方茶だけは入れ慣れている」


 黒茶を入れる手順は身に沁みついている。ヴィーはいそいそと籠の覆いを剥いで中から果物のタルトを取り出して皿に乗せた。


「サクランボか」


「そうです、甘酸っぱくて好きなんですよねー」


「君が焼いたのか」


 ヴィーは頬に血を上らせてはにかんだ。


「味見はしました」


「そうか」


 彼女は赤面症ではなかったと記憶しているが、頬に血を上らせる回数が多い。季節柄かもしれない。


「せんせい?」


 じっと観察していると、首を傾げて一本だけ編んだ三つ編みをいじって視線を彷徨わせた。


「よく水を飲め」


「はい?」


「暑さに弱いのだろう? 顔が赤い。火照るか?」


 頬に触れたヴィーは直後に全身の力を抜いて、うなだれた。蜂蜜色の瞳を潤ませた彼女は、黙って持参したタルトを口へ運んだ。


「美味しい、せんせいも、食べて」


「ああ、頂こう」


 サクランボの果肉とタルト生地を同時に咀嚼する。甘さとバターの香りが鼻腔いっぱいに広がった。


「どうですか」


「美味い」


 ヴィーは頷いてフォークを置く。


「でしょ、味見したし」


「それは聞いた」


 黒茶を飲んでタルトを食べる。無心で繰り返していると、皿のタルトが増えていた。


「もっと食べていいですよ」


「ああ、ありがとう」


 開けた窓から温い風が舞い込んで来る。


「医局でカフェってのも悪くないですね」


 手紙を代筆の礼も兼ねてカフェでお茶と菓子を馳走する約束をしていたが、検査が建て込んで王宮の外まで行く時間が取れない。


「さっきまで毒物検査をしていたが」


「えー、それはちょっと怖ーい」


 軽い口調で感情のない返事をする彼女に、俺は付け加えた。


「陽性もあった」


 ぎょっと目を見開く彼女が面白い。口許が緩むのを感じた。


「管理はしっかりしている」


 胡乱な眼差しになったヴィーは、黒茶を飲んで口を舐める。


「せんせいって、恋人とかいたことあるんですか」


 タルトを平らげて黒茶に手を伸ばす途中で一度動きを止めた。


「ある」


「へえ、意外」


「何故意外だ。こう見えて二十九だぞ」


「いや、二十九才に見えますけど」


「なら意外ではない」


「もじゃもじゃの癖に」


「国では俺以上に身長の高い男に会ったことはない。背の高い男が好きな女もいる」


 背が高くて素敵だとはしゃいでいた少女が恋人だったのは十五年程度前の話だが、ヴィーに言う必要はあるまい。


「どういう理由……まあ、確かに大きいですね。お陰で袖やら裾やらが短いけど」


「困っている」


 身長に合わせると幅が大きい、体型に合わせると袖と裾が短い。夏は短い方を選択している。


「あー、じゃあ、良かったら……」


 ヴィーの言葉の途中で扉が叩かれた。


「すみません、ナックルせんせい。予約の騎士様が、もう来ちゃって。時間間違えてたみたいです」


 扉を開けて顔をのぞかせたセイラが、普段通りのどこか泣き出しそうな表情で、俺ではなくヴィーを見て言った。


「じゃあ、私は帰ります」


「そうか。馳走になった。次は王宮の外へ行こう」


 ヴィーが再び頬を上気させる。風が止んでまた室温が上がったのだろう。


「水を飲め」


「それはもういいって!」


 言い捨てて出て行ったヴィーを見送った俺は、何故か後からターニャとセイラに叱られた。





 その日の夜、ワーロングの手も借りて警邏用の結果報告書をまとめ終えた。花のやで酒を奢れと騒ぐ彼女に連れられて、王宮を出た。馬車の中で大人しいコタロウと裏腹に、飼い主は騒がしい。


「やっと終わった、毒物検査はモールフィより気を遣って疲れるわ」


「君はほとんど検査をしていない」


「していないけど、神経を使うでしょ。何かあったら大変だし」


「そういうものか」


 ワーロングの感覚的発言には毎度首を傾げる。彼女が特殊なのか、俺が特殊なのか、今のところ結論は出ていない。


「陽性が出たってことは、病死じゃないでしょうね」


「そうだな、今後は検死を依頼されるかもしれん」


 騎士団が事件捜査に毎回科学的知見を取り入れるとなると、診察に費やす時間が取れない。


「医師を増やす案はどうしてる?」


「うーん、チェリーナさんに相談してみてるけど、もう一人医師を増やすには結構な予算がいるから、色々根回しが必要みたい。そういうの、苦手」


 ため息交じりのワーロングのサンダルの紐をコタロウが甘噛みした。犬は人間の感情に寄り添う生き物だと、東黎帝国では良く言われている。柴犬の飼育販売を一手に担うチー家の戦略だと思っていたが、コタロウを見ているとあながち間違いではないと思える。




 花のやの店主に会うと懐かしい心地になる。


「東黎帝国の血が入っているのか」


「親がいないから、わからないわ」


 孤児院育ちだというが、貧しさや悲壮感はなさそうだ。彼女が孤児院育ちという話題を出したせいで、ワーロングの思考がチェリーナまで飛躍した。


「シアがチェリーナさんをチェリ姉さんて呼ぶの、なんかかわいいよね」


 むき出しの腕をカウンターに乗せ、ワーロングが騒ぐ。


「ずっとそう呼んでいるんだもの、今さら変えられないじゃない」


「そっかあ。ほら、シアって自立してお店まで一人でやってるし、チェリーナさんにはちょっと甘えた感じの落差がかわいくてえ」


 ワーロングは酔うと店主を褒める癖がある。小さめの口が弧を描く。聞き耳を立てていたのか、周囲の客たちが皆無言で頷いていた。


「ローズ、そろそろおしまいにしなさい。あと、夏だからってそんな短いスカートはやめなさい。ローブをちゃんと着て帰るのよ」


 ワーロングの杯を取り上げた店主に、彼女はだらしなく笑み崩れて言われた通りひざ下までの長さのローブを羽織った。彼女を美貌の女医だと持てはやす輩も、酔ったワーロングと彼女の部屋を見たら、冷めるだろう。


「なーんか、変なこと考えてるでしょ」


「ワン!」


 約束通り支払いをして店を出た途端、ワーロングは背筋を伸ばした。コタロウが同意とばかりに吠えて、俺がリードを持つのを拒否して踏ん張っている。


「一人で帰れるから」


「送って行く。王宮まで戻るのが面倒だから、泊めてくれ」


 ワーロングは少し考えた後で、俺からリードを取り上げた。


「ダメ。全くもってどう考えてもあり得なくても、誤解させたらかわいそうだから」


 呪文のような台詞に首を傾げた後で、騎士二人の顔が思い浮かんだ。


「ああ、ランスロットとメルヴィンか」


「……違う! いや、違わないのか。いや、メルさんは違うし、もういいや。どっちでも。とにかく、いいから王宮へ帰って」


 野犬を追い払うように手を振るワーロングを無視してコタロウを撫でた。懐中時計を出し、最終馬車の時間に間に合うことを確認した。

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