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王宮医局のカルテ  作者: 夕月夕雷
シーズンⅡ 第六章 夏の痛み
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第6話

 花街の中でも奥まった立地の緋彩堂(ひさいどう)を出たメルヴィンは、門の外で待っていたランスロットと合流した。


「どうだった?」


「例の請負人なんでもやと繋がりのある娼婦が消えてからは来てねえって。そっちは?」


「来店記録が残っていた館もあったが、頻繁に訪れてはいないようだ」


 元黒狼隊長のガレス・アルドレイは花街の常連だったようだが、贔屓の娼婦を作って頻繁に顔を出していたのは、水明楼と緋彩堂だけだった。並んで歩き出した二人は、繁華街入口にある警邏部の詰所へ顔を出す。交代のために待機していたガンメタールが相好を崩した。


「おうおう、特捜の副長殿が揃ってどうしたんじゃ」


「よう、ガンメタ爺さん。花街帰り」


 メルヴィンの言葉をランスロットが生真面目に訂正する。


「捜査です」


「ふぉっふぉ、わかっておる。メルはともかく、ランスロット殿が娼館通いなんぞ、真夏に雪が降るわい」


 ガンメタールの返答に、メルヴィンは片眉を持ち上げて笑った。


「俺はともかくってなんだよ。だいたい、捜査で行きすぎて、今さら客として娼館に行けねえ」


 ガンメタールは顎に手を当てて何度か首を縦に振る。


「確かにのう。こっちが客になっておったら、やりにくい」


「近衛は関係ねえみたいだけどな」


 ため息交じりに答えたメルヴィンは、ランスロットに目配せをした。首を傾げたランスロットは、顎をしゃくってガンメタールを示すメルヴィンの意図を汲んで彼の前に腰を下ろす。


「水を貰うぜ」


 重ねて置いてある杯に甕の水をすくって飲んだメルヴィンを横目に、ランスロットは声を低めた。


「ガンメタール殿は、ガレス・アルドレイ元黒狼隊長のことはどれくらいご存知ですか」


「ああ、ガレス殿な、まあ、月例会議で顔を合わせるくらいで、そう親しくもなかったが……世間話程度はしたかのう」


 ガンメタールは腕を組んで声もなく唸る。


「花街で遊んでたみたいだよな」


 メルヴィンの言葉を聞いて、ガンメタールはポンと手を打った。


「そうじゃ、何度か花街から朝帰りするガレス殿に会ったわい」


「月例会議でも時おり居眠りしていたのは、そういうわけでしたか」


 ランスロットは、メルヴィンが差し出した杯を受け取りつつ呟く。


「褒められるような騎士とは言えんが、大それたことはしそうにない御仁じゃがのう」


 ガンメタールのガレス評に、ランスロットとメルヴィンは顔を見合わせた。


「俺らもさ、そうは思ってる」


「貴重なご意見、ありがとうございます」


「ランスロット殿はずうっと固いのう。わしはもう直属じゃないんだから、もちっと気軽でも良いぞ」


「いえ、そのような」


 苦笑するガンメタールを置いて、二人は厩舎へ向かう。


「なんか、甘ったるい匂いがするな」


 自分の肩と袖の匂いを嗅いでぼやくメルヴィンに、ランスロットも同様に袖に鼻を近づけた。


「せんせいに誤解されねえように気を付けろよ」


 肩を小突くメルヴィンを見上げて、ランスロットは足を止める。


「ローズせんせいは……学園の時のことを、覚えている、かもしれない」


「え、そうなんか。全くそんな風には見えなかったじゃねえか」


「俺もそう思っていたが……この前、花のやの帰りに送る途中で、昔の呼び方で俺を呼んだ」


 虚空へ視線を向けて再び歩き出すランスロットの背を眺め、メルヴィンはゆっくり後を追う。


「ふうん……で?」


「で、とは」


「それだけかよ」


「……色々考えた」


「おう」


 二人はそのまま黙って厩舎に入り、自分が乗って来た馬の曳き手(ひきて)を引いて連れ出した。馬の鼻面を撫でるランスロットを、メルヴィンは静かに見つめている。


「俺は……あの頃から、進めていない。そういう錯覚に陥ることがある」


「進んでんだろ? もう、十年以上経ってるぞ」


「……先輩への気持ちが変わっていない、らしい」


 深いため息とともに吐き出された親友の独白を聞いて、メルヴィンは自分の制服の胸元を握りしめた。ランスロットは一度灰色の目を閉じて、開く。


「ミシェル・ムーといい、俺といい、あの人は厄介な男を惹きつける」


 無言で騎乗するメルヴィンをランスロットは見上げた。メルヴィンは一度口を開いて、閉じる。


「メル? 呆れたか」


「……いや、知ってた。お前が昔からずっとローズ、ローズで変わってねえのは」


「ローズ、先輩、いや、せんせい、だ。メル」


 珍しく口許を綻ばせるランスロットを見下ろして、メルヴィンは乾いた笑い声を上げた。


「ハハ、うるせえよ」





 副長二人の報告を聞いたパーシバルは、続いて黒狼隊から特別捜査部隊に移動し、ジュールとも同期だったエドマンドの報告を受けた。


「アルドレイ元隊長は、ジュールを私用の使い走りにもしていたようです」


「ああ、そんなこともあったな」


 ガレス・アルドレイについて些細だが眉をしかめたくなる情報が集まっている。部下たちが次々と詰所を出て行くのを見送ってから、パーシバルは書類の束を乱雑に机にしまいこんだ。一人詰所に残った彼は、部屋の隅に設置された大きめのカウチへ倒れ込んだ。





「やめろ!」


 怒鳴り声を聞いて休憩室へ駆け込んだパーシバルは、青ざめた侍女と青ざめたジュールに遭遇して困惑を露わにする。


「どうした?」


「あ、申し訳、ありませんっ」


 逃げるよう去る侍女を見送ったパーシバルは、襟元を押さえるジュールの手が震えていることに気づいた。


「何があったか、聞いてもいいのか」


 小声で問いかけるパーシバルをジュールは苦しげに見上げる。


「どうか……聞かないでください。彼女の、名誉のためにも」


 意に添わぬ接触を求められたのだ、と乱れた襟元で察する。


「うん……鍵をかけていなかったのか。迂闊だな」


「はい、油断をしました。親切な、感じの良い侍女殿だと思っていたのです。起きたら、急に……いえ、これ以上は」


 ジュールは、ぎこちなく寝台から立ち上がった。


「見合いでもして、相手を決めてしまったらどうだ?」


「それは……はい」


「良かったら、縁組を」


 言いかけたパーシバルの腕を掴んだジュールは、直後にハッと息を飲んで後退る。


「申し訳、ございませんっ」


「嫌なら、無理強いはせん」


 戸惑うパーシバルを他所に、ジュールは口を強く噛みしめてそそくさと休憩室から出て行った。




「副長、お耳に入れたいことが」


 翌日、補佐官が深刻な表情で寄って来た。


「どうした」


「ジュール・メイスンのことです。弄ばれたと、隊長に訴えた侍女がいるそうで」


 面倒ごとはごめんだと言いそうなアルドレイ隊長の顔が思い浮かんだ。パーシバルの眉間の皺が深くなる。


「よりによって隊長にか」


「はい。隊長の補佐官が、侍女から詳しく話を聞いてみると、彼女が一方的にジュールに熱を上げているだけのようだ、と」


 昨日の休憩室での場面を思い出し、さもありなんと頷いた。


「ジュールは身持ちが固いですね。前も夜会で若い娘に囲まれているのに、ぎこちない様子でしたし」


 険しい表情で令嬢の腕を払い除けたジュールを思い出し、パーシバルの中で疑念がもたげる。


「そうだ、な」





 ゆっくり目を開けたパーシバルは、汗ばんで不快な身を起こして周囲を見渡した。


「あら、お目覚めですか」


「チェリーナ、いたのか」


「はい……また、顔色が優れませんね」


 パーシバルは苦笑して額の汗を拭う。


「皆揃って俺の不調を進言する」


「皆、隊長を心配しているんでしょう」


「ありがたい、な」


 ぽつり呟いたパーシバルに、チェリーナは大きく頷いた。


「そう思うなら、しっかり休んで、元に戻ってください」


 チェリーナはぼんやり遠くを眺めたままの上司に見切りをつけ、抱えた書類の処理に戻った。

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