第三十五話
依頼書
依頼主: ナブレヴェル王国 王族評議会
依頼内容: 砂漠の異変調査および問題解決
依頼報酬: 高額報酬+ナブレヴェル王国の特別許可証
依頼概要:
近頃、ナブレヴェル王国の砂漠地帯において異常な魔力の流れが観測されている。現地の獣人族たちは、砂漠の奥深くに封じられていた「古き災厄」の影響ではないかと危惧している。調査隊が派遣されたものの、消息を絶った。王族評議会は、強力な冒険者たちに調査と解決を依頼したい。
注意事項:
砂漠地帯は過酷な環境であり、水や食料の確保が重要となる。
魔力の異常な流れにより、未知の魔物が発生している可能性がある。
獣人族の協力を得られるよう交渉すること。
備考:
依頼を受諾した者には、ナブレヴェル王国への入国許可証および現地ガイドが手配される予定。
ギルドの受付嬢メイリンが、依頼書を差し出しながら説明を加えた。
「ナブレヴェル王国からの正式な依頼よ。かなり重要度が高いみたい。どうする?」
アルフレッドは依頼書をじっくりと読み、仲間たちに視線を向けた。
「砂漠の異変か……。ナブレヴェルは過酷な環境らしいが、面白そうだな」
クリスティーナは腕を組みながら考える。「魔力の異常な流れ、古き災厄……厄介な魔法の痕跡が残ってそうね」
リオネルが静かに頷く。「精霊の力も影響を受けるかもしれないな。だが、現地の獣人族と協力すれば、手がかりを得られるはず」
「行くしかないな」ストームが短く言い、ガーネットも微笑みながら続けた。「それに、消息を絶った調査隊を助けなければ」
アルフレッドは依頼書を折り畳み、ギルドのカウンターに置いた。
「この依頼、俺たちが引き受ける」
メイリンは微笑み、「じゃあ、ナブレヴェル王国行きの準備を進めるわね。気をつけてね!」と声をかけた。
こうして、アルフレッドたちは新たな冒険へと歩みを進めることとなった。次なる目的地は――灼熱の砂漠の国、ナブレヴェル。
サンダーブレイドの冒険者ギルドを後にし、アルフレッド、クリスティーナ、リオネル、ストーム、ガーネットの五人は、ナブレヴェル王国へと向かう準備を整えた。砂漠地帯への旅は過酷なものとなるため、必要な物資を万全に揃える必要がある。
「水と保存食はこれで十分かしら?」クリスティーナが商店の品を吟味しながら言った。
「足りないよりは多い方がいい。砂漠の暑さと寒さは想像以上だ」リオネルが精霊の気配を探りながら答える。
「ラクダや砂漠馬を調達した方がいいな。徒歩で移動するには広すぎるし、馬車は砂に沈む」ストームが現実的な提案をする。
「ナブレヴェルの獣人族は砂漠の地形を知り尽くしているから、現地ガイドが手配されているはずよ」ガーネットが依頼書の詳細を確認しながら言った。
アルフレッドは準備の最終確認を終え、仲間たちに声をかける。「よし、出発するぞ」
ナブレヴェルへと続く道は、最初は穏やかな草原地帯が広がっていたが、次第に土の色が赤茶け、乾いた風が吹き始める。空気はじりじりと熱を帯び、乾燥した砂が足元に絡みつくようになる。
「もう砂漠の入り口か……。日が高くなる前に、できるだけ距離を稼ぎたいな」アルフレッドが汗をぬぐいながら言った。
「この暑さ……魔法で多少は軽減できるけど、長時間は厳しいわね」クリスティーナが小さな冷気の魔法を展開し、仲間たちの周囲に涼しい風を生み出した。
「助かる。でも、気温の問題だけじゃないぞ。ここから先は砂嵐も警戒しなきゃならない」リオネルが精霊の声に耳を澄ませながら警告した。
ストームが遠くの地平線を眺め、「獣人族の迎えがそろそろ来るはずだ」とつぶやくと、視界の先に小さな影が見えた。やがて、それは砂の上を滑るように移動する数頭の巨大な獣と、それを操る獣人たちの姿へと変わった。
「お前たちがサンダーブレイドから来た冒険者か?」先頭にいた獣人の男が声を上げる。彼の体は逞しく、砂色の毛並みを持つ狼のような風貌だった。
「そうだ。王族評議会の依頼を受け、異変の調査に来た」アルフレッドが応じる。
「俺はカイム。この砂漠で生きる者だ。案内してやるが、気を抜くなよ。砂漠は人間に優しくない」
「心強いな」ストームが口角を上げる。
「夜の冷え込みも尋常じゃない。まずは砂漠の入り口にあるオアシスの村へ向かおう」カイムが手綱を引くと、巨大な砂漠獣が喉を鳴らして進み出した。
アルフレッドたちは獣人族の案内のもと、ナブレヴェルの奥深くへと足を踏み入れていった。彼らを待つのは、灼熱の試練と未知の脅威――新たな冒険の幕が上がる。
カイムの案内で進むこと数時間、炎のように照りつける太陽の下、砂の大地にポツリと緑が浮かび上がった。大小さまざまなヤシの木が立ち並び、水を湛えた湖が輝いている。オアシスの村だ。
「ようこそ、《グラダオアシス》へ」カイムが誇らしげに手を広げた。
村は水辺に沿うように広がり、砂漠に生きる獣人たちが住まう家々が建ち並んでいる。建物の多くは粘土と石を固めたものだが、天幕でできた住居も見られる。村人たちはカイムたちを見ると警戒を解き、次いでアルフレッドたちを好奇の目で見つめた。
「冒険者か……?」
「王都からの使いかもしれん」
「まさか、異変の調査に来たのか?」
ざわざわとした村人たちの声が、熱風に乗って流れてくる。アルフレッドたちは獣人族の集落の雰囲気に馴染みながらも、注意深く村の様子を観察していた。
「まずは水を飲め。砂漠では水が命だ」カイムが壺に汲んだ水を手渡してくる。
「助かる」アルフレッドは乾いた喉を潤し、仲間たちも同じように水を口にする。
ガーネットが村を見渡しながら呟いた。「村には活気があるけど、どことなく緊張しているわね……」
「何かあったのか?」ストームがカイムに尋ねる。
カイムは腕を組み、低く唸った。「ああ……実は数日前から夜になると、村の外れに奇妙な影が出るようになったんだ。最初は幻かと思ったが、見た者は皆、一様に不吉な気配を感じたと言う」
「影……?」クリスティーナが眉を寄せる。
「ただの野生動物じゃないのか?」リオネルが推測するが、カイムは首を横に振る。
「それなら村人たちは驚かない。だが、その影を見た者は、皆異様に怯えているんだ。中には熱を出して寝込む者までいる。まるで……何かに呪われたようにな」
「呪い……か」アルフレッドが静かに剣を握りしめる。
「王都に向かう前に、一度その影の正体を確かめるのも手ね」クリスティーナが提案した。
「俺たちが調査に出よう」アルフレッドが決断し、仲間たちも頷く。
「……助かる。だが、くれぐれも慎重にな。村人たちも、お前たちが来たことを知れば安心するだろう」
こうして、一行はオアシスの村に一泊し、夜の闇の中に潜む謎を探ることになった。
太陽が地平線に沈むと、砂漠の気温は急速に下がり、灼熱の大地は冷えた空気に包まれた。夜の静寂の中、アルフレッドたちは村の外れに陣取る。
「何か動きがあるか?」ストームが低く囁く。
「まだ……だが、精霊たちが妙に落ち着かない」リオネルが空を見上げる。
クリスティーナが魔力を研ぎ澄ます。「何か来るわ……」
その瞬間、砂の海から音もなく影が浮かび上がった。
「出たぞ……!」ガーネットが警戒の声を上げる。
影は人のような形をしていたが、実体がない。ぼんやりと黒い靄を纏い、赤い光を宿した瞳が闇の中で妖しく輝いている。それはまるで、亡霊のようだった。
「一体……なんだこれは」アルフレッドが剣を構える。
影はゆっくりと村の方へ向かっていく。
「行かせないわ!」クリスティーナが素早く魔法を詠唱し、炎の弾丸を放つ。しかし、影はひるむことなく炎をすり抜けて進む。
「物理攻撃は効かない……?」リオネルが分析する。
「いや、試してみる!」アルフレッドが駆け出し、剣を振り抜く。刃が影を裂くが、手応えはない。それでも、一瞬だけ影が揺らいだ。
「ダメージは与えられる……けど、通常の攻撃じゃ決定打にはならないか」ストームが短く分析する。
「魔法で押すしかないわね!」クリスティーナが雷撃の呪文を放つ。
「俺もいく!」リオネルが風の精霊の力を解放し、突風を巻き起こす。
影は苦しむように身を震わせるが、完全には消えない。
「強い……!」ガーネットが驚く。
「ならば、一気に叩く!」アルフレッドが剣に魔力を込め、光の波動を放つ。
その瞬間、影はかすかな悲鳴を上げ、闇の中へと消えていった。
「……消えた?」ストームが周囲を警戒する。
「いや、まだ終わってない」リオネルが注意を促す。
再び静寂が訪れる。しかし、確かな不安が空気の中に残っていた。
「今の影……何だったんだ?」アルフレッドが剣を鞘に収めながら呟く。
「亡霊のようだったけれど……魔力を帯びていた。普通の霊ではないわ」クリスティーナが考え込む。
「いずれにせよ、何者かがこの村に関心を持っていることは間違いないな」ストームが結論を出す。
「もう少し調査が必要ね」ガーネットが頷いた。
こうして、一行は新たな脅威の気配を感じながら、オアシスの村でさらなる情報を集めることを決めた。
ナブレヴェルの砂漠に潜む謎とは何か――物語は、まだ始まったばかりだった。
翌朝、アルフレッドたちはオアシスの村の長老と対面していた。年老いた獣人の男性で、長い髭を持ち、年季の入ったローブを纏っている。名はザラグ。彼は村の歴史を知る長老の一人だった。
「昨夜の影を見たというのか……」長老ザラグが低く唸る。
「ええ。まるで亡霊のようだったわ」クリスティーナが真剣な表情で答える。
「通常の攻撃では倒せず、強い魔法を当てると一時的に消えたが……完全に消滅はしなかった」リオネルが補足する。
長老は目を閉じ、ゆっくりと頷いた。「それは、おそらく古代の呪われた戦士たちの残滓だろう……」
「呪われた戦士?」アルフレッドが眉を寄せる。
「このオアシスの近くには、かつて偉大な戦士たちが眠る墓所があった。しかし、何者かが封印を破り、彼らの魂を引きずり出したのだろう」長老ザラグは重々しく言葉を続けた。「彼らは生前、ナブレヴェルを守るために戦った英雄たちだった。しかし、砂漠の魔術師たちの手によって、死後も安らぐことなく、永遠に戦い続ける存在となってしまったのだ……」
「誰かが墓所を荒らした、ということか?」ストームが尋ねる。「その可能性は高い。しかし、何の目的で……?」
「待って、それなら昨夜の影たちは、何かに呼び寄せられているのかもしれない」ガーネットが推測する。「誰かが墓所の封印を解き、その結果、戦士たちがさまよい始めた……?」
長老ザラグは頷いた。「その通りだろう。だが、墓所があるのは、オアシスからさらに南へ向かった砂塵の遺跡だ。もし封印が破られているなら、遺跡にはもっと強力な亡霊たちが徘徊しているはずだ……」
「となると、やはり件の遺跡調査に向かうしかないわね」クリスティーナが決意を固める。
「もし本当に封印が破られているなら、何らかの手で修復する必要があるな」リオネルも同意する。
「村人たちにこれ以上被害が出る前に、すぐに向かおう」アルフレッドが剣を握りしめた。
村の長老から地図を借り、アルフレッドたちは砂漠の奥地へと足を進めた。オアシスを離れ、灼熱の砂丘を越えて南へ向かう。日差しは苛烈で、乾燥した熱風が吹き荒れていた。
「クソ暑いな……」ストームが額の汗を拭いながら呟く。
「これでもまだ日が高いからいい方よ。夕方になれば冷え込むわ」クリスティーナが肩をすくめる。
「砂漠ってのは過酷だな……」リオネルがぼやく。
「だけど、獣人たちはこの環境を生き抜いている。すごいことよね」ガーネットが感心したように言う。
「……あれが、遺跡か?」アルフレッドが前方を指差す。
砂丘の先に、巨大な石造りの遺跡が姿を現した。朽ち果てた柱や倒れた石壁が見え、風化した彫刻が砂に埋もれている。その中央には、かつて壮大な建造物だったであろう神殿の跡が残っていた。
「ここが砂塵の遺跡……」
「問題は、本当に封印が破られているかどうかね」クリスティーナが呟く。
「どうする? まずは様子を見るか?」ストームが確認する。
「いや、慎重に進みながら、気配を探ろう」アルフレッドが剣を抜いた。
一行はゆっくりと遺跡の内部へと足を踏み入れた。
遺跡内部は静まり返っていた。古びた壁に刻まれた文字は摩耗し、崩れた瓦礫が床を覆っている。だが、異様な気配が漂っていた。
「魔力が……充満している」リオネルが警戒する。
「嫌な感じね……」クリスティーナが杖を握りしめた。
その瞬間――
ズズン……!
遺跡の奥から、不気味なうめき声が響いた。次の瞬間、砂の中から無数の黒い影が這い出してきた。
「来たぞ!」アルフレッドが叫ぶ。
亡霊たちはかつての戦士たちの姿をしており、ボロボロの鎧をまとい、武器を握っていた。だが、目は赤く輝き、生者への憎悪を燃やしている。
「迎え撃つしかないわね!」クリスティーナが詠唱を始める。
「援護する!」リオネルが精霊魔法の準備をする。
「前衛は任せろ!」ストームが抜刀し、先陣を切る。
亡霊たちが一斉に襲いかかってきた――。
「疾風剣舞!」ストームが瞬時に間合いを詰め、剣の斬撃を繰り出す。しかし、亡霊たちは半透明の身体をしており、斬撃は深くは入らなかった。
「物理攻撃が効きにくい……!?」
「ならば魔法で!」クリスティーナが雷撃を放つ。
バリバリバリッ!
雷が亡霊たちに直撃し、数体が苦しむようにのたうち回る。しかし、それでも完全には倒れない。
「魔法だけでは決定打にならない……?」リオネルが風の精霊の矢を放つも、効果は限定的だった。
「闇の力が強すぎるのか……」ガーネットが光の魔法を構える。
そのとき、一体の亡霊がアルフレッドに飛びかかった。
「ぐっ……!」
間一髪で剣で受け止めたが、亡霊の冷気が体を包む。
「コイツら、普通の敵じゃない……!」
「みんな、集中していくわよ!」クリスティーナが指示を飛ばす。
戦いは激しさを増していった。遺跡に響く剣戟と魔法の閃光――アルフレッドたちは、この亡霊たちの呪縛を解くため、死闘を繰り広げるのだった。
アルフレッドたちは亡霊たちの猛攻をなんとか凌ぎながら、戦いを続けていた。クリスティーナとリオネルの魔法が少しずつ戦況を押し戻し、ガーネットの光の加護が仲間たちを支えていた。しかし、亡霊たちは倒しても次々と湧き上がり、終わりが見えない。
「くそっ……このままじゃキリがない!」ストームが亡霊を切り裂きながら叫ぶ。
「こいつら、ただの戦士の亡霊じゃない……。何かに囚われ、操られている!」リオネルが魔力を込めた風の矢を放ち、亡霊の一体を消し去る。しかし、その直後に再び同じ場所から黒い霧が立ち上がり、別の亡霊が現れる。
「これは……封印が破られている証拠だわ!」クリスティーナが呟く。「何者かが、この遺跡の“禁忌”に触れたのよ!」
アルフレッドが剣を振り、亡霊の一体を打ち砕く。「つまり、この遺跡が“古き災厄”と関係しているってことか?」
「ええ。その可能性が高いわ」ガーネットが光の魔法を展開しながら頷く。「依頼書に記されていた“復活の予兆”……それがこの遺跡に関係しているとしたら、かなり厄介なことになるわ」
リオネルが急に顔を上げ、鋭く言う。「それだけじゃない。この遺跡……本来の目的は“墓所”じゃなかったのかもしれない」
「どういうことだ?」アルフレッドが亡霊の攻撃をかわしながら問う。
リオネルは床に刻まれた古い魔法陣を見つめ、冷静に考察する。「この魔法陣……本来は“封印の結界”だった可能性が高い。つまり、ここはただの墓所じゃなく、何かを閉じ込めていた場所だ」
「それが“古き災厄”か……」ストームが低く呟く。「となると、俺たちはただの亡霊退治じゃ済まされないってことか?」
クリスティーナが頷く。「ええ。この遺跡の封印が破れた理由、それに“古き災厄”の正体を突き止めないと、いくら亡霊を倒しても根本的な解決にはならないわ」
「まずはこの封印の魔法陣を解析するしかありませんね」ガーネットが手をかざし、結界の痕跡を調べ始める。「でも、どうやら誰かが意図的に破壊した形跡がある……」
アルフレッドは剣を地面に突き立て、荒い息を吐いた。「なら、封印を破った奴を探し出し、止めるしかないってことだな」
しかし、そのとき――
ズズン……ッ!
遺跡の奥から、低く不気味な咆哮が響いた。すると、亡霊たちは次々と逃走していった。
「……何かが、目覚めるわよ」クリスティーナが緊張した声で言った。
リオネルが杖を構え、鋭く言う。「古き災厄の片鱗が、この遺跡にまだ眠っている……!」
アルフレッドたちは覚悟を決め、遺跡の最奥へと足を踏み入れるのだった――。
アルフレッドたちは遺跡の最奥へと進んでいった。洞窟のように広がる石造りの通路は、古代の魔法陣が刻まれた床と、無数の壁画に覆われていた。壁画には、かつてこの地に封印された恐るべき存在が描かれており、その中心には巨大な影のような存在が鎖で縛られている。
「やっぱりここは封印の神殿ね……」クリスティーナが壁画に手を触れ、魔力の痕跡を探る。「この封印が破れたのは、つい最近のことみたい」
「それだけじゃない」リオネルが床に残る爪痕のような跡を見つめた。「この遺跡、何者かが内側から破って出てきた痕跡がある。つまり、すでに何かが目覚めている可能性が高い……」
「くそっ、手遅れか」ストームが刀を抜き、警戒する。「もう起きちまってるなら、さっさと片付けるしかねえな」
「まだわからないわ」ガーネットが静かに言った。「封印の一部が破れたとしても、完全に目覚めたとは限らない。もしかしたら、まだ完全復活には時間がかかるかもしれない」
「なら、急がなきゃな」アルフレッドは剣を握り直し、通路の先へと視線を向けた。「行くぞ」
最奥の間に足を踏み入れると、そこには巨大な石造りの祭壇があった。その中央には、黒い結晶が鎖で封じられ、薄らと邪悪な気配が漂っている。しかし、その鎖の一部はすでに砕け、結晶の表面には無数のひび割れが走っていた。
「これが……“古き災厄”の封印……!」クリスティーナが息を呑む。「まだ完全には解放されていないけど……放っておけば確実に復活するわ」
「ちっ、やっぱり厄介なことになってるな」ストームが眉をひそめた。「どうする? 今のうちに壊してしまうか?」
「駄目よ」ガーネットが即座に否定する。「封印が弱まっている状態で無理に破壊すれば、かえって中の存在を刺激してしまう……それこそ、完全に目覚めさせることになるわ」
「じゃあ、封印を修復するしかないのか?」アルフレッドが尋ねる。
「それが一番安全な方法ね」クリスティーナが頷く。「ただし、問題は……」
その時、ズズズ……と地響きが鳴り響き、遺跡全体が震えた。
「……おそらく、そう簡単には封印を修復させてくれないようだな」リオネルが苦笑した。
祭壇の奥、影のような存在がゆっくりと動き出す。黒い霧が渦巻き、まるで意思を持つかのようにうねる。そして、その中から、一対の赤い目が鋭く光を放った。
「くそっ、もう動き出したのか!」ストームが剣を構える。
「……来る!」アルフレッドが叫んだ瞬間、黒い霧の中から巨大な腕が飛び出し、一行に襲いかかった――!。
アルフレッドはとっさに剣を振るい、闇の腕を弾いた。しかし、その衝撃は重く、彼は後方に弾き飛ばされた。
「ぐっ……!?」
「アルフレッド!」ガーネットが光の魔法を放ち、彼の身を守る。「回復するわ!」
「まずはあれの動きを封じる!」クリスティーナが炎の呪文を詠唱し、巨大な火球を敵に向かって放つ。
ドォン!
火球が直撃し、闇の霧が一瞬だけ晴れた。しかし、その中から現れたのは、異形の怪物だった。巨大な影の身体に、いくつもの腕と触手が生え、赤い目が無数に光っている。その存在自体が異様な魔力を放ち、周囲の空間を歪めていた。
「……これが“古き災厄”か」リオネルが低く呟く。「思った以上に手強そうだな」
「そんな悠長なこと言ってる場合かよ!」ストームが瞬時に間合いを詰め、怪物の腕に斬撃を叩き込む。
ザシュッ!
鋭い一撃が闇の身体を裂いたが、傷口はすぐに闇の霧となって修復される。
「っち、再生するのか!」
「そういうこと……なら、どうにかして本体を攻撃しないとね」クリスティーナが雷の呪文を構える。「アルフレッド、行ける?」
「……もちろん」アルフレッドが剣を握り直し、霊力を込める。「こいつを斬らなきゃ、前には進めない!」
彼は力を込め、剣に聖なる光を宿らせる。
「リオネル、サポート頼む!」
「任せろ!」リオネルが風の精霊を召喚し、アルフレッドの体を風の魔法で包む。「これで速度を上げた!」
「……行くぞ!」アルフレッドが地を蹴り、怪物の中心へと突撃した――!
アルフレッドの聖なる斬撃が怪物の身体を貫き、怪物が苦痛に満ちた咆哮を上げる。その瞬間、黒い霧が一瞬だけ後退し、本体が露わになった。
「今よ! 一気に叩き込む!」クリスティーナが雷の槍を作り出し、全力で投擲する。
バリバリバリッ!!
雷が怪物の身体に直撃し、その動きが鈍る。
「終わらせる……!」ストームが猛然と駆け出し、ガーネットの光の加護を受けながら、一撃を叩き込んだ。
「これで……!」
しかし――
ズズン……!!
遺跡全体が大きく揺れ、突如として巨大な魔力の波動が爆発する。怪物が最後の抵抗とばかりに力を解放し、辺りが黒い闇に包まれた――!
「まずい……!」リオネルが叫ぶ。「これ以上は危険だ!」
「退くわよ!」クリスティーナが指示を出す。
アルフレッドたちは、闇に飲み込まれる前に素早く距離を取った。
「……これで終わり、じゃないみたいね」ガーネットが息を整えながら言う。
怪物はまだ、完全には倒れていなかった。
「第二ラウンド、ってことか」アルフレッドが剣を構え直し、鋭く前を見据える。
「やるしかないな」ストームが刀を振るい、戦闘態勢を整えた。
こうして、戦いの幕は再び開かれる――。
闇が辺りを覆い尽くし、視界が一瞬にして失われた。アルフレッドたちはその圧倒的な力に一瞬足を止めたが、すぐに冷静さを取り戻す。だが、その霧の中から響くのは、息を呑むような、途方もない咆哮だった。
「くっ、また来るぞ!」ストームが剣を握りしめ、身構えた。
その瞬間、黒い霧がうねり、渦を巻きながら異様な形を作り上げる。霧の中から現れたのは、巨大な手足を持つ、さらなる異形の姿。目が一対だけでなく、無数の赤い瞳が一気に開き、視界を全て埋め尽くした。
「今度こそ――!」
怪物の口から放たれたのは、黒い雷鳴ともいえる、巨大な魔力波だった。
「避けろ!」アルフレッドが叫ぶと同時に、全員が反応した。
リオネルが風の精霊を急いで召喚し、その風の力で素早く回避の体勢を取らせる。だが、その黒い雷波はただの魔法攻撃ではない。目に見えない衝撃波が空気を震わせ、身体に直接影響を及ぼす。
「ぐっ……!」ガーネットが必死に神聖な光で防御を固めるも、波動の力に押し戻され、膝をついてしまった。
「みんな、大丈夫か!?」アルフレッドが後ろを振り返ると、クリスティーナが震えながらも立ち上がり、すぐに魔法で反撃の準備をしていた。
「何とか……でも、このままじゃ持たないわ!」クリスティーナが言い放つ。「この魔力、かなり強力よ! 対抗するためには、もっと集中しないと!」
「くっ、どうにかしないと……!」ストームが舌打ちし、刀を構えた。
その時、黒い霧の中から無数の触手のようなものが伸び、アルフレッドの足元を捉えた。触手が一瞬で彼を引き寄せ、身体を絡め取ろうとする。
「アルフレッド!」ガーネットが叫び、光の手を伸ばして彼を守ろうとしたが、間に合わない。
「ちっ、こんなところで終わるかよ!」アルフレッドは一度深呼吸し、剣に全ての力を込めた。「聖剣の力を――!」
彼が剣を高く掲げると、剣の刃から聖なる光が放たれ、その触手を引き裂いていく。しかし、それも一時的なものに過ぎなかった。怪物はすぐに新たな触手を伸ばし、再度アルフレッドを捕らえようとした。
「これじゃ、永遠に戦っても終わらない!」ストームが叫ぶ。「どうにかして、こいつの本体を狙わないと!」
「本体?」リオネルがふと何かに気づいたように言った。「そうだ、こいつの本体、あの黒い霧の中心にある!」
「それを狙うしかない!」クリスティーナが言い、再び雷の魔法を練り直し始めた。「でも、あれに触れるのは危険すぎる! 一気に叩かないと!」
その言葉を合図に、全員は一斉に行動を開始する。アルフレッドが剣を握り直し、ストームがその隙間を縫って進み、リオネルが風の精霊を駆使して風を操りながら障害物を排除する。ガーネットもその背後から、聖なる光で道を切り開こうとした。
「行け!」アルフレッドが叫び、全員が突撃した。
怪物は、その大きな目をぎらりと光らせ、全身から再び魔力を放出した。黒い霧の中から、無数の触手が一斉にアルフレッドたちに向かって襲いかかる。
「避けろ!」ストームが斬撃で触手を弾く。しかし、その度に新たな触手が現れ、進行を妨げる。
「くそ、やらせるか!」アルフレッドが前に進み、聖剣で次々と触手を切り裂く。だが、力強さとともにどんどん増殖し、間を縫うようにして前進が難しくなった。
「やっぱり、無理か――!」クリスティーナが不安そうに言ったその時、リオネルが大きく叫んだ。
「――いける! 本体、今だ!」
リオネルは風の精霊を操り、アルフレッドの剣に加速度を与える。アルフレッドはその瞬間を逃さず、力を込めた一撃を放つ。
バシュン!
剣が闇の霧の中心に突き刺さり、反応があった。黒い霧が一瞬揺らぎ、爆発的な魔力が周囲を吹き飛ばした。
「――今だ!」ストームが再度猛然と剣を振り下ろし、奇跡的に中心部を狙いすました。
ズドン!
霧が一気に膨れ上がり、魔力が炸裂した。その衝撃で、あたりの空間が歪み、闇が晴れた。
やがて、闇の霧は静まる。そして、奇怪な怪物の姿も消え去った。アルフレッドたちはその場に立ち尽くし、息をついた。
「これで……終わったのか?」ストームが息を整えながら呟いた。
「たぶん」クリスティーナが目を閉じて、魔力を収束させる。「封印は完全に破られていないから、今度は安定するはず」
「でも、完全に封じられたわけではない」リオネルが警戒を解かずに周囲を見渡した。「あの霧は、またいつでも復活する可能性がある」
「いずれ、再び封印を強化しなければならない」ガーネットが言う。「でも、ひとまず危機は去ったわ」
アルフレッドは剣を収め、ゆっくりと息を吐いた。「ふう、なんとか……か。だが、次はどうする?」
「次のために、また歩き出さないと」ストームが静かに笑いながら言った。
「ああ」アルフレッドが頷き、他の仲間を見回す。
「この冒険、また次に繋がるだろうな」
怪物の姿が消え去り、周囲の空間が静寂に包まれた。黒い霧の震えが止まり、重く閉ざされた空気が解放された。しかし、まだ完全に安心できるわけではない。リオネルがじっと遺跡の奥深くに目を凝らし、慎重に言葉を選んだ。
「完全に消し去ったわけではない。あの霧が復活する前に、封印を強化しておかないと」
アルフレッドが剣を収めてから、グッと力を入れてうなずいた。「どうすればいい?」
「封印の鍵は、この遺跡の深層にあるはずだ」クリスティーナが言うと、目を細めて言葉を続けた。「おそらく、霧を封じていた魔法陣やシンボルがどこかに残っている。これを強化すれば、再び怪物が復活することはない」
ガーネットが慎重に周囲を見渡し、神聖な光を灯しながら道を照らした。「私がここで聖なる力を注ぐから、クリスティーナが魔法で魔力の流れを調整して、リオネルが精霊の力で支援して」
リオネルがすぐに手を広げ、風の精霊を呼び寄せて風を操った。次々と舞い上がる精霊の力で、遺跡の空間に張り巡らされた魔力の結界がさらに強固になるのを感じる。
「みんな、準備はできたか?」アルフレッドが他の仲間を見回した。
「準備万端だ」ストームが剣を鞘に収め、落ち着いた表情で言った。「早く済ませて、次に進もう」
「それなら、始めるわ」クリスティーナが手を前に差し出し、魔力を集め始めた。その手のひらからは紫の光が浮かび上がり、遺跡の石壁に沿って流れ始めた。
「この場所、魔力が強すぎる」リオネルが精霊たちに指示を出しながら言う。「だけど、これが最後の突破口だ」
ガーネットが大きく深呼吸し、聖なる光をさらに強めた。「私の力で、この魔法を導くわ」
全員が協力して力を合わせ、少しずつ封印を強化していく。徐々に、遺跡の隅々に薄く浮かび上がっていた魔法陣のシンボルが輝きを増し、深い呪文の力が流れ込んでいった。
「これで……大丈夫だろう」クリスティーナが小さく息をついた。「これ以上、封印を強化するためには時間がかかるけれど、今はこれで完全に守れる」
「良かった」ガーネットが満足そうに微笑んだ。「これでしばらくは安心だわ」
リオネルが周囲を見回し、ゆっくりと答えた。「それでも、油断はできない。これが終わったら、さらに慎重にこの場所を監視する必要がある」
「だが、ここでの任務は終わった」アルフレッドが腕を組んでうなずきながら言う。「次の仕事に向かおう」
封印を強化した後、アルフレッドたちは遺跡の内部に再び足を踏み入れた。今度は、戦闘の影響もあって、少し落ち着いて探索ができるだろうという判断だ。
遺跡の中は、古びた石の壁と歪んだ柱が並ぶ暗い空間が広がっている。何百年も時間が経過したのだろう、壁に刻まれた文字や絵画は半ば消えかかっているが、それでもその一部は依然として神秘的な雰囲気を醸し出していた。
「この遺跡、まるで時間の流れを止めたみたいだな」ストームが感心したように言う。
「それだけ強力な魔力が宿っていたということだ」クリスティーナが遺跡の壁をじっと見つめながら言う。「まるで、ここに封印された魔物のように」
「封印された魔物? それは、まさかあの怪物のことか?」アルフレッドが注意深く周囲を見渡す。
「おそらく、でもその前に――この遺跡の奥に何か重要なものがあるかもしれない」リオネルが足を進めながら言った。「我々の任務は封印を強化することだったが、遺跡自体にはまだ多くの秘密が眠っているかもしれない」
その言葉を合図に、パーティは慎重に遺跡の奥へと進んだ。壁に刻まれた古代の文字を読み解きながら、何か手掛かりを見つけようとしていると、途中でひとつの扉にたどり着いた。
「この扉、古代の封印が施されている……」クリスティーナが手を伸ばし、扉の表面に刻まれた魔法陣を調べる。「これを解除しなければ、先には進めない」
「じゃあ、解除しよう」ストームが剣を構え直し、すぐに防御姿勢を取った。「何か危険なものが出てきてもおかしくない」
「待て」アルフレッドがストームを制止する。「慎重に行こう。封印を解除するには時間がかかるかもしれない」
その時、リオネルが静かに言った。「この扉の奥に、恐らく『古き災厄』に関する何かが隠されている。だがそれを知るには、この扉を開けなければならない」
全員が頷き、しばらくは静かな空気が流れた。
「それなら、準備をしてから開ける」アルフレッドが言う。「遺跡の中には、まだ予期せぬ危険が待ち構えているかもしれないからな」
全員が再度気を引き締め、準備を整えてから、扉の封印解除を始める。
「さあ、行こう」
扉の前に立つと、ひんやりとした空気が流れ、まるで何世代にもわたる時間が閉じ込められているかのような重々しい沈黙が包み込んでいた。クリスティーナが慎重に手を伸ばし、扉に刻まれた魔法陣を調べながら、呪文を唱え始めた。
「この封印はかなり強力だ……」「数百年分の魔力が込められている」クリスティーナが呟くと、彼女の手のひらから淡い光が放たれ、魔法陣の紋様が微かに光りだした。その瞬間、周囲の空気がひときわ重くなり、静かに蠢くような振動が足元から伝わってきた。
「慎重に」アルフレッドが目を凝らし、周囲の異常を感じ取って警戒しながら言う。「何か起きたらすぐに反応しろ」
その言葉が終わると、突然、扉の表面にひびが走り、薄く光った魔法陣が揺れ動き始めた。クリスティーナは顔色を変え、呪文を早めに続ける。
「しまった、時間がない! 封印が壊れかけている!」
「急げ!」アルフレッドが剣を抜き、周囲を警戒する。「何か出てきてもおかしくないぞ!」
その瞬間、扉のひび割れから黒い煙が立ち上り、濃密な魔力が膨れ上がっていった。煙は一気に扉を突き破り、遺跡内に充満した。その中から、無数の小さな目が輝き、漠然とした影が動き始めた。
「新たな異形か?」ストームが冷徹な視線を送りながら言う。
「違う!」リオネルが急いで精霊の力を呼び寄せる。「これはただの影ではない……魔物の巣のようだ!」
煙から現れたのは、今まで戦ってきた怪物とは一線を画す存在だった。体が不定形で、伸縮する触手のような部分があり、無数の黒い目がその体中にびっしりとついている。それらは、見る者すべてを貪るようにじっと見つめていた。
「くそ、また化け物か!」ストームが腰の剣を握り直す。「だが今度は違う。気をつけろ!」
クリスティーナが素早く言葉を発し、力を込めて呪文を唱える。「火の精霊よ、私の力を借りて!」
彼女の周囲に炎の精霊が現れ、火花を散らしながら魔物に向かって突進する。しかし、異形の魔物はそれをものともせず、触手を伸ばして炎をかき消してしまった。
「強力な魔力だ……これは簡単には倒せそうにない」リオネルが額に汗を滲ませながら言う。
そのとき、魔物の触手が一気にリオネルに向かって伸び、風を切る音と共に飛び掛かってきた。彼は素早く身をかわし、精霊の力を使って風を操り、触手を切り裂く。しかし、魔物は再びその触手を復元させ、反撃を開始する。
「こいつの再生力、半端じゃないな!」ストームが声を荒げて叫ぶ。「どうやって倒すんだ!」
その時、ガーネットが祈りを捧げるように両手を広げた。「聖なる力よ、私に力を与えたまえ!」
彼女の周囲に光が集まり、聖なる光の波動が魔物を包み込む。光の刃が魔物の触手を切り裂き、傷つけた。しかし、魔物はそれでもなお反撃を続けている。
「やるしかない!」アルフレッドが一歩踏み込み、魔物の正面に立った。「ストーム、ガーネット!俺と一緒に行くぞ!」
ストームがうなずき、ガーネットもその光を信じ、再び祈りを捧げる。アルフレッドは前に進みながら剣を構え、魔物に向かって突進する。その剣は、強烈な一撃を放つと同時に、魔物の体を深く切り裂いた。
「今だ!」ストームが叫び、すぐさま彼も剣を振り下ろす。炎の精霊を呼び出し、魔物の触手を燃やし尽くしながら攻撃を繰り返す。
「クリスティーナ、リオネル、支援を!」アルフレッドが声を上げる。
クリスティーナが呪文を発動し、闇の力を引き寄せて魔物を捕える。リオネルは風の精霊を使って周囲の風を一層強め、魔物の動きを封じ込める。
だが、魔物の怒りは収まらず、その体が不規則に膨張し、猛然と反撃に出る。地面が揺れ、周囲の岩が崩れ始める。
「うわっ!」アルフレッドが身をかわしながら言う。「まずい、これじゃ支えきれない!」
そのとき、ガーネットが深く息を吸い込み、聖なる力を全身に集めた。「これで決めるわ!」
彼女の体から光が放たれ、聖なるエネルギーが爆発的に広がり、魔物の触手を一気に焼き尽くす。その光に触れた魔物は、最後の力を振り絞って叫び声を上げながら、ゆっくりと崩れ去っていった。
その場には、魔物の痕跡だけが残り、しばらくは静寂が支配した。
「ようやく倒したか」アルフレッドが息をつきながら言う。「だが、この遺跡にはまだ謎が残っている」
「ええ」クリスティーナが冷静に答えた。「だが少なくとも、あの怪物はもう出てこない」
「さて、次に進もう」リオネルが前を見据えて言った。「遺跡の奥にはまだ何かがある。封印をさらに強化して、真実を明らかにしなければ」
魔物の残骸が消え、遺跡内の静寂が戻った。だがその空気は重く、まだ何かが潜んでいるような不安を感じさせた。アルフレッドは剣を構え、周囲を警戒しながら歩みを進める。
「まずは封印を完全に強化する必要がある」クリスティーナが深呼吸をし、魔力を集中させながら言う。「この遺跡には、どうやら更に強力な魔力が封じ込められているみたいだ」
「その通り」リオネルがうなずきながら、周囲の精霊に感覚を向けた。「封印が完全に解除されたわけじゃない。ただ、あの魔物が一時的に解き放たれたに過ぎない」
ガーネットが神聖な光を手のひらに集め、そのエネルギーを遺跡の壁に向けて注いだ。聖なる力が壁に触れると、微かに振動が伝わり、周囲の空気が変わるのを感じた。
「これで封印の強化が進んだわ」ガーネットが顔を上げて、少し安心した表情を見せる。「少なくとも、この場所に魔物を戻すことはできなくなった」
「よし、これで次に進むか」アルフレッドが目を鋭くして言った。「だが、遺跡の奥にはまだ何かが隠されている気がする」
一行は慎重に奥へ進んでいく。遺跡の内部は徐々に暗くなり、石の壁に浮かぶ古代の文字が見え隠れしている。壁には、精緻な魔法陣や古代の図像が刻まれており、その一つ一つが物語を語っているかのようだった。
「これらの図像……」クリスティーナが立ち止まり、壁の文字を読み解こうとした。「おそらく、これらがこの遺跡の本当の目的に関わるものだ」
「古代の災厄に関するものか?」ストームが、壁の文字を興味深く見つめながら言う。「もしそうだとしたら、かなり危険な代物だな」
「間違いない」クリスティーナが頷く。「これらの魔法は、恐らく最初の封印の魔力に関わっている。私たちが触れてはいけないものを触れてしまった可能性がある」
そのとき、リオネルが突然立ち止まり、目を鋭くした。「待て。何かいる」
その声に反応して、皆が周囲に目を向けた。静まり返った遺跡の中で、異常を感じるわずかな音が聞こえてくる。まるで地下から響くような低いうねりが、足元から伝わってくる。
「下か?」アルフレッドが剣を構え、床に耳を当てて言う。
「そうだ」リオネルが精霊の力を使ってさらに深く探る。「地下に広がる何かが、まだ動いている」
その瞬間、床の一部が揺れ、亀裂が走った。次の瞬間、床の下から黒い触手が突き出してきた。驚いた一行が反応する間もなく、触手が一気に広がり、迫ってきた。
「またか!」ストームが剣を振るい、触手を斬り落とすが、次々と新たな触手が生えてきた。「何だ、このしつこさは!」
「ここが拠点か……」アルフレッドが冷静に周囲を見渡しながら言う。「こいつらが遺跡に隠れていたんだ」
その時、床の中央から、巨大な影が姿を現した。黒い煙をまとい、形を保てないような不定形の魔物が、触手を振り回して一行に襲いかかってきた。
「クリスティーナ!」アルフレッドが叫んだ。「火を使うな、こいつらの触手は炎を吸い込む!」
「分かってる」クリスティーナは素早く手を振り、火を消し去りながら「風の精霊、来て!」と呼びかけた。風の精霊が現れ、魔物に向けて強風を起こす。しかし、魔物はそれに耐え、無数の触手で風をかき消していった。
「今度は、聖なる光を!」ガーネットが力強く祈りを捧げ、聖なる力を放った。光が魔物に直撃し、その体を焼き尽くそうとするが、魔物はそれをものともせず、じわじわと回復していく。
「くそ……」ストームが険しい表情で言う。「こいつ、何かの魔物の化身だ。力を吸収している!」
「でも、どうにかしないと!」リオネルが叫んだ。「こいつの再生能力を止めなければ、無限に湧いてきてしまう!」
その瞬間、アルフレッドが剣を構え直し、一気に魔物に突進した。「行くぞ!」彼の剣から放たれる魔力が一気に放出され、魔物の触手を切り裂きながら進んでいく。
ストームも続き、剣を振るって魔物の頭部に一撃を加える。ガーネットは聖なる力を集めて魔物の中心を狙い、クリスティーナは魔法で風を使い、魔物の動きを封じる。
リオネルが精霊の力を解き放ち、風の精霊が魔物の動きを速さと力で制圧する。その瞬間、アルフレッドが最も強力な一撃を魔物の中央に打ち込んだ。
魔物の体が一気に崩れ、粉々に砕け散った。最後の断末魔を上げ、遺跡の床にその残骸が散らばる。
「ようやく……終わったか」アルフレッドが剣を収め、肩で息をしながら言う。
「だが、あの魔物は明らかにただの前触れに過ぎない」クリスティーナが警戒の色を浮かべて言う。「ここにはまだ、他に隠されているものがある」
「それでも…少なくともこれで一つの問題は片付いた」ガーネットが息をつきながら言った。「次は、真実を解き明かしに行くわよ」
魔物の残骸が消え、遺跡は再び静寂に包まれた。しかし、その静けさの中に潜む不安は、むしろ深まったように感じられた。魔物の討伐は一つの区切りに過ぎず、アルフレッドたちが感じるべきは安堵よりもさらなる警戒だった。
「この遺跡、単なる封印の場所じゃないな」ストームが剣を肩に担ぎながら言う。「もっと大きな力が眠ってる気がする」
「その通りね」クリスティーナが周囲を見回しながら言った。「この魔物はあくまで封印を試みる力の一端に過ぎない。もっと深い場所に、恐ろしいものが隠されている可能性が高い」
「どうしてそう思う?」アルフレッドが尋ねた。
「封印が途中で解けたことで、魔力の流れが変わった。これまで隠れていた力が、目覚める準備をしている……そう感じるのよ」クリスティーナは真剣な表情で答える。
リオネルはすでに空間の精霊たちに意識を向けている。「周囲の気配が……確かに、何かが変わってきている。上か下か、それともどちらの方向に進むべきか」
ガーネットが不安そうに顔をしかめながらも前を見つめる。「私たちの進むべき道は、やっぱり奥の方だよね?」
「そうだな」アルフレッドが頷き、遺跡の奥に向かって一歩踏み出す。「前に進むしかない」
一行は再び進み始め、今度は慎重に進む。壁に刻まれた古代の文字や模様を注意深く確認しながら、奥へ進んでいく。道の先に、異様な光がちらつき始めた。
「この光、何だろう?」ストームが警戒しながら言った。
「おそらく……」クリスティーナが立ち止まり、魔力を探る。「何かを起動させる装置か、封印が再度強化される場所かもしれない」
「気をつけろ」アルフレッドが剣を抜き、周囲に警戒を向けた。「何かを起こす前に、しっかり準備しよう」
その時、突然、床の一部が大きく開き、深い地下の空間が現れた。光がその下から漏れ、何か巨大な存在が眠っているような気配を感じさせる。
「これか……」リオネルがつぶやきながら、足を止める。「封印されたのは、やはり巨大な存在だったんだ」
「気をつけろ、みんな!」アルフレッドが指示を出すと同時に、地下から闇の中で異様な影が動き出した。隠れていたその影が、ゆっくりと姿を現し、巨大な魔物がその全貌を現した。
その魔物は人型の骨格を持ちながらも、その身体は裂け目が無数にあり、触手や翼、そして頭部は異形の形をしていた。目は炎のように輝き、呼吸とともに空気が震える。まるで生きた死体のように、不気味なオーラを放っている。
「これは……なんだ?」ガーネットが驚きの声を上げる。
「名前もない……いや、あえて言うなら『災厄』だ」クリスティーナが冷徹に言った。「この魔物が、あの封印の中で眠っていたものだ。おそらく、古の災厄の神話に出てくる存在」
「こいつが災厄そのものだと?」ストームが目を見開きながら言う。「でも、どうしてこんなものが封印されていたんだ?」
「それは後で考えることだ」アルフレッドが剣を構えながら言った。「今はこいつをどうにかしないと、全てが終わってしまう」
魔物が口を開け、深い闇のような声を放った。「破壊……終焉を、迎えるがよい」
その言葉とともに、魔物は足元から激しい風を巻き起こし、周囲の空気が一気に膨れ上がった。遺跡内の壁が震え、天井からは瓦礫が崩れ落ち始める。
「くそ、力が強すぎる!」ストームが叫びながら、剣を振るって防御するが、その力には到底敵わない。「こいつ、何でこんなに強い!」
「力だけではない」クリスティーナが魔法陣を展開しながら言う。「この魔物はただの力の塊じゃない、魔法そのものを操っている。封印を解いたことで、あらゆる魔法が反応してるんだ!」
リオネルが精霊の力を使い、風の精霊を呼び起こして魔物に立ち向かうが、魔物はその風を一掃するように腕を振るった。
「このままでは持ちこたえられない!」ガーネットが急いで魔法を使い、仲間を回復させようとするが、その力はすぐに魔物に吸い込まれてしまう。
「やるしかない」アルフレッドが怒りの表情で言いながら、魔物に突進した。「みんな、俺に続け!」
その瞬間、アルフレッドの剣から溢れ出した魔力が光となり、魔物に向かって突き進んでいった。次々と仲間たちも加勢し、魔物との壮絶な戦闘が再び始まった。
「これで……終わらせる!」
アルフレッドの剣が魔物に向かって放たれ、鋭い閃光がその闇に突き刺さる。魔物は激しくうなり、周囲の空気を震わせながら身をひねるが、その力強さはアルフレッドの攻撃を完全には無効にできない。だが、魔物はその傷一つで怯むことなく、逆にその力を増していくように見える。
「くっ……こいつ、まだ終わらない!」アルフレッドが息を切らしながら剣を構え直す。
その時、クリスティーナが一歩前に出て、手のひらを広げた。「みんな、今だ! 最大の魔法を放つ! 協力して!」
「了解!」ストームが叫び、剣を力強く振り上げて魔物に再度斬りかかる。
リオネルも精霊の力を引き出し、風の精霊を束ねて魔物に向けて強烈な竜巻を放つ。「風よ、力を結集せよ!」
その風の精霊の攻撃が魔物の周囲を包み込むと、魔物の体が一瞬吹き飛ばされる。しかし、魔物はその中から再び現れ、今度は巨大な腕を振り回しながら反撃の兆しを見せた。
「危ない!」ガーネットが叫びながら、身を挺してアルフレッドを守ろうとした。
その瞬間、クリスティーナが手のひらを強く押し出すと、空間に一筋の光が現れ、魔物に向かって集中的に放たれた。「『無限の光』!」
その光が魔物に直撃し、魔物の全身が一瞬で焼け焦げる。だが、魔物の体は溶けることなく、むしろその力を増すかのように、さらに巨大化し、目を覆うほどの闇の霧を発し始めた。
「やはりこいつは……ただの魔物じゃない!」クリスティーナが叫んだ。「力が増大している! 封印されていた理由がわかる!」
「だったら、このまま倒せるのか?」ストームが息を荒げながら言う。「こいつの力がどんどん増してきてるぞ!」
「これ以上戦っても……」アルフレッドが剣をしっかりと握りしめ、険しい顔をして言った。「封印を強化しなきゃならない。今すぐに!」
その瞬間、リオネルが周囲の精霊たちを集めて強い風を巻き起こし、その中で一歩前に進みながら言った。「私が封印の場所を探る。みんなはこいつの動きを止める時間を稼いでくれ!」
「任せた!」アルフレッドが剣を構え、魔物に向かって突進する。その攻撃をもろともせず、魔物は両腕を振り上げ、破壊の波を放つ。ストームもその波をかわしながら剣を振り回し、ガーネットは回復の魔法で仲間をサポートする。
一方、リオネルは精霊たちの力を引き出し、魔物の動きに合わせて遺跡の中の魔力を調べ続ける。彼の目が一瞬光り、ついにその源を見つけ出した。
「ここだ!」リオネルが叫ぶ。「封印の鍵は……ここの魔力の流れだ! みんな、全力で止めろ!」
アルフレッドは再び魔物に突進し、剣を振るう。その攻撃が魔物の腹部に命中し、一瞬だけ魔物がよろけた。その隙に、クリスティーナが空間魔法を使い、魔力の結界を作り上げる。
「これで!」リオネルの声が響いた。その瞬間、空間にひときわ強烈な光が現れ、遺跡の壁が激しく震える。魔物の体がひとしきりうねり、暴れ回りながら、ついにその力を封じる光が遺跡全体に広がっていった。
「封印を強化した!」アルフレッドが息を整えながら言う。「これで……こいつは再び眠りにつくはずだ」
だが、魔物は最後の抵抗を見せるかのように、深い咆哮を上げ、空気が震える。だが、無情にも光がその体を取り囲み、ゆっくりと消えていく。
「終わったか?」ストームが言う。
「うん……今度こそ」クリスティーナが慎重に言う。
そして、遺跡の中に静けさが戻る。魔物の気配は完全に消え、封印が再び強固なものとなった。
「これで安心でしょうか?」ガーネットが不安そうに尋ねる。
「しばらくは大丈夫だ」アルフレッドが答える。「だが、封印の力が強化されたことで、我々が知る以上の危険がまだ眠っているかもしれない。それを調べることが次の仕事になるだろう」
リオネルが遺跡の奥を見つめながら言う。「その通りだ。この遺跡の奥には、まだ知られていない秘密が眠っている…そしてそれが、我々の次の試練となるだろう」
一行は遺跡の出口に向かいながら、これからの冒険に備えるのだった。
アルフレッドと一行は、ナブレヴェル王国王族評議会のもとに向かうことに決めた。遺跡での成果を報告し、また、新たに発見された「古代の災厄」についての知識を伝える必要があった。
ナブレヴェルの王族評議会は、広大な砂漠の真ん中にある王宮の中に位置しており、そこに至るまでの道は人々で賑わっているものの、依然として砂漠の過酷な環境が広がっていた。獣人族の兵士たちが門番を務め、王宮の周囲には強固な石壁が囲っていた。
「ここが王族評議会の宮殿か」ストームが、砂漠の風を感じながら言った。「壮大だな」
「見た目は荒涼としているが、内情はまた別だ」リオネルが冷静に答えた。
「私たちがここに来るのも、これで二度目ですね」ガーネットが微笑んだ。「でも、王族評議会に会うのは初めてだから、少し緊張する」
一行は宮殿の入り口を通過し、王族評議会の議場へと向かって進んだ。中には高貴な獣人たちが並んでおり、議論を交わしている様子が見て取れる。王族評議会のメンバーたちは、ナブレヴェルの未来を決定づける重要な役割を担っており、その意思決定に影響を与える者たちだ。
やがて、議場の中心に座しているのは、ナブレヴェル王国の王族評議会の長であり、王国の実質的なリーダー、アルガス=ロワールだ。彼は優雅な姿勢で座り、鋭い目を持つ獣人族の中でも非常に威厳を持つ存在として知られている。
「アルフレッド、クリスティーナ、リオネル、ストーム、ガーネット」アルガスは声をかけると、ゆっくりと立ち上がり、その視線を一行に向けた。「お前たちの奮闘、我が国はすでに伝え聞いている」
「ありがとうございます」アルフレッドが頭を下げる。
「ただし、報告は直接、我々にしっかりと伝えてもらわねばならん」アルガスの言葉には、厳しさと同時に深い信頼のようなものが感じられた。
一行は、遺跡の封印強化と、古代の災厄に関する発見について順を追って説明し始めた。特に、封印強化が無事に成し遂げられたこと、しかしその裏にはまだ謎が残されていることを強調した。
「その古代の力が、いつか再び解放される危険を孕んでいる。私たちの知識では、完全に封印を施したわけではない」クリスティーナが深刻そうに語った。「その封印は今後も監視を続けるべきです」
「なるほど」アルガスはその話を静かに聞いていたが、やがて厳かに頷いた。「その話、予想していた通りだ。我が国にとって、ナブレヴェルの未来を守るためには、慎重を期さねばならん」
「それにしても、この古代の災厄が解放される危険性を示唆する者がいるというのは……」ガーネットが少し顔を曇らせながら続けた。「今後の動向を見守るしかないのは確かですが、もしそれが現実になれば、我々だけでは到底太刀打ちできません」
アルガスはしばらく黙った後、深く考え込むように視線を落とした。「確かに、我々の力だけでは不安だ。しかし、今後の対応策を練るために、我々も全力で準備を進めなければならない。お前たちのような冒険者の協力が必要不可欠だ」
「私たちは協力を惜しまない」アルフレッドが力強く言った。「今後の情報を共有し、必要ならば再度調査を行い、封印を完全に強化する準備を進めます」
「よろしい」アルガスは頷き、その後、議場の他のメンバーに向かって話し始めた。「これからの動きについて、我々の対策を始める。引き続き協力してくれ、冒険者たちよ」
その後、王族評議会のメンバーと共に、古代の災厄に関するさらなる対策が議論された。ナブレヴェルの王国として、再発防止に向けた動きが本格化し、冒険者たちにも新たな役目が求められることとなった。
一行は報告を終え、王宮を後にする。途中、外の風景が彼らを迎えたが、その心中には新たな決意が宿っていた。次なる冒険に向けて、心を一つにし、再び進む準備を整えなければならなかった。
「さあ、次はどこに行こうか」アルフレッドが微笑みながら言った。
「今はただ、休むべきだと思う」クリスティーナが応じると、リオネルが頷いた。
「でも、次の動きが気になるな」ストームが少し厳しい表情で続けた。「封印が完全に強化されていないなら、どこかでまた何かが起こるはずだ」
一行はそれぞれに心を決め、新たな冒険へと踏み出す準備をしていた。それがどんなものになるのか、誰もが知る由もなかったが、確かなことは一つ、彼らの冒険はまだ終わりを迎えていないということだった。