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「こもれび」の仲間たち

 ふと目が覚めると、木目調の天井とヒモがぶら下がった円形の蛍光灯の景色が目に入ってきた。「あ、そうか。自分は今、児童養護施設「こもれび」にいるのか」と気づくと同時に、あの母と父と顔を合わせなくて良いと思っただけで、強烈な安堵感が押し寄せてくるのが分かった。優理(ユリ)は、まだ私の隣で小さな寝息をたてて眠っていた。優理の枕もとにある目覚まし時計は、6時50分を指していた。7時には、みんな起床すると、きのう優理が言っていたので、あと10分程で目覚ましが鳴るかもしれない。それまで私は、布団の中でこれからの事を考えていた。あの家から抜け出し、これから「こもれび」で生活を送る事ができるだけで、こんなに幸せなことはない。しかし未だ保護者は、あの母と再婚した父であって、私は今、ただ「こもれび」に住まわせてもらっているに過ぎない。そもそも、私があの家を飛び出した後、あの両親は私を探し回っていたりはしないだろうか。私の事を、あれほど疎ましく思っていた両親だ。懸命に探したりはしないだろうが、保護者である手前、警察に行方不明届けが出されている可能性は高いと思った。私としては、今後いっさい、あの両親と関わりを断てるのであれば、これ以上のことはないのだが……。そして、もし仮に、あの両親と法的に親権や保護者としての関係を断てるとして、どの様な手続きが必要なのか、私はどうすればいいのか全く分からなかった。優仁(ユウジ)は昨日、「「こもれび」は、トラブルを抱えていたり、身寄りのない子供たちの保護をしている」と言っていた。であれば私の様なケースの対応は珍しくないかもしれないが、未来の事を考えると、また新しい不安が次々と芽生えるのだった。

 そんな事を頭の中で、グシャグシャと思考していると、枕元でピピピとけたたましい音がなった。どうやら優理の目覚まし時計が7時を知らせてくれているようだ。優理はのそりと手を伸ばし目覚まし時計の頭を叩くと、ムクリと起き上がった。私も、その動きに合わせて布団から起き上がる。

「ハナちゃん、おはよ〜。よく眠れた?」

 優理が、眠気眼を手でこすりながら言う。

「優理さん、おはよう。おかげさまで。」

「そ?なら良かった!」

それから二人で布団を簡単に畳むと、ダイニングに向かった。ダイニングのテーブルは大きく、長辺の片側4人掛け、短辺の片側1名掛けの10名掛けだ。テーブルには、既に6人が座っていて、優理の部屋側に面した長辺には小学生らしき小さい子が4人、ちょこんと座っていた。高学年と見られる男の子と女の子がそれぞれ1人と、低学年に見える男の子と女の子がそれぞれ1人だった。その反対側のキッチンに面した長辺には、ブレザーの制服を身に纏った高校生らしい黒髪ショートの女の子がスマホをいじっていて、その隣には真剣な面持ちで物理の教科書を読んでいる男の子がいた。この男の子も、女の子と似た雰囲気のブレザーを着ていたので、同じ学校だろうと推測できた。この「こもれび」は、どうやら私を含め全員で9名らしい。優仁はキッチンで家事をしていて、料理を各お皿に配膳している所だった。実は、昨日の夜から他のメンバーと顔を合わせるのは少し緊張していた。私はそもそも口下手でコミュニケーションは苦手、友達という友達もいなかった。でも両親の暴力から逃れるには、これくらいは許容しなければいけないし、同じ境遇の人達なら悪い人はいないと勝手に思っていた。それに優理もいてくれる。

 優理が元気よく「みんな、おはよー!」というとみんなから「おはよう」の挨拶が返ってくる。私はまず、始めましての挨拶をしなければいけないと思った矢先、ブレザーの女子高校生が「おっ、この子が優理の言ってた新しい子?」とスマホから顔をあげて私を見つめてきた。

「そ!みんなに紹介するね!今日から、この「こもれび」の仲間になる「橋本小華ハシモトコハナ」さんです!」

「あの……はじめまして。橋本小華と言います。これからよろしくお願いします。」

私は、そう言うと簡単にお辞儀をした。挨拶のタイミングを逃してしまったが、優理が上手く誘導してくれたお陰で、とても挨拶がしやすくなった。優理と私は、お風呂場に向かい、洗面所で顔を洗い、歯磨きをし、寝癖で乱れた肩より少し長めの黒髪を櫛で整えるとダイニングに戻った。私がどの席に座ればいいかおどおどしていると、優理が「こっち、こっち」と席をあてがってくれた。ブレザーを着た男子高校生の隣の席だった。優理は私の隣、長辺の端っこに座る。男子高校生は、刈り上げない程度の黒髪で清潔感があり、真面目そうな好青年といった印象だった。座る際に軽く会釈した時、少し目が合いニコリと笑ってくれたのだが、人の目を見るのに慣れていない私は、とっさに目を逸らしてしまった。

 優仁が、「よし、配膳おわったから、みんな運んでって!」というと、みんなで分担して人数分の白米と味噌汁、サバの味噌煮、サラダを運ぶ。味噌煮の甘い香りが鼻をくすぐり、口の中に唾液が滲み出てくる。

「みんな大丈夫かな?それじゃあ、いただきます!」

「いただきます!」

優仁の号令でみんな一斉に食事を取り始める。 

「小華さん、朝早かったね。もっとゆっくり寝てても良かったのに。」

優仁が、サラダにドレッシングを掛けながら私に話しかけてきた。

「いえ、ちょっと目が早めに覚めてしまって。でも、あんまり疲れてないので大丈夫です。」

「そう?なら良かった。

 よし!それじゃあ新しい仲間も増えた事だし、みんな食べながらでいいから自己紹介をしようか!」

「おっ、いいアイディアだね、お父さん!それじゃあ私から!」

「いや……優理はもう小華さんといっぱい話してるでしょ……。」

「えぇ〜、いいじゃん。改めてということで!」

周りの皆もヤレヤレといった雰囲気で、特に咎める様な人もいなかった。優理は、みんなの前でも、いつもの調子なんだろうと言う事が容易に想像できる。

「改めまして、私は城田優理です!小学6年生で、マイブームは水族館巡り!ハナちゃん、改めてよろしくね!」

優理はそう言うと、私に手を差し伸べてきた。

「うん。優理さん、こちらこそ、よろしくね。」

優理は私と握手すると、「じゃあ、次は浩!」と、私の隣に座った男子高校生を指名した。男子高校生は、口にある食べ物を一通り咀嚼すると、こちらへ簡単に向き直り話しはじめる。

「えっと、僕は下田浩シモダコウです。いま高校3年で、マイブーム……マイブームか……。何だろう?うーん、科学は小さい頃から好きで、今は物理にハマってます。」

浩は、そう言うとさっきまで読んでいた物理の教科書を手に取って見せた。すると、浩の隣に座っている女子高校生が「今日、物理の小テストがあるからじゃないの??勉強不足?(笑)」とニヤニヤしながらからかってみせた。すると浩は、「うっさいな、僕は念入りに準備してるの!それに科学が好きなのは本当だし!」と言い返す。こういったやり取りを見ると私はほっこりする。けなし合いの中にも、そこにはお互いに信頼関係があって傷つかない。それだけの関係性が成り立っていることが理解できて、これまでそういった関係性を築けなかった私には憧れの光景でもあった。

「じゃあ、次は私かな。私は、田所結衣タドコロユイ。高校3年生で、浩と同じ学校に通ってます。マイブームは、音楽かな。演奏とかはしないけれど、聴く事と歌う事が好きで、優理と結構カラオケとかに行ったりします。こもれびの中では、優仁の次に年長になるから、分からない事があったら何でも気軽に聴いてね!」

結衣はそう言うと、「よろしくね」と優理と同じ様に握手を求めてきた。私も、彼女の手を握って「こちらこそ、よろしくお願いします。」というとニッコリ笑ってくれて、とても面倒見の良いお姉さんの雰囲気が感じられた。最初見た時はスマホをいじっていた事もあって、にらむ様な表情で気の強そうな、少し怖い印象があったので私の苦手なタイプかと思ったが、その不安も一掃された。

 その後は、4人の小学生の番だった。高学年に見えた男の子と女の子は、男の子は橋田和人ハシダカズト、女の子の方は本田琴音ホンダコトネと言った。二人とも小学5年生で、優理とは対称的に、落ち着いていて大人しい子たちだった。優理は小学6年生と言っていたから歳も1歳くらいしか違わないはずなのに、むしろこの子たちの方が大人っぽく見えるくらいだ。暗いというより落ち着いているといった表現が正しい、そんな印象だった。低学年に見えた男の子と女の子は、男の子の方は鈴木至スズキイタル、女の子の方は佐藤佳奈サトウカナといった。二人とも小学3年生との事で、前の二人とは逆に元気いっぱいで、わんぱく少年とおてんば娘といった感じだ。琴音と和人が至と佳奈の面倒を見ると言った感じで、朝食を食べている今も、こぼした味噌汁を拭いてあげたり、顔に付いたご飯粒を取ってあげたりしていて、良い関係性が構築されているのが雰囲気で分かった。

 一通り自己紹介が終わると、みんなは学校に行く為にバタバタと準備をし始める。優理と至、佳奈、和人、琴音の5人は同じ小学校なので通学はいつも一緒らしい。浩と結依も同じ高校なので、一緒に出発していった。みんなをお見送りする為に、優仁と二人で外に出ると、昨日の小雨とはうって変わって、眩しいくらいの朝日が輝き、一瞬、目が眩んだ。みんなが「いってきます」と言うと、私と優仁が「いってらっしゃい」と言う。ごく当たり前に見える様な挨拶も、これまでの私にとっては縁のない言葉だった。頭上の電線に留まっているスズメがチュンチュンと甲高い声で間断なく鳴いている。私にとって新しい生活のスタートを祝ってくれている、そんな気がした。 

Δ1(2025/6/5):結衣、浩の学年を高校3年生へ変更し、一部加筆、修正いたしました。

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