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最後の言葉

 どれくらいの時間が経っただろうか。次第に優理のしゃっくりも(まば)らになってきて、私の懐で落ち着いてきた事が分かる。白いワンピースの布地越しに優理の水分がしっとりと伝わってきているが、不思議と不愉快は感じなかった。優理の為なら、涙でも鼻水でも、幾らでもハンカチ代わりに使ってもらって良い。暫くして、優理がゆっくりと顔を上げ、私の事を上目遣いで見上げてくる。長くて整った睫毛(まつげ)は、まだ涙が朝露の様な雫となって濡れていた。

 「ありがと……。ハナちゃん……。たいぶ落ち着いた……。ワンピース、汚しちゃってごめんね。」

「ううん。全然大丈夫だから気にしないで。」

 優理は私の胸元からそっと離れて、私の方へ向き直り一息をつく。すると真剣な眼差しになって、私の顔を真っ直ぐ見つめた。 

「ハナちゃん、あのね……。この話には続きがあるの……。ちょっと途中で泣いちゃって話せなくてごめん。」

「うん、最後までちゃんと聴く。聴きたい。でも無理だけはしないで……。」

「ハナちゃん、ありがと。」

 優理はそう言うと、話の続きを淡々と語り始めた。それは、今の「こもれび」に繋がる大切な物語だった。

  

「事故の後、病院でお母さんの意識が最後に少しだけ戻ったの。お医者さんは、手の施しようがないって言ってて、お父さんも会社から直ぐには病院に来られないし、私はどうしたら良いか何も分からなかった。ただ一人で泣いてただけ。そしたら看護師さんが私の所に来て、慌てた様子で「お母さんの側に居てあげて」って言ったの。急いでお母さんの所に行ったら、目が覚めてたから怪我は大丈夫だったのかなって思ったけど、最後に意識が少し戻っただけだった。奇跡って奴だったのかな?お母さんが私の名前を呼んでね、にっこり笑って「あなたはとっても優しい子だから、その優しさで沢山の人を助けてあげてね……。」って。それだけ。それがお母さんの最後の言葉。私は何も伝えられなかった。泣いてばかりで言葉が出なかったの。本当は、ありがとうとか言ってあげるべきだったのかなって、ずっと悔やんでる。その後は、お父さんが来るまで、お母さんの手をずっと握ってたけれど、全然動かなくなっちゃって、ずっと目を瞑ったままだった。たぶん、言葉の後すぐに死んじゃったんだと思う。」

 

 優理は、また嗚咽を(こら)えている様で、所々で詰まりながらも、ゆっくりと話してくれた。涙は既に流れ続けていて、もはや何も気にする素振りはなかった。私は優理をしっかと見つめ、一言一言に頷き続けた。私自身も危うい所があって、少しでも油断したら涙が溢れそうだ。でも優理の手前、気丈に振る舞っている振りをする。それに優理に掛けてあげたい言葉も沢山あったけれど、今は優理のペースを乱さない様に傾聴し続けた。

 

「その後の「こもれび」は、すごく大変だったみたい。お母さんが切り盛りをしていて、子供達も職員さん達も、みんな頼りにしていたから、急にリーダーがいなくなっちゃって、これからの運営をどうするか何度も会議をしたんだって。それよりも、残された「こもれび」の子達のショックの方が大きくて、心がすごく不安定になっちゃう子も出てきちゃった。本当のお母さんみたいに慕っていたから当然かもしれないね。そこで手を挙げたのが、お父さんなんだ。お葬式が終わった日の夜にマンションに帰ってきて、寂しく二人で夕飯を食べてる時だった。お父さんが、「会社辞めて、お母さんの「こもれび」を引き継ごうと思ってるんだけど良いかな?」って。小学3年生の娘に、そんな相談したって正直分からなくない?私は「こもれび」で働くお母さんが大好きだったから、反射的に「うん、いいと思う!」って答えた記憶がある。で、暫くしてお父さんは脱サラして、お母さんの法人を引き継いで、今みたいに「こもれび」を運営してるってわけ。でも最初は凄く大変だったんだよ。そりゃあ右も左も分からない状態で、いきなり「こもれび」に来ても、どうすればいいか分かんないもんね。毎日帰りは遅いし、当然夜勤の日もあるし。お父さんが帰れないから、私はマンションで一人で過ごす時間が増えちゃった。お母さんが死んで一人でマンションにいると、とても淋しくて心細いんだ。お父さんも、いつも帰れなくてごめんねって電話してくれたけど、お母さんが残した「こもれび」を維持する為に必死に頑張ってるんだから我慢したよ。お父さんも、そんな事になることは当然分かってて、それでもお母さんの残した「こもれび」を引き継いだんだから、お父さんはお母さんの事を凄く愛していたんだなぁって、今になってとっても感じるんだ。」

 

 結衣や優理が、「「こもれび」で暮らす人は知っておいた方がいい」と言っていた理由がよく分かった。「こもれび」の子達の笑顔や(かしま)しい程の笑い声、本当の家族の様な繋がりは、きっと優理のお母さんと当時の職員さん達が、大切に大切に醸成してきた物なのだろうと、今なら強く感じる事ができる。一度は解散の危機もあったけれど、優仁や優理が必死で、優理のお母さんが残した「こもれび」を守ろうとしたから今があるのだ。今の「こもれび」の原点には、優理のお母さんが居て、その意思が今もちゃんと引き継がれている。「こもれび」のみんなの中に、まだ優理のお母さんは生きている。そんな気がした。 


「で、私はね……。ずっとお母さんの最後の言葉の意味を考え続けてた。優しさで沢山の人を救ってあげてねって、何をすれば良いのか全然分からなかった。自分が本当に優しい人間なのかどうかも……。例えば、友達に優しくするとか、電車でおじいちゃん、おばあちゃんに席を譲るとか、そう言うのは気に掛ける様になったけど、そんな事はみんなやってるし、お母さんの言葉の意味とはちょっと違う気がしたんだ。で、ある日、ピンときた。私は、「こもれび」で働いているお母さんが好きで、「こもれび」の子供達と一緒にいるお母さんの姿が大好きで、私もそうなりたいって思ったんだ。だから、お母さんみたいに、困ってる子供達を助けてあげたいって。助けてあげればいいんだって。そうすれば、お母さんの遺言通り、沢山の人を助ける事ができるって思ったの。すぐにお父さんに、私も「こもれび」で働かせて欲しいって頼み込んだ。でも当然、まだ小学生だし働く事は出来なくて、あくまでお手伝い、サポートみたいな形で「こもれび」で働くことになったんだ。最初は、保護された子供達の遊び相手になってあげたり、お話したり夜に一緒に寝たりとかしてた。そうして打ち解けてくれるとね、色々と本当の話をしてくれる様になるんだ。そこから解決の糸口を探ったり、家族同士で仲直りできたり、本当に沢山の出来事があったよ。今もたまに遊びに来てくれたり、手紙をくれる子もいるんだ。」

 だんだんと話が明るい方向に向いてくる。優理の表情も柔らかくなって、口調も楽しそうだ。一番の悲しいピークは過ぎたと思い少し安堵する自分がいた。優理の悲しい泣き顔なんか、もう見たくはないから。

「そして今に至るって感じ。私が、ハナちゃんに伝えたかった話はこれくらいかな……。」

「優理さん、こんなに詳しく話してくれてありがとう。実はね……。佳奈さんの一件で、優理さんが私もお母さんに会いたいって言ってたのを聴いてから、ずっと気になってはいたの。やっと色々な事が繋がった。」

「そうだったんだね。話すのが遅くなってごめんね。なかなか言い出せなかったの。」

「ううん、全然大丈夫だよ。気にしないで……。」

 私はこれまで、優理が毎日元気いっぱいで、明るくて天真爛漫で笑顔を絶やさない女の子だったから、悲しかったり苦しい過去は無いものだと、勝手に思っていた。でも、いつもの天真爛漫な笑顔の裏側には計り知れない程の悲愴があって、彼女は大好きなお母さんの最後の言葉を胸に自分の役割を全うしていたのだ。そう思っただけで、彼女への愛おしさが溢れてくる様だった。

 「優理さん、私は……。私はね、優理さんの力になりたいの……。優理さんと出会って、「こもれび」で暮らせる様になって、私の人生は変わった。今、すごく幸せを感じられる様になった。これが幸せなんだって、感じられる様になった。だから、優理さんに助けてもらってばかりじゃなくて、今度は私も優理さんを支えてあげたい……。」

「ありがとう、ハナちゃん……。私、とっても嬉しい……。」

「私なんかじゃ、何もできないし、頼りないし、おこがましいかもしれないけれど……。」

「ううん、そんなことないよ。ハナちゃんは、とっても優しいし、ほんとは明るくてお話好きだってこと知ってるよ。それに周りを良く見てるし、このまえ佳奈が泣いちゃった時も一番に駆けつけてくれた。それはハナちゃんだから出来たことだよ!」

 優理は、満面の笑顔で答えてくれた。あの悲しい笑顔ではない、いつもの元気いっぱいの笑顔だった 。

「優理さん、ありがとう。」


 私と優理の会話も落ち着いた所でふと、随分と時間が経ってしまった事に気付く。私と優理は、結衣がトイレに行っている間に抜け出して来たので、今頃、結衣は私達を探しているかもしれない。スマホに着信が無いか確認したところ2件入っていて、いづれも結衣だった。マナーモードにしていたせいもあるが、話に夢中で着信に全く気づかなかったのだ。これは非常に失礼な事をしてしまったと思い、慌てて電話をかけ直そうとしたのだが、優理が「電話、結衣 (ねぇ)でしょ?大丈夫、大丈夫。戻ったらきっといるから。そこで謝ればいいよ。」とイタズラな笑みを浮かべながら言う。確かに電話口で謝るよりも、顔を合わせて謝った方が良いと思い、二人で急いでカフェに戻る事にした。相変わらず二人で手を繋ぎながら、優理に引っ張られる様にクラゲエリアを出ようとした所、出口のすぐ側に結衣が立っていて、「も〜二人とも、どこいってたの〜?探しちゃったじゃん。」と少しだけ怒り気味な様子だった。

「結衣 (ねぇ)、ゴメン、ゴメン。ちょっと、もう1回クラゲを見たくなって、ハナちゃん誘って行ってたの。」

「結衣さん、本当にごめんなさい。着信にも全く気付かなくて……。今度から気を付けるようにします。」

「小華は、いいよ、全然気にしなくて大丈夫。どうせ優理がわがまま言ったんでしょ〜。」

「いえ、私も一緒に行ってしまったのは同罪なので……。」

「小華、気にしすぎ。私は本当に大丈夫だからさ。」

 結衣はそう言うと、私の肩を軽く叩いてウインクをした。一瞬、何の事か分からなかったが、少し考えを巡らせると何となく合点がいった。クラゲエリアの出口で待っていたと言う事は、たぶん結衣は私達の姿を見つけて、出てくるのを待っていたのだ。もしかしたら、優理がお母さんの話をしていた所も聴いていたかもしれない。

「優〜理。大丈夫?目、腫れてるよ?」

「ん?だいじょうぶ!もう、大丈夫だよ!」

「そ?」

 結衣は簡単に返事をすると、イタズラな笑みを浮かべて、今日はハーフアップに結われた優理の流麗(りゅうれい)な黒髪を、勢いよくクシャクシャっと撫でた。佳奈の一件で、琴音を心配した結衣が、琴音の頭を撫でてあげた時と同じだった。結衣が子供達を心配したり、慰めてあげる時の常套手段なのかもしれない。そして、この一連のやり取りを見ただけで確信が持てる。結衣は、優理の悲しい追憶を聴いていて、私達の話が終わるまで待っていてくれたのだ。

「ちょっと、結衣 (ねぇ)!今日はせっかくハーフアップにして来たのに!」

「いいよ、また結ってあげるから。」

 きっとこの二人は、優理のお母さんが亡くなった時も、一緒に悲しみ、慰め合い、励まし合い、辛くて苦しい絶望と理不尽を乗り越えて来たのだろう。だからこそ、本当の姉妹よりも姉妹らしく、血の繋がりなど関係のない強い絆で、確かに結ばれていた。


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