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王宮食堂の女給ー3

 警邏部の訓練は、午前中に二回、昼を挟んで一回、夕刻に一回行われており、一日一回以上は必ず参加するよう義務付けられている。新人騎士は半年間、朝一の訓練と夕刻の訓練への参加が義務づけられているため、ルークも正規採用までの半年間は起きない身体に鞭を打つ思いで朝の訓練に臨んでいた。今では夕勤の時は昼前の訓練、夜勤の時は夕刻の訓練に参加することにしている。快調に動けるようになったお陰か、剣術の模擬仕合で勝利出来る回数も増えていた。

「お前の実家って道場だったよな」

「はい、そうなんす。爺様が師範、父が師範代をやってます。騎士だったのは爺様で、父は違うみたいなんすけどね」

「王立学園の騎士科は新式を教えてるはずだろ? 剣が旧式よりなのは、爺さんの影響か」

「形を披露した訳じゃないのにわかるんすか、さすが」

 汗だくのまま訓練場の端にある木陰に転がっているルークの元に、メルヴィンが水筒を引っ提げて近寄り、隣に腰を下ろした。

「仕合で癖が出るくらい旧式が馴染んでる。俺は辺境にいたからな。辺境で旧式の形を基本とした戦い方をすると徹底的に矯正される」

 騎士の剣技に関しては前王時代の騎士団で採用されていた旧式と、辺境の形を採用した新式がある。派手な動作と攻撃に重きを置く旧式と無駄を省いた最小限の動作で防御に重きを置く新式では、形の成り立ちからして異なる。

「俺は別にどっちの形からも良いとこ取りしようと思ってるんすけど、最初に教わったのが旧式だったんで、未だにちょっと癖が出るのかも」

「良いとこ取りしようってのは、なんつうか、お前らしいな」

 水を煽りながらメルヴィンは低く笑い声を上げる。

「いざって時に役に立てば、新旧どっちでも良いんじゃないかって思います」

「まあな」

 頷いてメルヴィンは何気なく腕をついた事で生じた肩の痛みに眉をしかめた。ルークは転がって空を眺めているため、先輩騎士の表情の変化に気付かない。

「でもやっぱ、部隊長は強えなあ。一本も取れねえ」

「そんなに細えのにランス以外からは二本ずつ取ってんだから大したもんだろ。本当に朝だけ調子が悪いんだな」

「それも、ローズ医師(せんせい)が新しく探して来てくれた薬でちょっとましになってるんすよ。なんでも血圧だっけ? なんか上げるらしくて。どうしても朝動かなきゃって時に、いつもより早くしゃきっとするんで」

 ルークは嬉しそうな表情でそっと目を閉じる。脳裏に浮かんだローズの笑顔で胸が温かくなる心地がした。

「やばい薬じゃねえだろうな」

 メルヴィンは肩を回しながら軽口を続ける。

「はあ? いやいや、何言ってるんすか。ローズ医師(せんせい)がそんな薬を出すわけねえし」

 閉じていた目を見開いて勢い良く起き上がったルークに、メルヴィンは肩をすくめた。

「なんでそんなにあの医師(せんせい)を信用すんだよ。悪い女じゃねえのはわかるが、医師としてすげえって訳じゃねえだろ? 俺なんか専門の医者へ行けって言われただけだぞ」

「それは、まあ、俺には先輩の事はわかりませんけど、でも、あの人はなんか、しっかり患者の事を考えてくれてます」

「おいおい、お前もセイラと一緒か? 憧れと思い込みで年上を困らせんなよ。せいぜい妄想だけにしとけ」

 最近の懸念事項である、強気なのか弱気なのか判別しにくい少女が思い出され、メルヴィンはうんざりした声で愚痴る。

「俺が言ってんのは、俺の事をしっかり考えて治療してくれてて、とかであって、女としてとかじゃ全然ないっす」

「ああん? あのマシュマロを揉みしだきてえって話だろうが」

「ちょ、先輩!! 医師(せんせい)(よこしま)な目で見んのはダメっす」

「なんだよ、いい女を性的に見て何が悪い」

性的嫌がらせ(セクハラ)発言ですよ、下品は禁止っす!!」

 思春期の少年から出た潔癖な台詞にメルヴィンは肩の痛みを忘れて笑い声を上げた。

「ローズ医師(せんせい)がすげえいい女って言ってるだけだろ」

 鼻息荒く(ふんすふんす)抗議するルークの姿がコタロウと重なって、メルヴィンの揶揄いがいや増した。

「俺は医師としてあの人を信頼してるんであって、……先輩みたいな気持ちじゃないっす!」

「わかった、わかった。むきになるなよ」

 笑い声を上げるメルヴィンの視界の端に近寄って来る人影が見える。声が大きくなったので、会話の内容が聞こえたらしい。二人の前に仁王立ちになったランスロットは眉間に深い皺を刻んで言った。

「お前たちうるさいぞ。それに、名の知れた特定の女性についてこのような公の場で噂をするな。彼女に迷惑がかかったらどうする」

「ローズ医師(せんせい)の噂なんて皆してるぞ。だいたいやりたいだの、やられたいだの、下品な話だろ」

 面白がるようなメルヴィンの返答に、ランスロットはますます仏頂面になる。

「皆がするからと、お前までするな!」

「おいおい、それが部隊長の言うことかよ。ガキじゃねえんだから」

 おかしくてたまらないと笑いながら答えるメルヴィンを、ルークもランスロットも似たような不満顔で眺めた。

医師(せんせい)が美人だからって、下品な妄想のネタにされるのはかわいそうっす」

「ルークに同意する。せめてお前はあの人の、ローズ医師(せんせい)の噂話をやめろ」

 部下全員と模擬仕合をして一本も取られず全勝して全く息も乱さず涼しい顔をして言う事が、女性医師の噂をするな、である。落差(ギャップ)が大きすぎてメルヴィンはついに返事を返す事も出来ないまま、腹を抱えて笑い転げた。

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