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王宮医局のカルテ  作者: 夕月夕雷
シーズンⅡ 第六章 夏の痛み
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第3話

 城外にあるフェリーチェ家のタウンハウスに呼び出されたフィリップは、強張る頬を掌でなぞり、笑みを作ってから扉を叩いた。顔見知りの執事が貼り付けた笑みを崩すことなく応接室へ連れて行く。


「なあ、リオス兄さん、怒ってたか」


 フィリップの問いに、執事は彼の優しげに垂れた藍色の瞳を見返すだけで答えない。応接室で待っているとフェリーチェ家本家の三兄弟が順に入室した。


「リエドまで……」


「私は口は出さない。気にするな」


 ヒースレッドの二番目の兄であるリエドレッド・ホワイト・フェリーチェは、スラリと背が高く、くすんだ茶の髪を首辺りで切り揃えた独特な髪型をしていて、瞳の藍も濃い。リエドレッドは言葉通り、カウチには腰を下ろさず、距離を置いて立ったまま腕を組んだ。


「さて、身に覚えがあるだろうが……フィリップ」


 リオスレッド・ホワイト・フェリーチェは、感情の見えない静かな佇まいでフィリップの正面に腰を下ろす。執事が紅茶を入れる音が間を繋いだ。


「女性たちと親しくしていることですか? 彼女たちも納得してのことですよ。まさか、フェリーチェ家と縁繋ぎになれるなんて、そんなことすら思えない子を選んでますから」


 悪びれない笑顔のフィリップに、ヒースレッドは眉間の皺を深くした。リオスレッドは軽く頷いてから、紅茶を飲んだ。


「個人の色恋沙汰に口を挟むのは流儀に反するが、お前は派手に動き過ぎた。靡いた女性は納得ずくかもしれんが、靡かない女性にもしつこく声や圧をかけている。苦情が白竜隊長から騎士団長まで上がり、父にも届いた」


 さっと顔を青くするフィリップに、リオスレッドはため息交じりに続ける。


「父の発言はこうだ。さすがダリア妃の血筋は色好みだ、と。議員として王都にありながら、醜聞が広がるのを唯々諾々と見ていたのか、と」


 前半はフィリップへの皮肉であり、後半は次期当主たるリオスレッドへの非難である。政変時、第一王子妃だったフェリーチェ家出身のダリアが第二王子と密通していたというスキャンダルがあった。


「お前のお父上は、私の父にお前をフェリーチェ家から除籍してもかまわないと頭を下げたそうだ」


「そんな、僕はっ、たかが貴族ではない女と遊んだぐらいで……」


 ぐっと拳を握って焦りと怒りを抑えようとするフィリップに、ヒースレッドが尋ねた。


「女性に声をかけるだけでなく、娼館にも出入りしていましたよね」


「それはっ……遊びではなく、議員に連れられて、宴席に参加しただけで」


「お前が出入りした娼館は、昨年のモールフィ事件でも話題になった。例え後ろ暗い理由がなくとも、フェリーチェ家でありたいのなら、危うきには近づくな」


 俯くフィリップのつむじを睨みながら、ヒースレッドが再び口を挟んだ。


「フィリップ兄さんが参加した宴席は、東方の方もいたとか」


「それは……いたかもしれんが」


 戸惑いがちなフィリップに、リオスレッドが冷静に諭す。


「そういった宴席にお前がいれば、フェリーチェ家が参加したことになる」


 はっと息を飲んだフィリップは、乾いた唇を舐めた。ヒースレッドは自分の眉間に触れて深く息を吐き出す。


「東方の方と、品物のやり取りなどはしていましたか」


「何も……娼婦以外とはまともに話すら、していない。本当です、リオス兄さん!」


 途中からヒースレッドではなくリオスレッドに訴えた。リオスレッドは、頷いてリエドレッドの方を振り返る。


「リエド、頼んでいた物を出してくれ。父とお前の父は二人とも、お前の処遇を私に一任した」


 リエドレッドは、執事に渡された書類鞄の中から、二枚の書類を取り出してフィリップの前に並べた。


「兄上に頼まれて準備したものだ。一つは除籍届で、当主とフィリップの父のサインは記入済みだ。もう一つは婚姻誓約書、いわゆる婚約届だ」


 同じ年のリエドレッドを、フィリップは苦虫を嚙み潰したような顔で見上げる。民政局の行政官であるリエドレッドが同席した理由が明らかになり、血の気が引いた。


「父上は、僕を切り捨てるおつもりか……」


 自分の父のサインを見て、茫然と呟く。リエドレッドは淡々と付け加える。


「どちらを選ぶかはお前次第だ、フィリップ」


「どういう意味だ?」


 藍より濃い色の目をした同じ年の又従弟を見上げたフィリップに、フェリーチェ家次期当主であるリオスレッドが答えた。


「態度を改めて身を固めるのなら、除籍はせずとも良いだろう、というのが私の判断だ。どうする?」


 婚約届は白紙であり、まだ誰のサインもない。フィリップは婚約届を睨んでしばらく黙っていた。


「……婚約、します」


 絞り出した声は掠れていたが、応接室内に響いた。フィリップは、リオスレッドが寄越したペンで婚約届にサインを入れる。リオスレッドは控えていた執事を呼び寄せて耳打ちをした。執事は素早く部屋を出る。


「失礼致します。お連れしました」


 執事の声と同時に扉が開いて、細身の女性が俯きがちに姿を見せた。丁寧に膝を曲げて挨拶をする。


「君は、確かポート家の」


「クラリッサ・ポートでございます」


 名乗ったクラリッサは、顔にかかる真っすぐな髪を除けてから、薄く笑みを浮かべた。


「お前の行状(ぎょうじょう)を知っていてもなお、婚約をしてくださるそうだ。クラリッサ嬢を大切にして、名誉を挽回しろ」


 フィリップはぎこちなく立ち上がり、クラリッサをエスコートしてカウチへ座らせる。クラリッサは口の端を僅かに持ち上げた笑顔を保ったまま、リオスレッドとヒースレッドに目礼をした。


「この婚姻はポート家への援助が必須条件となっている。お前の給与から毎月一定額天引きする」


「それは……それも受け入れるのが除籍しない条件ですか」


「そうだ」


 額を押さえてため息を吐いたフィリップに、クラリッサが小声で囁いた。


「どうぞ、よろしくお願いしますね、フィリップ様」


 婚約届にサインした二人は、連れ立ってフェリーチェ家のタウンハウスを出る。邸宅を出た途端に、クラリッサから手を退いたフィリップは、苦々しさを隠さないまま、つい先ほど婚約した令嬢を見下ろした。


「僕は確か君には手すら出していないはずだけれどね……鎖でつないだつもりかい?」


「そのような……フィリップ様をお慕い申し上げているだけですわ」


「ふうん」


 鼻を鳴らしたフィリップは、彼女の手を取って口を近づけてから、さっさと踵を返した。クラリッサは笑みを消して騎士の背を見送った。

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