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王宮医局のカルテ  作者: 夕月夕雷
シーズンⅡ 第六章 夏の痛み
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第2話

 カルテから顔を上げたナックルは、パーシバルの薄い水色の瞳を見返した。


「寝酒でもしているのか」


「いや、飲んでいない」


「いびきを指摘されたことはあるか」


「いや、ない」


 いびきで眠りが浅いと昼間の眠気が強いらしい。ルークがローズに教えてもらったと大声で触れ回っているのを、思い出した。


「頭痛薬は処方できるが、眠くならん薬は胃が荒れる。胃薬も一緒に出しておく」


「助かる」


 答えたパーシバルが立ち上がる。


「まだ座れ」


 素直に腰を下ろしたパーシバルは、物憂げに視線を床へ落とした。


「先日も話したが、ナックルせんせいが診た娼婦に話を聞きに行く」


「ああ」


 ナックルが処方箋を書くカリカリとした音が響いている。


「娼館の主も議員の怒りを買ったとなれば、素直に話をするだろう」


「そうだな」


「あとは……」


 言葉の途中でパーシバルは口を噤んだ。ナックルは一度チラリと患者の様子を見たが、黙ってペンを走らせた。




「副長、申し訳ありません。すぐに戻ります」


 ジュールが壁に寄りかかって頭痛を受け流していると気づいたのは、彼が短時間だが持ち場を離れる回数が増えてからだった。


「医師には診せたのか」


 パーシバルの問いに、ジュールは俯いて首を横に振る。


「申し訳、ありません」


「責めている訳ではない……医局を予約しておく、診て貰え」


「医局、ですか」


「ああ、なんでも女医がいるらしい。美女だといいな」


 軽口のつもりの台詞に、ジュールは一瞬だけ顔を歪めて次いで笑顔を見せた。





「処方箋だ、受付に……パーシバル」


 はっと息を飲んだパーシバルは、眼鏡をかけた鳥の巣のようなもじゃもじゃ頭に視線を向ける。


「すまない。少し、ぼうっとしていた」


「以前……イーサンが亡くなったジュールに処方していたのと同じ薬だ。この国で処方できる中では一番強い。これを飲んでも治らないから、モールフィに頼ったのだろう」


「そうか……」


「君は休め、毎度同じ忠告をしているぞ」


「ああ」


 パーシバルは無言で処方箋を受け取り受付に戻ってターニャに渡す。彼女が薬の保管庫へ行くのを見送り、受付奥から顔をのぞかせたコタロウの背を撫でる。


「クーン」


「心配してくれているのか」


「アーオ」


「俺は、大丈夫」


「ワフ」


 コタロウが横向きに転がって腹を撫でろと要求した。わしゃわしゃ柔らかな腹を撫でていると、満足したのかコタロウは起き上がってパーシバルの手を舐め出す。


「大丈夫だから、心配するな」


 一心不乱に手を舐めるコタロウに任せていると、戻ったターニャが戸惑った顔で、騎士と柴犬を見下ろしていた。気づいて立ち上がったパーシバルは、反応に困っている様子のターニャが差し出した薬袋を受け取った。


「次も一週間後に予約でいいですか」


「ああ、頼みます」


 反射的に笑顔を作るパーシバルを、ターニャが眉尻を下げて見上げる。


「お大事にしてください」


「ありがとう」


 まだ行くなとばかりに、騎士の硬いふくらはぎに跳び付くコタロウのリードを、ターニャが引いた。


「コタロウ、コラ、すみません」


「いや、いいんだ。コタロウには世話にもなっている。また今度遊ぶぞ」


 優しく微笑んでコタロウの頭を撫でたパーシバルは、小柄な少女と中型犬に見送られて医局を後にした。




 矢継ぎ早に鋭い突きが襲い掛かる。パーシバルは片手でルークの攻撃を捌きながら、地面が揺らぐような感覚を覚えてたたらを踏んだ。仕合相手が傾いたのにいち早く気付いたルークは、すぐに剣を収めた。


「隊長、なんか、やばそうっす」


「ああ」


 頷いて木陰まで避難する。座り込んだパーシバルは、汗を拭って息を吐いた。気を利かせたルークが水筒を持って来て差し出す。


「レモン入りっす。汗かいた時にいいって、ローズせんせいが言ってました」


「助かる」


「ういっす。暑いっすから」


 パーシバルが喉を鳴らすのを確認したルークは、自分の髪をかき混ぜてから遠慮がちに聞いた。


「隊長、なんつうか……ちょっと前の引継ぎで死にそうになってたランス副長と同じっす。寝た方がいいっす」


「そうだな」


 短く請け合うパーシバルに、ルークは安心したように笑顔を見せる。


「俺が言うなって言わないんすね、隊長は」


「誰が言おうと正しい忠告は聞くぞ」


「おお、なんか、かっけえ」


 明るく言われて首を傾げるパーシバルに、ルークは一歩近づいた。パーシバルに陽が当たらないよう陽差しを遮る位置だった。


「かっけ、とは……」


「アハハ、隊長ってちょっと天然っすよね」


 澱のように沈んでいただるさが足元からじわじわと上ってくる。目を閉じてやり過ごそうとした。


「もうちょっと奥へ行った方がいいっすよ」


「ああ、そうだな。少し、休む」


「ういっす、それ、飲んじゃっていいっすから」


 元気に訓練場へ戻って行くルークを見送って、パーシバルは水筒の中身をちびちび飲んだ。爽やかな酸味が口の中に広がり、少しだけ気が晴れた。


 

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