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王宮医局のカルテ  作者: 夕月夕雷
シーズンⅡ 第六章 夏の痛み
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第1話

 議案懇談会を終えたガンツは長身の男女を見つけて目を細める。


「ふむ、約束があったかのう」


「はい、秘書官殿に予定を空けて頂きました」


 丁寧に礼をする王宮きっての色男パーシバルの隣で、女性にしては珍しい短い髪のチェリーナも腰を折った。


「久しぶりに雨も上がったし、庭の四阿にでも行かんか」


 ガンツの言葉を聞いていた秘書官のうちの一人が、素早く駆け去る。護衛を含む議員一行と、特別捜査部隊の隊長と参謀長は、本殿を出て表庭へ出た。陽射しは強く汗ばむ陽気だが、表庭を歩く人の影は多い。


「四阿周辺の人払いは済んでおる。じっくり話を聞こうか」


 ガンツが座り、騎士二人も並んで腰を下ろした。駆け去ったもう一人の秘書官も戻り、二人の秘書官は屋根ぎりぎりまで下がる。声が聞こえない程度の間を空けて白竜の騎士が待機している。テーブルの上にはアイスティーのポットとグラスまで置かれていた。


「今の間で飲み物まで準備してくださったんですか」


 驚きの声を上げるチェリーナに、ガンツは頷いて秘書官を振り返る。


「わしの秘書は有能じゃからのう」


 照れくさそうに軽く会釈をする秘書官に、チェリーナも笑みを向けた。


「最初に申し上げておきますが、これは正式な聴取です。が、ギャレン殿には何の嫌疑もかかっておりません」


 ガンツは重々しく頷く。口を開こうとするチェリーナを制して、パーシバルが言葉を続ける。


「モールフィ事件の首謀者が水明楼を利用して逃げた件がありました。覚えていますか」


 小首を傾げたガンツはゆっくりとした手つきでグラスを傾けた。


「ふむ、そんなこともあったな」


 秘書官が進み出て、懐から出した手帳を高速でめくり、ガンツに見せる。


「どちらかといえば娼館は被害者だと訴えておったが」


 パーシバルは美麗な微笑みで、頷いた。


「その件を蒸し返すつもりはありません。お聞きしたいのは、出入りしていた人間についてです。モールフィ事件の首謀者のように、水明楼に非はないという前提でお話しください」


 流暢に話すパーシバルの隣で、チェリーナは静かにガンツと秘書官の様子を観察している。


「訪ねる相手が違うじゃろう?」


「いいえ、水明楼はギャレン殿の名を出して、こちらの要求を飲まない可能性があります」


 率直な指摘だった。秘書官二人は顔色を変えて険しい表情になるが、ガンツの口はにいと弧を描く。


「お前たちは下がれ」


 秘書官を下がらせたガンツは、冷えた紅茶を注ぎ足して何度か頷いた。


「娼館主ごときが、調子に乗りおって」


 鋭い舌鋒が出たのは一瞬で、ガンツは身を乗り出す。


「なんでも話す。わしに嫌疑がないなら、隠すこともない」


 パーシバルが小さく息を吐き出し、チェリーナが引き取った。


「ギャレン議員が、水明楼を外国の方との交流に利用されている、というのは」


「ああ、東方のとある家の方々がな、アルセリアに顔を出すんじゃ。年に二度くらいかのう。つい先日帰ったところじゃ」


「なるほど、その交流の場は昨年も設けられていましたか」


「ああ、そうじゃな、三年くらいになるかのう」


「三年、ですか。彼らが来ていた間は」


 言葉を切ったチェリーナはパーシバルに視線を向ける。パーシバルはそっとテーブルに左手を乗せた。


「その会合にはどのような方がいましたか?」


「わしと近い者がほとんどじゃ。港のな。ただ……官吏や騎士も時々混じっていたかもしれんな」


 四阿を遠巻きに護衛する白竜の騎士へ視線を向けてガンツがつぶやく。パーシバルはテーブルに置いた拳を握って低く聞いた。


「その中に、ガレス・アルドレイ元黒狼隊長はいましたか」


「アルドレイ殿なあ……あまり印象にないが、いたような気もする。毒にも薬にもならん人物じゃからのう」


 パーシバルは静かに息を吐き出す。チェリーナがそっと彼の膝を叩いた。


「そうですか、最後にもう一つ。アルドレイ元隊長は、東方の方と直接交流なさっていましたか? 例えば贈答品のやり取りをするような」


「ふむ……記憶にないのう」


「承知しました。ギャレン殿、ご協力、ありがとうございました」


 緊張が解けたチェリーナが僅かに背を丸めたところで、控えていた秘書官が進み出て来て、彼女の前に膝を付いた。


「トポロジー参謀長、水明楼へはご自由にお出向きください」


「ええ、そうさせていただきます」




 議員一行を見送った二人は、そのまましばらく黙って庭を眺めた。


「議員は元黒狼隊長を重視していなかったようですね」


「そうだな」


「顔色が良くありませんね。受診は続けてます?」


 チェリーナが声を大きくすると、パーシバルは苦笑する。


「医局には定期的に顔を出してる。ナックルせんせいを散々借りた特捜として、これ以上心象を悪くできない」


「隊長自ら医師のいうことを軽んじてたら、今後にも差支えますしね」


「ああ」


 水滴のついたグラスの中身を飲み干した二人は、片付けに来た侍女に礼を言って四阿を後にした。




「その娼婦って綺麗でしたか」


 詰所に戻ったパーシバルの耳に、ヴィヴィの声が届く。彼女の机近くに椅子が二脚あり、ナックルが腰を下ろしていた。二人は向かい合って話している。


「綺麗かどうか……何がだ」


「何がってその、顔とか身体とか」


「傷はなさそうだった。顔色は悪かったが」


「そりゃ、お腹痛いのに顔色がいい訳ないですけどー」


 小声でぼやいたヴィヴィが頬を押さえて変な顔をしているのを、ナックルは至近距離で無遠慮に眺めている。


「その、話題の娼婦に聞き込みに行く。正式な聴取が可能だろうから、もう、ナックルせんせいが水明楼まで足を運ぶ必要はない」


 見かねたパーシバルが近づいて割って入ると、ヴィヴィは頬を押さえていた手で顔全体を覆った。


「ハリアー隊長に聞かれた、恥ずかし過ぎ」


 ぼそぼそ呟くヴィヴィの首筋が赤いのを横目に、パーシバルは苦笑した。ナックルは頷いた後で、ヴィヴィの手首を掴んだ。


「ひっ、な、なに」


「パーシバルに気遣われたら恥ずかしいのはどうしてだ」


「そ、そんなの知りませんよー、ちょ、チェリさん笑ってないで助けてくださいよ」


 チェリーナはクスクス笑い声を上げていて、大人たちのやり取りを、ルークとヒースレッドは訳がわからないとばかりに見守っている。


「ヴィーに春が来るなんて思わなかったわ」


 チェリーナは、ナックルの手を退かしてから、ヴィヴィの耳元で囁いた。


「ギャー、やめてくださいって」


 騒いでからヴィヴィは、書類を手に立ち上がる。


「これ、ちょっと総務に行ってきますから」


 鳥の巣のような頭に手を突っ込んで、ナックルは小首を傾げた。パーシバルはチェリーナと視線を合わせて低く笑った。

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