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春のコーディネート

 優理(ユリ)が「こもれび」に帰ってきた。さっきまでの落ち着きが、まるで嵐の前の静けさだった様に「こもれび」に風が吹き荒んだ。

「ハナちゃん!一緒にお買い物いこー!」

ランドセル姿の優理は、体当たりする勢いで私に迫ってきたかと思うと、懐に飛びついてきた。私はキッチンで、夕食の付け合わせのサラダ(今日はキャロットラペだった。)を田辺さんに教えてもらいながら作っていた所で、ほぼ完成していたものの、手で人参をギュッと絞り水気を取っていた最中だったので、ポリエチレン手袋を嵌めている手には人参の欠片と酢の香りが付いていて、優理に触れない様に両手を肩の高さくらいに上げる姿勢になった。後ろにいる他の小学生組は、やれやれといった調子でこちらを見つめている。すると琴音が、

「小華さん。優理お姉ちゃん、朝からずっと楽しみにしてたみたいなので、ほんと申し訳ないんですがお相手お願いしますね……。」と声を掛けてくれた。小学5年生とは思えない落ち着いた立ち振舞で、優理は小学6年生なので琴音より一つ学年が上なのだが、これではどっちが年上か分からなかった。

「えっと、琴音さん……でしたっけ。もともと私が生活に必要な物を買いに行く用事なので、これくらい大丈夫ですよ。」

夕方には、結衣、優理と一緒に、私が生活に必要な物を買いに行く予定だったのだ。

「それなら良いんですが……。朝の登校中から、ずっと放課後の話をしていたので、もうくどくて……。いつもの事なんですけどね……。」

優理は、「なによ〜、別に楽しみにしてたっていいでしょ〜」と言うと、不貞腐れた様な表情で琴音を見やる。

「優理お姉ちゃんは、いつも距離が近すぎるんです。あんまりベタベタしてると小華さんに嫌われちゃいますよ?」

「えっハナちゃんに嫌われちゃうの!?ハナちゃん、私のこと嫌い??」

じとっとした表情の琴音に言われた事が意外に刺さったらしく、優理は抱きついたまま、私の顔を見上げる形で見つめてきた。距離が近い。とても近い。優理の、大きな瞳に掛かる長めの睫毛一本一本が見分けられる程に。鼻と鼻が触れそうで、彼女の息遣いすら感じられ狼狽えてしまう。

「優理さん、これくらいで嫌いにならないから大丈夫!でも今は手に人参が付いてるから、洗わせてもらっていいですか?このままじゃ優理さんに着いちゃう……。」

すると優理は「あっ、ごめんなさい……。」としょんぼりして言うと、すっと私の側から離れてくれた。私は、ちょっと言い過ぎただろうかと少し不安になった。もともと人との距離感や関わり方が得意でない自分が、昨日の今日で優理の様なパーソナルスペースゼロという強烈な女の子と出会って、接し方の正解が全く分からない。私は、優理の様子を横目で見つつ(手を後ろ手に組み、ニコニコしながらこちらを見ていたので満更でもなさそうで少しホッとした。)、ポリエチレン手袋を脱ぐと簡単に手を洗う。横では田辺さんが、「夕ご飯はカレーだから、お菓子とか食べすぎないようにね〜」と、他の小学生たちと今日の夕食について、よくドラマ等で見るようなワンシーンを演じていた。

「結衣 (ねぇ)、もう少ししたら帰ってくると思うから、そしたら出発しようね」

「うん、わかった。」

優理は、結衣のことを「結衣ねぇ」と呼んでいるいるらしく、もとは「結衣お姉ちゃん」だったものが訛ったのだろうと想像できた。私は、結衣が帰ってくる間に服を着替える事にした 。「こもれび」では昨日借りたジャージをずっと着ていたので、流石にこれで東京の街は歩けないと思い、もともと着ていたパーカーとジーンズ(今朝洗濯したので乾いていた)へ着替えた。脱衣場から戻ると、ちょうど結衣も帰ってきた所らしく、優仁と何やら話をしていた。

「とりあえず、お金はこれだけ渡しておくね。まず生活できる服を一通りと、あとは生活に必要な物一式かな。小華さんの面倒を見てあげて。」

「りょーかい。お金、余ったら少し遊んできてもいい?」

「大丈夫だけど、程々にね。」

「やった!」

結衣は、濃紺のブレザーに、青みがかった紺のタータンチェックが印象的なプリーツスカートを翻し、私と優理の方を振り向く。そして「じゃ、行こっか」と言うと、優理が待ってましたと言わんばかりに玄関先へと向かうのだった。

 まず向かった先はユニクロだった。「こもれび」からは徒歩15分くらいの距離にあるらしい。門を出ると、すぐ大通りの歩道に出る。道路は交通量も多く、歩道には行き交う人々が散見される。時間は16時前。まだ十分明るい都内の街中を3人で歩く。私は優理の後ろで、彼女の歩様にあわせて頭で揺れるサイドテールを見つめながら歩を進めていた。優理の今日の出で立ちは、テーパードのデニムに水色の長袖のトレーナーを身にまとっていて、サイドテールの髪型もあいまって彼女の活発なキャラクターと子供らしさをより際立たせていた。道中、優理の隣を歩いていた結衣が「小華さん、洋服はユニクロでいい?」と振り返りながら聴いてきたが、これまで服に特に興味もなく、自分で服を選んで買うということを殆どしたことがなかった私は、答えに少し戸惑ってしまった。小遣いも殆どもらった事がなかったので、いま着ている服だって親が昔に買い与えてくれた物を、ずっと着回していただけだった。

「えっと……はい。ユニクロで大丈夫です。」

「おっけ。ほら、好きな服のブランドとかさ、かわいいのとかが良いなら、新宿行けば一杯あるから。買うなら、そっちで買い揃えた方が良いかなって。」

「なるほど、そういう事ですね。私、あんまり服に興味がないんです……。なので、まずはユニクロで十分です。」

「へぇそうなんだ……。と言うことは、あんまオシャレとかしたことない感じ?興味ない??」

「えぇ……まぁ。正直、今日も何を買っていいのかちょっと分からないかもです。」

「なるほどねぇ。優理、ちょっとこれは気合の入れようがあるかもね。」

「結衣 (ねぇ)、任せといて。ハナちゃんに似合いそうなの、じゃんじゃん持ってくるから!」

そう言うと、優理と結衣の雰囲気が一変したのが分かった。心なしか眼光が少し鋭くなり、更に瞳の奥に篝火の様な熱を帯びた様な気がした。自分の為に洋服を選んでくれるという事だろうか。今まで目立たない様な地味な格好しかしてこなかった自分には、あまり派手な格好や変な格好にはなりたくない気持ちがあって、少し不安がよぎる。

 ユニクロに着くと、まずは部屋着や寝間着、下着を選ぶことにした。家の中で一番着る服でもあり、着回しができる様に数が必要だろう。お金は十分すぎるほど預かっているから気にしなくて良いと結衣が言っていた。あまり拘りのない私は、生地の伸びが良く過ごしやすそうなウルトラストレッチパンツとシンプルなグレイやクリーム色のスウェット、綿生地に近いパジャマ、キャミソールや半袖Tシャツなどを複数枚、籠に入れていった。下着も、あまり女子女子した甘い柄のものではなく、地味目な出で立ちの物を選んだ。自分が、そういった煌びやかな柄に手を出し身につける姿はあまり想像できないし、気恥ずかしさも感じるからだった。

 ふと周りを見ると、結衣と優理はいつの間にか何処かに行ってしまった様で姿が見えなかった。少し辺りを探してみると、二人で押し問答している背中が見えた。

「白のワンピースはちょっとベタすぎない?」

「いや、絶対に似合うよ。ハナちゃん、黒髪が綺麗だし。キューティクルでツヤツヤサラサラだし。」

「黒髪清楚か……。確かに一理あるかもね……。一回着させてみるか……。」

既に私が着ることを前提に話が進んでいる様だった。 

「あの、部屋着とかパジャマは一通り選び終わったのですが……」

「おっと、ごめんね。ちょっと優理と、小華さんには何が似合うか探してたところ。どれどれ、ちょっと見せて。」

「3日分くらいあれば着まわせるかなと思いまして……」

「そうだね……まずは十分だと思う。今は春先だし、寒い日もたまにあるから、これくらいの長袖があれば「こもれび」では大丈夫かな。これから暑くなってきたら夏物とかは、また買いに来よう。」

私は「分かりました。」と言うと、優理の方をチラと見やった。既に、目の前のハンガーに掛かっていた春物の白のワンピースを手に取り、私の身体にあてがっている所だった。

「ね、ハナちゃん。これ着てみてよ。絶対、似合うと思うな〜」

「私、こういうのあんまり着たことなくて……。大丈夫かな……」

「大丈夫、大丈夫。ね?」

優理に背中を押され促されるまま、試着室へと誘導された。手渡された洋服は、白のリネン生地で触り心地が良く、首元は襟になっており、半袖でゆるふわな印象のロングのワンピースだった。無下に断るのも変なので、とりあえず着てみることにしたのだが、これまでワンピースを着たことがなかったので着方が分からなかった。どこから足を入れるのか?はたまたスカートの部分から頭を入れるのか?と色々調べている内に、背中にファスナーが着いているのが見えた。これを下げると、足元から履くように着ることができる事が分かり、着ていた服を脱ぎワンピースを身にまとうと、背中のファスナーを頑張って閉じた。試着室の外では優理と結衣が待っているので、恐る恐るカーテンを開けた。するとスマホをいじっていた結衣が、ふと顔を上げこちらを見つめてくる。

「着られた?」

「はい……。なんとか着れました。どうでしょうか?」

「ハナちゃん、すごく似合ってるよ!」

「そうかなぁ……」

優理が、結衣のスマホを奪うと写真を連写しながらコメントをくれる。結衣は片腕を組み、もう片方の手を顎に添えた姿勢で、私の身体を足元から頭まで舐める様に見る。

「いや〜、白のワンピースはベタすぎるかなと思ったけれど、セミロングの黒髪と合わせると、ちょっと清楚感が溢れすぎてて罪悪感すら感じるかも……。」

こんな女子女子した格好をしたことがない私は、恥ずかしくて顔が熱くなり、身体も縮こまる。たぶん顔は既に真っ赤だ。

「これを着て外を歩けるでしょうか。あまり自信がないです。」

「いやいや、全然平気だよ。東京歩いてたら、もっと凄い人いっぱいいるから。でも逆に小華さんの場合、ちょっとこれは目を引く可能性がなくはない……。」

「やはり変でしょうか……。」

「いや変ではなくて、似合いすぎていると言うか……。王道すぎると言うか。The黒髪清楚、みたいな……。ねぇ優理。」

「そうだね~、凄くカワイイと思う!アニメに出てくる美少女キャラみたい!やっぱ私の目に狂いはなかったね。」

そう言われて、更に顔が熱くなる。きっと赤面度合いも増しているだろう。カワイイなどと、これまで一度も言われた事がないし、自分に無縁な表現だった。2人は、私に気を使ってくれているのだろうが、それでも実際に言われると気恥ずかしさも相まって、その後ろに少し嬉しさがあるのは間違いなかった。

「いや……そんなことは……。でも、ありがとうございます。」

 結局、結衣と優理の後押しもあって、そのワンピースは買うことに決めた。優理は、今度そのワンピースを着て一緒にアクアパーク品川(品川駅近くにある水族館らしく、優理は最近水族館巡りにはまっている。)に行こうと言って聞かなかったし、結衣も、無理強いはしないけれど似合っているのは本当だし、外行き用で一着持ってても損はないと後押ししてくれたのが切っ掛けになった。それからと言うもの、結衣と優理は、私に似合いそうな服を、次から次へと持ってきた。淡いグリーンの膝丈下ほどのレーススカートに、襟元に控えめなフリルをあしらった白のブラウスや、ネイビーのジャンパースカートにクリームの長袖カットソー、青を基調に白い花柄をあしらったロング丈のフレアスカートに白のYシャツなど……。新しい自分を見つけられた気がして、ワクワクやトキメキじみた感情が沸き起こると同時に、脱いだり着たりと一苦労で、まさに着せ替え人形になった気分だった。それを見かねてか、結衣が「優理。そろそろ時間も押してるし、これくらいにしよう。」と言ってくれた。

「えぇ〜、こっちの花柄のワンピースも似合いそうなんだけどなぁ……。」

「続きはまた今度。小華さんも疲れちゃうからさ。ごめんね小華さん、無理させちゃったかも。」

「いいえ、とても楽しかったです。でも、こんな可愛らしい洋服、着たことがないので外をちゃんと歩けるか不安ですけど……。」

「あはは、大丈夫。今度出かける時は、優理と私も一緒についててあげるから。皆で一緒にいれば気が紛れるでしょ?」 

私は笑みを含みつつ「ありがとうございます。何だか楽しみです。」というと、これまで試着した洋服の入った籠を手に取った。すると花柄のワンピースを棚に返してきた優理がちょうど戻ってきた所で、「ハナちゃん、もしかしてコレも着てくれるの?」とキラキラした笑顔で聴いてきた。ぜひ買って着て欲しいという表情だった。二人が一生懸命選んでコーディネートしてくれた服だし、欲しい気持ちはあるのだがお金の心配があった。これだけの服を買う予算はあるのだろうか?私は、少し困ってチラと結衣の方を見る。

「あの……。こんなに大量のお洋服、お金は大丈夫でしょうか??」

「お金は大丈夫だけど、無理してない?嫌なら嫌で、優理なんかに気を使わないで好きなの買っていいよ。」

「なんかって何さ〜」

「あんたは無理強いしすぎ。服なんか自分が好きな物を好きに着るのが良いの。」

「結衣 (ねぇ)だって、一緒にノリノリで選んでたじゃん!」

 一見優勢だった結衣も、優理の鋭い返しに一瞬たじろいだ。

「確かに……それは、否めない……。小華さん、ごめん。私もつい楽しくなっちゃって……。」

「いえいえ、全然いいんです。気にしないでください。むしろお二人が一生懸命選んでコーディネートしてくれたのがすごく嬉しくて……。おしゃれなんか今まで見向きもしなかったんですけれど、なんか楽しいって思えたんです。だから、優理さんと結衣さんが選んで、似合ってるって言ってくれた服を着たいです。」

私は、二人の前でだったら正直な自分でいられる気がして、いま思っていること、感じていることを素直に言葉にしたつもりだった。これまで、そんな感情表現はあまりしたことがなくて、自分でも意外な言葉だったと自覚する。優理と結衣は、にっこりと顔がほころんで互いに見つめ合ったかと思うと「ありがとう」と私に話し掛けてくれるのだった。

 会計を済ませ、3人とも両手一杯に袋を抱えて外に出ると、日が暮れ始めていた。時間は18時ごろ。16時過ぎにお店に入ったので約2時間ほど滞在していた事になる。お店に入った時は明るかったのに、外に出た途端に夕闇が広がっていて、その景色の変化に形容しがたい奇妙な感覚があった。空は、まさに昼と夜の境目、黄昏時。空を覆う濃い群青と黄金色が入り混じるグラデーションには不気味ささえ感じ、逢魔が時とも形容される夕空が私は好きだった。なぜ好きなのかと問われると説明が難しいが、これまで活動的だった白昼の世界から静かに休まる夜の世界に入る、その境目と、特徴的な夕空の情景が相まって魅力を感じているからかもしれない。目の前では、優理と結衣が肩を並べながら黄昏時の東京を歩いている。その姿は、血はつながっていないのに、どの本物の姉妹よりも、ずっと仲良く、ずっと仲睦まじく見えた。すると二人が、こちらをチラリと振り返り私の顔を見つめてきた。そして優理が私の手を取ると、二人の真ん中に入れてくれる。この二人の仲の良さにはまだまだ敵わないが、それでも「こもれび」の仲間として認めてくれていると思っただけで、下腹部の辺りがじんわりと温かくなり、心地よい感情に包まれるのが分かった。

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