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王宮医局のカルテ  作者: 夕月夕雷
シーズンⅡ 第五章 水明楼
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第1話

 春の議会以降、水明楼での会合が増えた。リーガルン商会長は側近とともに、老舗娼館の門をくぐった。陽が延びた初夏の夕暮れ、足取りは重い。


「おや……昨日ぶりですね」


 側近がチャコールグレーの制服姿のランスロットに気づいて声をかけた。理知的な灰色の瞳同士が静かに交差する。


「はい」


 返事だけして側近に続いて父にも目礼だけして中へ向かう。息子の後に続く形となった父は、口をきつく結んで側近を睥睨した。


「昨日ぶりとは?」


「あれ、言っていませんでしたか? 昨日、ご子息が舟着き場工事の見学にいらっしゃったんですよ」


「騎士が水路に何の用がある」


 父は鼻を鳴らして眉間に皺を寄せる。側近は苦笑して黙って店内へ入る上司の後を追った。更に後方から、サイズの合っていない大きなシャツにスラックスという出で立ちのナックルが続く。表の庭を注意深く見渡しながら、屋内へ入った。


「これはこれは、商会長様」


 ランスロットの対応に出て来たはずの娼館主が、父と側近を見つけて、丁寧に礼をするのを、ランスロットは静かに眺めている。


「ランスロット様は制服ですから、お仕事ですよね?」


 側近がそつのない笑顔で口を挟んだ。首肯するランスロットの隣に父が並ぶと、二人の髪と目の色が同じで、目鼻立ちも酷似している。主が驚いて目を瞬かせる。


「おや……なるほど、騎士様はリーガルン商会長様のご子息でいらっしゃいましたか」


 主の言葉を、後から顔を出したナックルが聞いて、ランスロットと父の顔、次いで後ろ姿を見比べた。


「骨格も酷似している」


  親子そろって薄っすら憮然とした雰囲気を醸し出したところで、奥から現れた別の使用人が、ランスロットの父と側近を連れて行く。ナックルは腕を組んで訳知り顔で店内を観察していた。


「舟着き場ですね、どうぞ、まずは庭の方からご覧になりますか」


 水明楼には舟着き場が二つある。


「地下の方は、手を付けておりません。国から改築を指示されていまして」


 ランスロットは主の言葉を黙って聞きながら歩いている。後に続くナックルに不審な眼差しを向けたものの、彼について問い質さなかった。


「父は定期的にこちらに伺っているんですか」


「ええ、舟着き場の整備や今後の運用に関してなど、ご相談なさることが多いとか。私どもを贔屓にしてくださっている議員の先生とも、お話しなさる機会が多いようです」


 議員との繋がりを明示して釘を刺そうとする主に、ランスロットは淡々と聞いた。


「ガンツ・ギャレン議員ですね。こちらで開かれる会合によくいらっしゃるとか」


 主は曖昧に笑って腰を曲げる。


「先生方がご不自由なく利用できるよう、部屋とうちの子をお酌にお貸し出しているだけですがね」


「議員が顔を出す会合には、父も同席しているんですか」


「そういうこともあったようですが……商会長様に直接ご確認ください」


 探るような眼差しの主に、ランスロットは重ねて聞いた。


「その会合で、東方の嗜好品を持ち込む方がいるとか?」


 主は視線を地面に落として手を組んだ。中庭から続く舟着き場は既に桟橋が完成に近づいている。入口は木材が積まれて縄がかけられていた。


「倒れたら危険なので注意していらしてください」


 問いかけには答えず、主は軽く木材を叩いた。深追いせず黙って後に続いたランスロットは、振り返ってナックルに首を横に振った。


「ああ、待っている」


 


 地下から直接舟が入れるもう一方の舟着き場も、主立ち合いの元で確認した。


「世話になった。舟着き場は問題ない。ナックル、先に出て待っていてくれ」


「ああ」


 ランスロットと主の後を黙ってついて歩いたが、東方の品は見かけなかった。香料は香らず、見知った調度などもない。


「何もない、か……」


 先に庭へ出たナックルは、隅で膝を抱えて蹲る少女を見つけて駆け寄った。


「どうした?」


「あ……お腹、痛い」


 脂汗を滲ませる少女の手首をそっと取り、脈を測る。


「俺は医師だ。触ってもいいか」


「うう、うん……」


 そっと少女の上体を起こして腹部に触れたら、下腹部に固い張りがあった。


「歩けるか?」


 差し出された腕に掴まって立ち上がった少女は、ナックルの指示で浅く呼吸を繰り返す。


「ふう……少し楽になりました。その……しばらく出ていなくて」


 下腹部を押さえて恥ずかしそうに告白する少女に、ナックルは頷いた。


「いつからだ」


「五日、ぐらい」


 ゆっくり歩き出した少女に付き添う。彼が出て来た入口とは別の方向へ向かった。


「吐き気や熱はなさそうだな……温めて、白湯を飲め」


 額にそっと触れるナックルを見上げて、少女がはにかんだ。


「あの、せんせい? でいいのかな。ありがとう」


 使用人用の入り口なのだろう、少女の後ろ姿を見送ったナックルは、厨房らしき場所から懐かしい香りを感じて足を止める。


「……花山椒(ホアジャオ)だな」


 アルセリアでは嗅いだことがない故郷の調味料の香りに食欲が刺激された。

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