髪の毛
「結衣 姉、帰りどこ寄ってく??」
夕闇の都内を3人で並んで歩いていると、左隣で優理が、私の腕に軽く自分の腕を絡ませながら、私の右隣にいる結衣に話し掛けた。相変わらず優理のパーソナルスペースは無いに等しく、この腕の組み方は良く恋人同士がやる奴ではないかと思ったが、優理はそんな事はお構いなしといった調子だ。
「そうね……。このあと雑貨も買いに行くようだし、軽くお茶でもして帰る?」
「イイね!賛成!ちょうどスタバの新しいやつ飲んでみたかったの!」
「スタバかぁ……。たしか、あそこに入ってたな。小華さんもスタバでいい?」
スターバックスコーヒーと聴かれて、そこで良いのか嫌なのか、すぐに判断ができなかった。世の女子中高生は、日頃からオシャレなカフェに通い詰めるのだろうが、私は行ったことがなかったからだ。
「はい……。でも初めて行くのですが大丈夫でしょうか?コーヒーとかあんまり飲まなくて……。」
「あぁ、なるほどね。それなら大丈夫。甘いメニューもいっぱいあるから。私もスタバでコーヒーは飲んだことないかも……。」
「そうなんですね。それなら私でも大丈夫そうです。」
「ハナちゃん、スタバ行ったことないの??それなら一緒に新作のんでみようよ!メロンの奴!このまえ出たばっかりなの!」
優理が、若干興奮気味で私に迫ってきて、左腕を掴む力も強くなる。
「メロン……。コーヒー屋さんなのに、果物の飲み物とかもあるの?」
「うん、意外となんでもあるよ。紅茶もあるし、抹茶とか、季節限定でイチゴとかブドウとかも!この前は桜のフラペチーノやってた!」
「なんかサラリーマンとかが良く通ってる、お堅いイメージがあったけど、意外とデザートみたいなのも多いんだね。」
「そうそう、だからハナちゃんでも全然のめるよ!」
そんな話をしているうちに、中規模ほどのショッピングモールに着いた。中にスターバックスコーヒーが入っているらしく、まずは生活用品を買い揃えてから行くことにした。と言っても、生活する上で基本的なものは「こもれび」に一通り揃っているので、必要な物はそれほど多くない。結衣によると、好みのシャンプーやトリートメントなどがあれば自由に買っても良いらしく、「こもれび」にも備え付けはあるのだが、そこは自分で好きなものを使いたいのだと言う。特に年頃の女の子は、こういったコスメへの拘りが強い事は想像に難くないのだが、私はと言うと家にあるものを使っていただけで自分で選択する権利などなかったので、陳列の中から何を選んで良いのかすら分からなかった。迷ってる私を見かねてか、「私の試しに使ってみれば?お風呂場にあるやつ」と結衣が持ちかけてくれた。
「いいんですか?」
「いいよ。どうせ「こもれび」のお金で買ってるやつだし。なんなら最近、優理も使ってるよ。」
「そうそう。おかげで髪がサラサラなの!触ってみて!」
優理が自分のサイドテールのしっぽの部分を手に取り、私にあてがってくれた。確かに触ってみると、サラサラで手触りが良く、少し甘い香りも漂ってきた。
「ほんとサラサラだね。それに良い匂い。」
「でしょ!香りもいいんだよね〜。でもハナちゃんには負けるなぁ……。ハナちゃんの黒髪、キレイだもん〜。」
「そうかなぁ。あんま自分で気にしたことない……。」
「確かに、小華さんの髪って凄く艶があってサラサラだよね〜。手入れとかしてるの?」
「いえ……。出かける前に櫛で整えるくらいでしょうか……。」
「そっか、羨ましい……。まぁ試しに私の使ってみて、気に入ってくれたらずっと使ってくれても良いし、他に興味がでたら、また買いに来ようよ。」
「ありがとうございます。ちょっと使わせてもらいますね。」
私は簡単にお礼を言いながら、少しだけペコリと頭を下げた。
その他に、特に結衣からアドバイスがあったのは生理用品だった。恐らく優仁も、こういった状況を見越して、結衣と優理にサポートをお願いしたのだろう。女子が日々の生活を送るにあたって、月のものは避けては通れないし、どうしても優仁の様な男性には相談しにくい。また人によって、使っているサイズやブランド、用品も変わってくる。「こもれび」で生活している女子として、結衣や優理は、処理の仕方や普段どの様に対応しているかなど、日々の環境も熟知していて、相談しやすいのは間違いなかった。私は、普段から使っている物から変わると不安があったので、いつもの用品を一通り買い揃えることにした。
その他には、タオルや歯ブラシ、櫛や爪切りなど個人で使用するものを一通り揃えた。特に櫛は、優理が選んでくれた物だ。優理は、気になる櫛があったらしく、手当たり次第にサンプル品を試してみては、私の髪も一緒にブラッシングしてくれた。その手捌きは、とても慣れていて「ほんとキレイだね〜」と呟きながら、2回、3回と櫛を入れていった。おかげで今の私の髪の毛は、いつも以上にサラサラで整っていて、結衣も私の髪を触りながら「いいな〜」とボヤいていた。そう言う割には結衣の黒髪も、それほど私と違いがあるようには思えなかった。クセのない綺麗な黒髪だと思うし、所謂ショートボブの髪型もとても似合ってる。色々と私の髪で試していた優理が、「この櫛が一番いいよ!おすすめ!めちゃサラサラになる!」と私に持ちかけてきた。それは持ち手の付いた木製で、ブラシの一本一本は細く先端が丸い形状になっている物だった。見た目からして普通の櫛と比べると少し値が張る商品だったが、「これくらい平気。買っちゃいなよ。」と結衣の勧めもあって買い物籠に入れてしまった。
優理が選んでくれた櫛は、もはやただの物ではなかった。きっと大切な宝物になるだろう。毎朝、髪を梳かす度にこの櫛を見ては、今日の出来事を思い出す。優理と結衣とお出掛けをした今日の思い出は、何十年先でも忘れない自信が私にはあった。