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メロンフラペチーノ

 私達は、買い物籠に入れた生活雑貨の会計を終えると、いよいよスターバックスコーヒーに向かった。入口には、緑と白で描かれた女神の様なシンボルマークが佇んでいて、一目で小洒落た雰囲気が漂ってくる。とても私一人では入る勇気はないことが、その店構えから明らかだった。私達は、4〜5人ほどの行列に並ぶとメニューに目を通す。コーヒーだけでも色々なメニューがあって選ぶのも一苦労だ。その中でも一際大きく描かれていたのが、優理(ユリ)が言っていたメロンフラペチーノで、淡い橙と緑の上に乗った白いホイップクリームのコントラストが芳醇なメロンの風味を想像させる。確かに一度は飲んで見たいと思わせる様な見栄えだった。優理は既にメロンフラペチーノで決まっている様子で、私は他にもマンゴーパッションティーフラペチーノや抹茶ティーラテなど気になるメニューもあったのだが、結局、新作につられてメロンフラペチーノにしてしまった。私と優理がメロンにしたことで、迷っていた結衣(ユイ)もメロンフラペチーノに流れ、結局3人とも同じメニューになった。ここでもお金の心配をしたのだが、結衣が「余ったお金で遊んできて良いって優仁(ユウジ)が言ってたから大丈夫。」との事で、これまで全て出してもらっている手前、申し訳ない気持ちがあるのは否めなかった。ただ、ほぼ空の財布しか持っていない自分としては、そんな気持ちを持ち合わせているからと言って、払える訳もなくどうしようもないのだが……。

 3人でドリンクを受け取るとソファ掛けの席に座る。何だか私も、世の女子中高生と同じ様に、放課後に友達と流行りのカフェに遊びに来ている様に思えて、浮足立っている自分がいた。これまで、その様な友人はいなかったし、もし仮にスターバックスコーヒーに来たとしても、お小遣いのほぼ無い私では飲めるメニューはたかが知れているだろう。

 早速、3人ともほぼ同時に、少し太めのストローに口をつけ一口目を啜る。底に溜まっていた橙色の赤果肉がまず先に口に飛び込んできて、まさにメロンという食感と甘味の想像通りの味わいが広がる。そして淡い緑色の部分も混ざり合うと、同じメロン味ではあるものの、青果肉をイメージしていると思われる少し変わった風味が加わり口内で味変が起こった。とても贅沢な飲み物だった。

「おいし〜ね」

 優理が、少し蕩けた様な表情でこちらを見つめてくる。

「うん、美味しい……。私、こんな贅沢な飲み物、飲んだことない。」

 私が言うと、左隣に座った結衣もゆっくりと頷き「今回の新作は当たりだね。また飲みに来よう。」とリピートも決まった様だった。暫く3人で静かに飲んでいると、優理がトイレに行ってくるとの事で席を外した。結衣と二人きりになり、ちょっとした沈黙が流れる。この雰囲気は、私はあまり得意ではない。結衣とは、これまでの道中で少し打ち解けられた気がしたが、間に優理が入ってくれていた事は否めなかった。こういう時、何かを話した方が良いのか、何を話すべきなのか、それとも沈黙のままが良いのか、頭の中がこんがらかってしまい沈黙が沈黙を呼び、結局なにも話す事ができない。そんな事を頭の中でグルグル考えていると結衣が「小華さん、「こもれび」は大丈夫そう?」と、それとなく投げかけてくれた。

「え……。あ、はい。優理さん、結衣さんも含めて、皆さんとても良い人で助かっています。」

「あはは、ありがと。それなら良かった……。もし嫌な思いさせちゃったらゴメンだけど、たぶん小華さんも色々と辛い目にあってきたんだろうなって、ちょっと思っちゃって……。さっきのユニクロでの服のこととか、スタバにも行ったことないって聴いて……。」

「はい……。……。」

 自分の境遇については、どれくらい話して良いのか、話すべきか分からず、頷くことしか出来ない。

「答えたくなかったら大丈夫なんだけど……。たぶん虐待とか……だったりする??」

 結衣の指摘は、まさに真相を突いていた。まるで心を見透かされた様な気さえした。一瞬、反応できずたじろいでしまう。

「え……。」

「私もね。実は両親から虐待されて「こもれび」に来たんだよ。小学生の時だから、5年くらい前だけど。だから小華さんを見てて、なんとなく……直感ってやつ?」

「あの……。その通りです。すみません、言い当てられて少しびっくりしてしまって。結衣さんも、なんですね……。」

「うん……。そうだよ。」

 結衣は、そう言うと表情が少し変わった。いつもは勝ち気な目つきが特徴的で、少し気が強そうな雰囲気をまとっている印象なのだが、その目が若干緩み、そこには憂いに満ちた優しい眼が私を見つめていた。

「これまで本当によく頑張ったね……。痛かったね……。辛かったね……。寂しかったね……。」

 そう言いながら左隣に座っている結衣は、手を伸ばし私の頭を2回、3回と撫でてくれる。結衣のその面持ちは、同じ辛さを知っているからこそ、見せる事ができるのかもしれない表情だった。

「いえ、でも……。そんなことは……。」

 それ以上の言葉は、嗚咽を我慢するのに精一杯で出てこなかった。こんな所で泣くつもりはなかったのだが、頭を撫でてくれるのも相まって、結衣の言葉が自分が思っている以上に心に突き刺さった。結衣は、これまでの惨めで憐れな私に共感し、認め、優しく触れてくれる。そう思うだけで、全くと言って良いほど涙と嗚咽が止まらなくなる。周りに人が沢山いるのに、目立ってしまわないだろうか。そうは思うものの、嗚咽が止まる気配は全くなく、我慢をすればするほど身体が強くしゃくり上がる。すると結衣が、「ごめんね、こんな泣かせるつもりじゃなかったんだ。ごめんね。」と言いながらハンカチをあてがってくれた。

私は、ただ嗚咽が収まるのを待つことしかできなかった。

 落ち着いてきた頃には、貸してくれたハンカチは私の鼻水と涙でグシャグシャだった。結衣は「私のせいなんだから大丈夫。気にしない。」と言ってくれたが、そのまま返すのは忍びないので、私が持って帰り洗濯後に返す事にした。

「ね、小華さんのこと、小華って呼び捨てで呼んでもいい?嫌じゃなければだけど。」

 しゃっくりも数分に一回くらいに落ち着いてきた頃、結衣がそれとなく聴いてきた。 

「はい、全然大丈夫ですよ。」

「やった。私の事も呼び捨てで構わないよ。呼びづらかったら、これまで通りでも大丈夫だけど。」

「そうですね……。一応、年上ですし、なんか「結衣さん」って感じが合ってる気がするので、このままで良いですか。」

「うん。全然いいよ。」

 そんな会話をしていると、ちょうど話のきりの良い所で、優理がトイレから戻ってきた。トイレを探すのに手間どって、時間がかかった様だった。優理は私の顔を見て、「どうしたの?なにかあったの!?大丈夫?」と驚いていたが、結衣が「何でもないよ。ね、小華。」と私を振り返るので、私も「はい」と少しいたずらな微笑を交えて返した。優理は、「結衣 (ねぇ)のハナちゃんの呼び方が呼び捨てになってる!絶対、何かあった!」と鋭い着眼点を見せたが、結衣と私は終始、笑ってごまかすのだった。

 洋服や生活用品を一通り買い揃え、メロンフラペチーノを飲み干した私達は帰途に着いた。結衣とは、スタバでの会話で一気に距離が縮んだ気がした。結衣も、私と同じ境遇で「こもれび」に来たこと、私を呼び捨てて呼んでくれること。特に私を呼び捨てで呼んでくれる友人なんてこれまで居なかったので、それだけでも嬉しかった。「こもれび」に到着し、玄関に上がると3人で「ただいま〜」と言う。すると「おかえりなさ〜い」と、みんなの声が返ってくる。時間は19時を少し過ぎた頃。「こもれび」には、私の帰りを待ってくれている人がいる。そう思っただけで、みぞおちの少し下あたりにギュッと何かに暖かく包まれる様な感触が芽生えた。それは、とても優しくて温もりがあって、これが幸せという感情なのかもしれなかった。もし私にも、父さん母さん、おじいちゃんやおばあちゃん、兄弟姉妹が居たら、これが日常だったのだろうか。でも今は、血は繋がっていなくとも、私の帰りを待ってくれている人がいると言うだけで、それだけで良かった。

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