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王宮医局のカルテ  作者: 夕月夕雷
シーズンⅡ 第五章 水明楼
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第3話

ルークは赤みがかった茶色い髪を撫でつける。一度は静まった寝ぐせが、数秒後には跳ねてしまったのでそれ以上鏡を見るのはやめて洗面所を出た。自室に戻ってまだ真新しいチャコールグレーの制服に身を包み、寝台の脇に立てかけてあった剣を差す。宿舎を出て騎士棟の入り口へ回り込む足取りは重い。


「うう、眠い」


 丸めていた背を欠伸で伸ばして先に階段を上る小柄ながら真っすぐな背を見つけた。


「ヒース、おはようっす」


「ああ、ルーク、おはよう」


 上品に微笑んだヒースレッドは、ルークが隣に並ぶのを待つ。


「今日はまた、一段と髪が暴れているな」


 ルークはつまらなそうに肩をすくめた。


「直らねえの、つかヒースの髪はどうしていつも真っすぐなんだ」


「……整えているが、正直、髪質だと思う」


 そっと己の金髪のサイドに触れたヒースレッドは、不本意そうに答える。


「俺も手入れいらずが良かった」


「手入れいらずではない。私はルークのように髪量が多い方がいい」


 会話しながら詰所へ入った二人は、先輩騎士たちに挨拶をした。


「おはよう、ルーク君、ヒースレッド君。はい、これ、今日の聴取用の書類ね」


 ヴィヴィが早速書類を渡してきたのを、ヒースレッドが受け取って目を走らせる。ルークはのぞき込みもせず、袖をまくって窓の外へ視線を向けた。


「ガンメタール・ギャレン殿はこちらに来て下さるのか」


「おう、俺たちの出勤時間に合わせて来てくれるって言ってた」


 次の瞬間、詰所の扉が開いてガンメタールが姿を現す。初めての場所で戸惑うガンメタールに、ルークが素早く近づいた。


「ガンメタ先輩、こっちっす」


「おう、ルーク、陽当たりのいい詰所じゃのう」


「でしょ、俺はちょっと暑いっす」


 軽口を叩きながらルークは警邏部第一部隊の先輩騎士を案内する。詰所の仕切りは全て布による垂れ幕で、音の遮断はできない。


「お茶か水か珈琲もあるっす。何がいいっすか」


「そうじゃのう、温かいお茶が良いな」


「暑くないんすか?」


「年寄りには冷たいもんは毒なんじゃ」


「ガンメタ先輩が爺さんみたいなのって口調だけじゃないすか」


 会話に途切れがなくて困っていたヒースレッドを手招きして椅子に座らせ、ルークは隣にある給湯室に向かう。


「お茶、私が入れるよ」


「いいんすか」


「うん、お茶ぐらい気軽に頼んで」


 ガラス製のティーポットに大量に茶葉を入れようとしていたルークの手を止めて、ヴィヴィが頬を引きつらせながら言った。


「助かるっす。ヴィーさん、優しいっすね」


「これは優しさじゃないよ、ルーク君。茶葉、使い過ぎるともったいないから」


「そうなんすか、多い方がいいと思ってたっす」


「くー、金持ちのボンボンだー」


 ヴィヴィが淡々とした口調でぼやいたので、ルークは声を上げて笑う。


「アハハ、ヴィーさんって面白いお姉さんっすね」


 軽く肩を叩いて去って行く細い背を見送り、ヴィヴィはティーポットへ茶葉を入れた。ヴィヴィが丁寧に入れた紅茶を飲みながら、ガンメタールへの聴取が始まる。


「うむ、美味いのう……で、ガンツ・ギャレン議員のことじゃな」


 ガンメタールの問いに、ルークとヒースレッドはそれぞれ頷いた。


「ガンツはわしの本家筋の当主で、幼い頃からの付き合いじゃ。尻に火が点くような悪さはしないが、議員らしく真っ白でもないじゃろうな」


 ヒースレッドは手帳にメモをしてから問いかける。


「ギャレン議員にはおそらく何の咎もないと思うんです。ただ、彼の立ち回り先について伺いたいんです」


「ガンメタ先輩が議員と一緒に花街行ったって、聞いたっす」


 息の合った連携質問に、ガンメタールは感心したように頷いた。


「水明楼のことじゃな、なるほど、良く調べておる」


 ルークとヒースレッドは顔を見合わせた。ガンメタールは紅茶を一口飲んで、顎に生えた白い無精髭をなぞる。


「ガンツは水明楼を良く利用しておるようじゃ。会合が頻回に開かれとるような口ぶりだった。詳しく誰と会っているなどはわからん。ただ……わしが連れて行かれたのは、珍しい部屋だった」


「珍しいとは、どういった点がですか」


「ふむ、なんぞ、床に毛がふさふさとした敷物が敷いてあってのう、床に直接座るんじゃ」


 ヒースレッドは逐一頷きながら真面目にメモを取った。ルークは好奇心溢れる眼差しでガンメタールを見る。


「へえ、床に座って飯を食うんすか。食いにくくないのかな」


 ガンメタールは口元を綻ばせて首を横に振った。


「足の付いた盆があって、その上に酒や肴を乗せてあってな。後ろに若い娼婦が酌に控えておって、なにやら外国へ来たような不思議な気持ちになったな」


「外国というのは、具体的にどこの国を指しますか」


「ふむ、東方かのう? 珍しい東方の品を見せてもらうこともあると言っておった」


 静かに座り直したルークを見て、ガンメタールは訳知り顔で頷く。


「ふむ、ルーク、そんなにわかりやすい反応をしたら、相手が情報を出し渋るぞ」


「あ、そうっすね、すんません」


 誤魔化すよう紅茶を飲んだルークに代わり、ヒースレッドが口を開いた。


「東方の品じたい、例えば香料など、そういったものを見たり、嗅いだりしませんでしたか」


 腕を組んで背もたれに背中を預けたガンメタールは、首を傾げて記憶を辿る。


「そうじゃの、ガンツがつけているトワレは、東方の香料じゃと言っておった。ガンツがトワレは融通できると言っておったから、必要なら頼んでもいいぞ」


「必要でしたら、是非、お願いします」


 即断を躊躇うヒースレッドに、ガンメタールも気軽に請け負い聴取は終わった。ヴィヴィが終わりを見計らい、お茶菓子を持ってやってくる。


「ガンメタールさん、はい、このお菓子、甘さ控えめで美味しいですよ」


「おお、ヴィー嬢は気が利くのう」


「そうでしょー。お茶を入れるのも得意だし」


 ガンメタールは得意気なヴィヴィが勧めた菓子を食べつつ、もう一杯紅茶を飲んで帰って行った。





 詰所にいる騎士たちが集合し、ヴィヴィが書記としてチェリーナの隣の席に座った。


「では、報告と検討の会議を始める」


 パーシバルが宣言し、運用をチェリーナに委託する。チェリーナは立ち上がり、報告書の内容を短くまとめて説明した。


「まず、明らかであろう情報を整理します。水明楼では水路再開発に伴う会合が定期的に開かれているようです。春の議会以降は回数も増えて……」


「ランスの父上の側近は、会合の日程も教えてくれそうか」


 チェリーナの報告の途中で、パーシバルが口を挟んだ。証言者である側近について問われたランスロットはしばし考えてから口を開く。


「捜査と伝えず聞き出すのは難しいかもしれません」


「そうか……議員の動向を探っていれば辿り着くか」


「そうですね。ランス副長、父上の側近に捜査について伝えた場合、漏れる危険性についてどう考えますか」


「口止め可能かどうか、という点でしたら、不明です」


「なるほど、では見送りましょう」


 チェリーナの判断に否やは出ず、パーシバルが続きを促した。


「次に水明楼では東方品のやり取りがあるかもしれないこと。ガンツ議員の香料については、ナックルせんせいとガンメタール殿が確認しています」


 チェリーナが先ほど聴取を担当したルークとヒースレッドに視線を向ける。ヒースレッドが立ち上がる。


「はい、ガンメタール殿は、議員がつけているトワレについて、東方の香料だと本人から聞いたそうです」


 ヒースレッドが着席し、チェリーナは眼鏡の蔓を直した。ヴィヴィは高速でペンを走らせて、騎士たちの発言を書き留めている。


「また、水明楼の厨房で東方の香辛料の香りを嗅いだ、というナックルせんせいの証言もあります」


 メルヴィンは額に手を当てて難しい顔をしており、ランスロットも鋭い眼差しで周囲を睥睨している。パーシバルは書類をめくっては戻るを繰り返した。


「ギャレン議員の動きを追いかけて、次の会合がありそうな日に目星はつけることはできる」


 メルヴィンの発言に、パーシバルが手を止めて顔を上げる。


「だが、議員周辺や娼館への潜入は難しいだろう。我々が手を出していることを気づかれると面倒だ」


 眉間の皺を叩きつつ唸るパーシバルに、ランスロットが首肯した。


「そうですね、ただ、気づかれない範囲で探りを入れることは可能でしょう。メル」


「ああ、気づかれたら面倒な人たちと直接の関わりが薄い使用人たちに当たりをつけて、話を聞いてみる」


 メルヴィンが答えて、チェリーナが引き取った。


「遠回りですが、気づかれないよう細心の注意を払いながら調べてください。ナックルせんせいが、下働きの少女を助けてやった件も使えると思います。メル副長、あなたの采配で、ナックルせんせいを借りてきてください」


「わかった」

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