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王宮医局のカルテ  作者: 夕月夕雷
シーズンⅡ 第六章 夏の痛み
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第4話

 特別捜査部隊の詰所の隅に大きなカウチが一つ置かれている。古びているが革張りで、寝心地が良いと騎士たちに評判も良い。パーシバルは小一時間ほど仮眠を取った気だるい身を起こす。


「あ、隊長、お目覚めですか」


 ヒースレッドが席を立って寄って来た。


「ああ、どうした」


「フィリップ・フェリーチェについて、報告しておきたい件がありまして。参謀長に、隊長も同席した上で話した方がいいと言われました」


「そうか、待たせた」


「いえ……ルークから、お疲れだと聞いています。ご無理はなさらず」


 周囲に聞こえないよう小声で労わりを述べる部下に、パーシバルは物憂げな笑みで頷いた。隊長の机の左側に参謀長の机、事務官の机、右側に副長二人の机が配置されている。副長二人は不在で、チェリーナとヴィヴィは着席している。ヒースレッドは右側の副長席の辺りに直立してパーシバルを待った。


「昨日、兄のタウンハウスでフィリップの処遇について話し合いが持たれました。


事前に参謀長に確認するよう命じられた事項について報告します」


 固い調子で始まった報告に、ヴィヴィが横やりを入れる。


「それって、副長たちとか他の人には聞かせなくていいんですか」


 ヒースレッドは戸惑って視線を彷徨わせた。チェリーナがヴィヴィの腕を軽く叩く。


「後で共有する。続けて、ヒースレッド」


「はい、あの、フィリップは水明楼で会合に参加したことはあるけれど、東方の品のやり取りはなかったと言っていました」


 パーシバルは机に肘を付いて、両拳の上に顎を乗せている。チェリーナは軽く頷いた。


「フィリップ・フェリーチェはジュールに渡せる品を入手できなかった可能性が高い」


「はい、あと、関係ありませんが、フィリップは婚約しました」


「えー、誰と」


「クラリッサ・ポート嬢です」


「うわあ、そっか……」


 顔をしかめたヴィヴィは口を結んでそれ以上何も言わなかった。


「フェリーチェ家としては、彼の言動が醜聞として広がるのを良しとしておりません。彼も納得ずくだったので、水明楼の件での発言も嘘ではないと思います」


「わかった。次は、水明楼だな」


 フィリップが嘘を吐いていないなら、ジュールには何も渡していないだろう。ヴィヴィはチェリーナに命じられ、ヒースレッドの報告をまとめてメモにした。


「水明楼では、東方の人間も参加していただろう会合で粉のやり取りがあったかどうか、娼婦が話していた人物が本当に黒狼隊長かどうか、その辺を確かめましょう」


 チェリーナが締めくくる。パーシバルは一瞬目を閉じてから立ち上がった。


「水明楼へは俺が行こう」


「ご一緒します」


 淡々と申し出たチェリーナを驚いた顔で見下ろすパーシバルに、彼女は小さく笑い声を上げた。


「ふふ、私も時には現場に出ますよ、隊長」


「そうか、心強いな」


 チェリーナが彼の体調を心配しているのに気づきながら、言及はしなかった。





 二人で生地見本とにらめっこして選んだチャコールグレーの制服に身を包み、水明楼を訪れた。先触れは出していないが、新たに作った捜査許可書類は持参している。夕方でも外気は温く、パーシバルはハンカチで汗を拭った。チェリーナは涼しい顔で、瀟洒な造りの庭を眺めている。


「これはこれは、とうとう、隊長自らご足労ですか」


 慇懃無礼を滲ませる主に、パーシバルは艶然とした笑みを見せつつ言った。


「ああ、チェリーナ」


 促されたチェリーナは封蝋された封筒を渡す。開きもしないまま懐へ収める主に、パーシバルが声を低める。


「ギャレン議員は腹を立てていたぞ、自分の名を便利に使われている、と」


「え……議員がまさか」


 思わずといった態でつぶやいた主から余裕が失われた。


「こちらより先に議員に話を聞いている。議員が何の隠し立てもせず、お話し下さった……言いたいことはわかるだろうか」


 言外の圧に加えて端正な顔に浮かんだ笑みにも圧が乗る。


「わた、んんん、私どもでお役に立てるのであれば……ええ、ご協力致します」


 建て直したらしく、商用の笑顔を取り戻した主は、二人を館内へ招き入れた。




 プティは走った。庭からこっそり男女の騎士と主のやり取りを見ていた。立派な体格で整った顔立ちで圧をかける騎士と、眼鏡をかけて冷酷そうな女性騎士だった。


「お姉さん! 大変です。怖そうな騎士が来てたっ」


「え……怖そうな騎士? 黒い制服だった?」


「黒、っていうか、茶色いっていうか、多分中間ぐらいの」


 焦るプティを他所に、娼婦は薬包を開いて口へ運んだ。


「姉さんっ、どうします?」


 薬を飲み終わった娼婦は、苦笑してプティを手招きする。


「ほら、おいで。どうもこうもないよ。大丈夫、私たちは何もしてないんだから。旦那さんが何かしてたとしても、私たちまでどうにかなりはしないよ」


 寄って来た不安そうな少女の頭を撫でてやる。彼女は目元を擦って笑った。


「姉さんがそういうなら……もう、お腹は平気ですか」


「うん、あの、眼鏡のせんせいが残してくれたメモのお陰ね。お爺ちゃんせんせいだったら、お腹に石があるかもなんて気づかなっただろうし」


「そうですね、せんせい、最近お使いに出ても会わないんです。お仕事、決まったのかな。名前ぐらい、聞いとけばよかったな」


 寂しそうにつぶやく少女の頭を再び撫でて、娼婦は優しい声で言った。


「決まったのなら、いいわね」

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