ゴールデンウィーク
4月も最終週に差し掛かり、ゴールデンウィークも間近に迫ってきた頃。この一週間を乗り切ればという心の拠り所が、憂鬱な学校を少しだけ頑張っても良いかもしれないと言う気持ちにさせていた。それに、高校では休み時間になれば結衣とLINEで繋がっていたので、もう私は孤独ではなかった。他愛のないやり取りではあったが、「眠い〜」とか、「お腹すいた〜」という結衣の何気ない一言に毎日助けられていた。私は、まだスマホに慣れていなくて、こういうメッセージが飛んできた時、何と返せば良いのか正解が分からない。返信できずに休み時間が終わった事も何度もあった。「こもれび」に帰って結衣に謝ると、「別に全然気にしなくていいよ。それに返信も何だって大丈夫。スタンプをポンって送ってくれるだけでも良いからさ。肝心なのは小華が寂しくなってないかなって所だから。」と言って、逆に勇気付けられてしまい、私が気にしすぎていた事が馬鹿らしくなってしまった。
ゴールデンウィーク目前の金曜日、なんとか一週間を乗り切り、浮かれた気持ちで「こもれび」に帰ると、みんな浮足立っている事が建物の外からでも明白に伝わってきた。玄関に入る前から、かしましい笑い声が聴こえててきて、その声音から一瞬で優理の物だと分かる。恐らく2階のテレビ部屋でちびっ子達とゲームでもしているのだろう。私が「ただいまー」と言って中に入ると、キッチンで田辺さんが夕飯の支度をしている所だった。
「小華ちゃん、おかえりなさい。学校、お疲れさま。やっとゴールデンウィークだね。」
田辺さんは、手元でキャベツの千切りをしながら、柔和な笑みを私に向けて朗らかに言う。どうやら今日の夕飯は豚カツの様で、既に豚カツ用の分厚い豚肉がキッチンに用意されていた。
「はい、ありがとうございます。ちょっと気が楽になりました。それにしても凄いですね。みんな2階で遊んでいるんですか?」
そう言っている間にも、2階からの喧騒は止む気配は無い。
「あはは、連休前はいつもこんな感じだよ。小華ちゃんも混ざってきな。ご飯できるまで、もうちょっとかかるから。」
私は田辺さんを手伝おうと思いエプロンに手を伸ばしたのだが、そう言われると今すぐ2階に行って皆と遊びたい欲望に駆られている自分もいる。二つの気持ちを天秤に掛けた結果、田辺さんのお言葉に甘え2階に行くことにした。一旦、2階の自分の部屋に戻り、鞄を置いて制服を脱ぎ、以前ユニクロで買った黒のウルトラストレッチパンツとクリーム色のスウェットの部屋着に着替える。部屋を出て左に進み、階段の前を過ぎると右手に廊下が伸びている。その廊下の最奥、右側にある部屋はテレビ部屋になっていた。一応、緊急的に保護した子供達も泊まれるようになっているのだが、他にもう1部屋あって事足りていたので、もっぱら子供達の遊び部屋になっているのだ。ドアノブに手を掛け中に入ると、より一層、喧騒が激しく聴こえる。私の「ただいまー」と言う声は、ちびっ子達の笑い声で掻き消えてしまった。
「あっ、橋本さん。おかえり。」
真っ先に気づいてくれたのは、1人掛けソファに座り小説を読んでいた浩だった。浩の顔を見て、胸の辺りがトクリと脈をうつ。スマホ画面にフィルムを貼って貰った一件から、多少は慣れた気がするのだが、浩とコミュニケーションを取ると感情と身体への変化が少なからずあるのだ。大丈夫、いつもの様に、自然に。そして落ち着いて冷静に。そうすれば頭が真っ白になる事はないはず……。
「はい……。ただいま戻りました……。それにしても、皆さん凄い盛り上がりですね。」
私は発する言葉を一拍ずつ意識して、浩の正面にある1人掛けソファに座った。この部屋には、扉を入ってすぐにベッドがあって、その奥に小さなテーブルを囲う様に3人掛けソファが1脚と1人掛けソファが2脚あり、正面に大きなテレビが置いてある。ちびっ子4人組と優理、結衣の6人は地べたに座り、テレビを囲う様にしてゲームに夢中だった。
「でしょ?連休前の恒例行事みたいな物なんだよ。優理が連休の最高のスタートダッシュを決めるんだ!って始めたの。橋本さんはこういうの平気?」
「優理さんらしいですね。大丈夫ですけど、ちょっと驚いてます。私、こんな騒いだことなくて……。」
「あはは、だよね。」
「下田さんは、やらないんですか?」
「いや、僕はちょっと。いいかな……。あんま得意じゃなくて。」
だから浩は小説を読んでいたのだと合点がいく。そもそも、この環境で集中できる事も驚くべき事だった。私は静かな所で読むことが多いので、きっと活字が殆ど頭に入ってこないだろう。
「意外です。手先が器用なので得意そうですけれど……。」
「いや。浩は、こういうゲーム、下手だよ。」
ゲームが一段落ついたのか、途中で結衣が会話に入ってきた。
「小華、おかえり。浩はね、ボードゲームとかは得意だけど、こういうアクション系は下手なの。なんなら佳奈と至の方が上手いまであるね。」
「さっきから、下手、下手うるさいな〜。別にいいだろ〜。」
浩が、唇を尖らせて不貞腐れた表情で言った。さっきまでやっていたゲームは、巷で大乱闘と呼ばれるアクション系のゲームだ。様々なキャラクターを選んで闘うのだが、私も「こもれび」に来て始めて触った。
すると優理が、「ハナちゃん、おかえり!さっ、ハナちゃんも一緒にやろう!やろう!」と待ってましたと言わんばかりの勢いでコントローラーを渡してくる。私もあまり上手くはないので、浩と同じ様に皆が楽しんでいる所を外から眺めているのも悪くはなかったのだが、こう優理にせがまれては無下に断れなかった。
1時間半ほど経っただろうか。階下から田辺さんの「ご飯できたよー」という声が聴こえてきた。最初の頃に比べたらゲームの腕は少し上がったが、やり慣れていない私は、とても目が疲れてしまったので丁度良いタイミングだったと思う。みんなでコントローラーやSwitchを片付けて1階に降りると、揚げ物の香ばしい良い匂いが充満していて、ゲームに夢中で忘れていたが、たった今お腹が空いていたことを思い出した。ダイニングキッチンには既に優仁もいて、みんなで配膳を手伝うと、いつもの様に「いただきます」をする。連休前の空気もあって、心なしか皆お喋りな様な気がした。
ご飯を食べ終わり、お風呂に入るタイミングになった頃、女子組は残すところ私と優理になったので久しぶりに2人で入ることにした。その方が時間短縮になり、後続の男子組に迷惑を掛けることもないだろう。「こもれび」ではタイミングがあえば、意外と皆それぞれ一緒に入ったりする事がある。特に結衣は、佳奈と琴音に人気で良く3人で入ることが多い。どうやら、結衣の髪の手入れが上手いらしく、佳奈も琴音も、結衣に頭を洗ってもらったり、風呂上がりにブラッシングをして欲しいのが目的の様だった。
「ハナちゃんとお風呂入るの久しぶりだねー」
優理が私の頭をシャンプーで洗いながら言う。(最初は断ったのだが、せっかく二人で入ったのに洗わせてとせがまれてしまった)
「そうだね。私、一人で入る事が多いから……。」
「別に大丈夫だよ〜。自由に入って。」
実の所、結衣や佳奈、琴音と入るのは決して嫌な訳ではないのだが、身体の傷を見られているのは優理だけだったので、抵抗があるのだ。結衣に見られたら更に心配を掛けてしまいそうだったし、佳奈や琴音には年齢的にも少し刺激が強すぎるかもしれない。
「ね、優理さん。ゴールデンウィーク中に一緒に行きたい所があるんだけど……。」
「えっ!ハナちゃんから提案してくれるなんて珍しい!」
「あはは、そうかな。前に話してた水族館に行ってみたいんだけれどどう?」
「わー!私が言ってたこと覚えててくれてたのー!」
そう言うと優理は私の腰回りに、ひっしと抱きついてきた。お互い裸であるのに優理にとってはお構い無しの様で、水で濡れているせいか、優理の素肌の触感が高感度で背に伝わってくる。特に二つの膨らみが微かに背面で感じられた瞬間は、同性であるのに何故かドキドキしてしまった。驚いて変な声も出てしまう。
「ちょっと!優理さん!?」
「あはは、ハナちゃんゴメン。水族館のこと覚えててくれて、嬉しくてつい……。でもゴールデンウィーク中はやめた方がいいと思うんだ。たぶん人が凄い……。」
「えっ、そんなに?」
「うん、連休中は特にね。でも逆に連休明けが狙い目だと私は思っているわけ!」
「そうなんだ。私、あんまり休みの日に出掛けた事ないから知らなくて……。」
「全然気にしないで。だから連休明けの土日に行こうよ!結衣 姉も誘ってさ!」
「うん、分かった!」
水族館に行く予定は連休明けになったが、きっと連休が終わると憂鬱な学校が始まるので、逆に楽しみな予定を置いておくことで気が紛れるかもしれない。優理と湯船に入り、連休中に何をするか話し合った。人ごみがあんまり気にならなくて、楽しい場所……。
「外はどうかな?人が多くてもあんまり気にならないかも。この前のポニー公園みたいな。」
「ハナちゃん、ナイスアイデア!公園に「こもれび」の皆でピクニックに行こうよ!お弁当持っていって!」
「楽しそう!」
「でしょ!でしょ!」
これまで連休なんて、楽しいと思えることは一度もなかった。家にいる時間が増えるせいで、その分、苦痛な時間が増えるだけだった。ほとんどを図書館や一人でいられる場所に籠もり、できるだけ家から離れる様に過ごした。でも今は違う。こんなにも明日が待ち遠しいと思えることが奇跡の様だった。




