恋バナ
優理はお腹が空いたらしく、隣にいても聴こえるくらいの音が下腹部あたりから聴こえた。気がつけば時計は12時半を指している。私も腹ペコだった。
「優理、何食べたい?私もお腹すいたよ。」
当然、結衣もお腹が空いているらしかった。
「うーん、何だろ〜。新宿、いっぱいお店あるからなぁ……。そういえば、駅前にピザ屋さんなかったっけ?色々トッピングできるとこ。」
「あぁ、あったね。最近いってないけど。そこにする?小華はピザ大丈夫?嫌いじゃない?」
「ピザですか?ええ、嫌いじゃないですよ。大丈夫です。」
実はと言うと、あまり頻繁に食べたことがある訳ではかった。たまに両親が頼んでいた宅配ピザの余り物を、レンジで温めて夕食代わりに食べていた程度だ。不味くはなかったが、決して良い思い出がある食べ物ではない。
私達は再び駅前まで戻ると、ちょうど改札の出入口の横にあるピザ屋さんに入った。昼食時というのもあって、行列が出来ていたが回転が早いからか15分程度で席に着くことが出来た。ピザのサイズが思っていたよりも大きくて、食べられるか自信がなかったが、3人とも同じ印象を持っていた様で、3人で一枚を頼むことにした。意外と私達は少食らしい。受付で、ベースになるピザとトッピングを頼み(優理がサラミとチーズとマッシュルームを乗せたいと言うので意外と高くついた)、各自好きなドリンクを頼むと席に戻ってピザが出来上がるまで待つことになった。ここでも結衣がお金を出してくれたが、「しれっと優仁に出してもらうから安心して」と、ちょっと悪い笑みを浮かべてウィンクした。一応「こもれび」では、月に一回のお小遣い制があって高校生は5,000円だったが、私はまだ受け取った事がなかった。いずれ貰えるのだろうと思っていたが、定期代だったり高校で必要な分など、困らない程度に優仁から臨時で多少のお金は受け取っていたのであまり気にしていなかった。
各々がドリンクを一口飲み、一息ついたかと思うと、隣に座った結衣が突然「小華。最近、浩と何かあった?」と、したり顔に怪しい笑みを浮かべて聴いてきたので、ドキリとしてしまい口に含んでいた飲み物が気道に入り咽てしまった。結衣が「ごめん、ごめん」と申し訳なさそうに私の背中をさすってくれる。ゲホゲホと取り乱してしまったものの、暫くして落ち着きを取り戻したが、何と答えるべきか頭の整理は全く出来ていなかった。
「小華、分かりやすいリアクションだけど、言いたくなかったら別に大丈夫だよ。ただ最近、なんか浩と小華の距離感が変わったなと思って。困ってる事とかがなければ良いんだけれど……。」
「あ、確かに……。私もちょっと思ってた。なんか浩 兄がハナちゃんに、なんかスゴい良い笑顔で毎朝挨拶してるんだよね〜」
「あの、いえ……。何と言ったら良いか……。別に隠すつもりは無いんですけれど……。」
こんな色恋の話を他人にしたことがなかったので、照れくささは禁じ得なかった。でも、この二人だったら言っても大丈夫だと思った。バカにしたり、困らせる様なことは言ってこないし、他人にべらべらと吹聴する様な事もしない。結衣も、どちらかと言うと私を心配して言ってくれている様だった。
「今週の水曜日のことなんですが、夜中に喉が渇いてお水を飲みにキッチンに降りていったんです。そしたら、下田さんが外で流れ星を見てて。」
「うん。それで、それで。」
結衣も優理も、食い入る様に私の次の言葉を待っている。
「えっと、それで……。一緒に流れ星を見ないかって誘われて……。一緒に流れ星を見ました。」
優理が突然「きゃー」と甲高い声を上げたかと思うと、両手を頬に当てて照れる様な仕草を見せる。私も心なしか体温が上がってきた気がした。頬は既にほんのりと温かく、紅潮しているだろう。
「ハナちゃん、何てロマンチック!」
「この話は、ちょっと優理にはまだ早いかもね。で?どんな話をしたの?」
結衣も、まんざらではない様で、でも私の話に興味津々といった表情だった。
「えっと、星の話をしました。その日に見られた、こと座流星群の話を……。だから、さっき下田さんが星が好きな事を知っていたんです。」
「なるほどね〜。でも意外と浩も度胸あるじゃない。で、他には他には?」
結衣がさっきからニヤニヤしてばかりで、したり顔が止まらなかった。
「えっと、下田さん自身の話をしてくれました。ご両親の話を。だから私も自分の両親の話を伝えたんです。でも私と下田さん、親に対する思いとかが正反対で……。下田さんは会った事のないご両親を大切に思っていて、そして何時か会いたいって思っているのに、私は両親に全く良いイメージを持っていないので……。でも下田さんは、私の思いを尊重してくれたんです。」
「なるほどね〜、浩は優しいからね〜。でも、それ……。もうラブラブじゃん……。」
「っ……。」
そこで私の頬の紅潮は、最高潮に達したと思う。とても暑いし、汗も掻いてきた。心臓は既に高鳴っている。
「深夜に星空の下。男の子と二人きり……。」
優理がもう見ていられないとばかりに、顔を両手で覆う仕草を見せた。
「で、どうなの?実際の所?小華は浩のこと、どう思ってるの??」
結衣が核心に迫るという表情で、口元に手の平をあてて内緒の話をする様に、身を乗り出して囁やき口調で聴いてきた。
「どうって……。」
実際、私は浩のことをどう思っているのだろうか。そう考えただけで、顔への血流が増えた気がした。以前も考えた事があったが結論は出ていなかった。嫌いではない事は確かで、好意はあるのも確かだった。しかし、これが男女間の好きという感情で、恋と言って良い物なのか、未だに全く整理が付いていない。
「それが……。分からないんです。嫌いではない事は確かですし、好意があるのも確かです。下田さんは、とても良い人だとも思います。でも……。これが所謂、男女間の好きという感情なのか、恋と言う物なのか全く整理が付いていなくって……。それに、まだ会って一カ月程度ですし、その間にも色々な事も起こって、本心なのかどうか、ちょっと心がぐちゃぐちゃしていて……。」
私は、私が今、率直に思っている事、感じている事を一気にまくし立てた。すると結衣は、表情が少し変わり、どこか親が子供を見守る様な、いつも「こもれび」で小学生達と遊んでいる時の温もりのある表情を見せた。
「まったく小華は可愛いなぁ〜もう。それはもう、なんだろう……。傍から聴いてたら、恋って奴だよ……。」
「恋、ですか。私、そういう経験が全くなくて。全然わからないんです。」
「いや、私も無いけどさ……。そうだね……それじゃ、今の所はなんか気になってる男の子って感じかな??」
「あぁ確かに、その感じは近いかもです。」
結衣がさり気なく、恋の経験が無いと言った事が意外だった。特に追及はしなかったが、結衣の様に美人でスタイルの良い女子高生なら、彼氏の一人や二人、既に経験がありそうだったからだ。
「うん。でも「こもれび」に来て、この一カ月で一気に色んな事が起こって、複雑な心境なのも分かる!ただ、これだけは伝えておくけれど、私達は何時でも小華の味方だから、恋路だって何だって応援するよ!」
「あっ、結衣 姉だけズルい!私だって、何時でもハナちゃんの味方だし、恋だって何だって応援する!」
結衣の言葉に呼応して、優理は半ば立ち上がり、ハッとしたように食いついてきた。私は、こういう普通だったら恥ずかしい言葉も、平気で伝えてくれる二人が大好きだった。「こもれび」に来て、散々優しさを受け取ったつもりだったが、ここに来てまた、目元に涙が溜まってきてしまう。溢れそうになるそれを堪えるのに精一杯で、「ありがとうございます。」の声は嗚咽に混じり、全く言葉にならなかった。結局、瞼に溜まった涙は、雫となって流れてしまい止めどなく溢れ、我慢した意味はなくなってしまった。きっと周りの人からして見れば、何で突然女の子が泣いているのだろうと、注目の的になるのは必至だった。私は両手を口元に当て、少し前かがみになりながら我慢するのだが、我慢をすればする程、次第に喉の奥から嗚咽が込み上げてきて、全く収拾がつかなくなった。結衣はハンカチを取り出して、私の目元に優しく当ててくれる。
「ほらぁ、優理があんなこと言うから。泣かしたなぁ〜。」
「いやいや、結衣 姉だって、同じこと言ってたじゃん!」
二人のこんなやり取りも面白くて、泣いているのに、ふと笑いがこぼれてしまった。すると、いつの間にか優理と結衣にも感染ったのか、自然と三人で腹を抱えて笑い合った。