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王宮医局のカルテ  作者: 夕月夕雷
シーズンⅡ 第六章 夏の痛み
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第5話

 毛足の長い敷物を踏んで室内を見回したパーシバルは、鼻にツンと刺激を感じた。


「香辛料だろうか。独特の香りが残っているな」


「はい、東方の料理に使う香辛料でございましょう」


「香辛料以外にはどういった品を扱っているんだ」


 パーシバルは額の汗を拭って袖をめくる。締め切った部屋は熱が籠って暑い。


「私どもは、東方の方々が持ち込んだ品を試しに使っている程度でして」


 答えながら娼館主も滴る汗を拭う。


「今、手元に残っている東方の品はあるのか」


「厨房に少量の香辛料があるかと存じますが、あとはあちらの花瓶や、絵画など」


 薄暗く目を凝らさないと見えにくいが、アルセリアではあまり見かけない花瓶や墨画などが飾られていた。


「議員は東方の人たちが滞在中に頻回に会合があると仰っていた」


「さようでございます。数日に一度程度、利用して頂いております」


「記録はあるか」


「列席者の名簿、という意味でしたらございません」


 低く頭を下げる主に、チェリーナが問いかける。


「宴席に侍った娼婦の記録もありませんか?」


「ございません」


「となると、全員片っ端から話を聞くことになるが」


 主は汗を拭いながら再び頭を下げた。


「記録はございませんが、侍る者は決まっております」


「呼んでくれ。話を聞く。ただし、ここは暑過ぎる」


 主は庭に面した部屋の窓を全開にして貸し出した。化粧と着替えの途中らしき娼婦たちが雑談をしながら連れ立って現れる。


「お前たち、こちらは騎士団の方々だ。質問に答えなさい」


 まずは会合に侍る頻度の高い娼婦四人が、パーシバルとチェリーナに礼をする。興味深そうに眺めるチェリーナに反して、パーシバルは無表情だった。


「なんて素敵な騎士様でしょうか!」


「本当に」


「ため息が出ちゃうわ」


 娼婦たちがあっという間に二人を取り囲んだ。


「お初にお目にかかります、わたくし、水明楼……」


「挨拶や名乗りは不要だ。後で主に確認する。余計な口上はせず、質問に答えろ」


 冷え切った宣言をするパーシバルに驚いて、チェリーナは上司へ視線を戻す。パーシバルの美丈夫ぶりに浮かれた様子だった娼婦たちが居住まいを正した。





 議員主催で開かれた夜会でジュールが酒に酔った年若い令嬢に囲まれているのを見かけた。


「若いっていいですねえ」


 補佐官に同意しようとしたパーシバルは、ジュールが令嬢たちに向ける笑顔が酷く強張っているのに気づく。


「女性というのは群れると騒がしいからな」


「礼儀正しく話しかけているだけのようですけどねえ」


 腕に触れようとした令嬢の手を鋭く拒絶したジュールは、直後に謝罪して輪から逃げだした。





「皆さん、初めまして、質問は私がしますね、気軽に答えてください」


 パーシバルの纏う空気が冷え過ぎて、娼婦たちが戸惑っている。チェリーナは眼鏡の蔓を押し上げながら、柔らかい声で言った。


「ギャレン議員も参加されている会合についてです。参加している方がどういった方か、ご存知ですか」


 娼婦たちが顔を見合わせる。


「議員さんの他には、東方の国のお偉いさんやお付きの方がいます」


「そうなんですね、アルセリアの方ではどうです? 例えば騎士はいましたか」


 記憶を辿っている様子の娼婦たちの中で、一人があっと口を押さえた。


「宴で片っ端から娼婦を口説く、白い制服の騎士様はいたような気はします」


「そういえば……お酌する度に口説いてきて、顰蹙を買っていたような」


 チェリーナはパーシバルの腕を軽く叩いた。我に返ったパーシバルは、眉間の皺に中指で触れてから、細長く息を吐く。


「ふう……その騎士は、白い制服を着ていて、藍色の目をしている者か?」


 パーシバルの問いに、娼婦たちは口々に答えた。


「そうそう、ちょっと優しそうな若い騎士で」


「タレ目がちだったような」


「見た目が良くても言動がねえ」


 パーシバルとチェリーナは目配せをして次の問いを出す。


「黒い制服の騎士はいたか」


 娼婦たちが思い出すのを二人の騎士は静かに待った。


「いたような……最近はもう来ていないようだけど」


「そうね、贔屓にしてる子がいたから、その子だったらよく覚えているんじゃないかしら」


 次に黒い制服の騎士について覚えている娼婦を選んで呼び寄せた。


「黒い制服でしょ、覚えてる。結構頻繁に来てたんじゃないかしら?」


「黒と白は近衛騎士でしたっけ。黒い制服でギャレン様と同世代の騎士様は、何度か宴席で見かけました」


 見たことがある、と娼婦たちは口を揃えて話したが、それ以上の情報はない。最後にナックルが診察した娼婦とプティが姿を見せた。


「失礼します」


 娼婦の後ろから、おずおずとプティも入室する。


「あの、この子は下働きで、宴席には侍っておりません」


 開口一番、下働きの少女の防波堤になろうとする娼婦に、チェリーナは眼鏡の奥の目を優しく細めて笑みを見せた。


「ええ、存じています。そういう方の話も聞かせてもらおうと思って呼びました」


 娼婦は喉を鳴らして警戒を緩めない。チェリーナは窓の外を眺めてから、グラスに手を伸ばす。


「とりあえず、出してくれたお茶でも飲みますか」


 水滴を拭きながら喉を潤す彼女を、娼婦とプティは戸惑いつつ見ている。


「ガレス・アルドレイという名に聞き覚えは?」


 沈黙を破ったのはパーシバルの深い低音だった。娼婦は唾を飲み込んだ。


「知って……います。昨年の末ぐらいまで、私を贔屓にしてくれた騎士様です」


「彼が黒狼の隊長だったことは知っていましたか」


「はい、最初にお会いした時に聞きました」


 視線を床へ落としたパーシバルを、プティがじっと眺めている。


「ガレス殿とは東方の人が来たときに開かれる会合で知り合いになったんですか」


「そうです。隊長さんは、宴席やお酒がお好きでした」


 更に問いかけようと空いた口を閉じたパーシバルは、自分を見つめる少女に視線を向けた。


「どうした?」


「あの……騎士様、目の下の隈が酷いから……この前、お姉さんが倒れた時みたいで。具合が悪いんですか」


 純粋な少女の言葉に、パーシバルはふっと緊張を解く。


「少し寝不足なだけだ、ありがとう」


 優しく微笑まれた少女ははにかんで頭をかいた。


「ガレス殿は、東方の方から、品物を受け取ったりしていましたか? 例えば、香料や、香辛料」


 最後にパーシバルが核心を突く。


「粉末状の薬など」


 娼婦は首を傾げて考え込んだ。隣でプティがそわそわと娼婦と騎士二人を見比べている。


「何か、知っているのか」


「黒い制服のお客さんが、綺麗な木箱を持って帰るのを、何度か見ました」


「ああ、そういえば……」


 頷いた娼婦は直後に眉尻を下げた。


「でも、中身が何かまでは存じません」

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