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王宮医局のカルテ  作者: 夕月夕雷
シーズンⅡ 第六章 夏の痛み
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第7話

 ヴィヴィの机の隣にナックルが座っている。副団長に捜査の進捗報告を終えて詰所へ戻ったパーシバルは、腕を組んでヴィヴィの手元をのぞき込むナックルに声をかけた。


「ナックルせんせい、何か不備でもあったか」


「違う。少々ヴィーを借りている」


「うん?」


 首を傾げる上司を見上げたヴィヴィは、小さく頷く。


「ナックルせんせいの手紙の代筆をしています。あ、休憩時間ってことで」


「休憩は自由にとっていい」


「はーい」


「ルークのように午前中ずっとぼんやりしていたら、さすがに困るが」


 パーシバルに注意されているルークを思い出し、ヴィヴィは苦笑する。


「ヴィー、大丈夫か」


 ナックルが珍しく遠慮がちに聞いたが、ヴィヴィは蜂蜜色の目を細めて首を横に振った。


「すぐ終わるから平気です」


「助かる」


 ナックルの台詞で、ヴィヴィは薄っすら頬を染めて小声でぼやく。


「ナックルせんせい、お礼状の書き方がわからないんですって。本当に大人かな」


「……わからないのではない。短すぎると注意されただけだ」


「それがわからないってことなんじゃ?」


 軽口と並行して素早くペンを走らせたヴィヴィは、手を止めて書き終えた便箋をナックルに見せた。


「どうです? こんな感じで」


 黙って読み流したナックルは、無言で頷く。





 ジュールは完成した文章を推敲し、丁寧に折り畳んで封筒に入れた。作業机の端に既に完成した十通余りが重ねられている。


「失礼します、パーシバルです」


 業務報告に隊長の執務室を訪れたパーシバルは、主不在の執務室で一人作業するジュールを見て眉をしかめた。


「ジュールか、何をしている」


「隊長に頼まれて、手紙の代筆を」


 書きかけの便箋をのぞき込んで、中身を確かめたパーシバルは眉間の皺を深くする。


「アルドレイ家のお礼状じゃないか。これはお前の仕事ではない。隊長の奥方か家令の仕事だ」


「そう、なんですか」


「全く、隊長には俺から言っておく。次のシフトの準備に移っていい」


「はい、お手を煩わせて申し訳ございません」


 困った顔になるジュールを退室させ、パーシバルは代わって作業机に腰を下ろし、ガレスが戻るのを待った。流麗な筆致は美しく、まじまじと文字列を眺めていると扉が開いた。


「戻ったぞ……と……」


「隊長、お疲れ様です」


「あ、ああ」


 お礼状を手に、にっこり笑うパーシバルを気まずそうに横目にしつつ、ガレスは窓際に設置された自分の椅子に腰を下ろす。


「偶然拝見しましたが、こちらはアルドレイ家の書状では?」


「あ、ああ」


「……近衛騎士の職務でないのはご存知ですよね」


「うむ」


「書類の代筆はぎりぎり許容範囲ですが、それ以外は規定外です。だいたい、補佐官はどうしたんです」


 静かに寄って来るパーシバルから視線を反らし、ガレスは低く答えた。


「休憩で、いない」


 大きくため息を吐いたパーシバルは艶然と微笑みつつすごんだ。


「都合が悪いから、補佐官を追い出したのでは」


「い、いや、違う……同時に休憩に出ただけだ」


「でしたら、補佐官には休憩は主より先に切り上げるよう、忠告しておきましょう」


「うむ……頼んだ」


 ガレスは終始、パーシバルとは視線を合わせないままだった。


 その日の晩、パーシバルはジュールの自室を訪ねた。声を掛けても返事がないので扉を何度か叩くと中から大きな物音がして、次いでシャツを羽織っただけの姿でジュールが顔を出す。


「寝ていたか、すまない」


「いえっ」


「少し、いいか」


「あ、はい」


 余計な物のない簡素な室内で、パーシバルは勧められるまま椅子に腰を下ろし、ジュールは所在なさそうに窓際へ立った。


「代筆の件だが、隊長へは苦言を呈しておいた」


「はい」


「……何か他にも業務外の作業をやらされていたりしないか」


 パーシバルはジュールの表情を食い入るよう観察しながら聞いたが、彼は首からはだけた胸もとまで赤いまま首を左右に振る。


「そうか。何かあったら、俺に言え」


 真摯な薄い水色の瞳を見つめ返し、ジュールはゆっくり頷いた。パーシバルは部屋を出ようとして立ち上がる。


「あの、わざわざお越しくださり、ありがとうございました」


 丁寧に礼を述べるジュールに、パーシバルは優しく笑った。


「気にするな」


 ジュールに見送られて部屋を出たパーシバルは、明日のシフト変更について告げ忘れたと閉まったジュールの部屋の扉のノブに手をかける。


「はあ、副長……」


 低く媚びるような声が聞こえて、パーシバルは動きを止めた。耳を澄ませた彼は、ジュールの潜めた息遣いを聞いて踵を返した。





 ナックルを見送って詰所へ戻ったヴィヴィは、じっと自分を眺めるパーシバルに頬を染めて反論した。


「別に、ただ、代筆しただけです」


「仲が良いな」


 微笑ましいと言わんばかりの上司の美麗な笑みに、ヴィヴィはついと顎を反らして呟く。


「そう、思ってるのはこっちだけですけど」


「そうか?」


「そうです。何考えてるのか、よくわからない人じゃないです? ナックルせんせいって」


「……あまり何も考えていないような気もするが」


「あー、確かに」


「もじゃもじゃがいいのか、ヴィーは」


 揶揄い交じりのパーシバルに、ヴィヴィはすっと表情を消した。


「そういうの、おじさん臭いです、やめた方がいいですよ」


「そ、そうか。すまない」


 慌てて謝罪するパーシバルに、ヴィヴィはフンと鼻を鳴らして業務に戻った。

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