表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/34

私の部屋

 みんなを見送ると、私と優仁はダイニングに戻り、食器の後片付けをした。一家族程度ならともかく、人数が人数なので、食器を洗うのも一苦労だ。普段は、もう一人お手伝いさんが来て、洗濯や掃除、ご飯の準備を手伝ってくれるらしいが、来るのは何時も9時頃なので、朝は優仁が対応しているらしい。

 優仁と二人で分担して食器を洗っている時に、優仁はふと私に話しかけてきた。

「小華さん、突然変な事を聴いて申し訳ないんだけど……。身体のケガは大丈夫かな??」

「えっ??」

 このタイミングで、まさか優仁に身体の事を聴かれるとは思わず、上擦った声が出てしまう。

「あの……実は、今日の朝、支度をしている時にね。優理が早い時間に起きて、僕に小華さんの身体の怪我のことを教えてくれたんだ。昨日、優理と一緒にお風呂に入ったでしょ??」

「はい……。昨日、優理さんとお風呂に入って、私の身体を見られました。でも優理さんは、身体の痣や傷の事は一切ふれないでいてくれて……。」

「ちゃんと話してなくて申し訳ない……。実は優理には、何時もこういう時、可能なら一緒にお風呂に入ってもらったりしてるんだ。もし虐待や暴力の気配があっても、いきなり直接聴くのはなかなか信頼関係がないと事実を教えてくれるか難しいし、かと言って、男の子ならともかく、女の子の場合は男の僕が見る訳にはいかない。大体、虐待の場合、気づかれない様に、目につかない所に手を出すのが常だからね。」

 確かに私もそうだった。あの忌まわしき母の再婚相手は、手や顔などの比較的見えている部分には手を出さなかった。

「だから優理の、あの強烈な性格を活かして、身体をさりげなく確認してもらってる。事実さえ確認できれば、僕の方でもこうやって対処できるからね。」

「なるほど、そういう事だったんですね。優理さんの強みを活かした、いい作戦だと思います。」

「でしょ?それに優理は、別に仕事でお風呂に一緒に入ってるんじゃないんだよ。あれはあれで、優理は本当に一緒にお風呂に入りたいんだ」

「あはは、優理さんらしいですね。まだ会って1日しか経ってませんけど、本当に優しい人だと思います。」

「うん……。優理があんな風に育ってくれて僕も嬉しい。優理、今朝泣いていたんだよ。小華さんの怪我の事を話してくれた時に。「小華さんをあんなになるまで暴力振るうなんて許せない!今すぐに仕返ししてやりたいよ!!どうにかしてよ、お父さん!」って」

優理が泣いてる姿なんて想像できなかった。いつも笑って元気いっぱいな彼女。落ち込んだり泣いたりする姿なんて想像がつかない。でも、自分の為に涙を流してくれた事実に、なんとも優理らしい、強靭な優しさを強く表していると感じて、とても胸が熱くなった。

「あの元気な優理さんが……。泣いてる所なんて想像できないです……。」

「はは、優理も人の子だからね。まだまだ甘える事はあるし、泣くこともあるよ。今回の様な状況では特にね。」

 食器を洗ったあと優仁は、面倒な所要を一通り済ませてしまおうと、私の学校や実家に、まずは連絡を入れてくれる事になった。私の現状において、最もネックになっている部分であった為、とても心強かった。学校は、本来であれば行かなくてはならないのだが、通っている高校へ、優仁が今の状況と今後の方針について説明をしてくれて、当分落ち着くまでは休むとの連絡を入れてくれた。次の問題は、私の親だ。朝、布団の中でも思考を巡らせていたが、あの忌まわしい両親について、嫌でもコンタクトを取る必要があるだろう。優仁は、それも当たり前という雰囲気で、学校へ連絡し終わった後に、私の実家の連絡先を聴いてきた。

「さて、次は本丸。君のご両親だね。まず電話する前に、どんな人か聴いてもいいかな?」

「はい。でも私は酷い目にあってきたので、主観ばかりで良い印象は全くないですが、それでも良いですか??」

「うん、大丈夫。その方が本質が見えて電話しやすいかも。」

「分かりました……。まず私の母は再婚相手の父の言いなりで……、気が弱い性格です。小さい頃は、それなりに会話もあったんですが、実の父と折り合いがつかなくなってからは私を無視するようになりました。それからは気が付くと、嫌味ばかりを言われる様になって、私も避ける様になりました。」

「なるほど……。ありがとう。再婚相手のお父様はどんな人?」

「そうですね……。再婚相手の父ですが、一言で言うと柄の悪い悪漢、といった感じです。いつもサングラスを掛けてタバコを吸い、ギラギラしたアクセサリーを付けている様な……。なのでその印象通り、高圧的で暴力的、一度怒り出したら逆らえません……。」

「ありがとう。良く分かったよ。一応、ここに殴り込みに来られるのも、他の子たちを考えると危険だから、まずは穏便に伝えた方が良いかもね。」

「はい……。あと私、母の携帯番号しか知らないんですけど良いですか?」

優仁は「分かった」と言うと、電話を掛け始めた。すると3コールくらいで母が出たことが、電話口から伝わる微かな声で分かった。会話している感じでは特に揉めた様子は見られなかった。優仁も、いつも通りの口調で母と会話している様子が伺える。優仁が、「はい。それでは、落ち着くまで少々こちらで小華さんを預からせて頂きますので、よろしくお願いいたします。失礼いたします。」と言って電話を切った時は少し安心した。しかし母は、こういう時、よく外行きの顔をする。もし私が施設に入る事を奴が知ったら、どういう行動を起こすか計り知れなかった。私を施設まで追って来て無理矢理でも連れ戻そうとするだろうか?いや、そもそも、あれだけ私を疎ましいと思っていた二人だ。清々して、後は二人仲良くやっていくかもしれない。いずれにせよ私は、もう二度と私自身に関わってくれなければそれだけで良かった。

「とりあえずは第一関門突破かな。お母さん、2日目の夜の時点で帰って来なかったから、一応警察に行方不明届け出してたみたいだね。それは取り下げてくれるって。お母さん、本当に心配して、見つかって本当に良かったって言ってたけど……。」

「いえ、絶対に本心ではないと思います。外行きの顔というか、母はそういうの得意なんです。本当に心配だったなら私の声を聴かせてってなりませんか??」

「確かにね……。口調は本当に心配してる風だったけど、隣にいる小華さんに会いたいとか話したいとか、少しでも声を聴きたいとかは無かったな……。まあ、これで取りあえずは、小華さんがここで生活できる体面は少し整ったかな。本当は、これからが大変で、親権とか住所とか、いろいろ法的な手続きがあるんだけど、そちらは粛々とやっていこう。そういう事は、お世話になってる弁護士さんがいるから、小華さんは心配しなくていいからね。まずここでの生活に慣れること最優先で!」

 私は、頭をペコリと深くさげると、「本当に、何から何までありがとうございます。」と感謝を伝えるのだが、昨日から「ありがとう」を言い過ぎて、少し言葉が軽くなってきている自分が否めなかった。

 一通り落ち着いた後、優仁は私の部屋に案内してくれた。折り返しのある階段を登り2階に行くと、まず向かい正面側に部屋が3つあった。登りきってすぐ正面の部屋は結衣が、右の方へ廊下を進んだ所にある部屋は浩が使っているとの事だった。なので階段を登って左手にある部屋を使わせてもらう事になった。この部屋は3つとも一人用の同じ広さであり、2階には他に3部屋あって合計6部屋の間取りだった。この残りの3部屋のうち1部屋は、南向きという事もあって洗濯物を干すスペース兼物置になっており、もう2部屋は緊急で保護した子供達の寝床として使ったりしているらしい。

 さっそく私は、自室となる部屋のドアノブに手を掛け中に入る。入ってすぐ目の前には窓があり、日の明かりが差し込んでいてとても明るく、ほんのりと温かさを感じた。左手の壁側に設けられたベッドは、既に枕、マット、シーツ、布団と一通り整えられていて、いつでも寝られる状態だった。右手の壁側には勉強机があって簡易なスタンドライトも置いてあった。私にとって、これ以上ないほど贅沢な部屋だった。これまで母と暮らしてきた1LDKのおんぼろアパートには、自分の部屋など無かったし、母の再婚相手が転がり込んできた時は最悪で、隠れたり閉じ籠もる場所もなく嫌でも顔を合わせるようだった。そういう時は決まって勉強に集中するフリをしてなるべく関わらない様に努めるのが私の日常だった。

「この部屋、本当に私が使ってもいいんですか?」

「もちろん。これから小華さんは、この部屋で勉強したり寝たり、優理や結衣たちと遊んだりしたっていいんだ。とにかく小華さんのプライベートスペースとして使ってね。」

こんなに心躍ることはなかった。優理や結衣と遊ぶ光景を思い浮かべただけで、顔が自然と綻んでしまう。きっと楽しい、絶対に楽しいに決まっていた。ワクワクが止まらなかった。

「ただ、まだ服とか生活に必要な物が全然無いから、あとで買ってきてね。一応、優理と結衣に、学校終わったら一緒に買い物に行って貰うようお願いしてるから。」

「でも私……お金ほとんど持ってなくて。大丈夫でしょうか。」

「大丈夫!そういうお金は、ちゃんと施設が持っているから。心配しないで。」

 私は「ありがとうございます。」と言うと、部屋に入って試しに勉強机の椅子に座ってみる。

「この部屋に、嫌な所とか不満とかはない?大丈夫かな?」

「いえ、とんでもないです。むしろ最高です……。ほんとに夢みたい……。」 

「なら良かった。でも、これから生活していくと色々不便とか嫌なこととか出てくるかもしれないから、その時は気軽に相談してね。ただ見ての通り、みんなとの共同生活になるから、全て叶えてあげることは難しいかもしれないけれど、みんなルールを守りながら、お互い協力して助け合い生活して行くことを頭の片隅に入れておいてくれると嬉しいな。」

 私は「はい、分かりました。」と言うと、左手にある窓から階下に広がる景色に目を移した。その窓からは、何の変哲もない東京の街並みが広がっていたが、晴れやかな天気も相まってか、日常的な風景が何時もと違って生き生きしている様に感じられた。今までモノトーンに写っていた情景が、目を瞬いた瞬間、一気に極彩色に彩られフルカラーで目に飛び込んできた様な……。優仁が窓に近づいて、そっと開けてくれる。なんとも形容し難いが、でも確実に春だと認識できる甘い薫りが、軽やかな風に乗って部屋へと入ってきて私の肩より少し長い黒髪を撫でた。私は、これから、ここで生活をして行くんだ。この部屋で寝て起きて、学校に通い勉強をし、優理や結衣、浩や、ちびっ子達と遊んだり、色々な所へお出かけしたり。今まで経験したことがない沢山のことを……。それは普通の人だったら、常識的なことで、当たり前の日常なのかもしれない。でも私は違った。物心ついた時から孤独が常だった。不条理や暴力にも耐えてきた。こんな展開はいくらなんでも出来すぎているとすら感じた。だから私は、もしかしたら神様はチャンスをくれたのかもしれない。とりあえず、そう思うことにした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ